いいえ、望んでいません

わらびもち

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彼女と決行日②

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「なんだ、答えられないのか? ……貴様、やけに顔が青白いが、何を隠している?」

「い、いえ! 何も隠しておりません!」

「だったらさっさと連れてこい。、すぐ連れてこられるだろう?」

 そう言われ、使用人の男は全身から血の気が引いた。
 伯爵夫人となった女性は結婚初日に別邸へと追いやったのでここ本邸にはいない。
 だがそれを目の前の恐ろしい笑みを浮かべる男に言ってはいけないことなんて馬鹿ですら分かる。

 言ったら最後だ。言ってしまえばもう、自分は無事ではいられない。
 どう考えても高貴な身分の令嬢であり、正式な女主人となった女性を蔑ろにしていいわけがなかった。
 それを今になって理解する。だが、もう遅い。

「おや、こちらもだんまりか? ならば仕方ない、勝手に邸を捜索するか」

 公爵が手を挙げ合図をすると、大勢の衛兵が伯爵邸へと押し入った。
 完全武装の厳つい兵士がいきなり邸内へと雪崩れ込んできたものだから、中にいた他の使用人達は驚愕のあまりその場で腰を抜かす。

 本邸は瞬く間に騒々しくなり、中から悲鳴や怒号が鳴り響く。
 そしてしばらくした後、数名の兵士が報告の為に邸内より出てきた。

「夫人とおぼしき女性がおりません! 邸内をくまなく探したのですが何処にも……」

「なんだと? この邸の女主人たる我が娘が中にいないだと? これは一体どういうことだ、伯爵?」

 わざとらしく、かつ大袈裟な言葉をもってダニエルを責め立てる公爵。
 相手の犯した罪を周囲に知らしめるため、ひときわ大きな声を出す。

「……妻は、ここにはいない。別邸にいる」

 我に返ったダニエルが公爵の問いに答える。
 何も考えず、正直に。

 それを聞いた使用人達は青白い顔で悲鳴をあげる。
 何故それを言ってしまうのだと。

「別邸だと? 何故この家に嫁いだ娘が本邸ではなく別邸にいるんだ?」

「何故って……本邸にはマリアナがいたからだ。今はもういないが……。妻がいたらマリアナも気分が悪いだろう? だから別邸に行ってもらった」

 馬鹿正直に答える主人に使用人達は驚愕の眼差しを向けた。

 何故わざわざ冷遇したことを告白するのか。
 しかも奥方の父親の前で愛人の名を出す馬鹿がどこにいる、と使用人一同は主人を睨みつけた。
 
 今までこんな愚かな男に従い、正式な奥方を冷遇するという愚行を繰り返してきたのかと今更ながら後悔した。


「ふむ? どうやら私には伯爵の言葉が理解できないようだ。お前は理解できたか?」

 公爵が傍に侍る護衛に問うが、彼もまた首を横に振る。

「いいえ、旦那様。わたくしめにも理解不能にございます。そもそも、その『マリアナ』とは誰の名なのでしょうか?」

 公爵も護衛も全て分かっていながらわざとらしくとぼけてみせた。
 
 ダニエルをはじめ伯爵家の使用人一同もよくよく見れば分かっただろう。

 娘が蔑ろにされているという割には少しも焦っていない公爵の様子を。

 だが眼前に破滅の道しか見えていない使用人一同と、事の重大さをちっとも理解していないダニエルには分からない。まあ分かったところでどうしようもないのだが。

「察するにその『マリアナ』とは伯爵の愛人なのだろう。愛人を本邸に住まわせて妻を別邸に追いやるとは……気が触れているとしか思えんな。使用人共の表情を見る限り、こやつらもそれに加担していたようだ。実に嘆かわしい……」

 公爵はそれを分かったうえでジュリエッタを嫁がせたのだが、それを知らない衛兵たちは憐憫の眼差しを公爵に向け、侮蔑の視線をダニエルに向けた。
 
 憂いを帯びた眼で俯く公爵は、何も知らなければ『酷い男に娘を嫁がせ、後悔する父親』に見える。この場にジュリエッタがいたら白々しいと呆れそうなものだが。

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