いいえ、望んでいません

わらびもち

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彼女と決行日③

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「娘をこんな気狂いに嫁がせてしまったなんて……。こうしてはいられない、すぐに別邸に向かい娘を保護しろ」

 後悔する父親を演じながら公爵は護衛に命を下す。
 それを受けた護衛が別邸らしき建物に向かい、中からジュリエッタを保護する。

「旦那様! お嬢様がいらっしゃいました! ですがかなり衰弱したご様子で……!」

「おお……なんと! 我が娘にこのような仕打ちをするなど、断じて許せぬ。ハルバード公爵家の令嬢を虐げた愚か者ども全員に鉄槌を下してくれるわ!」

 わざとらしく芝居がかった口調だな、と衰弱した女性を演じるジュリエッタが心の中で呟いた。

 公爵には娘を案じる父親の気持ちなど分からない。
 だからこんな芝居がかった台詞しか出てこないのだろう。

 本当に娘を愛する父親であれば、衰弱した娘を見て怒り心頭になるはずだ。
 少なくともこんな余裕綽々の態度などとらない。

 ジュリエッタからしてみれば公爵の態度は違和感だらけなのだが、周囲はそれに全く気づかない。

 どうやらこの『哀れな伯爵夫人救出劇』に夢中のようだ。

「衛兵! 伯爵邸の人間全てを捕縛し王城へと連行しろ!」

 生き生きと命令を下す公爵をジュリエッタは冷めた目で見ていた。
 やっと目的が果たされるので浮足立つ気持ちは分かる。
 だがせめて衰弱した娘に駆け寄るくらいの演技はできないものか。

(出来ないんだろうな、きっと……)

 この人は誰かを思いやることなどしない。例えそれが我が子だろうと、妻だろうと。
 そしてそんな冷血漢の血を引いているのだと思うとゾッとする。



「お嬢様、お疲れ様でございました。、このまま公爵邸まで送りますので、いましばらくご辛抱ください」

 公爵家の侍女のお仕着せを身に纏ったリサがジュリエッタに近づき、そっと耳元で囁いた。
 昨日まで伯爵邸の侍女に扮していた彼女が何食わぬ顔で公爵側についていることを、伯爵家の使用人達は誰も気づいていない。

 やはりあいつらの目は節穴だな、とジュリエッタは再認識した。

 そもそもが伯爵であるダニエルの目が節穴を通り越して大穴なのだから仕方ない。
 昨日会った時は元気一杯だった妻が今朝になって衰弱しているのをおかしいとは思わないのだろうか。

「おかしいとすら思えないのでしょう。ああいう自己中心的な男は自分以外興味がありませんから」

 ジュリエッタの心の内を読んだかのようにリサが小声で答える。
 きっと顔に出ていたのだろう。ダニエルと伯爵家使用人一同への侮蔑の感情が。

「残念ね。よく見たら分かるでしょうに。私が、化粧で顔を青白くして服を煤で汚しただけだということを」

 公爵家所有の馬車に乗せられたジュリエッタは、扉が閉まると同時に口を開く。
 ここならば誰かに会話を聞かれることもない。

「ええ、馬鹿ばかりでよかったです。昨日まで伯爵邸の侍女をしていた私が公爵家のお仕着せを身に着けていてもだーれも気づきません。分かってはいましたが馬鹿の巣窟ですね、あの伯爵家は」

 衰弱した演技をしろ、と公爵からの命令を受けたジュリエッタはリサの手によって本日の早朝から分厚い化粧を施されていた。

 おしろいをたっぷりとはたき、青い塗料の入った化粧品を顔の所々に塗る。
 すると遠目にはひどく青白い顔に見え、衰弱したことを印象付ける。

 だがこれだけでは虐待の印象が薄いかもしれない。そう思ったジュリエッタは急遽服を暖炉の煤で汚した。
 そうすることにより薄汚れた薄幸の伯爵夫人が出来上がったというわけだ。

 「これで全て終わりましたね。長きに渡るお勤め、本当にお疲れさまでございます。お嬢様にお仕えできましたこと誠に光栄でございました」

「リサ……私こそ、色々助けてくれてありがとう。これからも、その……元気でね」

 ジュリエッタがお礼の言葉を告げるとリサは涙を零した。

「勿体のうございます……。お嬢様もどうぞお体に気を付けて。貴女様の今後が幸多きものとなりますこと、このリサ……陰ながらずっとお祈りさせていただきます」

 リサにとって自分は単なる公爵の駒でしかないと思っていたが、それは違ったのだなとその涙を見て気づいた。

 彼女はジュリエッタを大切に想い仕えてくれた。
 少なくとも実の父親である公爵よりもずっと。

「うん、ありがとう……」

 もっと言いたいことは沢山あるのに、そう言うのが精一杯だ。
 気づけば自分も涙を流しており、それ以上言葉が出てこない。


 最悪な父親に連れ去られ、最悪な男の妻にされ、少女としての大切な時間を最悪なものにさせられた。

 そんな最悪な時間の中でも大切と思える人との出会いは確かにあった。

 公爵夫人、リサ、そして異母姉マリアナ
 それに生涯を共にしたいと思える男性シロ

 ジュリエッタにとって彼等との出会いは、かけがえのないものだ。
 きっとおそらく、死ぬまで忘れられないほどに。

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