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第5章 帝国決戦
第14話 ミスト流商売講座
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「やぁやぁアッキー。久しぶりさね。どうしたのさ?」
ある日、ミストの家を訪れると、そうやって彼女は上機嫌に迎えてくれた。
「久しぶりって、会ったのは2日前だろ」
「うちに来てくれたのなんて1年ぶりくらいじゃなかったさ?」
あぁ、そういうこと。確かにここに来るのはそれくらいか。
「お前が出かけていないからだろ」
「出かけっぱなしなのはアッキーもさ。それに、しょうがないさ。どこかの誰かにあごで使われて、東奔西走するしかなかったさ」
「それは悪かったよ」
まぁ確かに色々といいように使ってたのは確かだ。
「で、何か食べてくさ?」
「いや、いい。今日は仕事の話じゃないから」
「ん? あぁ、もしかして里奈さんからわたしに乗り換えるって話さ?」
「ぶっ! ば、バカ言うな!」
「冗談さ」
「冗談でも勘弁してくれ……」
「あっはっは、アッキーも相当尻に敷かれてるってわけさ!」
最近の里奈を見ると、冗談じゃ済ませられないような気がするんだよなぁ。
「はぁ……今日来たのはこれだよ」
これ以上この話題は危険だと思い、俺は本題に入って一通の書状を渡した。
羊皮紙を紐で縛った巻物だ。
「ふぅん? 開けても?」
「どうぞ」
くるくるとミストがそれを開くと、じっと眺める。
商売人のこいつなら当然、大陸言語も読めるだろう。
「ふーーーーん? 大陸交通許可証?」
「本当は前もって渡すつもりだったんだけど、ビンゴの件とか色々とあって時間がかかった。オムカ、ビンゴ、シータ、南群。そのすべてに通じる交易の全面許可を認めるって、うちの女王様のサイン入りだ」
「交易の関税免除および通行自由の権利さね」
これさえあれば、オムカ、ビンゴ、シータ、南群に商品を届ける際に、関税を取られないし、不当に足止めをくらうことも荷物を検査されることもない。
必要経費が浮く上に、時間も取られることがない。商売人にとってこれ以上ない特権だ。
「ああ。お前には色々助けてもらったからな。俺たちがここまで戦えたのも、お前が金銭面、物資面で支えてくれたからだって女王に説いたら、それをくれた。本当は財務大臣の席って案もあったけど、お前そういうの嫌いだろ」
「そりゃそうさ。わたしは商売人、つまり自由な民間企業さ。わざわざ国営にされて、色々制限されるのはよろしくないさね。ふむ、ならこっちの方がありがたいさ」
「そりゃなにより」
ふんふん、と頷くミスト。
どうやら機嫌はよさそうだ。これなら――
「で? 今度はわたしに何をさせる気さ?」
「う……」
機先を制された。さすがだ。
まぁ、こうやって前のことに感謝しつつ、確かに次の仕事も依頼しようとしていた。
「仕事の話じゃないんじゃなかったさ?」
「いや、それは……」
どうする?
ごまかすこともできる。
けどそれはまた彼女に対して失礼な気がする。
ならここは正面突破。
小さく深呼吸。
「仕事、というか、そうだな。頼みがある」
「……とりあえず聞くさ」
「助かる。けど、そうだな。どう話していいものか。……いや、いい。直截に言う。俺はお前にこの国の蕭何になってほしい」
蕭何。
楚漢戦争における劉邦陣営の人物。
といっても武人ではない。後方支援を担当する文官だ。
けどその功績は大きく、敵である項羽は飢えたことがあったが、彼がいたおかげで劉邦は飢えることも武具がなくて困ることもなかったという。
項羽と劉邦の違いは蕭何がいたかどうか、と言われるほどで、漢帝国ができた時、神算鬼謀の軍師張良、国士無双の大将軍韓信と並んで最大の功臣の1人に数えられる。
要はミストにその後方支援の任を請け負ってほしいのだ。これまでも金や兵糧、武具などを色々都合つけてもらっていたが、それを本格的に国のお抱えにできないかということだ。
本当はメルに頼みたかったわけだが、ああなってしまった以上しょうがない。
「ふーん、わたしにそのショーカってのになれってさ?」
「そういうこと。もちろん、商売の自由は保障する。それにやることは今まで通り、指定された日時に、指定された場所に、指定されたものを届ける、それだけ」
「しょーか、しょーか」
くだならな!
そうかと蕭何をかけるとか。
「ま、話は分かったさ? やることも分かったさ? こないだみたいな納期は勘弁してほしいけど」
「う、それは悪かった」
直近で馬2千頭をかなり無理なスケジュールで頼んでいた件だ。
でもそうしないとブリーダの隊が補充も訓練もどうしようもできなかったのだからしょうがない。
「ふむ、つまりこれは、前に宰相様が唱えてた大商圏包囲網。それの一環さね?」
俺は頷く。
大商圏包囲網。
マツナガが考えた、帝国に対する経済封鎖みたいなもの。オムカ、ビンゴ、シータ、南群にいる商人に対し、オムカ王国が存続している限り、良い思いをさせてあげますよ、だから助けてね、帝国に商品流さないでね、とお願いするものだ。
その嚆矢となるのが、このミストというわけで。
「なるほどなるほど」
何度も頷くミスト。
その顔に険はなく、手ごたえはありそうだ。
「やってくれるか?」
「それは――――無理さ」
ずっこけた。
まさかこの段階で断られるとは思っていなかった。
「なんでっ!?」
ミストにも充分に利益――いや、利益しかない話のはずなのに。
いや、確かにちょっと難しい発注とかスケジュールとかあるけど、それを差し引いても有益なはず。
「いや、確かに魅力的な話さ。商人としては、やはり利益を第一に優先したいからさ」
「なら――」
「けどアッキーは商売の――いや、大商人の『いろは』の“ほ”知らないさ」
いろはのほって……いろはにほ……5番目ってこと?
また微妙に中途半端な。
「ならそのいろはを、ご教授願おうか」
「天才軍師様に講釈たれるのもどうかと思うけどさ」
俺の政治力なめるなよ?
とは言えない。だから無言で先を促す。
「じゃあ講義させてもらおうさ。まず“い”の一、『商人は信義が大事』。アッキーだって通販とかで星1つのところから買いたくないさ? そもそも信用がなければ、ものを仕入れることも不可能。だから信義、信用が第一なのさ」
なるほど、そりゃそうだ。
「そして“ろ”。『安く買って高く売る』。もうこれは鉄則というか、常識さ。利益を出さないものには手を出さない。まぁ時にはアッキーみたいに、利益が出るかわからない時にも買わなくちゃいけない時はあるさ。先行投資ってやつさ」
まぁ確かに。
こいつと出会ったときは、まだオムカが生き残るかの瀬戸際だったからな。
「さらに“は”。『売れるものは石でも売れ、使えるものは親でも使え』さ。高級食材ってあるさ? ツバメの巣なんてあんなもの誰が食べて美味しいものだと思ったさ? フカヒレだって近代以前は捨てられてたって話さ? つまり何が化けるか分からない。アッキーがオムカという退くも押されぬ強大国の軍師様になったようにさ」
なるほど、勉強になる。
というか、どこか兵学に通じるものがあって政治力の低い俺でも理解が深まるわけで。
例えば信用第一。
これは兵の信用がなく、兵が思う通りに動かなければ勝てる戦いも勝てないのは当然のこと。
次いで安く買う。
これはいかに勝っても兵の損耗が激しかったりすれば、次に勝てるかは危うい。
いかに楽に、いかに損耗を押さえて勝つか、それが大事ということ。
そしてなんでも使う。
戦場にあるもの、川、山、森、丘、天気に始まり、草木の一本でも戦況に影響を与えるものがある。さらには味方や敵に至り、遠い本国や隣国、などすべての要素を使ってでも勝つことが大事。
武士は犬ともいえ畜生ともいえ勝つ事が本、だ。
それもそのはず。
軍略の基礎であり極みである孫子が、今や現代ビジネスにおいても有効だと見られているのだ。つまり根本は同じ、ということ。
うん、けどどうしてそれが俺の話を断るのかにつながらない。
「で? 勉強にはなったけど、結局何が言いたいんだ?」
「焦っちゃだめさ。というわけでいろはの“に”。『焦りは禁物』。そして続く“ほ”、『焦りは禁物だけど、売り時を見極めたら一気呵成』さ」
「そうか、『将に五危あり、ふん速は侮られる』。そして『よく戦う者は、その勢は険にしてその節は短なり』、か!」
「それは知らないさ」
ん、まぁそうか。
ちなみに『将に五危あり』はリーダーにとって危険な性質が5つあることを示し、その中で『ふん速~』は、短気で怒りっぽい人は舐められるから駄目ですよ、というもの。
そして『よく戦う者~』は、じっと力をためて一気に解き放つ一気呵成が大事ですよ、という両方とも孫子の教えだ。
………うん、で?
商人講座はためになったものの、結局何が言いたいんだ?
「アッキーは察しが悪いさ。よくそれで軍師が務まるさね?」
「うるさい。俺の政治力は赤点ギリギリなんだよ」
「それは……ご愁傷様さ」
そんな目で見るなよ。
「はぁ、じゃあアッキーにもわかるようにちゃんと説明するさ。これはいろはの“へ”にあたる『無駄を作るな』に通じるものでもあるんだけどさ。例えばシータ王国に商品を輸出するとするさ。行きは船にその商品を載せて、そのまま帰ってくる――なんてことはありえないさ。無駄の極みさ。『空船』を走らせるな、という通り、移動にもお金と時間がかかるさ。だからシータ王国に行ったら、そこで仕入れたものを積んで戻る。それをオムカで売るもよし、ビンゴ王国まで運んでさらに高値で売るもよし、つまり一石二鳥なのさ。それでビンゴ王国に行った帰りにまたビンゴ王国で仕入れて同じことをすれば……。ここまでは分かるさ?」
「ああ、なんとか」
「このレベルでなんとか言われても困るさね……。とりあえず、そういうわけで無駄は出さないのが鉄則。そう、時間すらも惜しいのさ。だから大商人はこう考える。ビンゴ王国に運ぶ時間があれば、シータ王国からまた買い付けできたかもしれない。シータ王国から買い付ける時間があればビンゴ王国に運べたかもしれない、とね」
ん……つまりそれがこうなって……ああ、なるほど。
なんとなくミストの言いたいことが分かった。
「1枚じゃ足りない、ってことか」
無駄をなくす、そのうえで一点集中、一気呵成に商売を広げる。
そのための通行証が1枚だと足りない、そうミストは言いたかったらしい。
なら最初からそう言えよ。回りくどい言い方してさ。
まぁ興味深い話では合ったけど。
「EXACTLY。というわけでアッキーに求めるのは3つ。この通行証を可能な限り多く発行してもらいたい。とはいえありすぎると効果が薄れるから、そうさね。とりあえず5通。そして王都の中に物資の集積所を作らせて欲しいさ。各国から仕入れたものをオムカに集積させるためのものさ。まぁ西門近くの集落辺りの土地をくれればなんとかするさ」
「分かった。それくらいなら何とかなる」
「そして最後。これが一番大事さ。売るものにはケチをつけないでほしいさ」
「それは……」
「何も違法なものを売る気はないさ。そっちの方が利益は出るけど、これはいろはの“は”の『商人は信義が大事』に反するさ。だから違法なものは売らない。それがゆえに、ここは譲れないさ」
売るものにケチをつけるな、ということは完全に商売の方法は任せてほしいというもの。
うーん、違法なものは売らないというわけだし……。
ま、いっか。
「分かった。それも許可するよう働きかける」
「GOOD! それなら商談成立さ。やったさね」
子供のように喜ぶミスト。
なんだかんだで真面目で純粋だよな、商売というものに対して。
とりあえずこいつに任せておけば、後方は心配ないだろう。
劉邦もこんな気持ちだったんだろうな。
と素直に感心していたのだが、
「まずアッキーの写真集とブロマイドを流通に乗せるさ。それからアッキーのフィギュアを作って、あと旗のレプリカに服装を真似て、アッキーのコスプレセットとして売るのもあり……いや、ちょっと服装に魅力がないさ? アッキー、もっと際どいの着る気あるさ? 大丈夫、女王様と里奈に話は通してあるさ! そしてゆくゆくはCDを作って歌手デビュー、あの林檎って子と組ませて全国ツアーでぼろもうけさ!」
「お前ふざけんな!」
純粋どころかめちゃくちゃ腹黒、ドス黒かった。
「おっと、もう言質はいただいたさね。売るものはこっちの自由にさせてもらうさ。それにこれは違法じゃないさ!」
ぐっ、こいつ……。
はじめからここが狙いだったな?
だがここだけは負けられない。
ここで止めないと際限なく、俺の身が搾取される気がする。政治力は低いが、ありあまる知識で何か打開策を導き出せ。
この流通ルートに問題は、いや、ない。そもそもその権利を与えたのは自分だ。なら利益にならないのでは。と思うが、ファンクラブとかいうのが出来ている以上、少なくともあいつらは買うんだろうなと思うと何とも言えない。
くそ、大体こいつらが勝手に俺の許可なく……あ!
「肖像権。本人は何も許可してない。それにマネージャーとか言ってるけど、俺は何も契約を交わしてないぞ。あるなら契約書もってこい。なければそれらは違法。違法のものは売らないんじゃなかったのか? それでも売ったら、それこそ信義がなくなるぞ。まぁその時点で肖像権の侵害で全力で告訴するが。その際は法とか関係なく、ありったけの口先三寸でまるめこんでやる。知力99なめんなよ?」
「ぎゃーっさ!」
こうして一商人の野望は露と消えた。
はぁ……本当になんだったんだ。
ある日、ミストの家を訪れると、そうやって彼女は上機嫌に迎えてくれた。
「久しぶりって、会ったのは2日前だろ」
「うちに来てくれたのなんて1年ぶりくらいじゃなかったさ?」
あぁ、そういうこと。確かにここに来るのはそれくらいか。
「お前が出かけていないからだろ」
「出かけっぱなしなのはアッキーもさ。それに、しょうがないさ。どこかの誰かにあごで使われて、東奔西走するしかなかったさ」
「それは悪かったよ」
まぁ確かに色々といいように使ってたのは確かだ。
「で、何か食べてくさ?」
「いや、いい。今日は仕事の話じゃないから」
「ん? あぁ、もしかして里奈さんからわたしに乗り換えるって話さ?」
「ぶっ! ば、バカ言うな!」
「冗談さ」
「冗談でも勘弁してくれ……」
「あっはっは、アッキーも相当尻に敷かれてるってわけさ!」
最近の里奈を見ると、冗談じゃ済ませられないような気がするんだよなぁ。
「はぁ……今日来たのはこれだよ」
これ以上この話題は危険だと思い、俺は本題に入って一通の書状を渡した。
羊皮紙を紐で縛った巻物だ。
「ふぅん? 開けても?」
「どうぞ」
くるくるとミストがそれを開くと、じっと眺める。
商売人のこいつなら当然、大陸言語も読めるだろう。
「ふーーーーん? 大陸交通許可証?」
「本当は前もって渡すつもりだったんだけど、ビンゴの件とか色々とあって時間がかかった。オムカ、ビンゴ、シータ、南群。そのすべてに通じる交易の全面許可を認めるって、うちの女王様のサイン入りだ」
「交易の関税免除および通行自由の権利さね」
これさえあれば、オムカ、ビンゴ、シータ、南群に商品を届ける際に、関税を取られないし、不当に足止めをくらうことも荷物を検査されることもない。
必要経費が浮く上に、時間も取られることがない。商売人にとってこれ以上ない特権だ。
「ああ。お前には色々助けてもらったからな。俺たちがここまで戦えたのも、お前が金銭面、物資面で支えてくれたからだって女王に説いたら、それをくれた。本当は財務大臣の席って案もあったけど、お前そういうの嫌いだろ」
「そりゃそうさ。わたしは商売人、つまり自由な民間企業さ。わざわざ国営にされて、色々制限されるのはよろしくないさね。ふむ、ならこっちの方がありがたいさ」
「そりゃなにより」
ふんふん、と頷くミスト。
どうやら機嫌はよさそうだ。これなら――
「で? 今度はわたしに何をさせる気さ?」
「う……」
機先を制された。さすがだ。
まぁ、こうやって前のことに感謝しつつ、確かに次の仕事も依頼しようとしていた。
「仕事の話じゃないんじゃなかったさ?」
「いや、それは……」
どうする?
ごまかすこともできる。
けどそれはまた彼女に対して失礼な気がする。
ならここは正面突破。
小さく深呼吸。
「仕事、というか、そうだな。頼みがある」
「……とりあえず聞くさ」
「助かる。けど、そうだな。どう話していいものか。……いや、いい。直截に言う。俺はお前にこの国の蕭何になってほしい」
蕭何。
楚漢戦争における劉邦陣営の人物。
といっても武人ではない。後方支援を担当する文官だ。
けどその功績は大きく、敵である項羽は飢えたことがあったが、彼がいたおかげで劉邦は飢えることも武具がなくて困ることもなかったという。
項羽と劉邦の違いは蕭何がいたかどうか、と言われるほどで、漢帝国ができた時、神算鬼謀の軍師張良、国士無双の大将軍韓信と並んで最大の功臣の1人に数えられる。
要はミストにその後方支援の任を請け負ってほしいのだ。これまでも金や兵糧、武具などを色々都合つけてもらっていたが、それを本格的に国のお抱えにできないかということだ。
本当はメルに頼みたかったわけだが、ああなってしまった以上しょうがない。
「ふーん、わたしにそのショーカってのになれってさ?」
「そういうこと。もちろん、商売の自由は保障する。それにやることは今まで通り、指定された日時に、指定された場所に、指定されたものを届ける、それだけ」
「しょーか、しょーか」
くだならな!
そうかと蕭何をかけるとか。
「ま、話は分かったさ? やることも分かったさ? こないだみたいな納期は勘弁してほしいけど」
「う、それは悪かった」
直近で馬2千頭をかなり無理なスケジュールで頼んでいた件だ。
でもそうしないとブリーダの隊が補充も訓練もどうしようもできなかったのだからしょうがない。
「ふむ、つまりこれは、前に宰相様が唱えてた大商圏包囲網。それの一環さね?」
俺は頷く。
大商圏包囲網。
マツナガが考えた、帝国に対する経済封鎖みたいなもの。オムカ、ビンゴ、シータ、南群にいる商人に対し、オムカ王国が存続している限り、良い思いをさせてあげますよ、だから助けてね、帝国に商品流さないでね、とお願いするものだ。
その嚆矢となるのが、このミストというわけで。
「なるほどなるほど」
何度も頷くミスト。
その顔に険はなく、手ごたえはありそうだ。
「やってくれるか?」
「それは――――無理さ」
ずっこけた。
まさかこの段階で断られるとは思っていなかった。
「なんでっ!?」
ミストにも充分に利益――いや、利益しかない話のはずなのに。
いや、確かにちょっと難しい発注とかスケジュールとかあるけど、それを差し引いても有益なはず。
「いや、確かに魅力的な話さ。商人としては、やはり利益を第一に優先したいからさ」
「なら――」
「けどアッキーは商売の――いや、大商人の『いろは』の“ほ”知らないさ」
いろはのほって……いろはにほ……5番目ってこと?
また微妙に中途半端な。
「ならそのいろはを、ご教授願おうか」
「天才軍師様に講釈たれるのもどうかと思うけどさ」
俺の政治力なめるなよ?
とは言えない。だから無言で先を促す。
「じゃあ講義させてもらおうさ。まず“い”の一、『商人は信義が大事』。アッキーだって通販とかで星1つのところから買いたくないさ? そもそも信用がなければ、ものを仕入れることも不可能。だから信義、信用が第一なのさ」
なるほど、そりゃそうだ。
「そして“ろ”。『安く買って高く売る』。もうこれは鉄則というか、常識さ。利益を出さないものには手を出さない。まぁ時にはアッキーみたいに、利益が出るかわからない時にも買わなくちゃいけない時はあるさ。先行投資ってやつさ」
まぁ確かに。
こいつと出会ったときは、まだオムカが生き残るかの瀬戸際だったからな。
「さらに“は”。『売れるものは石でも売れ、使えるものは親でも使え』さ。高級食材ってあるさ? ツバメの巣なんてあんなもの誰が食べて美味しいものだと思ったさ? フカヒレだって近代以前は捨てられてたって話さ? つまり何が化けるか分からない。アッキーがオムカという退くも押されぬ強大国の軍師様になったようにさ」
なるほど、勉強になる。
というか、どこか兵学に通じるものがあって政治力の低い俺でも理解が深まるわけで。
例えば信用第一。
これは兵の信用がなく、兵が思う通りに動かなければ勝てる戦いも勝てないのは当然のこと。
次いで安く買う。
これはいかに勝っても兵の損耗が激しかったりすれば、次に勝てるかは危うい。
いかに楽に、いかに損耗を押さえて勝つか、それが大事ということ。
そしてなんでも使う。
戦場にあるもの、川、山、森、丘、天気に始まり、草木の一本でも戦況に影響を与えるものがある。さらには味方や敵に至り、遠い本国や隣国、などすべての要素を使ってでも勝つことが大事。
武士は犬ともいえ畜生ともいえ勝つ事が本、だ。
それもそのはず。
軍略の基礎であり極みである孫子が、今や現代ビジネスにおいても有効だと見られているのだ。つまり根本は同じ、ということ。
うん、けどどうしてそれが俺の話を断るのかにつながらない。
「で? 勉強にはなったけど、結局何が言いたいんだ?」
「焦っちゃだめさ。というわけでいろはの“に”。『焦りは禁物』。そして続く“ほ”、『焦りは禁物だけど、売り時を見極めたら一気呵成』さ」
「そうか、『将に五危あり、ふん速は侮られる』。そして『よく戦う者は、その勢は険にしてその節は短なり』、か!」
「それは知らないさ」
ん、まぁそうか。
ちなみに『将に五危あり』はリーダーにとって危険な性質が5つあることを示し、その中で『ふん速~』は、短気で怒りっぽい人は舐められるから駄目ですよ、というもの。
そして『よく戦う者~』は、じっと力をためて一気に解き放つ一気呵成が大事ですよ、という両方とも孫子の教えだ。
………うん、で?
商人講座はためになったものの、結局何が言いたいんだ?
「アッキーは察しが悪いさ。よくそれで軍師が務まるさね?」
「うるさい。俺の政治力は赤点ギリギリなんだよ」
「それは……ご愁傷様さ」
そんな目で見るなよ。
「はぁ、じゃあアッキーにもわかるようにちゃんと説明するさ。これはいろはの“へ”にあたる『無駄を作るな』に通じるものでもあるんだけどさ。例えばシータ王国に商品を輸出するとするさ。行きは船にその商品を載せて、そのまま帰ってくる――なんてことはありえないさ。無駄の極みさ。『空船』を走らせるな、という通り、移動にもお金と時間がかかるさ。だからシータ王国に行ったら、そこで仕入れたものを積んで戻る。それをオムカで売るもよし、ビンゴ王国まで運んでさらに高値で売るもよし、つまり一石二鳥なのさ。それでビンゴ王国に行った帰りにまたビンゴ王国で仕入れて同じことをすれば……。ここまでは分かるさ?」
「ああ、なんとか」
「このレベルでなんとか言われても困るさね……。とりあえず、そういうわけで無駄は出さないのが鉄則。そう、時間すらも惜しいのさ。だから大商人はこう考える。ビンゴ王国に運ぶ時間があれば、シータ王国からまた買い付けできたかもしれない。シータ王国から買い付ける時間があればビンゴ王国に運べたかもしれない、とね」
ん……つまりそれがこうなって……ああ、なるほど。
なんとなくミストの言いたいことが分かった。
「1枚じゃ足りない、ってことか」
無駄をなくす、そのうえで一点集中、一気呵成に商売を広げる。
そのための通行証が1枚だと足りない、そうミストは言いたかったらしい。
なら最初からそう言えよ。回りくどい言い方してさ。
まぁ興味深い話では合ったけど。
「EXACTLY。というわけでアッキーに求めるのは3つ。この通行証を可能な限り多く発行してもらいたい。とはいえありすぎると効果が薄れるから、そうさね。とりあえず5通。そして王都の中に物資の集積所を作らせて欲しいさ。各国から仕入れたものをオムカに集積させるためのものさ。まぁ西門近くの集落辺りの土地をくれればなんとかするさ」
「分かった。それくらいなら何とかなる」
「そして最後。これが一番大事さ。売るものにはケチをつけないでほしいさ」
「それは……」
「何も違法なものを売る気はないさ。そっちの方が利益は出るけど、これはいろはの“は”の『商人は信義が大事』に反するさ。だから違法なものは売らない。それがゆえに、ここは譲れないさ」
売るものにケチをつけるな、ということは完全に商売の方法は任せてほしいというもの。
うーん、違法なものは売らないというわけだし……。
ま、いっか。
「分かった。それも許可するよう働きかける」
「GOOD! それなら商談成立さ。やったさね」
子供のように喜ぶミスト。
なんだかんだで真面目で純粋だよな、商売というものに対して。
とりあえずこいつに任せておけば、後方は心配ないだろう。
劉邦もこんな気持ちだったんだろうな。
と素直に感心していたのだが、
「まずアッキーの写真集とブロマイドを流通に乗せるさ。それからアッキーのフィギュアを作って、あと旗のレプリカに服装を真似て、アッキーのコスプレセットとして売るのもあり……いや、ちょっと服装に魅力がないさ? アッキー、もっと際どいの着る気あるさ? 大丈夫、女王様と里奈に話は通してあるさ! そしてゆくゆくはCDを作って歌手デビュー、あの林檎って子と組ませて全国ツアーでぼろもうけさ!」
「お前ふざけんな!」
純粋どころかめちゃくちゃ腹黒、ドス黒かった。
「おっと、もう言質はいただいたさね。売るものはこっちの自由にさせてもらうさ。それにこれは違法じゃないさ!」
ぐっ、こいつ……。
はじめからここが狙いだったな?
だがここだけは負けられない。
ここで止めないと際限なく、俺の身が搾取される気がする。政治力は低いが、ありあまる知識で何か打開策を導き出せ。
この流通ルートに問題は、いや、ない。そもそもその権利を与えたのは自分だ。なら利益にならないのでは。と思うが、ファンクラブとかいうのが出来ている以上、少なくともあいつらは買うんだろうなと思うと何とも言えない。
くそ、大体こいつらが勝手に俺の許可なく……あ!
「肖像権。本人は何も許可してない。それにマネージャーとか言ってるけど、俺は何も契約を交わしてないぞ。あるなら契約書もってこい。なければそれらは違法。違法のものは売らないんじゃなかったのか? それでも売ったら、それこそ信義がなくなるぞ。まぁその時点で肖像権の侵害で全力で告訴するが。その際は法とか関係なく、ありったけの口先三寸でまるめこんでやる。知力99なめんなよ?」
「ぎゃーっさ!」
こうして一商人の野望は露と消えた。
はぁ……本当になんだったんだ。
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本来の主人公が出会うはずだったヒロインと、先に出会ってしまい……。
本来は主人公が覚醒するはずだった【真の勇者の力】にも目覚めてしまい……。
思い込みの力で、主人公補正を自分のものにしていく勇者!
ざまぁフラグなんて知りません!
これは、自分のことを主人公だと信じて疑わない、勘違いした勇者の無双冒険譚。
・本来の主人公は荷物持ち
・主人公は追放する側の勇者に転生
・ざまぁフラグを無自覚回避して無双するお話です
・パーティー追放ものの逆側の話
※カクヨム、ハーメルンにて掲載
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