知力99の美少女に転生したので、孔明しながらジャンヌ・ダルクをしてみた

巫叶月良成

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第5章 帝国決戦

第15話 バンドスター

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「バンドぉ?」

 休日の昼下がり。
 昼飯を食べ終わって今後の方針に思考を費やしていたころ、林田林檎はやしだりんごが急にやってきて、俺の手をつかんでそう熱心に誘ってきたのだ。

「そ。ようやくこのバーベル? ってとこにも慣れてきて、なんか少しは物事を考えられるようになって。毎日の生活には困ってないよ? ただ、澪標のあねさんを見てるとなんか自分だけのほほんとしてるのが切なくて、何かやろうって思ったけど、私には歌しかないから」

 愛良、本当に姐さんって呼ばれてるのか。
 確か俺より年下だよな……。

「てかさ、この世界? マイクもないし、アンプもないし、ギターもアコースティックだしてか若干違うし、ドラムも鼓笛隊? みたいな感じだしシンバル別だし。ベースもなくてリズム隊ぼろぼろで、ほんとどうしろって感じなの」

 まぁそりゃそうだろう。
 電気もまだないこの世界にそんなものがあるわけない。若干、オーパーツ的な拡声器みたいのがあったけど。

「というわけでジャンヌちゃん。バンド組もう?」

「何がというわけでか全然わからないんだが!?」

「えー? 私には歌しかない。私はバンドがやりたい。だからバンドを組む。簡単でしょ?」

「その三段論法は合ってるかもしれないが、そこに俺がやる意味はないよな!?」

「でも、澪標の姐さんも言ってたけど。あいつはもうちょっと体を動かした方がいい、趣味とか見つけて息抜きした方がいいって。だからバンドやろ?」

「あいつ、余計なことを」

 そもそも人前に出るのが苦手な俺が、人前で楽器を演奏するなんて。
 想像しただけでも緊張で吐き気がしそうだ。

 よし、ならばここは断ろう。
 君子危うきに近寄らず、だ。

「俺じゃなくてもいいんじゃないか。里奈とか竜胆とか、俺より暇なやつはいるぞ」

「あ、もう誘ったから」

 あー、そうですか!
 その行動力羨ましいなぁ!

「里奈さんも、変な感じだね。妹が一緒ならやる、とかって。姉妹なの? あんまり似てないけど」

「いや、あれは……その……」

 すんごい困る質問を真顔でされた。
 そろそろしっかり怒ろうかな。じゃないとこういうところで変な誤解を招くんだよ。
 けどそうすると、

『明彦くんの真剣で可愛い表情……イイ!』

 とか言われそうで怖い。

「そうだ、俺じゃなくてイッガーとかどうだ? 結構器用だぞ?」

「私がやりたいのはガールズバンドなの。だから男お断り!」

 さいですかい。
 とはいえここで俺は女じゃない、と言えばそれはそれでまた別の問題が出るからやめておくに限る。

「俺、初心者だぞ? それに不器用だし」

「最初は皆初心者だよ。大事なのは自分のハートだと思ってる」

 やりたくないってハートは無視していいのかい?

「そうだ、そもそも楽器がないんだろ?」

「ミストって人が色々準備してくれるって。さすがにエレキとかベースはないけど、近いもので代用できそう」

 あいつぅぅ!
 変なところで有能さ発揮しやがって!
 先日ので張り切ってやがるな。

 いや、待て。まだ慌てるな。
 まだ俺には対抗できるカードがあるはずだ。
 思考を回転させろ。
 今の俺は絶好調(多分)。
 いつもなら、なし崩し的に承諾させられてたものも、人間関係を壊さないよう円滑に断れるんじゃないか?

「というわけでバンドやろう! さぁやろう! いざやろう!」

「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ。何をそんなに焦ってるんだ?」

「焦る?」

 そうだ、今の林檎は何かに焦ってるように思える。右も左も見えなくなった猪武者みたいに、猪突に突っ込んでくる形だ。
 そう戦場だ。
 これは戦場。
 いかに相手の攻撃を回避し、撃破するか。
 ならばこれは俺の領域だ。

「ああ、そうじゃないか? 今のお前はとにかくなんでもいいみたいな感じでいるけど、本当にそれでいいのか? ちゃんと考えてその結論に至ったと、胸を張って言えるか?」

 勢いをもとに突っ込んでくる敵。
 それに対してこちらも勢いをもってぶつかるのは愚の骨頂。がっつりと組み合えば被害は大きくなるし、後手に回っている以上、劣勢は覆しにくい。

 だからまずはかわす。
 やるかやらないかの二択から、別の方向に勢いを誘導するのだ。

「え、えっと……それは……まぁ」

 よし、相手の勢いが落ちた。
 ならここでさらに相手をなだめすかして勢いを減衰させる。

 バンドをやろうとか、プロになろうってことは自己承認欲求が強いはず。
 ならばその点をくすぐってやれば、相手は優越感に浸って聞く耳を持つ。

「いや、正直その行動力には舌を巻くよ。もうメンバーを2人も押さえて、さらに楽器類までそろえるなんて。やることが早い」

「そ、そうなんだよね。色々助けてもらったけど、やっぱバンドやりたいってのがあって」

「いや、来たばかりでそこまでやれる行動力があるのは羨ましい。俺なんて状況に流されて、とにかく突っ走ることしかできなかったからさ」

「そうだったの」

 事実をもとに持ち上げられて気分が悪くならない人間はいない。ましてや明確な比較対象を出されれば当然。

 さて、さらにここで持ち上げるか……いや、十分に落ち着いたはずだ。
 これ以上は褒め殺しとかおだて、追従ついしょうに聞こえる。
 なら一歩踏み込む段だ。

「それだけできるなら無理に焦る必要はないだろ。お前の実力ならいずれ皆分かる」

「でも……それだと遅い」

「遅い?」

「そうだよ、成功するためには10代で結果を出さなきゃ。だから今すぐ始めないとダメ。いずれとか言ってられない!」

 おっと、ちょっとまだ早かったか。
 というかなんか野望再燃してない? 前はメジャーに未練はない的なことを言ってた気がするけど。

 やっぱりこれは焦り以外の何物でもない。
 ミスト辺りの商売っ気に当てられたか?

 ふむ、ならそこら辺から攻めてみるか。

「今すぐ始めたいのは分かった。けど、それが最短なのか?」

「え?」

「孫子いわく、軍争はをもって直となし、うれいをもって利となす。要は遠回りこそ近道で、心配事を利点にするのが重要って意味だ」

「はぁ……」

 林檎がキョトンとする。
 うん、いきなり素人に孫子の講釈をしてもそりゃそうなる。

 けど、だからこそつけ入る隙がある。

「今すぐやるってことは確かに兵は神速をたっとぶとして良いことだと思う。けどそこで考えてみてくれ。本当にそれが正解なのか? 素人を集めてバンドを組んで、それがデビューへの近道なのか?」

「それは……」

「そもそも、そのガールズバンド。それは林檎が考える最適の道なのか? お前はガールズバンドをやりたいのか? それともデビューしたいのか?」

「それは、その、やっぱり、デビューで。ガールズバンドは、その、楽しいから、で」

「うん、ならデビューの方を優先して考えるべきじゃないか。それよりも林檎が歌うことがいい、ガールズバンドでもいいって言うならそっちを目指すべきだ。楽だと思える道、最短と思える道には飛びつきたくなる。それは人間の心理だ。けどそういう時こそちゃんと考えなくちゃいけないんだと思う。本当にそれが最短の道なのか、理想へと続く道なのか。ちゃんとそれを考えてみた方がいいと思うぞ」

「う、うん……でも……」

「歌ならどこでも歌えるだろ。引き合いに出されるのは嫌かもしれないけど、アヤはいつも歌ってた。自分がどこにいようと、誰に届くこともないにしても、ひたすらに、ずっと歌ってた。それが彼女の成功の秘訣だと思ってる。どれだけ遠回りしても、それが彼女にとって最短の道だったんだ」

「そう、なの……」

 よし、相手の意志は完全に止まった。
 ここで最後の一言で一気に状況をまくる。

「まだこの世界に来たばかりなんだ。じっくりゆっくり考えて結論を出してもいいんじゃないか?」

 それほど時間はないとは思うけど。
 いやいや、我ながら悪質だな。それが分かっててゆっくりやれだなんて。

 でも、それが彼女のベストだとは本気で思ってるわけで。

「うん、わかった。もうちょっと考えてみる。ミストさんにはすぐにって言われたけど、しっかり自分の目指すべきものってのを見つけてみるよ」

 やっぱりあいつが焚き付けてたか……。
 けど別にあいつも悪気があって言ったことじゃあないんだろうしなぁ。難しい。

 とまぁ、これで俺がバンドに入るのは阻止できたわけだ。

 いや、別に嫌ってわけじゃないぞ。
 けど俺にはやることがあるわけで。林檎も含めて、この国にいる人を守らなくちゃいけないわけで。

 …………うん、それが本音。

 しかし、なんだろう。
 人一人を説得するのがこんなに疲れるなんて。
 これならまだ戦場で敵と対峙してた方が、万倍簡単に思えた。

「それにしてもジャンヌちゃんって、すごい色々考えてるんだね。こんなに小さいのに、えらいえらい」

 そう言って頭をなでなでしてくる林檎。

「俺はもう大人だぞ!」

「そうですねー、ジャンヌちゃんは立派な大人ですねー」

 すんげぇ馬鹿にされてる気がする。

 林檎も大きいというわけじゃないけど、それでも頭を撫でられる俺、小さすぎ?

 てか2年も経ってるのに、全然成長しないな俺。
 マリアはちょっとずつだが背が伸びているのに。
 ちゃんと食べて寝て……はいないな。それのせいか。

 その時は、ただ単にそう思った。
 そう思って、特に疑問にも感じなかった。


 余談。
 結果としてその後、林檎はガールズバンドを結成した。
 もちろん俺は入っていない。
 それどころじゃなくなって、王都にはいなかったからだ。

 そして俺の代役で入った愛良が、ライブ中にリュートを叩き折るというロックというかデスメタルな感じが斬新として大いに受け、追加公演を熱望されるほどの伝説となったのはまた別の話。

 アヤの再来、として呼ばれたのは林檎にとって不服だったろうか。
 ただ、その話題性と彼女の実力も相まって、その伝説に大いなる影響を与えたのは間違いない。

 なんとか時間を作って見に行ったライブは、お世辞にも里奈のピアノ、竜胆のドラム、愛良のリュートは上手とは言えなかったが、真剣さと努力の結果が見られてなんだか胸が熱くなった。

 何より林檎の歌声。
 亡くなったアヤとは曲調が違う。
 けどやはり声はアヤのもの。
 心にぶつかってくる想いは同じ、いや、それ以上。

 それが数千、いや数万人を熱狂させる。

 音楽が持つ力を体感しつつ、やっぱりあのステージに立たなくてよかった。
 そう思ってる自分がいた。
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