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第6章 知力100の美少女に転生したので、世界を救ってみた
第2話 最初の脱落者
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いよいよ動き出した帝国軍に対し、俺たちも前線のヨジョー城へと向かうことになる。
そのために準備はしてきたのだが、やはり時間不足は否めない。
敵の情報がさほどない状態で、さらにどっかの誰かが気落ちしてまともに動けなかったのも痛い。
まぁ自分のことなんだけど。
半ばぶっつけ本番の状態で対しないといけないが、文句を言っても仕方ない。
「んじゃ、行ってくるわ」
なるだけ軽く、気兼ねないよう見送りに来たマリアとニーアに告げる。
今、クロエたちの隊が北門から出ている。
ここは西門。里奈をお供に、サールを護衛にして3騎だけで外に出る算段だ。
マリアが見送りしたいということで、この形をとった。
派手なクロエたちを隠れ蓑にしておけば、こっちに女王がいるとは思わないだろう。
もちろん、周囲にはニーアの部下たちが警戒しているし、マリアたちもいつもとは違う、古びた布のケープをかぶってお忍びルックで来ている。
マリアはターゲットの1人。彼女が死ねば俺たちの敗北は決まるのだからこれくらいの警備は当然だ。
本当は王宮の奥に籠っていてほしかったけど、最後の挨拶と言われれば、俺としてもその時間は欲しかった。
「武運を祈るのじゃ」
「ああ。やってくるさ」
マリアの目に怯みや怯えはない。
しっかりと現実を直視して、受け入れようとするものに見えた。
「もしかしたら援軍を出せるかもしれないのじゃ。それまで頑張るのじゃ」
「あぁ、なんとかする。けど、待ってるよ」
「うん!」
マリアは気軽に援軍と言ったけど、どこから連れてくる気だろうか。
南群の国々は腰が重い。
ひと月足らずの再出兵で財政が火の車の上に、あの女神の言葉を聞いたからだろう。
オムカと帝国どっちが勝っても、どちらかに支配されるのだから士気も上がらないに違いない。
だから今回はいつも援軍を出してくれたワーンス王国からも援軍はない、
そんな状況だから、俺が見ても援軍のあてはないのだ。
それでもマリアがそう言うのだから、無碍に扱うのは非道だろうと思っての受け答えだった。
「ま、期待しないけど、頑張って」
「はは、まぁ頑張るさ」
ニーアは相変わらずそっけない。
本当はついていって暴れたそうだけど、マリアのことを考えると王都に残らざるを得ないわけで。
最後の挨拶という割には、かなり簡素でそっけない。
けど俺はそれだけで十分だった。
安全を願う2人の気持ちが心に響いたからだ。
「サール、ジャンヌをくれぐれも頼むわね」
「はっ、誠心誠意、粉骨砕身して務めます!」
「じゃあ私もいくね」
「うむ……気を付けてなのじゃ、姉さま」
ニーアとサール、里奈とマリアもそれぞれ言葉を交わす。
そろそろ頃合いだろう。
「それじゃあ」
「うむ」「はいはい」
2人の声を受け、俺は馬を門へ向け、そしてそのまま城外へと進めようとしたところで、
「おねえちゃん!」
「……リン!?」
まさかと思い、振り向けば確かにリンがいた。
小さいからだを一生懸命振ってこちらに走り寄ってくる。
俺を見送りに、わざわざ店から西門まで来たのか?
不思議に思ったけど、まぁ何か噂になっていたのかもしれない。
「サール、ちょっと待っててくれ」
「はい」
俺はサールに一言断ってから、馬から飛び降りる。
そこへリンがやってきた。
「おねえちゃん……いっちゃうの?」
全身で息をしながら、リンが聞いてくる。
「ああ」
「……そう」
「大丈夫だ、すぐに戻る。約束したろ?」
「うん、やくそく!」
リンが右手の小指を見せてくる。
俺も右手の小指を示した。
リンが微笑みを浮かべる。
ふと、そのほほにつっと涙がこぼれた。
「あ……」
「リン……」
「ちがうの。かなしいとかじゃなくて、これは、その……」
俺はなんだかほほえましくなった。
同時に嬉しくもあった。
ここまで俺を慕ってくれるなんて、元の世界では考えられないことだ。
だからせめて最後に精一杯の感謝を示そうと、リンに向かって足を進める。
そしてリンの前でかがみこみ、泣きじゃくるリンの頭に手をのせ、撫でながら、
「安心しろって。俺はちゃんと帰ってくるから」
「うん、でもちがうの。これはね、これはね――」
「ん」
「――おねえちゃんをころせることがうれしいの」
「は?」
瞬間、銀色がきらめいた。
何が起きたか。理解ができない。
理解ができないから、体が動かない。
危機を前に、何もできない。
「ジャンヌ!」「明彦くん!」
悲鳴。
誰のだ。
そう思った瞬間、視界がブレた。
天地がさかさまになり、転がり、そして痛みが来た。
腕だ。いや、足かもしれない。胴体ではないことが確か。
「ちぃ!」
ひどい、醜い声。
リンと同じ、なのになんだこの不協和音。
いや、この展開。この変貌。この不協和音。
知ってる。
「大丈夫、明彦くん!?」
「あ、ああ……」
里奈の声がすぐ近く。
全身を温かい何かが包んでいる。
ようやく俺の視野が元に戻り、視界に入ってきたのは剣を振り下ろしたニーアと、その剣をナイフで受け止めるリンの姿。
マリアはニーアの背後に回って、どこかから現れた部下に保護されている。
一拍待って、サールが俺の前に立った。
そしてどうやら俺は里奈に抱えられているらしい。
それで俺はようやく、リンに刺されようとしたところを、里奈とニーアによって救われたんだと理解。
なぜリンが俺を?
その疑問に対する答えは明確だが、すぐに頭が働かない。
けれどそのうえで、俺は叫んだ。
「よせ、ニーア!」
瞬間、ナイフが飛び、ニーアの剣がリンの体を貫いた。
いや、違う。
リンじゃない。
「くひゃっ……ドジっちまったなぁ……」
そういびつな笑みを浮かべるリン――の顔をした帝国軍の暗殺者ノーネーム。
ナイフが地面に落ち、力尽きたように膝が折れてその場にへたりこんだ。
「よくわかったなぁ、俺が、俺だって」
「なんとなくよ。あんたの匂いがしたから、色々と気を付けただけ。それに……あんたが一瞬迷わなければ、間違いなくジャンヌは死んでたわ」
「くひゃ。そこまで見られるとはねぇ……。この子の役柄に引っ張られたかなぁ……」
ニーアとノーネームの会話。
なんだか旧友が話すような、どこか打ち解けているようなそんな感覚。
「ま……結果がすべてだ。俺が負け、あんたが勝ちってことだな」
「そうね。あんたみたいのは、二度と現れてほしくないわ」
「くひゃっ、誉め言葉として受け取っとくぜ」
ニーアの言葉に力なく笑うノーネーム。
「よぉ、ジャンヌ・ダルク?」
ノーネームが首をこちらに向ける。
そこにあるのはリンでしかない。
けどあからさまに何かが違う。
何かがいびつで不安定。
「悪いが俺はこれで退場だ。いや、あんたらにとっちゃいいことなのか? くひゃ……あぁ、もう痛みもねーわ。うん、かといって、このままお前に負けるのは……癪だな」
「…………」
「くひゃ、いい顔だ……。その顔をもっといい顔に……俺好みに変えてやるよ」
「何が、目的だ」
「何も。ただ、そうだな、ただの……嫌がらせだよ。死にゆく俺が……お前にしてやる……たった1つの、冴えない嫌がらせだ……」
こぷっ、と口から血を吐き出すノーネーム。
辛いのか、顔をしかめて口を開く。
「時間もねーから手短に言うぜ……俺が、殺しのために“なった”人間……それがこれまで、どうだったか……お前ならわかるよなぁ?」
なった、人間?
言われ、瞬時に理解した。
同時、戦慄した。
「くひゃ、気づいたようだな……はは、その顔。最高だ。ああ……お前はもっと苦労するんだろうなぁ……ざまぁみろ。煌夜はえげつねぇぞ? ま、というわけだ……せいぜい、頑張んな」
ふぅっと大きく息を吐き出すノーネーム。
そしてそのまま動かなくなった。
反して俺は動いた。
ノーネームの最期を見るまでもなく、里奈を振り切って走り出した。
ノーネームがこれまで“なった”人物。
メル、そして皇帝陛下のおつき。
その人物がどうなったか。
いや、想像するな。考えるな。
リンがそうなるなんて、間違っても思うな。
数日前、ちゃんと約束したのに。
戻ってくるって。なのに。なのにこんな……。
南門の花屋までが遠い。
ただでさえ俺には体力がないのに。
くそ、なんで走っていけると思った。
「ジャンヌさん!」
誰だ。サールだ。
馬蹄。馬が2頭。
右を見れば、サールが俺の馬を連れて走ってきている。
俺は迷わず馬に飛び乗った。サールに引っ張って、なんとか鞍にしがみつく。
くそ、くそ、くそ!
もう口の中ではそれしか言っていない。
帝国がまだ動かないからって何を油断していた。
もう戦いは始まっている。まだ大丈夫だと高をくくってこのザマだ。
南門が見えてくる。
そこから花屋まではすぐだ。
王都とはいえそれほど道が広いわけでもない。
馬を全力で走らせるのだから、道行く人にぶつかりそうになったり、軒下の商品を吹っ飛ばしたりした。怒声が舞うが、それにかまっている暇もない。
南門を通り過ぎ、路地に入るところで俺は馬を飛び降りた。
ここからはもう、俺の体力でも走った方がいい。
だから転がるように花屋の前に飛び出ると、そのまま突っ込むように店の中に入り込む。
リンは――いない。
「な、なんだい!?」
店のおかみさんが、うろたえたようにして声を張り上げる。
「おかみさん、リンは!?」
「あ、あんた。また来たのかい」
「いいからリンはどこだ!」
「ど、どこって、あんた何様だい!」
「オムカ王国軍軍師のジャンヌ・ダルクだ! いいからリンは!?」
「あ、あん――あなたがあの……あ、えっと、リンは裏の2階で――」
それ以降は聞かなかった。
指さされた方向に突進し、何事かを見に集まったギャラリーを押しのけて外へ。
そのまま裏にある古びた石造りの家に入ると、そのまま目にした階段を駆け上る。
「リン、どこだ!?」
2階。
部屋が3つ。2つは半開きで人の気配がない。
残るは奥の1つ。
体当たりするように扉のドアノブを回す。開いた。
「リン!!」
そこは小さな部屋だった。
ベッドとテーブル、小さな洋服棚といった最小限のものしか置かれていず、窓から差し込む陽の光がなければ牢獄と思ってしまうほど。
そのベッド、シーツがこんもりと膨らんで誰かがいることを物語っている。
「…………リン」
呼びかける。返事はない。
手がシーツに伸びる。
その手が、シーツに触れる直前で止まった。
もしこの奥にあるものが、俺の想像通りのものなら。
俺は一生俺を許さない。
そして、帝国の連中もだ。
見たくない。
けど確かめたい。
その葛藤がせめぎあい、シーツに触れる1センチ手前で、手が小刻みに震えた。
「………………っ!」
意を決して、それでも数秒は動きを止めて、そして俺は一気にシーツをつかむと、そのまま振り上げて引きはがした。
そこに――リンがいた。
パジャマなのか、薄い衣服に身を包んだリンは、背中を丸めて、まるで胎児のようにして眠っていた。
眠って、いた。
息はある。心臓も動いている。つつけば「ん……」と反応が返ってくる。
生きて、いた。
自分が見ているものが信じられず、何度も呼吸と鼓動を確認する。
生きてる。間違いない。
ふと、リンが目を開き上体を起こした。
そして寝ぼけ眼に周囲を伺い、そして俺に視点を合わせ、
「……ん? あれ? どうしたの、おねえちゃん?」
声を聞いたら、もう止められなかった。
リンに抱き着き、思いっきり抱きしめた。
「わぷっ!」
「よかった……本当に、本当に、よかった……」
俺は泣いていた。
もう本当に、どうしようもなくなって、それでいて生きていてくれて、それでホッとして、もう感情が爆発していた。
「へんなおねえちゃん」
そう言ってはにかむリン。
この笑顔に二度と会えなくなると思ったら、いや、もうそんな想像はよそう。
今はこの腕の中にある命が、確かに存在することをただ祝いたい。そんな気分だった。
余談。
感情を吐き出して落ち着いた俺は、リンのベッドに一枚のカードを見つけた。
そこには“日本語”で、
『くひゃひゃ、俺は子供は殺さねー主義なんだよ。ざまぁみやがれ』
と書かれていた。
誰が何のためにこれを書いたのか。
それだけで瞬時に理解した。
はっ、本当に最悪な奴だ。
本当に、あいつの言う通り、嫌がらせだったわけだ。
こんな手の込んだ、そして効果てきめんの嫌がらせ、初めてだよ。
『……せいぜい、頑張んな』
背中に受けた、あいつの最期の言葉が思い出される。
きっと、その時あいつは笑っていたんだろう。
この状況を見越して。
何より、この後に起こる血みどろの戦いから早期退場できたことに安堵して。
ったく。
こちとらメルにハワードの爺さんにマールと、色々と恨み言を言ってやりたい間柄だけど。
こうも見事に一杯食わされると、どこか憎み切れない素顔があることを知らされた。
だから俺はこう言ってやる。
「せいぜい頑張らせてもらうよ。だから――じゃあな」
俺はそのカードを、クシャっと握りつぶした。
そのために準備はしてきたのだが、やはり時間不足は否めない。
敵の情報がさほどない状態で、さらにどっかの誰かが気落ちしてまともに動けなかったのも痛い。
まぁ自分のことなんだけど。
半ばぶっつけ本番の状態で対しないといけないが、文句を言っても仕方ない。
「んじゃ、行ってくるわ」
なるだけ軽く、気兼ねないよう見送りに来たマリアとニーアに告げる。
今、クロエたちの隊が北門から出ている。
ここは西門。里奈をお供に、サールを護衛にして3騎だけで外に出る算段だ。
マリアが見送りしたいということで、この形をとった。
派手なクロエたちを隠れ蓑にしておけば、こっちに女王がいるとは思わないだろう。
もちろん、周囲にはニーアの部下たちが警戒しているし、マリアたちもいつもとは違う、古びた布のケープをかぶってお忍びルックで来ている。
マリアはターゲットの1人。彼女が死ねば俺たちの敗北は決まるのだからこれくらいの警備は当然だ。
本当は王宮の奥に籠っていてほしかったけど、最後の挨拶と言われれば、俺としてもその時間は欲しかった。
「武運を祈るのじゃ」
「ああ。やってくるさ」
マリアの目に怯みや怯えはない。
しっかりと現実を直視して、受け入れようとするものに見えた。
「もしかしたら援軍を出せるかもしれないのじゃ。それまで頑張るのじゃ」
「あぁ、なんとかする。けど、待ってるよ」
「うん!」
マリアは気軽に援軍と言ったけど、どこから連れてくる気だろうか。
南群の国々は腰が重い。
ひと月足らずの再出兵で財政が火の車の上に、あの女神の言葉を聞いたからだろう。
オムカと帝国どっちが勝っても、どちらかに支配されるのだから士気も上がらないに違いない。
だから今回はいつも援軍を出してくれたワーンス王国からも援軍はない、
そんな状況だから、俺が見ても援軍のあてはないのだ。
それでもマリアがそう言うのだから、無碍に扱うのは非道だろうと思っての受け答えだった。
「ま、期待しないけど、頑張って」
「はは、まぁ頑張るさ」
ニーアは相変わらずそっけない。
本当はついていって暴れたそうだけど、マリアのことを考えると王都に残らざるを得ないわけで。
最後の挨拶という割には、かなり簡素でそっけない。
けど俺はそれだけで十分だった。
安全を願う2人の気持ちが心に響いたからだ。
「サール、ジャンヌをくれぐれも頼むわね」
「はっ、誠心誠意、粉骨砕身して務めます!」
「じゃあ私もいくね」
「うむ……気を付けてなのじゃ、姉さま」
ニーアとサール、里奈とマリアもそれぞれ言葉を交わす。
そろそろ頃合いだろう。
「それじゃあ」
「うむ」「はいはい」
2人の声を受け、俺は馬を門へ向け、そしてそのまま城外へと進めようとしたところで、
「おねえちゃん!」
「……リン!?」
まさかと思い、振り向けば確かにリンがいた。
小さいからだを一生懸命振ってこちらに走り寄ってくる。
俺を見送りに、わざわざ店から西門まで来たのか?
不思議に思ったけど、まぁ何か噂になっていたのかもしれない。
「サール、ちょっと待っててくれ」
「はい」
俺はサールに一言断ってから、馬から飛び降りる。
そこへリンがやってきた。
「おねえちゃん……いっちゃうの?」
全身で息をしながら、リンが聞いてくる。
「ああ」
「……そう」
「大丈夫だ、すぐに戻る。約束したろ?」
「うん、やくそく!」
リンが右手の小指を見せてくる。
俺も右手の小指を示した。
リンが微笑みを浮かべる。
ふと、そのほほにつっと涙がこぼれた。
「あ……」
「リン……」
「ちがうの。かなしいとかじゃなくて、これは、その……」
俺はなんだかほほえましくなった。
同時に嬉しくもあった。
ここまで俺を慕ってくれるなんて、元の世界では考えられないことだ。
だからせめて最後に精一杯の感謝を示そうと、リンに向かって足を進める。
そしてリンの前でかがみこみ、泣きじゃくるリンの頭に手をのせ、撫でながら、
「安心しろって。俺はちゃんと帰ってくるから」
「うん、でもちがうの。これはね、これはね――」
「ん」
「――おねえちゃんをころせることがうれしいの」
「は?」
瞬間、銀色がきらめいた。
何が起きたか。理解ができない。
理解ができないから、体が動かない。
危機を前に、何もできない。
「ジャンヌ!」「明彦くん!」
悲鳴。
誰のだ。
そう思った瞬間、視界がブレた。
天地がさかさまになり、転がり、そして痛みが来た。
腕だ。いや、足かもしれない。胴体ではないことが確か。
「ちぃ!」
ひどい、醜い声。
リンと同じ、なのになんだこの不協和音。
いや、この展開。この変貌。この不協和音。
知ってる。
「大丈夫、明彦くん!?」
「あ、ああ……」
里奈の声がすぐ近く。
全身を温かい何かが包んでいる。
ようやく俺の視野が元に戻り、視界に入ってきたのは剣を振り下ろしたニーアと、その剣をナイフで受け止めるリンの姿。
マリアはニーアの背後に回って、どこかから現れた部下に保護されている。
一拍待って、サールが俺の前に立った。
そしてどうやら俺は里奈に抱えられているらしい。
それで俺はようやく、リンに刺されようとしたところを、里奈とニーアによって救われたんだと理解。
なぜリンが俺を?
その疑問に対する答えは明確だが、すぐに頭が働かない。
けれどそのうえで、俺は叫んだ。
「よせ、ニーア!」
瞬間、ナイフが飛び、ニーアの剣がリンの体を貫いた。
いや、違う。
リンじゃない。
「くひゃっ……ドジっちまったなぁ……」
そういびつな笑みを浮かべるリン――の顔をした帝国軍の暗殺者ノーネーム。
ナイフが地面に落ち、力尽きたように膝が折れてその場にへたりこんだ。
「よくわかったなぁ、俺が、俺だって」
「なんとなくよ。あんたの匂いがしたから、色々と気を付けただけ。それに……あんたが一瞬迷わなければ、間違いなくジャンヌは死んでたわ」
「くひゃ。そこまで見られるとはねぇ……。この子の役柄に引っ張られたかなぁ……」
ニーアとノーネームの会話。
なんだか旧友が話すような、どこか打ち解けているようなそんな感覚。
「ま……結果がすべてだ。俺が負け、あんたが勝ちってことだな」
「そうね。あんたみたいのは、二度と現れてほしくないわ」
「くひゃっ、誉め言葉として受け取っとくぜ」
ニーアの言葉に力なく笑うノーネーム。
「よぉ、ジャンヌ・ダルク?」
ノーネームが首をこちらに向ける。
そこにあるのはリンでしかない。
けどあからさまに何かが違う。
何かがいびつで不安定。
「悪いが俺はこれで退場だ。いや、あんたらにとっちゃいいことなのか? くひゃ……あぁ、もう痛みもねーわ。うん、かといって、このままお前に負けるのは……癪だな」
「…………」
「くひゃ、いい顔だ……。その顔をもっといい顔に……俺好みに変えてやるよ」
「何が、目的だ」
「何も。ただ、そうだな、ただの……嫌がらせだよ。死にゆく俺が……お前にしてやる……たった1つの、冴えない嫌がらせだ……」
こぷっ、と口から血を吐き出すノーネーム。
辛いのか、顔をしかめて口を開く。
「時間もねーから手短に言うぜ……俺が、殺しのために“なった”人間……それがこれまで、どうだったか……お前ならわかるよなぁ?」
なった、人間?
言われ、瞬時に理解した。
同時、戦慄した。
「くひゃ、気づいたようだな……はは、その顔。最高だ。ああ……お前はもっと苦労するんだろうなぁ……ざまぁみろ。煌夜はえげつねぇぞ? ま、というわけだ……せいぜい、頑張んな」
ふぅっと大きく息を吐き出すノーネーム。
そしてそのまま動かなくなった。
反して俺は動いた。
ノーネームの最期を見るまでもなく、里奈を振り切って走り出した。
ノーネームがこれまで“なった”人物。
メル、そして皇帝陛下のおつき。
その人物がどうなったか。
いや、想像するな。考えるな。
リンがそうなるなんて、間違っても思うな。
数日前、ちゃんと約束したのに。
戻ってくるって。なのに。なのにこんな……。
南門の花屋までが遠い。
ただでさえ俺には体力がないのに。
くそ、なんで走っていけると思った。
「ジャンヌさん!」
誰だ。サールだ。
馬蹄。馬が2頭。
右を見れば、サールが俺の馬を連れて走ってきている。
俺は迷わず馬に飛び乗った。サールに引っ張って、なんとか鞍にしがみつく。
くそ、くそ、くそ!
もう口の中ではそれしか言っていない。
帝国がまだ動かないからって何を油断していた。
もう戦いは始まっている。まだ大丈夫だと高をくくってこのザマだ。
南門が見えてくる。
そこから花屋まではすぐだ。
王都とはいえそれほど道が広いわけでもない。
馬を全力で走らせるのだから、道行く人にぶつかりそうになったり、軒下の商品を吹っ飛ばしたりした。怒声が舞うが、それにかまっている暇もない。
南門を通り過ぎ、路地に入るところで俺は馬を飛び降りた。
ここからはもう、俺の体力でも走った方がいい。
だから転がるように花屋の前に飛び出ると、そのまま突っ込むように店の中に入り込む。
リンは――いない。
「な、なんだい!?」
店のおかみさんが、うろたえたようにして声を張り上げる。
「おかみさん、リンは!?」
「あ、あんた。また来たのかい」
「いいからリンはどこだ!」
「ど、どこって、あんた何様だい!」
「オムカ王国軍軍師のジャンヌ・ダルクだ! いいからリンは!?」
「あ、あん――あなたがあの……あ、えっと、リンは裏の2階で――」
それ以降は聞かなかった。
指さされた方向に突進し、何事かを見に集まったギャラリーを押しのけて外へ。
そのまま裏にある古びた石造りの家に入ると、そのまま目にした階段を駆け上る。
「リン、どこだ!?」
2階。
部屋が3つ。2つは半開きで人の気配がない。
残るは奥の1つ。
体当たりするように扉のドアノブを回す。開いた。
「リン!!」
そこは小さな部屋だった。
ベッドとテーブル、小さな洋服棚といった最小限のものしか置かれていず、窓から差し込む陽の光がなければ牢獄と思ってしまうほど。
そのベッド、シーツがこんもりと膨らんで誰かがいることを物語っている。
「…………リン」
呼びかける。返事はない。
手がシーツに伸びる。
その手が、シーツに触れる直前で止まった。
もしこの奥にあるものが、俺の想像通りのものなら。
俺は一生俺を許さない。
そして、帝国の連中もだ。
見たくない。
けど確かめたい。
その葛藤がせめぎあい、シーツに触れる1センチ手前で、手が小刻みに震えた。
「………………っ!」
意を決して、それでも数秒は動きを止めて、そして俺は一気にシーツをつかむと、そのまま振り上げて引きはがした。
そこに――リンがいた。
パジャマなのか、薄い衣服に身を包んだリンは、背中を丸めて、まるで胎児のようにして眠っていた。
眠って、いた。
息はある。心臓も動いている。つつけば「ん……」と反応が返ってくる。
生きて、いた。
自分が見ているものが信じられず、何度も呼吸と鼓動を確認する。
生きてる。間違いない。
ふと、リンが目を開き上体を起こした。
そして寝ぼけ眼に周囲を伺い、そして俺に視点を合わせ、
「……ん? あれ? どうしたの、おねえちゃん?」
声を聞いたら、もう止められなかった。
リンに抱き着き、思いっきり抱きしめた。
「わぷっ!」
「よかった……本当に、本当に、よかった……」
俺は泣いていた。
もう本当に、どうしようもなくなって、それでいて生きていてくれて、それでホッとして、もう感情が爆発していた。
「へんなおねえちゃん」
そう言ってはにかむリン。
この笑顔に二度と会えなくなると思ったら、いや、もうそんな想像はよそう。
今はこの腕の中にある命が、確かに存在することをただ祝いたい。そんな気分だった。
余談。
感情を吐き出して落ち着いた俺は、リンのベッドに一枚のカードを見つけた。
そこには“日本語”で、
『くひゃひゃ、俺は子供は殺さねー主義なんだよ。ざまぁみやがれ』
と書かれていた。
誰が何のためにこれを書いたのか。
それだけで瞬時に理解した。
はっ、本当に最悪な奴だ。
本当に、あいつの言う通り、嫌がらせだったわけだ。
こんな手の込んだ、そして効果てきめんの嫌がらせ、初めてだよ。
『……せいぜい、頑張んな』
背中に受けた、あいつの最期の言葉が思い出される。
きっと、その時あいつは笑っていたんだろう。
この状況を見越して。
何より、この後に起こる血みどろの戦いから早期退場できたことに安堵して。
ったく。
こちとらメルにハワードの爺さんにマールと、色々と恨み言を言ってやりたい間柄だけど。
こうも見事に一杯食わされると、どこか憎み切れない素顔があることを知らされた。
だから俺はこう言ってやる。
「せいぜい頑張らせてもらうよ。だから――じゃあな」
俺はそのカードを、クシャっと握りつぶした。
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そして、その傍で自らの歪んだ性癖を満たすため、誰に頼まれたわけでもない人助けを続けていたがーー
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