27 / 43
彼女は望んでいない
しおりを挟む
「戻ったか。デューン元伯爵の様子はどうだった?」
ダニエルとの面会から戻ったジュリエッタは報告の為にハルバード公爵の執務室を訪れた。
中には重厚な椅子に座り書類に目を通す公爵がおり、彼はジュリエッタの方を見ることもなくそう尋ねる。
「あまりご自分のおかれている状況について分かっていないようです。私と離婚したことも、自分がもう伯爵でないことも知りませんでした」
「ははっ! 想像通りの愚か者だな! まあいい、奴が何を喚こうが結果は変わらん。それより余計なことは言わなかったろうな?」
「はい。聞かれもしませんでした。元伯爵は今後どうなるのですか?」
「なあに、悪いようにはせん。見目はそこそこいいから隣国の女王の愛人にでもするつもりだ。働きもしない男には似合いの仕事だろうよ」
「……さようでございますか」
女性に依存する性質のダニエルにはそれが合っているのかもしれない。
口には出さないがジュリエッタはそう思った。
「さて、我が娘よ。これで長きに渡る任務が全て終わったな。それでお前は褒美に何を望む? 何ならこのまま当家の令嬢として生きてもよいのだぞ? 立ち居振る舞いを見るにお前は我がハルバード公爵家に相応しき立派な淑女となった。何なら貴族の再婚相手を探しても構わないぞ」
「お気遣いいただきありがとうございます。ですが公爵様、私はそれを望みません。当初の約束通り、母の元に帰ります」
その返答が意外だったのか、公爵は書類から目線を外し、ジュリエッタの方へと移した。
冷えたサファイアブルーの瞳が射抜くように見つめてくるが、彼女は決して怯まない。
「名門ハルバード公爵家の令嬢の座が惜しくないと? 王家の血を引く公女の身分はこの国の少女ならば誰もが渇望すると思うが?」
「私には分不相応です。公爵様」
頑なに固辞し、自分を父と呼ばないジュリエッタに公爵の眼光が鋭く変わる。
まるで爬虫類のようなその目に昔は恐怖を感じたが、今の彼女は何とも思わない。
「多くの人間に傅かれ、世話をされ、欲しい物は全て手に入る。そんな生活が手に入るのだぞ? 私はお前が貴族に憧れ、貴族になることを望んでいると思ったがな」
「いいえ、望んでいません。私は、一度たりとも貴族になることを望んだことはありません。……公爵様、私は任務を果たしました。どうぞ約束はお守りください」
決して引くことのない意思の強さを見せるサファイアブルーの瞳。
己と同じ色を持つ娘の眼光に押され、公爵は一瞬怯んでしまった。
「…………承知した。約束は守ろう。だが、本当にいいんだな?」
「はい、もちろんでございます。では私はこれで下がらせて頂きます。御機嫌よう、公爵様」
見惚れるような美しいカーテシーを披露し、ジュリエッタは執務室から退出した。
それはまるでこれが最後と言わんばかりの見事な礼。
ハルバード公爵家の名に相応しく優美なそれはジュリエッタの努力の賜物である。
ジュリエッタが去った執務室の中で公爵はしばらく扉の方を眺めていた。
仕事の方が優先だと言わんばかりに目線を落としていた書類には目もくれず、娘が出て行った扉をただじっと、呆けた顔で。
当初の約束では確かにジュリエッタを母親の元に帰すと約束していた。
だが貴族令嬢としての贅沢な暮らしに慣れたら帰りたいなんて言わないだろうと思っていたのだ。
公爵には分からない。
何故ジュリエッタが父親である彼の元を何の未練もなく去る意味が。
おそらくきっと、最後まで理解することはない。
ダニエルとの面会から戻ったジュリエッタは報告の為にハルバード公爵の執務室を訪れた。
中には重厚な椅子に座り書類に目を通す公爵がおり、彼はジュリエッタの方を見ることもなくそう尋ねる。
「あまりご自分のおかれている状況について分かっていないようです。私と離婚したことも、自分がもう伯爵でないことも知りませんでした」
「ははっ! 想像通りの愚か者だな! まあいい、奴が何を喚こうが結果は変わらん。それより余計なことは言わなかったろうな?」
「はい。聞かれもしませんでした。元伯爵は今後どうなるのですか?」
「なあに、悪いようにはせん。見目はそこそこいいから隣国の女王の愛人にでもするつもりだ。働きもしない男には似合いの仕事だろうよ」
「……さようでございますか」
女性に依存する性質のダニエルにはそれが合っているのかもしれない。
口には出さないがジュリエッタはそう思った。
「さて、我が娘よ。これで長きに渡る任務が全て終わったな。それでお前は褒美に何を望む? 何ならこのまま当家の令嬢として生きてもよいのだぞ? 立ち居振る舞いを見るにお前は我がハルバード公爵家に相応しき立派な淑女となった。何なら貴族の再婚相手を探しても構わないぞ」
「お気遣いいただきありがとうございます。ですが公爵様、私はそれを望みません。当初の約束通り、母の元に帰ります」
その返答が意外だったのか、公爵は書類から目線を外し、ジュリエッタの方へと移した。
冷えたサファイアブルーの瞳が射抜くように見つめてくるが、彼女は決して怯まない。
「名門ハルバード公爵家の令嬢の座が惜しくないと? 王家の血を引く公女の身分はこの国の少女ならば誰もが渇望すると思うが?」
「私には分不相応です。公爵様」
頑なに固辞し、自分を父と呼ばないジュリエッタに公爵の眼光が鋭く変わる。
まるで爬虫類のようなその目に昔は恐怖を感じたが、今の彼女は何とも思わない。
「多くの人間に傅かれ、世話をされ、欲しい物は全て手に入る。そんな生活が手に入るのだぞ? 私はお前が貴族に憧れ、貴族になることを望んでいると思ったがな」
「いいえ、望んでいません。私は、一度たりとも貴族になることを望んだことはありません。……公爵様、私は任務を果たしました。どうぞ約束はお守りください」
決して引くことのない意思の強さを見せるサファイアブルーの瞳。
己と同じ色を持つ娘の眼光に押され、公爵は一瞬怯んでしまった。
「…………承知した。約束は守ろう。だが、本当にいいんだな?」
「はい、もちろんでございます。では私はこれで下がらせて頂きます。御機嫌よう、公爵様」
見惚れるような美しいカーテシーを披露し、ジュリエッタは執務室から退出した。
それはまるでこれが最後と言わんばかりの見事な礼。
ハルバード公爵家の名に相応しく優美なそれはジュリエッタの努力の賜物である。
ジュリエッタが去った執務室の中で公爵はしばらく扉の方を眺めていた。
仕事の方が優先だと言わんばかりに目線を落としていた書類には目もくれず、娘が出て行った扉をただじっと、呆けた顔で。
当初の約束では確かにジュリエッタを母親の元に帰すと約束していた。
だが貴族令嬢としての贅沢な暮らしに慣れたら帰りたいなんて言わないだろうと思っていたのだ。
公爵には分からない。
何故ジュリエッタが父親である彼の元を何の未練もなく去る意味が。
おそらくきっと、最後まで理解することはない。
783
あなたにおすすめの小説
願いの代償
らがまふぃん
恋愛
誰も彼もが軽視する。婚約者に家族までも。
公爵家に生まれ、王太子の婚約者となっても、誰からも認められることのないメルナーゼ・カーマイン。
唐突に思う。
どうして頑張っているのか。
どうして生きていたいのか。
もう、いいのではないだろうか。
メルナーゼが生を諦めたとき、世界の運命が決まった。
*ご都合主義です。わかりづらいなどありましたらすみません。笑って読んでくださいませ。本編15話で完結です。番外編を数話、気まぐれに投稿します。よろしくお願いいたします。
※ありがたいことにHOTランキング入りいたしました。たくさんの方の目に触れる機会に感謝です。本編は終了しましたが、番外編も投稿予定ですので、気長にお付き合いくださると嬉しいです。たくさんのお気に入り登録、しおり、エール、いいねをありがとうございます。R7.1/31
*らがまふぃん活動三周年周年記念として、R7.11/4に一話お届けいたします。楽しく活動させていただき、ありがとうございます。
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。
「身分が違う」って言ったのはそっちでしょ?今さら泣いても遅いです
ほーみ
恋愛
「お前のような平民と、未来を共にできるわけがない」
その言葉を最後に、彼は私を冷たく突き放した。
──王都の学園で、私は彼と出会った。
彼の名はレオン・ハイゼル。王国の名門貴族家の嫡男であり、次期宰相候補とまで呼ばれる才子。
貧しい出自ながら奨学生として入学した私・リリアは、最初こそ彼に軽んじられていた。けれど成績で彼を追い抜き、共に課題をこなすうちに、いつしか惹かれ合うようになったのだ。
貴方が側妃を望んだのです
cyaru
恋愛
「君はそれでいいのか」王太子ハロルドは言った。
「えぇ。勿論ですわ」婚約者の公爵令嬢フランセアは答えた。
誠の愛に気がついたと言われたフランセアは微笑んで答えた。
※2022年6月12日。一部書き足しました。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
史実などに基づいたものではない事をご理解ください。
※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。
表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。
※更新していくうえでタグは幾つか増えます。
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
愛せないですか。それなら別れましょう
黒木 楓
恋愛
「俺はお前を愛せないが、王妃にはしてやろう」
婚約者バラド王子の発言に、 侯爵令嬢フロンは唖然としてしまう。
バラド王子は、フロンよりも平民のラミカを愛している。
そしてフロンはこれから王妃となり、側妃となるラミカに従わなければならない。
王子の命令を聞き、フロンは我慢の限界がきた。
「愛せないですか。それなら別れましょう」
この時バラド王子は、ラミカの本性を知らなかった。
王太子妃は離婚したい
凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。
だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。
※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。
綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。
これまで応援いただき、本当にありがとうございました。
レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。
https://www.regina-books.com/extra/login
融資できないなら離縁だと言われました、もちろん快諾します。
音爽(ネソウ)
恋愛
無能で没落寸前の公爵は富豪の伯爵家に目を付けた。
格下ゆえに逆らえずバカ息子と伯爵令嬢ディアヌはしぶしぶ婚姻した。
正妻なはずが離れ家を与えられ冷遇される日々。
だが伯爵家の事業失敗の噂が立ち、公爵家への融資が停止した。
「期待を裏切った、出ていけ」とディアヌは追い出される。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる