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薄翅蜉蝣
第十八夜
しおりを挟む「……うん。やっぱこっちのが好きです。紅さんの顔はめっっちゃくちゃ左右対称に近いと思いますし、私の後頭部がどっちか片方だけ極端に凹んでるとかでもないと思うんですけど、なんでなんでしょうね?」
次の瞬間にはそんな事はどうでも良くなっていて、膝を貸してくれている美貌の女性との会話に復帰した。
「知ってる?」
率直な疑問を口にした私に対して、彼女はお得意の質問返し。
「何をです?」
それ自体は構わないが、今回は情報がなさすぎたため、怪訝な顔で聞き返すしかなかった。
「赤ちゃんを抱っこする時の向き。左の人のが多いって」
彼女も重要な部分を言葉にしていなかった事に思い当たったらしく、早口でそう付け加えてきた。
「それは……右利きのが左利きより多いとかは関係なく、ですか?」
少々、突飛な面のある紅さんの事だ。
左側を選んだ私を見て、たまたまそんな雑学を思い出しただけで、きっと深い意味はない。
「多分、そういうのも関係してるけど」
「ん? ちょっと待ってください。紅さんの言ってるのは、お母さん側……『する側』の事ですよね」
「うん、そう」
「でも、そっち側にするお母さんが多いって事は、利き手が自由になるとか自分が楽だとかってだけじゃなくて、その方が赤ちゃんも大人しくしててくれる……みたいな事情もあったりするんですかね?」
「なるほど」
一方的に喋る私を見つめる彼女は、女神と見紛う美しさはそのままに、何人もの子を育てた偉大なる母の慈愛をも感じさせた。
「って事は……もしかして、赤ちゃんも左側に頭があった方が落ち着きやすいって事なんでしょうか。お母さんの心臓が近いから?」
彼女が聞いてくれているのを良い事に、話し続ける。
「翠もそうだった?」
「流石に赤ちゃんの頃の事は覚えてないですけど……ちょっとわかる気がします。今だって理由もわかんないのになんとなくこっち側にいる方が良いなって思った所ですし、他人の心臓の音聞いて落ち着いた事もありますし」
「昔の彼氏?」
「そうです。その人の事は大好きでした。……って言っても、学生時代の話です。今は紅さん一筋なんで、安心してください!」
胸を叩くと、消化しきっていない冷やし中華の具が胃の中で飛び跳ねた気がした。
「彼氏もいるくせに」
「そういえば、そうでした」
言葉の針で刺してきた彼女だったが、洗い立ての髪を優しく梳いてくれるお陰で瞼が重くなってきた。
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