いいえ、望んでいません

わらびもち

文字の大きさ
28 / 43

彼女と公爵夫人

しおりを挟む
 公爵の執務室を出たジュリエッタはそのまま自分に宛がわれた部屋へと向かう。
 
 ダニエルと離婚し、ハルバード公爵家へと戻ったジュリエッタに公爵夫人が用意してくれた部屋だ。
 年頃の娘が喜ぶような可愛らしく上品な調度品で設えられており、夫人の細やかな心遣いが感じられる。

 せっかく用意してくれたこの部屋を出るのはやや心苦しい。
 だがジュリエッタは元夫のダニエルと父親である公爵に別れを告げたら邸を出る、と最初から決めていた。
 


 持っていく荷物はほとんどない。
 元々着の身着のまま連れてこられただけあって、ジュリエッタの私物というものはこの邸にはない。

 着ているドレスを脱ぎ、宝飾品も外し、それを丁寧に仕舞う。
 
 と決めていた。
 豪華で煌めくそれらはジュリエッタの今後の人生に不要なものだから。

 流石に裸で出ていくわけにはいかないので、用意してもらったワンピースに袖を通し、ハイヒールの靴から平たい靴に履き替える。

 着替えが終わったあたりで公爵夫人が部屋に訪れた。

「ジュリエッタ、この邸を出るそうね?」

「はい、夫人には色々お世話になりました。このご恩は生涯忘れません」

「気にすることないわ。わたくしが好きでやってたことだもの。それより貴女に餞別の品を持ってきたのよ」

 夫人がそう言うと、彼女の横にいた侍女が一つの大きな化粧箱を差し出した。
 開けてご覧なさい、と夫人に促され、上質な箱の蓋を開ける。
 すると中には純白に煌めく花嫁衣裳が収められていた。

「夫人……これは……」

「貴女の花嫁支度よ。乙女にとって結婚とはとても大切なもの。今度こそ好きな人と幸せな結婚をなさい。差し出がましいようだけど、ここではわたくしは貴女の母のようなもの。娘に与える最初で最後の贈り物としてどうか受け取って頂戴」

 繊細なレースや小粒の宝石をふんだんにあしらい、精緻な刺繍が施されたその衣装はどう見ても既製品ではなくオーダーメイドの品だ。夫人がジュリエッタのために時間をかけて準備してくれただろうことがよく分かる。

「夫人……ですが、こんな高価な物を頂くわけには……」

「いいえ、貴女にはこれを受け取る権利があるわ。望まなかったとはいえ、旦那様の目的の為に数年間の人生を捧げてきた貴女だもの。旦那様から謝礼金は出たのでしょうけど、それとは別にこれはハルバード公爵夫人としての礼の品でもあるわ。本当は、貴女の労力はこんなものじゃ足りないくらいよ。だからどうか受け取って」

「そんな……! 勿体ないお言葉です……!」

「ふふ、これは貴女の恋人に持ってもらいなさい。荷物になるでしょうしね? だからこれは、こちらからシロに渡しておくわ」

「えええ!? 夫人、何故それを……?」

 離婚が成立した後、シロと晴れて恋人同士になったことは誰にも言っていない。
 なのに何故夫人が知っているのかとジュリエッタは驚愕した。

「何故って、リサから聞いたのよ? ねえ?」

 夫人が悪戯っぽく隣にいる侍女に笑いかける。
 するとずっと俯いていた侍女が顔を上げて微笑んだ。

「え? リサ……? どうしてここに?」

「いやですわ、お嬢様。わたくしめはハルバード公爵家の侍女なのですから、ここにいても何の不思議もありませんでしょう?」

 夫人の傍に控えていた侍女はリサだった。
 彼女はジュリエッタに柔らかい笑みを向け、茶目っ気を含んだ口調でそう言った。

「リサは元々わたくしの侍女なの。貴女が伯爵家へ嫁ぐと決まった時、わたくしから旦那様にお願いして彼女を付けてもらったのよ」

「え……? 夫人がリサを?」

「ええ。リサなら安心して任せられるからね」

 どうしてそこまでしてくれるのか。
 
 ジュリエッタは夫人の心遣いに驚きと感謝で自然と涙が零れた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

願いの代償

らがまふぃん
恋愛
誰も彼もが軽視する。婚約者に家族までも。 公爵家に生まれ、王太子の婚約者となっても、誰からも認められることのないメルナーゼ・カーマイン。 唐突に思う。 どうして頑張っているのか。 どうして生きていたいのか。 もう、いいのではないだろうか。 メルナーゼが生を諦めたとき、世界の運命が決まった。 *ご都合主義です。わかりづらいなどありましたらすみません。笑って読んでくださいませ。本編15話で完結です。番外編を数話、気まぐれに投稿します。よろしくお願いいたします。 ※ありがたいことにHOTランキング入りいたしました。たくさんの方の目に触れる機会に感謝です。本編は終了しましたが、番外編も投稿予定ですので、気長にお付き合いくださると嬉しいです。たくさんのお気に入り登録、しおり、エール、いいねをありがとうございます。R7.1/31 *らがまふぃん活動三周年周年記念として、R7.11/4に一話お届けいたします。楽しく活動させていただき、ありがとうございます。

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

「身分が違う」って言ったのはそっちでしょ?今さら泣いても遅いです

ほーみ
恋愛
 「お前のような平民と、未来を共にできるわけがない」  その言葉を最後に、彼は私を冷たく突き放した。  ──王都の学園で、私は彼と出会った。  彼の名はレオン・ハイゼル。王国の名門貴族家の嫡男であり、次期宰相候補とまで呼ばれる才子。  貧しい出自ながら奨学生として入学した私・リリアは、最初こそ彼に軽んじられていた。けれど成績で彼を追い抜き、共に課題をこなすうちに、いつしか惹かれ合うようになったのだ。

貴方が側妃を望んだのです

cyaru
恋愛
「君はそれでいいのか」王太子ハロルドは言った。 「えぇ。勿論ですわ」婚約者の公爵令嬢フランセアは答えた。 誠の愛に気がついたと言われたフランセアは微笑んで答えた。 ※2022年6月12日。一部書き足しました。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。  史実などに基づいたものではない事をご理解ください。 ※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。  表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。 ※更新していくうえでタグは幾つか増えます。 ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

愛せないですか。それなら別れましょう

黒木 楓
恋愛
「俺はお前を愛せないが、王妃にはしてやろう」  婚約者バラド王子の発言に、 侯爵令嬢フロンは唖然としてしまう。  バラド王子は、フロンよりも平民のラミカを愛している。  そしてフロンはこれから王妃となり、側妃となるラミカに従わなければならない。  王子の命令を聞き、フロンは我慢の限界がきた。 「愛せないですか。それなら別れましょう」  この時バラド王子は、ラミカの本性を知らなかった。

王太子妃は離婚したい

凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。 だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。 ※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。 綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。 これまで応援いただき、本当にありがとうございました。 レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。 https://www.regina-books.com/extra/login

融資できないなら離縁だと言われました、もちろん快諾します。

音爽(ネソウ)
恋愛
無能で没落寸前の公爵は富豪の伯爵家に目を付けた。 格下ゆえに逆らえずバカ息子と伯爵令嬢ディアヌはしぶしぶ婚姻した。 正妻なはずが離れ家を与えられ冷遇される日々。 だが伯爵家の事業失敗の噂が立ち、公爵家への融資が停止した。 「期待を裏切った、出ていけ」とディアヌは追い出される。

処理中です...