どうして許されると思ったの?

わらびもち

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従者の報告

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 柔らかな午後の陽光が絹のカーテン越しに柔らかく差し込み、部屋の中に金色の光を落としていた。部屋の中心、刺繍の施された長椅子に腰掛ける貴婦人はこの邸の女主人、システィーナ。彼女は品の良いドレスに身を包み、まるで古の肖像画から抜け出したかのように気高く佇んでいた。

 彼女の手元には白磁のカップがあり、細く美しい指がその取っ手をたおやかに支えている。冷めかけたハーブティーにはまだほんのりと爽やかな香草の香りが立ち上っていた。

 扉が軋む音と共に黒の執事服を身に纏った若い男が一礼をもって入室する。
足音を極力抑えて近づき、床に膝をついた。

「奥様、昨日に旦那様が参加いたしましたパーティーの件についてご報告がございます」

 男の報告にシスティーナは瞳を細めた。宝石のように美しい瞳には、冷静さと人を見透かすような気高さが宿っている。

「そう…詳しく聞かせてちょうだい」

 男は顔を上げぬまま、丁寧に言葉を選びつつ淡々と報告を続ける。システィーナは目を閉じ、時折小さく頷きながら耳を傾けた。

 報告が終わると彼女は静かに目を開け、綺麗に微笑んだ。

「まあまあ……意外だわ。あの旦那様がそこまでハッキリと誰かを拒絶なさるなんて……」

 システィーナは鈴の音を転がすような可憐な声でころころと愉快そうに笑う。
 彼女に報告をした男こそ、あのパーティーに随行したレイモンドの従者の一人である。

「それにしても……旦那様ったら、どうしてわたくしに言ってくださらなかったのかしら。まあ、様子が変だったから何かあるなとは思っていたのだけど……」

 余計な心配をかけないためか、話して嫌なことを思い出さないためか、レイモンドはシスティーナに夫人と諍いがあったことを黙っていた。だが、顔色は悪く疲れ切っていた様子からシスティーナは何かあったと察してはいたのだ。

「それで、ミスティ子爵夫人はどういう反応をしたのかしら? 好きな方に拒絶されてさぞかし憔悴なさっているでしょうね……」

「はい。その部屋の前まで行って様子を伺いましたところ、扉越しに女性のすすり泣く声が聞こえてきました。おそらくは中で夫人が泣いていたのだと思われます。その姿を誰かに見られ、旦那様がよからぬ噂を流されぬよう、夫人のお付きの者にさっさと回収させようとしたのですが……」

 従者は言いかけたところで言葉を止め、眉をひそめて視線を伏せた。
 まるで口にするのをためらっているかのように唇が動いては、また閉じる。
 その様子に、システィーナはそっと彼に語り掛けた。

「……どうしたの?」

 システィーナの問いかけに従者は絞り出すように言葉を紡いだ。

「……いたのですよ、あの元侍女長が……。夫人のお付きの侍女として子爵家の馬車に控えておりました」

「まあ! 元侍女長が?」

 システィーナは目を丸くして驚き、少しだけ大きな声をあげる。そして胸に手を当て、しばし思案するように視線を彷徨わせた。

「ということは……元侍女長が旦那様の予定を子爵夫人に教えたのかしら」

「はい、おそらくはそうだと。この邸に勤めていた時に旦那様の予定を知り得たのかと思われます」

「あのパーティーに参加するのはずっと前から決まっていたことだし、その頃には元侍女長もこの邸にいたものね。使用人の立場ならどうにかして知ることも可能でしょう」

 あのパーティーは基本的に事業家達が集まり意見を交わし合うことを目的とした会である、参加者は必然的に男性で埋め尽くされる。この国に女性の事業者はほとんどいないからだ。
 
そんな会に夫の子爵が参加しているならまだしも、事業家でもない夫人一人が偶然参加していることがおかしい。偶然ではなく、レイモンドが参加するという情報を事前に知っていて潜り込んだのだろう。

「はい、それに参加自体もそう難しくありません。基本は誰でも参加できるという自由な形式でありました」

 あの会の主催者は誰でも自由に意見を交換できるように、と来る者拒まず参加者を募っていたようだ。それこそミスティ子爵夫人が入り込めてしまうくらいに。

「物凄い執着だこと……。離婚するからと形振り構わない行動に出るようになったわね。今まで接触してこなかったのに、いきなりこんなグイグイ来られては惹かれるどころか引かれてしまうでしょうに……」

 三十を超えた女性の行動とは思えぬ程計画性が無い。
 もっとこう……上手な恋の駆け引きとやらが出来ないものだろうか。

「まったくその通りです。旦那様はさぞかしご気分を害されたことでしょう……。あのような下品な女をかつて仕えた御方に近づけるなど、元侍女長はとんでもない不忠者であります」

 従者の手は微かに震えている。
 そこには長年仕えていたレイモンドを裏切った不忠者への怒りの炎が宿っていた。
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