【完結】執着系幼馴染みが、大好きな彼を手に入れるために叶えたい6つの願い事。

髙槻 壬黎

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解消と不安

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 気が付けば、編入してから既に一ヶ月の時が経とうとしていた。
 相変わらずクラスの皆は僕を良く思っていないようで、最近は僕をいないものとして無視されることが多い。まるで空気のような扱いに、若干心が痛むことはあれど、睨まれるよりかはマシだった。
 また、ミカイルが頻繁に僕の所へ来るのも変わらなかった。さりげなく来ないでほしいと言ってはいるものの、全く効果はない。そのせいで未だにハインツから話を聞くことも出来ていないし、その目処も立たずにいる。

 しかしながら、良かったこともあった。
 それは、ミカイルが本当に僕の教科書を見つけてくれたことだ。
 何処にあったのか聞いてもたまたま見つけたとしか答えてはくれなかったが、僕は敢えてそれ以上尋ねることはしなかった。盗んだ犯人に興味もなかったし、知ったところでどうにかなる問題でもなかったからだ。
 それよりもむしろどうやって探し出したのか、その方法が気になるくらいだった。


 昼食を終えてトイレから戻ると、教室の前がいつもより騒がしい。
 ミカイルも流石にトイレにはついてこないので、僕が一人になれる唯一の時間と言っても差し支えはなかった。
 そんな貴重な時間に何が起きたのかと思い耳をそばだてると、通りすぎた三人の女子生徒達が何やら興奮した様子で、話し合っているのが聞こえた。

「あのミカイル様の慈愛に満ちた表情を見た?」
「ええ!ジーク様も、久しぶりに心から笑っていらっしゃるように見えたわ…」
「そんなお二人に挟まれるリリアーナ様……!羨ましいけれど、すごくお似合いね…」
「でも、やっぱりミカイル様の美しさが一等輝きを放ってらっしゃるわ!」
「「それは当たり前よ!!」」

 ミカイルと言う単語が聞こえ、思わず目を瞬かせる。この異様なざわめきは、どうやら彼が関係しているらしい。

 人混みに寄って、その隙間から騒ぎの中心を見る。
 そこにはミカイルとジーク、それから一人の女子生徒が肩を寄せ合って談笑していた。ミカイルはいつも通りの微笑みに見えたが、ジークは優しげな笑みを浮かべていて、そんな顔が出来たのかと意外に思う。
 しかしながらそんなことはどうでもよく、僕はリリアーナと呼ばれていた女子生徒から目を離すことが出来なかった。
 彼女の腰まで伸びた明るくきらめく紫色の髪の毛。口元を隠すようにして右手を添える姿はまるで一国のお姫様のようだ。
 そしてその隣にいるミカイルとジークはさながら王子と騎士、とでもいったところだろうか。ずば抜けて見目の良い二人と並んでいるにも関わらず、それでも何ら遜色がないほど、彼女もまた非常に美しい容姿をしていた。
 これなら周囲の生徒がざわつくのも頷ける。その空間だけ、まるで別の世界に切り取られているかのような、そんな思わず見惚れてしまうほどの美しさがそこにはあった。

 だがしかし、ミカイルが僕から離れているのはまたとないチャンスではないだろうか。あの様子だとしばらくは戻ってこなさそうだし、ハインツに話を聞くのは今しかなかった。
 人混みの間を縫って教室の中に駆け込む。

「ハインツ!ちょっと聞きたいことがあるんだ!」

 思いの外声が大きくなってしまい、ハインツは肩をびくっとさせてから振り返った。
 テイリットさんがいたらきつく睨まれていたに違いない。が、幸いにも今は姿が見当たらず、僕はほっと胸を撫で下ろしながら席につく。

「ど、どうしたの!?そんなに慌てて……」
「ごめん驚かせて……、あのさ、一ヶ月前のことなんだけど、僕がクラスの人達に良く思われてないっていう話を言ったの、覚えてるか?」
「あっ、ユハン君が編入してきて割とすぐのことだよね。ボクもあの日はずっと謝りたくて待っていたから、よく覚えてるよ」
「ああ、うん、その日なんだけど……、あの時、ハインツが何か話そうとしてたのがずっと気になっててさ。もし、僕が嫌われてる理由を知ってるなら教えてほしいんだ」

 ジークとの一件を思い出してしまい、僅かに顔をしかめる。
 ハインツは僕の話を聞いて、そういえばそうだったとでも言うような表情で何度も頷いた。

「ボクも話したいと思ってたんだよ!でも、ミカイル君との時間を邪魔するわけにはいかないと思って話しかけずにいたら忘れちゃってたみたい」
「やっぱりそうだったか……、悪い、ミカイルにはもう来ないでくれって何度も言ってるんだけど聞く耳を持たなくて……」
「ええっ!ミカイル君にそんなこと言ったの!?こんなのただのボクの都合なのに、それを押し付けてるみたいで申し訳ないよ……!」
「いや、ハインツだけの問題じゃないから安心してくれ。僕もずっと鬱陶しかったし」
「え?」

 ハインツが目を見開いたまま固まる。
 何か信じられないものを見たかのような、そんな驚きに満ち溢れた表情だった。

「悪い、もしかして変なことでも言ったか?」
「あ、ううん!まさかミカイル君にそんなことを言う人がいるとは思わなくて……」

 ハインツはぶんぶんと首を横に振った後、どこか言いづらそうに続けて言った。

「その、さっきの話に戻るんだけど、去年ユハン君がいなかった時に、時々ミカイル君が"幼馴染み"の話をすることがあったんだ。小さい頃の思い出とかボクからすれば微笑ましいエピソードばかりだったよ。でも皆ミカイル君のことが大好きだから、彼の話によく出てくる"幼馴染み"があんまり気に入らなかったんじゃないかな……。編入してきたユハン君に対して当たりが強いのは、多分そのせいだと思うよ」

 まさかミカイルが僕の話をしていたとは思わず、暫し呆然とする。
 そんなこと、彼は一度も教えてくれなかった。手紙にだって、書いてはなかったのだ。
 そもそもそのせいで僕が来る前から幼馴染みという存在にマイナス感情を抱いていたなら、例え何もしていなかったとしても彼らに好かれることはなかった。ここに編入した時点で、僕が嫌われることは確定していたのだ。

「…………教えてくれてありがとう、ハインツ。それと、そんな中でも変わらず僕と仲良くしてくれることもありがとうな」
「そんな、感謝されるようなことじゃないよ。ボクももちろんミカイル君のことは大好きだけど、だからといってユハン君を嫌いになるとか、そういうのは違うと思ってるんだ。むしろボクも、ミカイル君みたいに誰にでも優しくありたいと思ってるからこそ、ユハン君に声をかけたところもあって……。あ、でも今はただ純粋に仲良くしたいと思ってるよ!」

 からりと笑ってハインツが頬をかく。
 少し恥ずかしそうな彼に、例えきっかけがミカイルだったとはいえ、僕もつられて口角が上がるのを感じた。

 話が一段落したところで、区切りよくチャイムが鳴る。
 ハインツはその音を聞くとそれじゃあねと言って前を向いた。僕も授業の準備のため、机から教科書を取り出す。

 それにしても、内容は概ね想像していた通りで、やはりミカイルと仲が良いからこそ僕は妬まれているのだと分かった。僕との思い出話も、彼らにとっては嫉妬を助長させるものでしかなかったのだ。
 疑問がようやく解消されたことに、気持ちがいくらか楽になる。
 それならば、僕はミカイルと並んでも相応しい人間になれば良いだけのことだった。
 今後の身の振り方が決まり、気分が上昇する感じがする。
 しかし、何故だか心はまだ晴れなかった。喉に小骨が刺さったときのような、そんな小さなしこりがあるのだ。
 僕は何か大事なことでも忘れているのか───? 
 それにしては何も思いつかない。
 そのままぐるぐるとしばらく頭を悩ませたが、やはり何も分からなかった。

 そんなことを考えている内に、あっという間に本鈴が鳴ってしまう。僕は悪い考えを取っ払うかのように、勢いよく頭を振りかぶった。
 この悪い予感が、どうか気のせいでありますように。そう祈るしか今の僕にはできることはなかった。




 今日の最後の授業は、タルテ先生の魔法学だ。
 彼は王族だと知られてはいないものの、担当する授業は魔法に関するものだった。
 当然のことながら知識量も膨大で、いくら髪色が黒に見えてはいないからといって、その内バレても可笑しくはないのではと僕は勝手に思っている。

「教科書の32ページを開け。……魔法薬は主に二つの効果に分かれてる。使用者に直接作用するものと、使用者以外に間接作用するものだ。その種類は様々だが、お前らでも一度は飲んだことがあるくらい広く普及してる魔法薬もある。それは何だか答えてみろ、イーグラント」 
「え!?……か、回復薬とか、ですか?」
「そうだなァ。ちなみにお前、飲んだことは?」
「僕はありません」
「じゃあしっかり読んで忘れるなよ」

 先生はそのまま何事もなかったかのように話を続ける。
 しかし、最後の一言がやけに噛み合っていない気がして僕は頭を捻った。教科書をよく読んで魔法薬に対する知識を深めておけということだろうか。
 それにしてはどこか釈然としないまま、僕は先生に向けていた視線を机の上に戻す。
 するとそこには、先程まで無かったはずの二つ折にされたメモ用紙がちょこんと置いてあった。
 思わず声を上げそうになる。が、寸でのところでそれを抑えた。
 いつの間にこんなものが置かれていたのだろう。今この状態で僕の机に何かできるのは、隣の席のテイリットさんくらいしかいない。
 もしや僕のことが嫌いすぎて罵詈雑言でも書かれているんじゃないだろうな────
 そう思い、恐る恐る紙を開くと、そこには達筆な字でこう書かれていた。

   ―――――――――――――――――――
 今日の放課後、西館の三階、突き当たりにある部屋まで誰にも言わず一人で来い。
 アイフォスターは用事があると言って離れるはずだから、お前は帰るふりをするだけでいい。
 部屋に着いたら、ノックを5回した後自分の名前を言え。
   ―――――――――――――――――――

 差出人はタルテ先生だった。 
 まさか先程の台詞はこれを読めと言うことだったのか。この紙を僕の机に置けたのも、彼の何かしらの魔法によるものだろう。
 それにしてはあまりにも分かりづらすぎるやり方だ。もっと方法はなかったのかと顔をしかめる。
 とはいえテイリットさんを疑ってしまったことに若干の罪悪感があった。
 いくら僕を嫌っているからと言って、今まで直接的な危害を加えられたことは無かった。大層な誤解をしてしまったことに、心の中で謝罪しておくことにする。

 それにしても突然僕を呼び出すなど、先生は一体全体どうしたんだろうか。
 考え得ることの一つとしては、やっぱり僕に魔法が効かなかったことについてだと思う。時間がなくてあの時は先生とあまり話せなかったが、改めてその機会を設けてくれたのかもしれない。 
 クラスのことでいろいろあって忘れかけていたものの、それも考えなければならないことの一つだった。 
 それからミカイルが用事で僕から離れるというのは本当だろうか。些か信じにくい出来事だが、確かタルテ先生は前に未来予知みたいなものをしていた気がする。
 今回もその魔法を使ったのだとすれば、僕はミカイルに違和感を持たれないよう何も知らない振りをしなければならなかった。
 嘘をつくのは得意ではないが、今回ばかりはそうも言えない。せめて顔にだけは出ないようにしようと、僕は表情を引き締めた。



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