18 / 165
伯父からの叱責
しおりを挟む
「──結婚式以来だな、エリオット」
低く張りのある声が食堂の空気を緊張で満たし、威厳に満ちた視線がエリオットを射貫く。
「はい……。おはようございます、伯父上」
声に怯えを滲ませながらエリオットは静かに一礼し、朝の挨拶を告げる。
横目で妻の様子を伺うが、彼女はこちらに目をくれることなく優雅に食後の紅茶を味わっていた。
「早朝に訪ねてすまなかったな」
こんな朝早く訪問するという非礼を詫びる公爵。親しげに話しているように見えて、その目はちっとも笑っていない。次の瞬間、眉間に皺を寄せて再び口を開いた。
「──ところでエリオット……貴様は、自らの立場を理解しておるのか?」
低く、抑えた声。しかしそこに宿るのは雷鳴の前の静けさのような迫力だった。
まるで刃を首に押し付けられたよう恐ろしさを含んだ声に怯え、何も答えられない。
「貴様は花嫁を初夜に放置した挙句、元婚約者に会いに行ったと聞いている。——それは真か?」
「…………ッ!?」
公爵の言葉にエリオットは思わず目を伏せてしまった。
どうしてそれを伯父が知っているのか、と問う言葉が喉まで上がったが、伯父の視線に気圧され声が出ない。
「……沈黙は肯定と受け取ってよいな」
ゆっくり椅子から立ち上がった公爵は静かな足音を響かせてエリオットの前に歩み寄る。その歩幅は一定で無駄がなく、だが重々しい。近づくごとに、部屋の空気が下がっていくようだった。
「出来ればここで貴様の鼓膜を破るほど怒鳴りつけてしまいたいが……レディの前なので控えるとしよう。なにより、呆れて言葉も出ぬわ。儂も長い人生を過ごしてきたが、ここまでの愚かな振る舞いをする人間がいるという話は一度も耳にしたことが無い。それも……よりにもよって己が甥だとは……」
じわじわと追い詰めるような声音にエリオットの額から冷や汗が滲み出る。
恐ろしい。ただその一言に尽きる伯父の言葉に声が出ない。
「分かっているだろうが、貴様の振る舞いは個人の軽率では済まぬ。『家』の名を背負うっている以上、貴様の愚行はガーネット一族全ての過ちとなる。エリオット、貴様はせっかく結んだガーネット家とサフィー家の縁に亀裂を入れたいのか?」
「い、いえ……決してそのようなことは……」
「ほう? そんなつもりはなかったと? では、どんな理由があってサフィー家のご令嬢に恥辱を与えたのだ?」
「ち、恥辱だなんて……そんなつもりはございません……」
「ふむ? では、貴様は結婚式の晩に放置した挙句に元婚約者に会いに行くという行為は相手に恥をかかせるものだと認識していないと申すか……。どうやら物事を正しく認識する能力と、共感性が著しく欠如しているようだ。セシリア嬢、このような知能に問題がある男を紹介してしまったこと、誠に申し訳ない。甥がここまで阿呆だと見抜けなかった儂の失態だ」
エリオットからセシリアの方へと体を向けた公爵は深々と頭を下げる。
公爵家の当主という高位の身分でありながら、甥の妻でしかないセシリアに頭を下げているという事実に驚いたエリオットは慌てて「伯父上!?」と声を張り上げた。
「うるさい! 貴様も頭を下げろ! 女性に恥をかかせるなど紳士としてあるまじき行為だぞ!」
「痛ッ……! お止めください、伯父上……」
公爵により無理やり頭を下げさせられたエリオット。
年齢の割に力強いせいか、体勢を崩して床に倒れそうだ。
身分の高い公爵と自分の夫が頭を下げているにも関わらず、少しも焦ることなく悠然とした態度でセシリアは彼等を一瞥した。
「頭を上げてくださいませ、公爵様。貴方様にそこまでしていただくのは忍びありませんわ」
セシリアは自分の夫には頭を上げる赦しを与えず、公爵にのみ声をかけた。
まさか妻がそんな態度に出るとは思わなかったエリオットは頭を下げながら驚愕した表情を浮かべていた。
低く張りのある声が食堂の空気を緊張で満たし、威厳に満ちた視線がエリオットを射貫く。
「はい……。おはようございます、伯父上」
声に怯えを滲ませながらエリオットは静かに一礼し、朝の挨拶を告げる。
横目で妻の様子を伺うが、彼女はこちらに目をくれることなく優雅に食後の紅茶を味わっていた。
「早朝に訪ねてすまなかったな」
こんな朝早く訪問するという非礼を詫びる公爵。親しげに話しているように見えて、その目はちっとも笑っていない。次の瞬間、眉間に皺を寄せて再び口を開いた。
「──ところでエリオット……貴様は、自らの立場を理解しておるのか?」
低く、抑えた声。しかしそこに宿るのは雷鳴の前の静けさのような迫力だった。
まるで刃を首に押し付けられたよう恐ろしさを含んだ声に怯え、何も答えられない。
「貴様は花嫁を初夜に放置した挙句、元婚約者に会いに行ったと聞いている。——それは真か?」
「…………ッ!?」
公爵の言葉にエリオットは思わず目を伏せてしまった。
どうしてそれを伯父が知っているのか、と問う言葉が喉まで上がったが、伯父の視線に気圧され声が出ない。
「……沈黙は肯定と受け取ってよいな」
ゆっくり椅子から立ち上がった公爵は静かな足音を響かせてエリオットの前に歩み寄る。その歩幅は一定で無駄がなく、だが重々しい。近づくごとに、部屋の空気が下がっていくようだった。
「出来ればここで貴様の鼓膜を破るほど怒鳴りつけてしまいたいが……レディの前なので控えるとしよう。なにより、呆れて言葉も出ぬわ。儂も長い人生を過ごしてきたが、ここまでの愚かな振る舞いをする人間がいるという話は一度も耳にしたことが無い。それも……よりにもよって己が甥だとは……」
じわじわと追い詰めるような声音にエリオットの額から冷や汗が滲み出る。
恐ろしい。ただその一言に尽きる伯父の言葉に声が出ない。
「分かっているだろうが、貴様の振る舞いは個人の軽率では済まぬ。『家』の名を背負うっている以上、貴様の愚行はガーネット一族全ての過ちとなる。エリオット、貴様はせっかく結んだガーネット家とサフィー家の縁に亀裂を入れたいのか?」
「い、いえ……決してそのようなことは……」
「ほう? そんなつもりはなかったと? では、どんな理由があってサフィー家のご令嬢に恥辱を与えたのだ?」
「ち、恥辱だなんて……そんなつもりはございません……」
「ふむ? では、貴様は結婚式の晩に放置した挙句に元婚約者に会いに行くという行為は相手に恥をかかせるものだと認識していないと申すか……。どうやら物事を正しく認識する能力と、共感性が著しく欠如しているようだ。セシリア嬢、このような知能に問題がある男を紹介してしまったこと、誠に申し訳ない。甥がここまで阿呆だと見抜けなかった儂の失態だ」
エリオットからセシリアの方へと体を向けた公爵は深々と頭を下げる。
公爵家の当主という高位の身分でありながら、甥の妻でしかないセシリアに頭を下げているという事実に驚いたエリオットは慌てて「伯父上!?」と声を張り上げた。
「うるさい! 貴様も頭を下げろ! 女性に恥をかかせるなど紳士としてあるまじき行為だぞ!」
「痛ッ……! お止めください、伯父上……」
公爵により無理やり頭を下げさせられたエリオット。
年齢の割に力強いせいか、体勢を崩して床に倒れそうだ。
身分の高い公爵と自分の夫が頭を下げているにも関わらず、少しも焦ることなく悠然とした態度でセシリアは彼等を一瞥した。
「頭を上げてくださいませ、公爵様。貴方様にそこまでしていただくのは忍びありませんわ」
セシリアは自分の夫には頭を上げる赦しを与えず、公爵にのみ声をかけた。
まさか妻がそんな態度に出るとは思わなかったエリオットは頭を下げながら驚愕した表情を浮かべていた。
4,127
あなたにおすすめの小説
なぜ、私に関係あるのかしら?
シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」
彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。
そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。
「…レオンハルト・トレヴァントだ」
非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。
そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。
「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」
この判断によって、どうなるかなども考えずに…
※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。
※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、
※ 画像はAIにて作成しております
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
ローザリンデの第二の人生
梨丸
恋愛
伯爵令嬢、ローザリンデの夫はいつも彼女より仕事を優先させ、彼女を無碍にしている。
彼には今はもういない想い人がいた。
私と結婚したことにいい思いをしていないことは知っていた。
けれど、私の命が懸かっていた時でさえも、彼の精神は変わらなかった。
あなたが愛してくれないのなら、私は勝手に幸せになります。
吹っ切れたローザリンデは自分自身の幸せのために動くことにした。
※投稿してから、誤字脱字などの修正やわかりにくい部分の補足をすることがあります。(話の筋は変わらないのでご安心ください。)
1/10 HOTランキング1位、小説、恋愛3位ありがとうございます。
結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください
シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。
国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。
溺愛する女性がいるとの噂も!
それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。
それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから!
そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー
最後まで書きあがっていますので、随時更新します。
表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。
さようなら、お別れしましょう
椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。
妻に新しいも古いもありますか?
愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?
私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。
――つまり、別居。
夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。
――あなたにお礼を言いますわ。
【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる!
※他サイトにも掲載しております。
※表紙はお借りしたものです。
【完結】これをもちまして、終了とさせていただきます
楽歩
恋愛
異世界から王宮に現れたという“女神の使徒”サラ。公爵令嬢のルシアーナの婚約者である王太子は、簡単に心奪われた。
伝承に語られる“女神の使徒”は時代ごとに現れ、国に奇跡をもたらす存在と言われている。婚約解消を告げる王、口々にルシアーナの処遇を言い合う重臣。
そんな混乱の中、ルシアーナは冷静に状況を見据えていた。
「王妃教育には、国の内部機密が含まれている。君がそれを知ったまま他家に嫁ぐことは……困難だ。女神アウレリア様を祀る神殿にて、王家の監視のもと、一生を女神に仕えて過ごすことになる」
神殿に閉じ込められて一生を過ごす? 冗談じゃないわ。
「お話はもうよろしいかしら?」
王族や重臣たち、誰もが自分の思惑通りに動くと考えている中で、ルシアーナは静かに、己の存在感を突きつける。
※39話、約9万字で完結予定です。最後までお付き合いいただけると嬉しいですm(__)m
【完結】無自覚人たらしマシュマロ令嬢、王宮で崇拝される ――見た目はぽっちゃり、中身は只者じゃない !
恋せよ恋
ファンタジー
富豪にして美食家、オラニエ侯爵家の長女ステファニー。
もっちり体型から「マシュマロ令嬢」と陰口を叩かれる彼女だが、
本人は今日もご機嫌に美味しいものを食べている。
――ただし、この令嬢、人のオーラが色で見える。
その力をひけらかすこともなく、ただ「気になるから」と忠告した結果、
不正商会が摘発され、運気が上がり、気づけば周囲には信奉者が増えていく。
十五歳で王妃に乞われ、王宮へ『なんでも顧問』として迎えられたステファニー。
美食を愛し、人を疑わず、誰にでも礼を尽くすその姿勢は、
いつの間にか貴族たちの心を掴み、王子たちまで惹きつけていく。
これは、
見た目はぽっちゃり、されど中身は只者ではないマシュマロ令嬢が、
無自覚のまま王宮を掌握していく、もっちり系・人たらし王宮譚。
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 エール📣いいね❤️励みになります!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる