『おしっこパニックで恋が始まる!?』

本能寺から始める常陸之介寛浩

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『温泉トラブルと、心のおしっこ我慢合宿!?』

第173話『恋バナは膀胱を緩ませる!?』

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 旅館の夜は静かだった。

 廊下の灯りはすでに落ち、部屋の障子越しに月光がぼんやりと畳を照らす。布団がずらりと並ぶ女子部屋。浴衣姿でごろごろと横たわりながら、彼女たちはまるで学生時代に戻ったかのような気分だった。

「……てかさあ、こういう夜って、やっぱりやるよね」

 ミキがふと布団から顔を出す。

「何を?」

「恋バナ大会に決まってんじゃーん!!」

 その瞬間、室内に軽く緊張が走った。
 サバナが体を起こし、「それは、あの話も含まれる?」とニヤリと笑う。

「だっ、だからそういうのやめなってばぁ!」

 即座に布団を頭までかぶるのは──ハルカだった。

「はい出た! 恋愛初心者の赤面逃げ! ケントくんの話だよねぇ~?」

「なっ……な、なんで毎回そうなるのっ!?」

「だってハルカの“あの夏休み”、忘れらんないもん~♡」

「うぅぅ~~~~……!!」

 ──そう、ケント。
 高校時代、どこか不器用だけど真っ直ぐで、時折やさしさがこぼれるような男子。

 ハルカは、自分でも驚くほど自然に、いつの間にか彼のことが「気になる存在」になっていた。
 でも、言葉にはしていない。いまだに。

「なにそれ初耳!」とナナが身を乗り出す。

「え、ちょっと待って、具体的に教えて! どんな感じの?」

「しない! 話さないってば!」

「じゃあ代わりに妄想していい? ハルカがケントとお風呂で──」

「やめろぉぉぉぉぉぉ!!!」

 ドン! と布団の中から激しいツッコミ音が響き、部屋中に笑い声がこだまする。

 だがその笑いが静まったとき、ふと誰かが呟いた。

「……でもさ、恋の話って、なんでこんなに身体にくるんだろうね」

 その声に、全員がピタリと沈黙した。

「わかる……なぜか、膀胱にくる」

「それ!!!」とミキが勢いよく起き上がる。

「アタシ、さっきからジワジワきてるんだけど! ケントと風鈴デートの話聞いてたら、なぜかトイレ行きたくなるの!!」

「共感しかない。恋って、なんかお腹にくるよね」

「いやほんと! 胸キュンが膀胱キュンにリンクしてんのよ、たぶん!」

「なにその“内臓ラブリンク”理論!?」

「エミリ、解説できる?」とサバナが横目で尋ねると、

「……おそらく、感情の高揚による自律神経の刺激により、膀胱周囲の筋肉が──」

「それ以上言わないでー! 理屈で語らないでー!」

 再び笑いが起こり、布団の中で誰かが「ちょっとマジで行ってくる」とつぶやいてそっと立ち上がった。

「第1シフト、発進したか……」

「健闘を祈る……」

 誰かが囁き、見送るその様子は、まるで戦地に向かう同志への敬礼のようだった。

 ◆ ◆ ◆

 しばらくすると──

 また別の誰かが、もぞもぞと体を起こし、

「……わたしも、そろそろやばいかも」

「ふっふっふ、恋の話してると、そうなるんだよ」

 ミキが得意げに指をさす。

「つまり、“恋”=“トイレ”」

「やめてぇぇぇぇ!!! ロマンが崩れるぅぅぅ!!」

「でもさあ……正直、ケントのこと、本当に好きだったんだね、ハルカ」

 その言葉に、ハルカは一瞬、動きを止めた。

 布団の中から、ぼそっと返す。

「……うん。あの頃は、すごく好きだった。……今も、ちょっと」

 シーンと静まる室内。誰もが、息を呑む。

 レイナが、小さく呟く。

「……それって、キュンの副作用、最強じゃん」

「尿意という名の副作用、な」

「やめてーっ!!」

 でも、誰かが笑い、そしてまた、全員が笑った。

 ◆ ◆ ◆

 結局──

 その夜、シフト表は無意味となった。

 誰もが“キュンと来た瞬間にトイレに立つ”という、感情優先の尿意ダンスが発動したからだ。

「……恋バナってさ、青春ホルモンの利尿剤かもしれないね」

「やめろそれ、明日から授業で使えないワードになる……!」

 月明かりの中、笑い声と小さな足音が響く深夜の廊下。

 そこには──恋と、尿意と、かつての青春が、静かに共存していた。

(つづく)
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