どこまでも付いていきます下駄の雪

楠乃小玉

文字の大きさ
16 / 76

十六話 自己犠牲

しおりを挟む
 翌日、五月二十五日。
 伝令の報告によると花倉方は久能山の久能寺で挙兵。

 兵一千を出陣し今川館に向こうているようであった。

 たかが千人で今川館を攻めるとは嘗められたものである。

 敵の大将は黒鉄の兜に、
 金色の板に黒く南無八幡大菩薩と掘抜いた飾りを付けていたそうだ。

 素性も分からぬ無名の者であった。

 今川館での軍議中、諸将がざわめいた。

 「駿河衆を嘗めくさりおって」

 孕石光尚ルハラミイシミツナオがうめき声をあげた。

 この人は駿河人らしからず短気で粗野な処がある。


 「敵は音に聞こえし高天神衆ぞ、誰とて侮ってはならぬ」

 義元公が戒められた。

 「されば、勝手知ったる某が参りましょう」

 朝比奈泰能殿が声をあげた。

「ならば、某も助太刀いたす、幸い、先頃調達した雑兵三百が無駄にならずに済みました」

 左兵衛も声をあげた。

「野伏を今は 使うてはならぬ、それは後に取っておけ」

 雪斎様が左兵衛をいさめる。

「ならば、某の兵を連れて行くがよい」

 父、一宮宗是が申し出てくれた。

 朝比奈勢三千、一宮勢三百が今川館を出て花倉方の高天神衆と対峙した。

 「やあやあ我こそは清和源氏の一党
 河内源氏の源頼信を祖としたる小笠原氏が末裔、
 一宮左兵衛なるぞ」

 左兵衛は刀を引き抜き、声高らかに叫んだ。

 「はははっ、名乗るということは、
 我に討たれてその名を末代まで語り継いでほしいということであろう、
 ならばせいぜい励んで我を楽しませてみよ、
 多少なりと歯ごたえがあればその名憶えてやるぞ」

 その声には張りがあり、よく通った。

 「おのれ」
 左兵衛は馬をせき立て前に突進した。

「危ない、前に出るな」

 朝比奈泰能殿が叫ぶ。
 前を見ると一斉に左兵衛に向けて弓を射ようとする雑兵を、
 あの大将が止めている。完全に嘗められている。

 「死ねい」

 左兵衛が刀を振り上げた前に父の郎党が飛び出した。

 「危ない」

 敵大将の槍がその郎党の目を突き抜く。
 郎党は声もなく倒れた。

 「危ない、若、お下がりください」

 雑兵が後ろから左兵衛を引っ張り、馬から引きずり降ろした。
 
 そして郎党がよってたかって左兵衛を掴み上げ、担いで後方に引いた。

 「ええい、離せ!武門の恥辱ぞ!ここで死なせろ!」

 「いいえ、なりません、あなた様は名門一宮家のお世継ぎですぞ」

 郎党が叫んだ。

 「あはは、これは愉快、一宮とやら、そちの名憶えたぞ、楽しませてくれるわ」

 敵大将が大笑いしている。

 「進め!」

 朝比奈泰能が兵を進める。

 「これは朝比奈殿、好敵成り、我が名は福島孫九郎。
 生きて逃げ帰る事が出来たなら、子々孫々我と戦うた誉れを語り継ぐがよい」

 泰能殿は無言のまま郎党を引き連れ黒鉄の玉のように密集した魚鱗の陣で突き進んだ。

 「弓放て」

 福島孫九郎が弓を射るよう命ずる。

 間髪入れず、孫九郎の軍勢の中に泰能殿の軍が突っ込み、乱戦となる。

 「我らも遅れるな」

 左兵衛も号令をかけ、突撃した。

 「これはたまらぬ」

 泰能殿の猛攻に耐えかねたか、孫九郎は兵を置いて一人逃亡した。

 それを見た敵の郎党たちは慌ててその後を追う。

 「はははっ、口ほどにもないわ」

 敵の意外なもろさに左兵衛は嘲りの声をあげる。

 「ご油断めさるな、敵の郎党は算を乱して逃げ惑うておるように見えて、
 誰一人武器を投げ捨てておらぬ。決して狼狽しておりませぬぞ」

 福島孫九郎の逃げ足は速く、瞬く間に森の方へ逃げ散っていく。

 「山中に逃がすな、平野で討ち取れ」

 左兵衛は兵を励まし突進した。孫九郎は峻険な崖に挟まれた細道に逃げ込む。

 「馬鹿め、そちらは行き止まりじゃ、袋の鼠ぞ」

 左兵衛が叫んだ。

 「左兵衛殿待たれい、伏兵ぞ」

 朝比奈泰能殿が叫んだ。

 「なに」

 左兵衛は馬を止めた。

 ヒュンと目の前に敵の矢がかすめる。

 切り立った崖の上から射てきている。

 「左兵衛殿、さがられよ」

 「承知いたした」

 左兵衛が慌てて後方に撤退すると朝比奈泰能殿は前にせり出した。

 「あ」

 左兵衛は面食らって振り返った。

 「お気にめさるな、殿(しんがり)でござる」

 父の郎党が叫んだ。

 「されど」

 「こちらが早く引かねば、朝比奈方の被害が増えまする。ささ、早う」

 「そうなのか」

 状況があまり飲み込めないまま左兵衛は馬を急がせた。

 振り返ると泰能殿の兵たちは福島方に矢を射かけながら後ろ向きのまま後ずさりして後退していた。

 遠くで微かに孫九郎の声が聞こえる。

 「石で頭を潰してやろうと思うたに、おしい事をしただにい、
 一宮なにがし、おぬしの道化ぶり、楽しませてもろうたぞ、ははは」

 左兵衛は歯を食いしばった。
しおりを挟む
感想 43

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

強いられる賭け~脇坂安治軍記~

恩地玖
歴史・時代
浅井家の配下である脇坂家は、永禄11年に勃発した観音寺合戦に、織田・浅井連合軍の一隊として参戦する。この戦を何とか生き延びた安治は、浅井家を見限り、織田方につくことを決めた。そんな折、羽柴秀吉が人を集めているという話を聞きつけ、早速、秀吉の元に向かい、秀吉から温かく迎えられる。 こうして、秀吉の家臣となった安治は、幾多の困難を乗り越えて、ついには淡路三万石の大名にまで出世する。 しかし、秀吉亡き後、石田三成と徳川家康の対立が決定的となった。秀吉からの恩に報い、石田方につくか、秀吉子飼いの武将が従った徳川方につくか、安治は決断を迫られることになる。

マルチバース豊臣家の人々

かまぼこのもと
歴史・時代
1600年9月 後に天下人となる予定だった徳川家康は焦っていた。 ーーこんなはずちゃうやろ? それもそのはず、ある人物が生きていたことで時代は大きく変わるのであった。 果たして、この世界でも家康の天下となるのか!?  そして、豊臣家は生き残ることができるのか!?

天竜川で逢いましょう 〜日本史教師が石田三成とか無理なので平和な世界を目指します〜

岩 大志
歴史・時代
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。 けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。 髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。 戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!!??? そもそも現代人が生首とか無理なので、平和な世の中を目指そうと思います。

【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。 それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。 かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。 ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。 ※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。

信忠 ~“奇妙”と呼ばれた男~

佐倉伸哉
歴史・時代
 その男は、幼名を“奇妙丸”という。人の名前につけるような単語ではないが、名付けた父親が父親だけに仕方がないと思われた。  父親の名前は、織田信長。その男の名は――織田信忠。  稀代の英邁を父に持ち、その父から『天下の儀も御与奪なさるべき旨』と認められた。しかし、彼は父と同じ日に命を落としてしまう。  明智勢が本能寺に殺到し、信忠は京から脱出する事も可能だった。それなのに、どうして彼はそれを選ばなかったのか? その決断の裏には、彼の辿って来た道が関係していた――。  ◇この作品は『小説家になろう(https://ncode.syosetu.com/n9394ie/)』でも同時掲載しています◇

処理中です...