この身を滅ぼすほど、狂った執着を君に。─隻眼の幼馴染が、突然別人に成り代わったみたいに、おれを溺愛し始めた─

髙槻 壬黎

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第二章 追憶と真実

討伐訓練

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「よぉーっし! 今日はついに実戦訓練の日だ! お前たち、気合いを入れていくぞ!!」

 朝一番。校庭に呼び出されたフレデリク達を待ち構えていたのは、腰に両手を当てて高らかに叫ぶブラウの威勢。彼の逆立った短髪がいつも以上に尖って見えて、全身からやる気に満ち溢れているようだった。

「場所はここを起点として、東と南の森で行うッ。高ランクの魔物は出ないはずだが、万一の時はこの笛を鳴らすように! オレが猛スピードで駆けつけてやるからな!!」

 彼が手に持つのは、どれだけ遠く離れていても持ち主の居場所を知らせてくれる、特殊な魔法加工が施された笛。学校よりも北側は瘴気が濃く、凶暴性の高い魔物が出やすいが、今回はそれを避け、とにかく経験を積ませようというのが魂胆なのだろう。

「それとッ、魔呼玉がくくりつけられた場所には近づくんじゃないぞ! 明らかに魔物が多いと感じたら引き返せ! 大事なのは勝利よりも命! 引くことは逃げじゃない! 何も得ずに帰ってきたからといって、オレはお前たちを責めたりはしないからなッッ!!」

 息継ぎすらしないブラウの勢いに、近くの小鳥達が逃げるように飛んでいく。フレデリクもビリビリと鼓膜を震わせて、つい首を竦ませそうになるが、彼の言っていることは至極尤もなことであった。

 魔物が好む匂いを放つ魔呼玉は、基本的に人里離れた森の奥深くに設置されており、その目的は町から脅威を退けるため。半径50メートル程の範囲に適応し、魔物を引き寄せる。発見される魔物の数は多いところで数十体とも言われるほど、効果は絶大だ。
 しかし裏を返せば、その場所に足を踏み入れるだけで、人は命の危険に晒される恐れがあるということ。念のため周囲には目印もついているが、知らない間に侵入してしまう可能性はゼロじゃない。
 だからこの魔物討伐においては、なるべく奥深くまで進まず、常に周囲の状況に気を配ることこそが、重要な鉄則の内の一つだった。

「目標は、一班三体の魔物討伐! 角なり尻尾なり、討伐証明を提出してくれれば、それを成果として認める! ただし、くれぐれも無理だけはするんじゃないぞ! ――それでは各自、四人班を作り次第、討伐に向かってくれ!!」
 
 ブラウが指示を言い終えると、それまで黙って聞いていた生徒達は、一斉に足を動かし始めた。
 実力を考えて組もうとする者、気心の知れた友達へ声をかけようとする者。彼らの思いは様々だが、案外スムーズに班は出来上がっていく。

「――僕達、あと一人足りないけどどうする?」

 近くに寄ってきたリオールは辺りを見回して、フレデリクにそう問いかけた。
 彼の言う僕達というのは、当然、フレデリクとテオドアを含む三人のこと。クラスメイトは全員で28人いるため、三人組はできない。確実に誰かは入れなければならない計算だ。

「おれ、一緒に組みたい人がいるんだ。ちょっと誘ってくるよ」
 
 しかしフレデリクの視線は、既にある人物を見つめていた。

「イアン殿下!」

 人の輪から自ら外れ、刺々しい雰囲気を隠そうともしないイアンへ走り寄る。

「よかったら、おれたちと一緒に――」
「断る」

 コンマ一秒もないお断り。悩む時間すらないのが、逆に清々しい。
 とはいえフレデリクも、このイアンの冷たさには徐々に慣れつつあった。
 彼に一歩近づけたと思ったあの日以降、距離は近くなるばかりか遠くなる一方で、今では全く取り合ってもくれなくなっていたのだ。心に築き上げられた防衛反応は予想以上に強固らしく、話しかけても無視されるか、睨み付けられるばかりの毎日。碌な会話にもなっていなかった。

 しかしながら――あの時、フレデリクはイアンの心に触れて。いつも涼しい顔をしているけれど、本当は傷ついていると知って。
 このままスゴスゴと諦めてやる気など、全く起きてこなかった。むしろ火をつけられたといっても、過言ではなかったのだ。

「おれと一緒にやるの、嫌かもしれないけどさ、ここは一旦目を瞑ってよ。イアン殿下も一人で行くわけにはいかないだろ?」
「…………」
「それに、テオもリオールも、貴方を下げて見るような人じゃない。他の人と組むより、絶対におれたちと組んだ方がやりやすいと思うよ」

 こればかりは譲れないと意気込むフレデリクに、イアンはそっぽを向いて考え込む。眉間に刻まれた皺はこれでもかというくらいに深まっていたが、今度はフレデリクの発言にも一理あると思ったのか、すぐに断ろうとはしてこない。

「フレデリク、大丈夫? 上手くいってないなら僕からも何か言おうか?」

 その時、後ろで見守っていたリオールがフレデリクの耳元に顔を寄せ、小声でそう告げた。

「ううん、大丈夫。イアン殿下も多分、今考えてくれてると思うから」
「そう? それならいいんだけど。……あ、テオドアが戻ってきた」
「えっ、あ、ほんとだ」

 リオールの目線を辿ると、いつの間にかブラウから笛を受け取りに行っていたテオドアが、こちらに向かって歩いてきていた。

「おい、いつまでグダグダやってんだ。早くしねえと獲物が獲られるだろ」

 そう言ってフレデリク達を見回す彼は、班分けのことなどどうでもいいようだ。苛立ちを紛らわせるように笛を手の上で転がして、イアンに鋭い眼差しを送る。

「お前、俺達と来る気ねえんだったら、さっさと他いけ。中途半端な態度見せるから、コイツがしつこくするんだろうが」
「ちょ、ちょっとテオ」

 フレデリクはテオドアの乱暴すぎる言い方に、つい腕を引いて止めさせようとするが、イアンはそれを物ともしない様子で口を開いた。

「俺ははっきりと断った。それでもそいつが利のある話を提示してきたから、迷っていただけだ」
「なら来るのか来ねえのか、早く答えろよ」
「……お前たちと組んでやる。ただし、協力する気は一切ない。だから後で文句を垂れようが、俺には関係ないからな」

 イアンは堂々と言い切る。その気丈な姿勢は、一片の悪びれも感じさせない。

「俺は俺の邪魔をしねえ奴なら誰でもいい」

 そう無愛想に返すのは、テオドア。

「僕も。特に異論はないよ。殿下と組めるなんて、むしろ光栄だ」

 リオールは薄く微笑んで、合意を示す。

「もちろん、おれも大丈夫だから……!」

 声を若干上擦らせたフレデリクは、イアンをじっと見つめて、滲み出る喜びを隠しきれずにはいられなかった。華やいだ笑顔がスポットライトに当てられたみたいに輝いて、イアンの瞳の中を占領する。

「っ!!」

 そして、思わず彼が息を飲んだのもつかの間。

「――なあ、お前らってどっちの森行くんだ?」

 背後から話しかけてきたのは、オーディスだった。後ろにはいつものごとく取り巻きを引き連れ、先日の出来事は忘れたように、余裕ぶった笑みを作っている。

「どっちって、どういう意味だ」

 言いながら前に出たフレデリクは、険しい顔つきでオーディスを見返す。

「ちょっと、」

 リオールは咄嗟に間に入ろうと動きかけたが、テオドアに片手で制止をかけられ、たたらを踏む。とりあえず黙って見ていろ、とでも言いたいのだろう。
 その間にも、オーディスとフレデリクの殺伐としたやり取りは続いていた。

「そりゃあ、東と南、そのどっちに行くのかってことだ」
「……なんだそれ。別に、どっちでもいいだろ。どうしてそんなこと聞く必要があるんだよ」
「だって、もしお前らと一緒の方向に行ったら……なあ?」

 オーディスは笑みを深めて、チラッとイアンを見やった。明確な言葉にはせずとも、言いたいことが伝わるのが腹立たしい。傍にイアンがいるだけで、その身に災厄が振りかかってくるとでも思っているのか。

「まあそういうわけでさあ、オレはお前らとは離れた場所に行きたいんだよ。だから別にそれくらい、教えてくれたっていいだろ?」

 フレデリクは、言うか言うまいか悩み、唇を引き結んだ。

(適当に言ったっていい。だけど……)

 ここで望み通りに返事をしたら、オーディスの真意に同意してしまうような気がした。
 例えフレデリクにその意志がなくても、今のイアンには誤解されそうなのが嫌だ。なんとか仲良くなろうと頑張っている最中なのに、オーディスのせいで勘違いされて、さらに関係が悪化するのは避けたかった。答えは、一つしかなかった。

「誰がお前に教えるか」
「……は? 今なんて?」
「だから、誰がお前なんかに教えるかって、」

 眉を釣り上げて、反論しようとする。

「――東に行く。だからお前達はとっとと南行けよ」

 しかし、怒気を含ませたオーディスを見て、遮ってきたのはテオドアだった。
 上から被せられたフレデリクは驚き、バッと彼の方へ顔を向けるも、その視線は合わない。

「……ああ、東ね。りょーかいりょーかい。じゃあオレらは潔く南に行かせてもらうよ」

 オーディスは意外にも、それだけで簡単に気が済んだようだ。もっといろいろ絡まれるかと警戒していたが、単なる杞憂だったらしい。
 そのままポカンと口を開けたフレデリクの隣を通りすぎる途中で、ついでとでも言うように胸ポケットの辺りを二回ほど叩かれる。

「ありがとうな? 教えてくれて」

 そうして、彼は颯爽とその場を後にした。感謝とは名ばかりの、悪意に満ちた表情をフレデリクの脳裏に焼き付けさせて。

(なんだ……? 突っかかってきた割には、やけにあっさりしてた……)
 
「俺達ももう行くぞ」

 テオドアがそう言って背を向けるのを合図に、フレデリクも余計な心配だと思い直す。
 校門を抜けた先は戦場。容易く人の命を奪ってしまう魔物が、当たり前のように其処らを徘徊しているのだ。

「ごめんね。僕、何も手助けしてあげられなかった」
「リオール……。ううん……おれもすぐ言い返しちゃうから、もっと落ち着かないと駄目だった。あのままいってたら、多分前回の繰り返しだったと思うし……」

 フレデリクはリオールと話しながら、テオドアについていく。

(イアン殿下……、大丈夫かな)

 後ろを振り返ってみれば、去っていったオーディスへ、刺すような眼光を向けるイアンがいた。しかし、それは単に気にくわないってだけの目じゃない。そこにあるのは、懐疑を含んだ疑いの視線。

「イアン殿下! なにしてるの?」

 不思議に思ったフレデリクは大声で聞いたが、イアンは特に何も言わないまま、大人しく歩き始める。そしてフレデリクの元までやってくると、今度は何か言いたいことでもあるかのように、胸元の辺りをじっと見つめていた。

「ど、どうしたの? なにかあっ――」
「…………」
「あっ、ちょっと! 置いていかないでよ!」

 呆気なくフラれたフレデリクを見て、リオールがクスクスと笑う。

「なんで笑うんだ」
「ふふ、ごめんね? なんだかつい、飼ってた子犬を思い出しちゃって」
「……おれは犬じゃないんだけど」
「もちろん、知ってるよ。――さて、僕達も早く行こうか。このままだとテオドアに置いてかれちゃう」

 何となく釈然としない気持ちだが、リオールの言う通りだ。テオドアとの距離は既に開いており、下手すれば一人で行ってしまいそうな勢いに、フレデリクは慌てて歩みを進めた。
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