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第二章 追憶と真実
討伐訓練②
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ギーッと重苦しい音を立てて、巨大な校門が開かれる。フレデリクは腰に下げた剣の柄を握りしめながら、校門を抜け、注意深く森の中を進んでいた。
鬱蒼と生え盛る木々の間は、昼間だと言うのに、茂った葉が太陽を覆い隠して薄暗い。フレデリク達の行き先を示してくれるのは、僅かな隙間から覗く、暖かな木漏れ日だけだ。
(なんだかんだ言って、魔物と対峙するのはあの日以来。本当は少し怖い……けど、あの頃のおれとはもう違うんだ)
何もできずに見す見すと家族を奪われた、幼い頃の自分を思い出す。
(大丈夫。おれは強くなった。もうあんな思いはしないし、誰にもさせはしない)
鍛練を重ねてきたのは、自分のため。そして、人のため。同じ思いを抱える人を、一人でも少なくできるように。
フレデリクは小刻みに震える手のひらを気合いで静め、大きく息を吐く。預かった笛は、彼の胸元で弱々しく風に揺れている。
前を悠然と歩くのは、いつもより背中が大きく見えるテオドアだ。隣には警戒するようにリオールが周囲を見渡していて、少し離れた背後ではイアンが黙って付いてきている。
学校を出てから、既に数十分。――そろそろ、いつ魔物が現れたっておかしくはない時間だ。
「……きたな」
そして、テオドアが溢すように呟いたその瞬間。低い唸り声と共に、赤い目を光らせた三体の魔獣が、木の陰から飛び出してきた。黒い瘴気を身体に纏わせて、ザリザリと地面を前足で掻く姿は、あの日、父を喰らいつくした魔獣にそっくりだった。
即座に剣を抜いたテオドアとリオールが一瞬で向かっていく。フレデリクも当然一緒についていくつもりだったが、その気持ちに反し、彼は棒立ちのままそこから一歩も動くことができなかった。
足が、地面に縫い付けられたみたいだ。全身から汗という汗が噴き出して、耳鳴りが止まらない。息がヒューヒューと漏れて、瞬き一つすらしない瞳は、ここではないあの日の光景を映していた。
(父さん、母さん……村の、皆……っ)
「おいフレッド!! ボーッとすんな!!」
「……っあ、」
暗闇に染まりかけていたフレデリクの視界を、テオドアの怒号が引き戻す。
「フレデリク! どうかしたの!?」
リオールもまた、魔獣から間合いを取りながら懸命に叫んでいた。
(だ、だめだ……。しっかり、しないと……!)
ぶるぶると震える手で、剣をなんとか抜く。――だけど、痙攣したように身体が震えて、力が入らない。両手で柄を握りしめているのに、皆と一緒に戦いたいのに、体が全く言うことを聞いてくれない。
「グア゙ァ゙ア゙ァ゙ア゙ア゙!!!」
落ち着く暇もなく、今度は背後から、別の魔物の雄叫びが聞こえてくる。ブラウの威勢など比にならないほど、脳内にまで直撃する叫び。振り返りたくないと拒絶したくても、心臓が、意志が、それを見ろと告げている。
「あ、あ……」
全長二メートルはあろうかと言うくらいの、人型の魔物。大きな体躯を持ち、腕を一振りするだけでも突風を起こす。動きは緩やかなので討伐すること自体は難しくないが、踏み入るタイミングを誤れば一瞬でその強靭な腕に叩きつけられるだろう。
(おれ、おれが……やらないと)
テオドアとリオールが魔獣に掛かりっきりの今。立ち向かえるのは、イアンとフレデリクだけ。
しかし肝心のイアンは、一番近くでその魔物と相対しても怖気づく様子すらなく、静かに見据えて立っていた。手は下げたまま、剣を抜く素振りすらない。
それはまるで、生を諦めた罪人のように。いつ殺されてもいいと言わんばかりの表情で、そこにいる。
魔物がイアンの頭を鷲掴みにしようと腕を振り上げた。
(ああっ! だめだだめだだめだ!!)
大きな掌を頭上に振りかざされたイアンの姿が、かつての母親の姿に重なった。
あの時助けられずに抱えた罪悪感の塊が、波のようにフレデリクに押し寄せて、焦燥感へと変わっていく。
剣が、するりと手の中から抜け落ちた。気づけばフレデリクの足は、地面を蹴って駆け出していた。
「イアン殿下!!」
「っ! なに……、!?」
庇うようにイアンの身体に抱きついて、彼の頭を胸に閉じ込める。目をぎゅっと瞑り、襲いくる魔物の強打を覚悟する。
離れたところからリオールの、テオドアの名前を呼ぶ声が、聞こえた気がした。
「…………?」
そして、いつまで経っても襲ってこない痛みに疑問を覚えた瞬間。フレデリクは強制的に首根っこを掴まれて、驚く間も無くイアンから引き剥がされた。視界の端に映る魔物は両目を切り裂かれ、地面に倒れ伏していた。
胸ぐらを握られたフレデリクの瞳に、青筋を立てたテオドアの顔が入り込む。
「馬鹿かお前!! 死にてえのか!?」
「あっ、テ、テオ……」
「誰が身を挺して庇えなんて教えた!! 俺は絶対に得物から手を離すなって、そう教えたはずだよな!?」
初めてテオドアから木剣の振り方を教わった時、確かに言われた言葉だった。戦場で得物を手放す馬鹿がどこにいるんだと、まだ剣すら握ったこともないのに、そう言われてビックリしたのを覚えている。
「無闇矢鱈に突っ込む癖も昔から変わってねえ! 自分の命を軽んじるなって、俺が言ったのは忘れたのか!?」
「わ、忘れてないっ……けど、か、勝手に、身体が動いてて……!」
「……勝手に? ああそうだろうな。お前は結局、人を救えたら自分がどうなってもいいんだよ。それこそ、その命が失くなってもな」
「そっ、そんな、こと……」
思わずドキリとした。自分でも自覚していなかった、自己犠牲の性があることを言い当てられて、確かにその通りだと気づいてしまったのだ。
「一旦落ち着いて。ここはまだ危険だ。こんなところで言い争ってる場合じゃない」
いつの間にか魔獣を倒し終えたリオールがやってきて、宥めるように、テオドアの肩に手を添えて言う。
魔物の気配は今もなお、不穏な空気と共に周囲を渦巻いていた。突然これだけの魔物が現れただけでも異常なのに、まるで引き寄せられているかのように、暗闇から赤い目が覗いているような気がする。
テオドアは前髪をくしゃりと握り、顔をしかめて溜め息を吐くと、最後に聞こえないくらい小さな声で呟く。
「――大切な奴が目の前で死んでいく気持ち……、お前が一番分かってるんじゃねえのかよ」
「……っえ? 今、なんて――」
しかし答えが返ってくることはなく、フレデリクは身体を突き飛ばされた。踵が大きめの石に引っ掛かって、危うく転びそうになったところを、後ろにいたイアンに支えられる。
「あ、ありがとう」
「…………」
返事はなかった。イアンは黙ったまま、フレデリクの肩を強く掴んで、じっと凝視する。嫌悪も憎悪も、そこには何の表情も乗っておらず、透き通った金色の瞳に困惑したフレデリクの姿だけが映っている。
「とりあえず、ここからすぐ離れた方が良さそうだね。この辺りは魔呼玉の影響もないはずなのに、かなり魔物が多そうだから」
「……あっ、そ、そうだね」
リオールの言葉にハッとしたフレデリクは、イアンから視線を逸らした。訳もなく精巧に整った顔に見つめられれば、誰であろうと心臓に悪いのだ。
「テオドアも、行くよ」
倒した魔物から討伐証明の素材を集めていたテオドアも、リオールの声かけを聞いて寄ってくる。残念ながらその視線は、一向に合わないままだったが。
フレデリクは話しかけることもできず、落とした剣を拾い、土で汚れた剣身を指で拭って鞘にしまう。
(ごめんね。もう落としたりしないから)
剣柄を優しくなぞり、今度こそこの手で魔物を切るのだと勇む。テオドアに怒鳴られて、恐怖に支配された心が、ごっそりと入れ替えられたような気分だった。
「さて、じゃあ行こうか」
「……待て。少し確認したいことがある」
そう言ってリオールの動きを止めたのは、唐突に声を発したイアンだ。今までずっと黙っていたのに、リオールもフレデリクも、きょとんとした顔でイアンを見やる。
(ど、どうしたんだろう)
しかしイアンは碌な説明もないまま、フレデリクの胸ポケットへ手を近づけると、断りの言葉も一切なく指を中に忍ばせた。
「うわ……っ、なに!? ……って、え?」
取り出されたのは、親指と人差し指の間で、淡く発光する小さなガラス玉。
「……やっぱりな」
目を細めてイアンが呟く。が、フレデリクには見覚えがない。こんなに綺麗なガラス玉、一度見れば忘れなさそうなものだが、一体いつ、制服のポケットなんかに入れて――
「っ! お前、なんでこんなもん持ってた!?」
一番興味の無さそうだったテオドアが、突然ガラス玉を持つイアンの手首を掴み上げ、フレデリクに向かって怒鳴った。
「これ、魔呼玉だね。でもどうしてこれが、フレデリクのポケットに……?」
続けてリオールも。顎に手を当て、神妙な顔つきでフレデリクに視線を送る。
「えっ!? お、おれ知らない……、これ、魔呼玉なの?」
そもそも実物すら見たのは初めてだ。
魔物が好む匂いを放って、引き寄せると言う魔法具。それを持ち込むなんて、この森の中では自殺行為も同然じゃないか。
「……オーディス・へルマン」
「……え?」
「さっき、君に話しかけていただろう。あの時だ。魔呼玉を入れられたのは」
「そ、そんな……」
イアンに言われて、愕然と身を震わせる。
確かにすれ違い際、オーディスに胸元辺りを叩かれたような記憶があった。あの時は特に疑問も感じなかったが、やけに引き際が早くて、違和感を覚えたのはそのせいか。
どっちの森に行くのかなんて質問、オーディスからすれば二の次。フレデリクに話しかけたのは、最初からきっと、魔呼玉を忍ばせるためだったのだ。
「チッ、アイツ……!」
テオドアが舌打ちをして、イアンの腕を振り離す。
「はあ……本当に救いようがないね。こんな真似して、相当僕達のことが気に入らなかったみたいだ。事故に見せかけて、殺すつもりだったのかな」
「オーディスのやつ……、一体どっちが、化け物なんだよ」
リオールは冷めた表情で、フレデリクは俯き、歯を食いしばる。
「とにかく、一旦これは砕いて――」
「いや、笛鳴らせ」
「……え?」
「壊したら証拠になんねえだろ。担任が来るまでの間、ここは俺達だけで倒し切る」
リオールが砕こうと剣に手を伸ばせば、テオドアは周囲を睨み付けてそう言う。
「それに、もう逃げる隙なんてねえよ」
酷い唸り声がして、人型の魔物が二体、逃げ道を塞ぐようにして立ちはだかっていた。
他の方向からは、別の魔物による足音も聞こえてきて、既に周りを囲まれてしまったのだと気がつく。
「……なるほど。それならやるしかないね。――フレデリク、笛はお願いしていい?」
「あっ、わ、分かった」
敵だけを見据えてスラリと剣を抜くリオールと、端からフレデリクを眼中にも入れないで魔物に向かうテオドア。
随分怒らせてしまったのだと、心を痛める暇もない。
横に並んだイアンは今度こそ剣を片手に持って、冷静に辺りを警戒している。
(おれも……もうあんなヘマはしない)
フレデリクは思いきり息を吸って、首から下げた笛へ一気に吹き込んだ。
甲高い音が鳴り、風が吹く。森全体が呼応するように揺れ、土埃が舞う。
木の葉がざわざわと擦れ合う音を響かせながら、フレデリクはしっかりと剣を握り、現れた魔物を真っ直ぐに見つめた。
鬱蒼と生え盛る木々の間は、昼間だと言うのに、茂った葉が太陽を覆い隠して薄暗い。フレデリク達の行き先を示してくれるのは、僅かな隙間から覗く、暖かな木漏れ日だけだ。
(なんだかんだ言って、魔物と対峙するのはあの日以来。本当は少し怖い……けど、あの頃のおれとはもう違うんだ)
何もできずに見す見すと家族を奪われた、幼い頃の自分を思い出す。
(大丈夫。おれは強くなった。もうあんな思いはしないし、誰にもさせはしない)
鍛練を重ねてきたのは、自分のため。そして、人のため。同じ思いを抱える人を、一人でも少なくできるように。
フレデリクは小刻みに震える手のひらを気合いで静め、大きく息を吐く。預かった笛は、彼の胸元で弱々しく風に揺れている。
前を悠然と歩くのは、いつもより背中が大きく見えるテオドアだ。隣には警戒するようにリオールが周囲を見渡していて、少し離れた背後ではイアンが黙って付いてきている。
学校を出てから、既に数十分。――そろそろ、いつ魔物が現れたっておかしくはない時間だ。
「……きたな」
そして、テオドアが溢すように呟いたその瞬間。低い唸り声と共に、赤い目を光らせた三体の魔獣が、木の陰から飛び出してきた。黒い瘴気を身体に纏わせて、ザリザリと地面を前足で掻く姿は、あの日、父を喰らいつくした魔獣にそっくりだった。
即座に剣を抜いたテオドアとリオールが一瞬で向かっていく。フレデリクも当然一緒についていくつもりだったが、その気持ちに反し、彼は棒立ちのままそこから一歩も動くことができなかった。
足が、地面に縫い付けられたみたいだ。全身から汗という汗が噴き出して、耳鳴りが止まらない。息がヒューヒューと漏れて、瞬き一つすらしない瞳は、ここではないあの日の光景を映していた。
(父さん、母さん……村の、皆……っ)
「おいフレッド!! ボーッとすんな!!」
「……っあ、」
暗闇に染まりかけていたフレデリクの視界を、テオドアの怒号が引き戻す。
「フレデリク! どうかしたの!?」
リオールもまた、魔獣から間合いを取りながら懸命に叫んでいた。
(だ、だめだ……。しっかり、しないと……!)
ぶるぶると震える手で、剣をなんとか抜く。――だけど、痙攣したように身体が震えて、力が入らない。両手で柄を握りしめているのに、皆と一緒に戦いたいのに、体が全く言うことを聞いてくれない。
「グア゙ァ゙ア゙ァ゙ア゙ア゙!!!」
落ち着く暇もなく、今度は背後から、別の魔物の雄叫びが聞こえてくる。ブラウの威勢など比にならないほど、脳内にまで直撃する叫び。振り返りたくないと拒絶したくても、心臓が、意志が、それを見ろと告げている。
「あ、あ……」
全長二メートルはあろうかと言うくらいの、人型の魔物。大きな体躯を持ち、腕を一振りするだけでも突風を起こす。動きは緩やかなので討伐すること自体は難しくないが、踏み入るタイミングを誤れば一瞬でその強靭な腕に叩きつけられるだろう。
(おれ、おれが……やらないと)
テオドアとリオールが魔獣に掛かりっきりの今。立ち向かえるのは、イアンとフレデリクだけ。
しかし肝心のイアンは、一番近くでその魔物と相対しても怖気づく様子すらなく、静かに見据えて立っていた。手は下げたまま、剣を抜く素振りすらない。
それはまるで、生を諦めた罪人のように。いつ殺されてもいいと言わんばかりの表情で、そこにいる。
魔物がイアンの頭を鷲掴みにしようと腕を振り上げた。
(ああっ! だめだだめだだめだ!!)
大きな掌を頭上に振りかざされたイアンの姿が、かつての母親の姿に重なった。
あの時助けられずに抱えた罪悪感の塊が、波のようにフレデリクに押し寄せて、焦燥感へと変わっていく。
剣が、するりと手の中から抜け落ちた。気づけばフレデリクの足は、地面を蹴って駆け出していた。
「イアン殿下!!」
「っ! なに……、!?」
庇うようにイアンの身体に抱きついて、彼の頭を胸に閉じ込める。目をぎゅっと瞑り、襲いくる魔物の強打を覚悟する。
離れたところからリオールの、テオドアの名前を呼ぶ声が、聞こえた気がした。
「…………?」
そして、いつまで経っても襲ってこない痛みに疑問を覚えた瞬間。フレデリクは強制的に首根っこを掴まれて、驚く間も無くイアンから引き剥がされた。視界の端に映る魔物は両目を切り裂かれ、地面に倒れ伏していた。
胸ぐらを握られたフレデリクの瞳に、青筋を立てたテオドアの顔が入り込む。
「馬鹿かお前!! 死にてえのか!?」
「あっ、テ、テオ……」
「誰が身を挺して庇えなんて教えた!! 俺は絶対に得物から手を離すなって、そう教えたはずだよな!?」
初めてテオドアから木剣の振り方を教わった時、確かに言われた言葉だった。戦場で得物を手放す馬鹿がどこにいるんだと、まだ剣すら握ったこともないのに、そう言われてビックリしたのを覚えている。
「無闇矢鱈に突っ込む癖も昔から変わってねえ! 自分の命を軽んじるなって、俺が言ったのは忘れたのか!?」
「わ、忘れてないっ……けど、か、勝手に、身体が動いてて……!」
「……勝手に? ああそうだろうな。お前は結局、人を救えたら自分がどうなってもいいんだよ。それこそ、その命が失くなってもな」
「そっ、そんな、こと……」
思わずドキリとした。自分でも自覚していなかった、自己犠牲の性があることを言い当てられて、確かにその通りだと気づいてしまったのだ。
「一旦落ち着いて。ここはまだ危険だ。こんなところで言い争ってる場合じゃない」
いつの間にか魔獣を倒し終えたリオールがやってきて、宥めるように、テオドアの肩に手を添えて言う。
魔物の気配は今もなお、不穏な空気と共に周囲を渦巻いていた。突然これだけの魔物が現れただけでも異常なのに、まるで引き寄せられているかのように、暗闇から赤い目が覗いているような気がする。
テオドアは前髪をくしゃりと握り、顔をしかめて溜め息を吐くと、最後に聞こえないくらい小さな声で呟く。
「――大切な奴が目の前で死んでいく気持ち……、お前が一番分かってるんじゃねえのかよ」
「……っえ? 今、なんて――」
しかし答えが返ってくることはなく、フレデリクは身体を突き飛ばされた。踵が大きめの石に引っ掛かって、危うく転びそうになったところを、後ろにいたイアンに支えられる。
「あ、ありがとう」
「…………」
返事はなかった。イアンは黙ったまま、フレデリクの肩を強く掴んで、じっと凝視する。嫌悪も憎悪も、そこには何の表情も乗っておらず、透き通った金色の瞳に困惑したフレデリクの姿だけが映っている。
「とりあえず、ここからすぐ離れた方が良さそうだね。この辺りは魔呼玉の影響もないはずなのに、かなり魔物が多そうだから」
「……あっ、そ、そうだね」
リオールの言葉にハッとしたフレデリクは、イアンから視線を逸らした。訳もなく精巧に整った顔に見つめられれば、誰であろうと心臓に悪いのだ。
「テオドアも、行くよ」
倒した魔物から討伐証明の素材を集めていたテオドアも、リオールの声かけを聞いて寄ってくる。残念ながらその視線は、一向に合わないままだったが。
フレデリクは話しかけることもできず、落とした剣を拾い、土で汚れた剣身を指で拭って鞘にしまう。
(ごめんね。もう落としたりしないから)
剣柄を優しくなぞり、今度こそこの手で魔物を切るのだと勇む。テオドアに怒鳴られて、恐怖に支配された心が、ごっそりと入れ替えられたような気分だった。
「さて、じゃあ行こうか」
「……待て。少し確認したいことがある」
そう言ってリオールの動きを止めたのは、唐突に声を発したイアンだ。今までずっと黙っていたのに、リオールもフレデリクも、きょとんとした顔でイアンを見やる。
(ど、どうしたんだろう)
しかしイアンは碌な説明もないまま、フレデリクの胸ポケットへ手を近づけると、断りの言葉も一切なく指を中に忍ばせた。
「うわ……っ、なに!? ……って、え?」
取り出されたのは、親指と人差し指の間で、淡く発光する小さなガラス玉。
「……やっぱりな」
目を細めてイアンが呟く。が、フレデリクには見覚えがない。こんなに綺麗なガラス玉、一度見れば忘れなさそうなものだが、一体いつ、制服のポケットなんかに入れて――
「っ! お前、なんでこんなもん持ってた!?」
一番興味の無さそうだったテオドアが、突然ガラス玉を持つイアンの手首を掴み上げ、フレデリクに向かって怒鳴った。
「これ、魔呼玉だね。でもどうしてこれが、フレデリクのポケットに……?」
続けてリオールも。顎に手を当て、神妙な顔つきでフレデリクに視線を送る。
「えっ!? お、おれ知らない……、これ、魔呼玉なの?」
そもそも実物すら見たのは初めてだ。
魔物が好む匂いを放って、引き寄せると言う魔法具。それを持ち込むなんて、この森の中では自殺行為も同然じゃないか。
「……オーディス・へルマン」
「……え?」
「さっき、君に話しかけていただろう。あの時だ。魔呼玉を入れられたのは」
「そ、そんな……」
イアンに言われて、愕然と身を震わせる。
確かにすれ違い際、オーディスに胸元辺りを叩かれたような記憶があった。あの時は特に疑問も感じなかったが、やけに引き際が早くて、違和感を覚えたのはそのせいか。
どっちの森に行くのかなんて質問、オーディスからすれば二の次。フレデリクに話しかけたのは、最初からきっと、魔呼玉を忍ばせるためだったのだ。
「チッ、アイツ……!」
テオドアが舌打ちをして、イアンの腕を振り離す。
「はあ……本当に救いようがないね。こんな真似して、相当僕達のことが気に入らなかったみたいだ。事故に見せかけて、殺すつもりだったのかな」
「オーディスのやつ……、一体どっちが、化け物なんだよ」
リオールは冷めた表情で、フレデリクは俯き、歯を食いしばる。
「とにかく、一旦これは砕いて――」
「いや、笛鳴らせ」
「……え?」
「壊したら証拠になんねえだろ。担任が来るまでの間、ここは俺達だけで倒し切る」
リオールが砕こうと剣に手を伸ばせば、テオドアは周囲を睨み付けてそう言う。
「それに、もう逃げる隙なんてねえよ」
酷い唸り声がして、人型の魔物が二体、逃げ道を塞ぐようにして立ちはだかっていた。
他の方向からは、別の魔物による足音も聞こえてきて、既に周りを囲まれてしまったのだと気がつく。
「……なるほど。それならやるしかないね。――フレデリク、笛はお願いしていい?」
「あっ、わ、分かった」
敵だけを見据えてスラリと剣を抜くリオールと、端からフレデリクを眼中にも入れないで魔物に向かうテオドア。
随分怒らせてしまったのだと、心を痛める暇もない。
横に並んだイアンは今度こそ剣を片手に持って、冷静に辺りを警戒している。
(おれも……もうあんなヘマはしない)
フレデリクは思いきり息を吸って、首から下げた笛へ一気に吹き込んだ。
甲高い音が鳴り、風が吹く。森全体が呼応するように揺れ、土埃が舞う。
木の葉がざわざわと擦れ合う音を響かせながら、フレデリクはしっかりと剣を握り、現れた魔物を真っ直ぐに見つめた。
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