どこまでも付いていきます下駄の雪

楠乃小玉

文字の大きさ
17 / 76

十七話 シャリバテ

しおりを挟む
 今川館に帰還したとき、左兵衛の兵は二百八十四人
 朝比奈泰能の兵は二千七百二十二人だった。

 「一宮の小倅、そちは先達の朝比奈殿に殿を任したか、この不埒者めが」

 居並ぶ群臣の中、孕石が吐き捨てるように怒鳴った。

 「言うな孕石、両人とも生きて帰ってよかった。大義である」

 平静に義元公が仰せになった。

 先陣で勝利を収めた花倉方は勢い付き、
 今川館に主力を投入して攻めかかってきた。

 ここで、雪斎様は野伏の雑兵どもを戦場に出すことにされた。

 しかも十分に米の飯を食わせ、立派な具足を与えてやった。

 野伏の中でも元々士分であった者には甲冑まで与えた。

 これに感動した野伏どもは張り切り勇んで合戦に出陣した。

 その後ろからは当方の主力の大軍が後詰めに付いたことも
 前衛の野伏の気を大きくさせた。

 野伏は集めていたのは左兵衛だけではなく、
 由比殿、興津殿、など諸将もそれぞれ三百ずつ集めており、
 総勢三千の大所帯となった。

 敵の高天神衆が今川館に攻め寄せてくる。

 法螺貝が吹かれ、当方の諸将が前進する。

 それに押される形で野伏の雑兵たちも前に進む。

 その時である。

 後方で雪斎様の配下の僧たちが早鐘を鳴らした。

 すると、またたく間に当方の軍勢は今川館の中に雪崩れ込んでいった。

 「何をしておる、早う」

 父の怒鳴り声に左兵衛も訳が分からぬまま、
 館の中に撤退した。

 当方の軍勢が全部館に入ると、
 まだ野伏が退却していないにも拘わらず、
 門が閉められた。

 狼狽する野伏の雑兵。

 勢いづいて高天神衆が切り込むと、
 一気に態勢が崩れて逃げ出した。

 野伏の雑兵といえど、立派な具足を身に纏い、
 あるいは甲冑を着用したる兜首まであれば、
 高天神衆の将兵たちも手柄になると思い、
 兜首に挑みかかる。

 逃げ場を失った野伏の雑兵たちは死にものぐるいで反抗する。

 そこに、館の中から当方の郎党たちが一斉に矢を射かけた。

 「敵は総崩れじゃ、臆することなく館を我攻めせよ」

 大声で敵の大将が叫んだ。

 勇猛な高天神衆である。

 必死に抵抗する野伏の雑兵と乱戦になりながらも
 切り倒しつつ、館に迫ってくる。

 普通の兵であればこのような乱戦では前進することはできず撤退するものであるが、
 それでも高天神衆は前進できてしまった。

 そこを当方の弓兵に狙い撃ちされて、次々と倒れて死体を重ねていった。

 「しまった、策謀じゃ、引けい」

 花倉方が気づいた時にはもう遅かった。

 高天神衆が引き出すと当方は館の門を開き、
 猛然と撃って出た。それでも高天神衆は耐えて、
 一度は押し返した。

 押し返された当方の軍勢は一旦館に引き返し、
 そこで第二陣の新手が高天神衆に襲いかかった。

 ここでさしもの高天神衆にもシャリバテが来た。

 シャリバテとは飯を食うて蓄えた体内の胆力がつきることである。

 こうなれば、いかな勇者とも抗うことはできぬ。

 高天神衆は一気に崩れて撤退した。

 この一戦に乾坤一擲の勢力をかけていた
 花倉方には十分な後詰めがおらず、
 まともな殿もおけずに総崩れになり多くの将兵が討たれる次第となった。

 花倉本隊は撤退の途中由比城を襲ったが落し切れず、
 高天神衆は斉藤四郎の一族の守る丸子城に立ち寄り水と兵糧を要求したが、
 先に斉藤加賀守の手がまわっており城の主将は開門せず、
 高天神衆は兵糧、水を得ることなく後方へと引き退いた。


 戦力分散を恐れた花倉方は防備の薄い久能寺は放棄し、
 花倉殿は堀越氏、井伊氏などを引き連れて花倉城に入った。
 福島氏ら高天神衆は一旦前衛の方ノ上城に入ったが、
 小笠原氏と福島孫九郎の兵は城を出て花倉城に向かったようであった。

 旗印、陣容などを見て伝令が推察し、伝えてくれたものだ。

 それは、一旦は義元公の逆鱗に触れ、首討たれようとしたものの、
 歌の教養を見せて命助けられた、かの者であった。
しおりを挟む
感想 43

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

強いられる賭け~脇坂安治軍記~

恩地玖
歴史・時代
浅井家の配下である脇坂家は、永禄11年に勃発した観音寺合戦に、織田・浅井連合軍の一隊として参戦する。この戦を何とか生き延びた安治は、浅井家を見限り、織田方につくことを決めた。そんな折、羽柴秀吉が人を集めているという話を聞きつけ、早速、秀吉の元に向かい、秀吉から温かく迎えられる。 こうして、秀吉の家臣となった安治は、幾多の困難を乗り越えて、ついには淡路三万石の大名にまで出世する。 しかし、秀吉亡き後、石田三成と徳川家康の対立が決定的となった。秀吉からの恩に報い、石田方につくか、秀吉子飼いの武将が従った徳川方につくか、安治は決断を迫られることになる。

マルチバース豊臣家の人々

かまぼこのもと
歴史・時代
1600年9月 後に天下人となる予定だった徳川家康は焦っていた。 ーーこんなはずちゃうやろ? それもそのはず、ある人物が生きていたことで時代は大きく変わるのであった。 果たして、この世界でも家康の天下となるのか!?  そして、豊臣家は生き残ることができるのか!?

天竜川で逢いましょう 〜日本史教師が石田三成とか無理なので平和な世界を目指します〜

岩 大志
歴史・時代
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。 けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。 髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。 戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!!??? そもそも現代人が生首とか無理なので、平和な世の中を目指そうと思います。

【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。 それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。 かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。 ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。 ※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。

信忠 ~“奇妙”と呼ばれた男~

佐倉伸哉
歴史・時代
 その男は、幼名を“奇妙丸”という。人の名前につけるような単語ではないが、名付けた父親が父親だけに仕方がないと思われた。  父親の名前は、織田信長。その男の名は――織田信忠。  稀代の英邁を父に持ち、その父から『天下の儀も御与奪なさるべき旨』と認められた。しかし、彼は父と同じ日に命を落としてしまう。  明智勢が本能寺に殺到し、信忠は京から脱出する事も可能だった。それなのに、どうして彼はそれを選ばなかったのか? その決断の裏には、彼の辿って来た道が関係していた――。  ◇この作品は『小説家になろう(https://ncode.syosetu.com/n9394ie/)』でも同時掲載しています◇

処理中です...