モヒート・モスキート・モヒート

片喰 一歌

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駒繋

第三夜

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「お金掛かるオンナを、好きな理由…………?」

 前を向いた彼女の鼻に、皺が寄る。

 常日頃からダイナミックに表情筋を使用している人にしか出ない皺だ。

 彼女が彼女らしく生きている証。

 もし彼女が嫌がっていたとしても、私は彼女の分も愛おしく思いたい。

「はい。……何かを好きな理由なんて、あってないようなものかもしれませんけど。何か思い当たる事があれば、聞かせてほしいです。……何でもです」

「一つは、翠が好きだから」

 考え事のために出来た皺は、笑顔のときに出来る皺に変身していた。

 私は、彼女が最後の皺を刻む時まで隣にいられるだろうか。

 蚊の特性を持つ異種族の彼女は、老年と呼ばれる年齢まで生きて、私の傍にいてくれるだろうか。

「…………紅さんって、『好きな物や人には、とことんお金掛けたいタイプ』……だったりします?」

 不安を脇に置き、迷った瞬間の有無さえ窺わせない彼女に問うた。

「……かも。ピアス、良いなって思ったら、値段見ないで買っちゃうし」

「良いなって思ったら、初対面の女にも声掛けちゃうし?」

「そ。猫と同じ感覚で、連れて帰っちゃうし」

「とんでもないですね」

「アタシもそう思う」
 
「……二つ目以降の理由も、教えてくれますか?」

 私には、人といる時――とりわけ、恋愛相手といる時――出来れば避けたい瞬間があった。
 
 一つは、笑い合った後の真顔に戻る瞬間。

 残る一つは、会話の途中で生まれる静寂。

 だが、彼女と出会ってから、どちらも怖くなくなった。

 どの瞬間の彼女も映画のヒロインのように魅力的で、そんな事を気にしている暇がないからだ。

「ゴメン、二つまでしかない。二つ目は……」
 
「……二つ目の理由は……?」
 
「…………お金掛かる方が、『一緒に生きてる』感じする。……から」

「『一緒に生きてる感じ』?」

「ん。翠、言ってたよね。『自分以外の人と暮らすのは、お金が掛かる』?」

 人差し指と親指で輪っかを作る、お世辞にも品が良いとは言えないお金のジェスチャーをしても、彼女ならチャーミングで済まされる。

「ちょっと違います。…………けど、論旨にズレはないですね」
 
「…………アタシ、子どもと一緒に暮らすために、貯金してた。色んな仕事、掛け持ちして。……もう、何年も前の話」

「!」

「…………自分で育てられないのは知ってた。けど、もしかしたら、アタシが成人する頃には……仕組みが変わってるかも、って。でも、変わらなかった。多分、これからも……だけど」

「……紅さん……」

 なんと言葉を返せば良いかわからない。文字通りの絶句を乗り越え、なんとか名前を呟いた。

 ヒュモスの事については、不明な点ばかりだ。生態は勿論の事、文化も。

「――――お金。ないのは困るけど、貯金の使い途がなくなるのも、同じ位困る事。……翠も言ってた。『お金なんて貯まらなくて良い。使うために稼ぐもの』だっけ?」

「…………大体、合ってます」

「アタシも、同じ考え。使うために稼いでる。使う時のために、貯めてる。……のに、貯めるために稼いでるみたいになるトコだった。……から、翠がいてくれて、良かった」
 
「いや……理屈は理解出来ますけど、それ、かなり危険な考え方じゃないです? ……変えようと思って、パッと変えられるもの……でもないんでしょうけど」
 
「アタシは、大切な人と一緒にいられるのと、一緒にいられてるって思える事が、一番幸せだと思ってる。そのための出費も、同じ位幸せ。アタシに沢山幸せくれて、ありがと。翠」
 
 礼を述べた彼女が日傘を閉じた。そこはもう、私の住むマンションのエントランスだった。
 
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