『おしっこパニックで恋が始まる!?』

本能寺から始める常陸之介寛浩

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『温泉トラブルと、心のおしっこ我慢合宿!?』

第174話『あのとき言えなかった“好き”』

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「……実はさ」

 ナナがそう言った瞬間、時間が止まった。

 部屋の照明は落ち、月の光だけが差し込む静かな夜。
 畳に敷かれた布団の中、浴衣姿の女子たちは布団に埋もれながら、うとうとと眠りかけていたはずだった。

 その一言が、眠気を吹き飛ばした。

「実は、高校のとき──わたし、ケントのこと、ちょっと気になってたんだ」

 ハルカは思わず布団の中で拳を握った。

(……えっ? なんて? いま、なんて言ったの?)

 自分でも驚くほど、鼓動が跳ね上がる。
 それと同時に、どこからともなく襲ってきた尿意が、膀胱の奥をじんわり刺激してきた。

(やば……トイレ……でも今、立てない)

 あまりにも空気が張り詰めていて、今この場で「トイレ行ってくる」なんて口に出したら──負けだ。

 ──いや、それよりも。

「え~マジ!? ナナ、初耳なんだけど!」

「誰にも言ってなかったし。……なんかね、あの無口っぽいとこが逆に気になっちゃって」

 ナナは布団に寝転んだまま、静かに言葉を紡いでいた。

「直接話すことは少なかったけど……でも、何回か助けてもらったことあって。重い荷物持ってくれたり、体育祭の時も、黙ってタオル貸してくれてさ」

 ミキが「そういうの、逆にズルいよね~」とクスクス笑う。

「わかるー、あの無口系男子特有のさりげない優しさね! なんなのあれ!?」

「しかも、優しさをアピールしないとこが、またズルいんだよな……!」

 わいわい盛り上がる女子たちの声が、ハルカには遠く感じた。

(……ケントの、優しさ。わたしも、知ってる。知ってるよ)

 ──でも。

(ナナにも……あったんだ。あの人との、思い出)

 心が、じんわりと締めつけられるような痛みに包まれる。

 同時に──膀胱も限界に近づいていた。

(……まずい。このままだと、心も身体も、両方ダメになる)

 ハルカは唇をぎゅっと噛みしめ、布団の中で震える手を握った。

 トイレに行きたい。
 でも、それ以上に。

 ナナの言葉の続きを、聞きたくない自分がいた。

 ◆ ◆ ◆

「でもね、結局、何も言えなかったな」

 ナナは、照れたように笑った。

「卒業間際、ちょっとだけ、告白しようかなって思ってたんだけど……ハルカと仲良さそうにしてるの見て、やめたの」

 一瞬、空気が止まった。

(……え)

 布団の中で、ハルカは硬直した。

「ほら、アタシ鈍感だからさ~、あれ? ハルカってケントのこと好きなのかな? って思ってたんだけど……」

「え、違うの? 逆に」

「え、えっ……!!?」

 ハルカがついに布団から顔を出す。

 顔が真っ赤だった。いや、赤を通り越して湯気が出そうだった。

「ええええ!? い、いや、あの、それは……!」

「うわ~、ハルカ動揺してるってことは、図星だったんじゃん?」

 ミキが爆笑し、エミリが冷静に言う。

「ここまで膀胱に圧をかけながら恋バナするグループ、他に存在するのでしょうか……」

「わたしもう無理なんだけど! トイレ行ってくるっ!」

 ナナが急いで立ち上がる。

 その動きに誘発されるように、ミキ、サバナ、レイナが一斉に「わたしも!」「アタシ先ー!」「譲れー!」と続く。

 大渋滞の予感しかない。

 ハルカは立ち上がれない。トイレの波と、心の動揺が重なって、体がうまく動かない。

(ナナが……あのとき、ケントのこと……)

 ──そして、ナナはわたしを見て、やめた。

(気づいてなかった。わたしは、気づいてなかった……)

 なのに、自分は。

 あの頃、勇気も出せず、想いも言えなかった。

 ただ“好き”を胸の中で温めて、時が過ぎるのを見ていただけだった。

 ◆ ◆ ◆

「……ハルカ」

 ふいに声をかけられて、顔を上げると──
 そこにいたのは、ミキでもサバナでもなく、ナナだった。

「さっきは、ごめんね。気まずくさせちゃった?」

「ううん……違うよ」

 ハルカは首を横に振る。

「ありがとう。教えてくれて……嬉しかった」

 ナナはにっこり笑った。

「そっか。ならよかった。……今でも、好き?」

「……どうだろ」

 ハルカは自分でもわからなかった。

 でも、答えを出す前に──まずは。

「とりあえず、トイレ行かないと無理っっ!!!」

 布団を跳ね飛ばして、ダッシュで廊下へと消えた。

 背中に、笑い声と、「友情と膀胱のバランス難しいな~!」というミキの声が届く。

 ──心と身体、どちらも揺れる夜。
 青春は、まだ終わっていなかった。

(つづく)

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