モヒート・モスキート・モヒート

片喰 一歌

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駒繋

第四夜

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「? 行かないの?」

 日傘を携えた彼女はドアの前に立っていた。

 オートロックの暗証番号も知らないくせに、堂々と先導する姿を見て、あのボロアパートが私の家で、このマンションが彼女の家だったような気がしてきた。

「行きます! 入ります! 卵が私を待ってます!!」

「卵も待ってる。……けど、アタシも待ってる」

「そうでした。卵以前に、紅さんの事お待たせしちゃってました。……家の前まで来てるって、気付けてなかっただけなんで、気にしないでもらえると。あそこ……あの曲がり角。曲がってから、あっという間で。……いつも思いますけど、紅さんといると、倍速以上のスピードで時間が過ぎてく気がします」

 彼女に追い付くと、ドアが開いた。

 ヒュモスは自動ドアに感知されにくいのだろうか――――と考えたが、尋ねる程の事ではないだろう。

「…………ゴメン?」

「ゴメンじゃないですよ。有難いです。特にこんな暑い夏は。ここの所、記憶の夏の倍位長いから、紅さんのお陰で、通常の時間で世界が回ってる……的な感じです。欲を言えば、もっと早く過ぎても良い位。こんな暑いと、体もキツいですから。…………部屋涼しく出来ないとはいえ、こんな所で井戸端会議開催してたら、他の人達に迷惑掛かっちゃいますし、行きましょうか」

 ロックを解除し、エレベーターのボタンを押したら、すぐさまドアが開いた。今日はツイている日らしい。

「お先にどうぞ、女王陛下」

「ん、ありがと」

「いえいえ」
 
「翠の家、初めてだね」

 斜め後方からの声に、心臓が一度だけ跳ねた。

 密閉された狭い箱では、必要以上に声が響く。

「え? ……あ、そっか。エアコン壊れてからの付き合いですもんね。初めて連れ込んじゃうんだ、私。紅さんの事」

「翠ん家、どんなか気になってたから、入れてもらえて嬉しい。服と同じ。きっとオシャレ」

「ご期待に沿えるかどうか……って感じですけど、私も、家に紅さんが来てくれるのは嬉しいです。他人ひとを家に呼ぶ事って、大人になってからは、なかなかないでしょう。友達だってそうです。本当に仲の良い一部の友達なら呼びますけど、浅い付き合いの人を家に上げようなんて、とてもじゃないけど無理です。……自分は、初対面でも図々しく上がらせてもらうくせに、とは思いますけど」

 エレベーターを出て、廊下を進む。

 その間に予防線を張ったり、言い訳をしてみたりして、部屋の前まで来るまでも、曲がり角を曲がってからエントランスに着くまでの間と同じで、あっという間だった。

「呼んでも良い、じゃなくて、呼びたかった? ……嬉しい」
 
「そこら中服かかってて、ひと目見たらだらしないのバレちゃう仕様ですけど、生ゴミとかの処理はきっちりしてますから。まあ、期限間近の食べ物を救出しに来ただけですし、長居もしませんから、あの虫と鉢合わせる事はないと思います。……多分」

 直近で一昨日来た筈の我が家の玄関を開けた瞬間、他人の家の香りが鼻を直撃した。

(うちって、こんな臭いだったっけ?)

 田舎のおじいちゃんおばあちゃんの家でもなければ、子供の時にお邪魔したよその家とも違う、けれど確かに、私の鼻は自分の家の香りを他人の家のように認識していた。
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