師匠の嫉妬で才能を奪われた薬師見習いの私、牢獄で本物の力を取り戻す

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薬草園の朝は、いつも静かだった。
わたしは膝をついて、ラベンダーの株を丁寧に間引いていた。
紫の小さな花が朝露に濡れて、かすかに香っている。
土の湿った冷たさが、薄い作業用手袋を通して指先に伝わってきた。

「セシリア」

背後から声がして、わたしは肩を強張らせた。
手に持っていた剪定鋏が、震える指からこぼれ落ちそうになる。

「はい」

振り返ると、師匠のエリザ様が腕を組んで立っていた。
整った顔立ちに冷たい微笑を浮かべている。朝日を背にした姿は、まるで影絵のように黒く見えた。

「また間引きを間違えているわね。この株は残すべきだったのに」

エリザ様は踵で、わたしが慎重に選んで残した株を踏みにじった。
紫の花びらが土に押しつぶされ、茎が折れる音がした。

「申し訳ございません」

わたしは額を地面に近づけ、深く頭を下げた。

「本当に使えない子ね。三年も修行していて、まだこんな初歩的なミスをするなんて」

わたしは俯いた。エリザ様の言葉は、いつも胸に刺さる。
息が詰まって、喉の奥が締め付けられるようだった。

「辺境の田舎者だから仕方ないのかしら。それとも、本当に才能がないだけ?」
「......もっと、精進いたします」

声が掠れた。唇を噛み締めると、かすかに血の味がした。

「そうね。せいぜい頑張ることね」

エリザ様は踵を返し、優雅な足取りで去っていった。
白い薬師服の裾が朝風に揺れ、やがて薬草園の門の向こうに消えた。
残されたわたしは、踏みにじられたラベンダーを両手で拾い上げた。
潰れた花からは、いつもより強い香りが立ち上る。まだ香りは残っている。

「セシリア! 大丈夫?」

明るい声が響いて、同僚のミレイユが駆け寄ってきた。
茶色の髪を後ろで束ね、そばかすの顔を心配そうに覗き込んでくる。
息を切らせているところを見ると、走ってきたのだろう。

「ええ、平気よ」

わたしは立ち上がり、スカートについた土を払った。

「また師匠に怒られたの? あの人、セシリアにだけ厳しすぎるわよ」

ミレイユは両手を腰に当て、エリザ様が去った方向を睨んだ。

「わたしが未熟だから」
「そんなことないって。この前だって、セシリアが調合した傷薬、すごく効いたじゃない」

ミレイユの言葉に、少しだけ胸が温かくなった。

「ありがとう」
「お昼、一緒に食べましょ。今日は厨房でアップルパイ焼いてるの見たのよ」

ミレイユは人差し指を唇に当て、ウインクした。

「楽しみにしてる」

ミレイユが去った後、わたしは作業を続けた。
しかし手は震えていた。
剪定鋏を握る指に、力が入らない。

三年前、辺境のロゼウス男爵家からこの王都に出てきた時、わたしは希望に満ちていた。
人々を癒す薬師になりたい。
その夢を胸に、宮廷薬師見習いとして働き始めた。
でも現実は厳しかった。エリザ様は最初から冷たかった。
わたしの作る薬を否定し、仕事を取り上げ、他の見習いたちの前で叱責した。
わたしに才能がないのだろうか。

そう思いながら、エリザ様が毎朝渡してくれる「体調管理の薬」を取り出した。
小さな青い錠剤だ。
白い陶器の小瓶から、一粒を手のひらに転がす。

「これを飲んでおけば、宮廷の激務にも耐えられるわ」

そう言われて、毎日欠かさず飲んでいる。
でも不思議なことに、この薬を飲むと、いつも少し気分が悪くなる。
頭が重く、体が鉛のように感じる。まるで厚い霧の中を歩いているような感覚だった。
でも、エリザ様の言うことだ。
間違いはないはずだ。
わたしは薬を口に含み、水筒の水で飲み込んだ。喉を通る時、苦い味が広がった。
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