69 / 226
金糸梅
第一夜
しおりを挟む「ねえ、翠」
彼女の手が頬を包む。
「はい」
指輪の冷感などなくても、沈みかけた意識を浮上させるには事足りた。
「もし、翠が子ども生んで、すぐその子と離されて……二度と会えないとしたら、どう?」
彼女の声が静けさと穏やかさを兼ね備えているのは元からだが、話題のせいか物悲しい響きまでが加わり、水切り中の水面のように感情を揺らしていった。
「腕に抱く事も出来ないで、取り上げられたまま、一度も会えないとしたら……」
片言気味の喋りがいつもより流暢な気がして、なんとなく据わりが悪い。
「また突飛な話ですね」
しかし、初めて言葉を交わした日、私を口説いている最中の彼女は、今以上に言葉数が多かったと記憶しているから、普段は省エネしているだけなのかもしれない。
そんな事を考えながら相槌を打った。
「想像出来ない?」
「いえ、出来なくはないですよ。どう……っていうのが何を指すのか曖昧ですけど、二度と会えないのは寂しいんじゃないでしょうか。人生なんてその先何年も続くのに」
睡眠モードに移行していた脳は目にも止まらぬ速さで再起動し、過不足のないように言語化を進行させていく。
普段からこのくらいスムーズに目覚められたら言う事ないのに。
「…………いや、でもどうなんでしょうね。出産の時が初めてのご対面って言ったって、同じ身体で何ヶ月も一緒に生きてた訳ですし、ちょっと寂しさを感じる程度で済むのかなあ、とも思います。……けど、逆に出てきたばっかりの子を全然可愛いと思えなくて愛着湧かないってパターンもあるか……。生まれたての赤ちゃんって、血塗れで人間っぽくない見た目してますし。自分に関してはその方がありえそうで怖いですね」
「……翠は、自分に厳しすぎるんじゃない?」
彼女はそれだけ言って、オーバーヒートを起こしそうな私の頭を撫でた。
「信用出来てないだけですよ、自分を。私の人間性がろくなもんじゃない事はしょっちゅう痛感してますし。私の犯してきた罪が、私の生きてる国の常識や法律ではたまたま犯罪とされるものじゃなかっただけです。紅さんだって、二股かけられてるじゃないですか」
「でも、それはアタシが翠に無理言ったから」
「だとしてもですよ。押し切られる感じで付き合い始めたんだとしても、応えた私にはケジメをつける義務があります。世間一般では、そういう姿勢を『誠実』って言うでしょう?」
「あるでしょ、別れてない理由。聞かせてくれたし、アタシは納得してる」
「いえ。あんなクズ野郎、いつおさらばしたって良いんです、本当は。親に聞かれたら適当に話でっち上げれば良いだけだし……。本当はそれも面倒で、いっそ絶縁したって構わないと思ってるくらいなんです。私、子ども生むために生きてきた訳じゃないのにな……」
彼女はそこで目を閉じた。
私の置かれた状況を知っているから、最悪の事態を迎えないように祈ってくれているのかと思ったが、祈りを捧げるにしては険しい表情だ。
今の彼女は眉間に深く皺を刻み、苦しみから逃れようとしている風に見える。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
小さくなって寝ている先輩にキスをしようとしたら、バレて逆にキスをされてしまった話
穂鈴 えい
恋愛
ある日の放課後、部室に入ったわたしは、普段しっかりとした先輩が無防備な姿で眠っているのに気がついた。ひっそりと片思いを抱いている先輩にキスがしたくて縮小薬を飲んで100分の1サイズで近づくのだが、途中で気づかれてしまったわたしは、逆に先輩に弄ばれてしまい……。
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる