『おしっこパニックで恋が始まる!?』

本能寺から始める常陸之介寛浩

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『温泉トラブルと、心のおしっこ我慢合宿!?』

第176話『告白と、トイレの音』

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 夜中の旅館。
 外は静まり返り、廊下の灯りは人感センサーでぼんやりと点灯している。

 ハルカとナナは、並んでスリッパを鳴らしながら歩いていた。
 足音は控えめ。浴衣の裾がすれる音だけが静けさに混じる。

「……ごめんね。起こしちゃった?」

 ナナが小声で言うと、ハルカは首を横に振る。

「ううん。目、覚めてた。ていうか……ちょうど行きたかったから」

「そっか。……ふたりでトイレ行くの、なんか懐かしいよね」

「……高校の合宿のときも、あったよね」

「うん。あのときも、夜中にこっそり抜け出してさ、トイレの鏡で“将来どんな人と結婚するか”とか真顔で語ってたよね」

「やったやった。ミキが“おしっこの音が未来の旦那に聞かれる最初の音になるんだぞ”って言ってきてさ、爆笑した」

「……うわ、今思い出しても恥ずかしい!」

 二人の笑い声が、こぼれ落ちるように廊下に響く。

 そして、そのままトイレ前に到着。

 誰もいない夜のトイレは、ひどく静かで、冷んやりとした空気に満ちていた。

「……先、いいよ」

「ありがと」

 そう言ってナナが個室に入る。

 ハルカは、その場で壁にもたれて、静かに立っていた。
 照明の白い光が、彼女の顔を淡く照らしていた。

 ──と、そのとき。

 個室越しに、ナナの声が響く。

「ねえ、ハルカ」

「……ん?」

「ハルカは……ケントのこと、まだ好きなの?」

 空気が──止まった。

 ハルカは、まっすぐ目の前のタイル壁を見つめたまま、答えを飲み込む。
 口の中が渇き、膀胱よりも心臓の方が“張り裂けそう”だった。

 そして、少しだけ時間をおいて──

「……うん」

 それは、とても小さな声だったけれど、嘘のない返事だった。

 ナナは、それを聞いてしばらく黙っていた。

 しばらくの静寂。

 ──しかし。

 次の瞬間──

「シャーーーーーーーーー」

 鋭く響く放尿音。

 それは間違いなく、ナナの個室から、誇り高く、そして裏切りようのない“音”だった。

「……………………」

 ハルカは顔を上げ、微妙な表情のまま、ただひとこと。

「……ええぇぇぇぇぇっっっ」

 扉の向こうから、ナナの声がかすかに聞こえる。

「違うの!!タイミングが悪かったの!!!」

「いや……絶対わざとじゃないよね?これ!? むしろ一番デリケートなタイミングだったよね!?」

「音だけ先に出ちゃったの!!気持ちも一緒に流したの!!」

「音の“告白ぶち壊し力”なめてたわ!!」

 二人とも、笑い出した。
 もう止められなかった。

「なんでさあ……よりによって、“好き”って言った直後に、“シャー”なのよ!!」

「やだあああああああああ!!!」

「もう一生、恋とトイレ結びついたまま記憶に刻まれるじゃん……!」

 二人は、笑いすぎて涙をこぼしながら、それでもお腹と膀胱に力を込めて、何とか耐えていた。

「ハルカ、ごめんね……ほんとに、タイミング悪くて……」

「ううん、逆に気が楽になった。泣きそうだったのに、笑えたから」

 ナナが個室から出てきて、手を洗いながら少し照れくさそうに笑う。

「でもさ、好きって言ったってことは、やっぱり……」

「うん」

 ハルカも洗面台の隣に立ち、蛇口をひねる。

「たぶん……気持ちは、まだ変わってない。変わらなかった、っていうのかな」

 水の音が流れる。
 今度は、心地よく、やさしい音だった。

「ナナは?」

「アタシはね……もう吹っ切れたよ。昔の話だし。
 でも、ちょっとだけ、うらやましいって思った。今でも、好きって言えるの」

 ハルカは、少しだけ驚いた顔をしたあと、ゆっくりと笑った。

「そっか。ありがとう。……ねぇナナ」

「ん?」

「今夜のこのトイレ、忘れないかも。いろんな意味で」

「……やめて、二重の意味で刻まないで!」

 笑いながら、二人はそっとタオルで手を拭き、廊下に戻った。

 月の光はまだ、障子の外で淡く光っていた。

 ――恋と、膀胱と、過去と未来。

 そのすべてが、ひとときの“シャー音”で繋がった、不思議な夜だった。

(つづく)
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