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第2章 南郡平定戦
閑話16 ニーア・セインベルク(オムカ王国近衛騎士団長)
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セインベルク家は武門の家。
そう父親は事あるごとに言った。
ただ、あたしが生まれた時は言葉では言い表せないほど絶望したらしい。
嫡子を生み、軍を率いる将軍になるのを運命づけられたのに、生まれたのは女子。
分からなくもないけど、正直それがどうしたって感じだ。
女が男より強くて何が悪い?
女でも将軍になって何が悪い?
けど父親は認めなかった。
あたしの存在をないもののように扱った。
そしてあたしが5歳の時。
国王に女児が生まれた。今の女王様だ。
あたしは右も左も分からぬまま、女王様付きにされ、家を離れて王宮で暮らすことになった。
別にそれほど悲しくはなかった。父親の悲しみに満ちた視線を受けなくて済む。幼心にそう思ったくらいだから。
転機があったのはそれから数年が経ってから。
先代の王(女王様の御父上)が謀反の罪で帝国に連行され、女王様が仮の王として立ってからだ。
あたしの地位は、いずれどこかに嫁ぐだろう王女のお付きから、女王のお付きに一気に昇格した。
それを知った父親は狂喜乱舞したらしい。そのころにはもう物心ついていたから、そんな父親を軽蔑したものだ。
だってあれだけ興味なさそうだったのに、急に誇らしげにあたしを語りだすんだ。何も知らないくせに。嫌っていたくせに。興味ないくせに。格好悪い。ひどい。最低だ。最悪だ。くずだ。
もう心情的に絶縁していた。家には未練はなかった。
女王様さえよければ他はどうでもよかった。
女王様の身を守れる武芸が身につけば、花嫁修業なんてどうでもよかった。
あたしの全てが女王様を中心にして回っていたのだ。
そしてそれは苦でもなく、むしろ誇らしい気持ちでしかない。
そんな時に彼女が来た。
女王様と同じくらいの年なのに、妙に大人びて、頭の回転が速くて、時に残酷になる彼女。
そんな彼女に、女王様も、そしてあたしも惹かれた。
それからオムカの独立だなんだあって、そこそこ平和に暮らせていけそうだと思ったのに……。
これは裏切りだ。
父親と同じ――いや、それ以上に落差がひどい。期待させておいて、落とすのだから。
だから女王様の我がままに手を貸す。
こちらも裏切ってやるのだ。きっと明日は皆大騒ぎだろう。いい気味。
もちろん一抹の不安はある。
けど、なんとかなるだろう。
いや、なんとかするのだ。
たとえ自分の命を犠牲にしてでも。
女王様の身の安全は確保する。それが近衛騎士団長としての責務だ。
「女王様、寒くはないでしょうか?」
馬を走らせながら、前に乗る女王様に声をかける。
女王様は今、普段なら絶対に着ないような安物の麻の服を着こみ、フード付きのマントをかぶっている。
走るのは夜の草原。
オムカの王都バーベルからはすでに数キロは離れているだろう。
正直、門を出る時が一番神経を使った。
本物の通行許可証に女王のサインがあるとはいえ、宰相の許可もないのだからそこで止められたらおしまいだった。だからそこは強気で通した。
『ほぉー、女王様がこうやって許可していただいているのに、それにケチをつけるんだ? それにこれは軍師ジャンヌ・ダルクが必要とする極秘任務なんだけど。ここで止められてジャンヌの策が失敗したら……責任とれるの?』
そうやって優しくお願いしたところ、涙目で快く門を開けてくれた。
女王様のことも調べられなかった。
ジャンヌの名前を勝手に使ったけど、ま、これくらいはいいでしょ。
そんなこんなで抜け出した王都バーベル。
女王様も最初は緊張していたが、無事に抜け出せたこと、追手が見えないことから硬さが抜けていくのが分かった。
「うむ、問題はないのじゃ……」
声が震えていらっしゃる。
まだ11月とはいえ、さすがに夜の冷気は堪えるようになってきたと思う。
「少々お待ちください。荷物から毛布を取り出します」
「いや、いいのじゃ。それでは走りづらかろう。こういう時はほれ、体を寄せ合えば暖かいのじゃ」
あぁ、女王様の体温が直に……。
この至福。何物にも代えがたい。
「それに、ニーアと一緒に馬に乗るのは久しぶりだからの。もっと一緒にいたいのじゃ」
「覚えて、らしたのですか?」
「おぼろげじゃがの」
驚いた。
まだ先王がいた時だから、ほんの幼いころの記憶のはず。
自分でさえ、そういえばそんなことがあったくらい過去のこと。
あの頃はなんだかよく分からず、ただやろうとしたことをやって周りを困らせてた。
ずっと王宮にいるのが嫌で、なんとなく飛び出した時に一緒に女王様を連れて行った。今思えばとんでもないことをしたものだ。あとでこっぴどく叱られたのも今はもう良い思い出。
ただ、そんな一時のことをこうも覚えていただけていたとは……。
「ニーア?」
「……いえ、何でもありません。今日はこのまま駆けます。少しでもバーベルから離れたいので。それから近くの街で一休みしましょう。辛いでしょうが、ご辛抱のほどを」
「構わないのじゃ。それよりその後どうするのじゃ? このまま馬に乗ってドスガ王国に着けるのかの?」
そこだ、問題は。
こればかりはどうしようもない。
ドスガ王国への行き方は2通りある。
1つは南西に進んで山あいの道を通り、ワーンス王国に抜けてからドスガ王国を目指す方法。これはジャンヌが先の救援で行ったのと同じルート。
2つが南東に進み、川を渡ってドスガ王国に入る方法。
取るなら後者だ。
前者は距離もあるし時間もかかる。女王様にそんな長旅を強いることはできないし、それだけ見つかりやすくなるということ。
だから選ぶなら後者なんだけど……川かぁ。船かぁ。
「しかしすごいのぅ。真っ暗なのに、月の明かりだけでこれほどとは。普通なら今頃眠っている時間じゃからの。それに見渡す限りの草原を走る馬。王宮にいたら絶対見れなかった光景じゃ。感謝するぞ、ニーア」
女王様が目を輝かせて振り返ってくる。
もう船酔いするから無理です、とは言えない。腹をくくるしかないみたい。
「いえ、私はただ手段を用意しただけ。ここに来たのは女王様の意思です。女王様はやろうと思えば何でもできる意思と力をもっていらっしゃるのですよ」
「そうか……なんでも……楽しみじゃの!」
この無垢な微笑み。
それを失望に変えてはいけない。
ま、どうにかなるでしょ。
今までもどうにかなってきたんだから。
きっと今回もうまくいく。
そう信じて動くことが大事。
だから問題ない。
何も問題はない。
そう言い聞かせた。
そう父親は事あるごとに言った。
ただ、あたしが生まれた時は言葉では言い表せないほど絶望したらしい。
嫡子を生み、軍を率いる将軍になるのを運命づけられたのに、生まれたのは女子。
分からなくもないけど、正直それがどうしたって感じだ。
女が男より強くて何が悪い?
女でも将軍になって何が悪い?
けど父親は認めなかった。
あたしの存在をないもののように扱った。
そしてあたしが5歳の時。
国王に女児が生まれた。今の女王様だ。
あたしは右も左も分からぬまま、女王様付きにされ、家を離れて王宮で暮らすことになった。
別にそれほど悲しくはなかった。父親の悲しみに満ちた視線を受けなくて済む。幼心にそう思ったくらいだから。
転機があったのはそれから数年が経ってから。
先代の王(女王様の御父上)が謀反の罪で帝国に連行され、女王様が仮の王として立ってからだ。
あたしの地位は、いずれどこかに嫁ぐだろう王女のお付きから、女王のお付きに一気に昇格した。
それを知った父親は狂喜乱舞したらしい。そのころにはもう物心ついていたから、そんな父親を軽蔑したものだ。
だってあれだけ興味なさそうだったのに、急に誇らしげにあたしを語りだすんだ。何も知らないくせに。嫌っていたくせに。興味ないくせに。格好悪い。ひどい。最低だ。最悪だ。くずだ。
もう心情的に絶縁していた。家には未練はなかった。
女王様さえよければ他はどうでもよかった。
女王様の身を守れる武芸が身につけば、花嫁修業なんてどうでもよかった。
あたしの全てが女王様を中心にして回っていたのだ。
そしてそれは苦でもなく、むしろ誇らしい気持ちでしかない。
そんな時に彼女が来た。
女王様と同じくらいの年なのに、妙に大人びて、頭の回転が速くて、時に残酷になる彼女。
そんな彼女に、女王様も、そしてあたしも惹かれた。
それからオムカの独立だなんだあって、そこそこ平和に暮らせていけそうだと思ったのに……。
これは裏切りだ。
父親と同じ――いや、それ以上に落差がひどい。期待させておいて、落とすのだから。
だから女王様の我がままに手を貸す。
こちらも裏切ってやるのだ。きっと明日は皆大騒ぎだろう。いい気味。
もちろん一抹の不安はある。
けど、なんとかなるだろう。
いや、なんとかするのだ。
たとえ自分の命を犠牲にしてでも。
女王様の身の安全は確保する。それが近衛騎士団長としての責務だ。
「女王様、寒くはないでしょうか?」
馬を走らせながら、前に乗る女王様に声をかける。
女王様は今、普段なら絶対に着ないような安物の麻の服を着こみ、フード付きのマントをかぶっている。
走るのは夜の草原。
オムカの王都バーベルからはすでに数キロは離れているだろう。
正直、門を出る時が一番神経を使った。
本物の通行許可証に女王のサインがあるとはいえ、宰相の許可もないのだからそこで止められたらおしまいだった。だからそこは強気で通した。
『ほぉー、女王様がこうやって許可していただいているのに、それにケチをつけるんだ? それにこれは軍師ジャンヌ・ダルクが必要とする極秘任務なんだけど。ここで止められてジャンヌの策が失敗したら……責任とれるの?』
そうやって優しくお願いしたところ、涙目で快く門を開けてくれた。
女王様のことも調べられなかった。
ジャンヌの名前を勝手に使ったけど、ま、これくらいはいいでしょ。
そんなこんなで抜け出した王都バーベル。
女王様も最初は緊張していたが、無事に抜け出せたこと、追手が見えないことから硬さが抜けていくのが分かった。
「うむ、問題はないのじゃ……」
声が震えていらっしゃる。
まだ11月とはいえ、さすがに夜の冷気は堪えるようになってきたと思う。
「少々お待ちください。荷物から毛布を取り出します」
「いや、いいのじゃ。それでは走りづらかろう。こういう時はほれ、体を寄せ合えば暖かいのじゃ」
あぁ、女王様の体温が直に……。
この至福。何物にも代えがたい。
「それに、ニーアと一緒に馬に乗るのは久しぶりだからの。もっと一緒にいたいのじゃ」
「覚えて、らしたのですか?」
「おぼろげじゃがの」
驚いた。
まだ先王がいた時だから、ほんの幼いころの記憶のはず。
自分でさえ、そういえばそんなことがあったくらい過去のこと。
あの頃はなんだかよく分からず、ただやろうとしたことをやって周りを困らせてた。
ずっと王宮にいるのが嫌で、なんとなく飛び出した時に一緒に女王様を連れて行った。今思えばとんでもないことをしたものだ。あとでこっぴどく叱られたのも今はもう良い思い出。
ただ、そんな一時のことをこうも覚えていただけていたとは……。
「ニーア?」
「……いえ、何でもありません。今日はこのまま駆けます。少しでもバーベルから離れたいので。それから近くの街で一休みしましょう。辛いでしょうが、ご辛抱のほどを」
「構わないのじゃ。それよりその後どうするのじゃ? このまま馬に乗ってドスガ王国に着けるのかの?」
そこだ、問題は。
こればかりはどうしようもない。
ドスガ王国への行き方は2通りある。
1つは南西に進んで山あいの道を通り、ワーンス王国に抜けてからドスガ王国を目指す方法。これはジャンヌが先の救援で行ったのと同じルート。
2つが南東に進み、川を渡ってドスガ王国に入る方法。
取るなら後者だ。
前者は距離もあるし時間もかかる。女王様にそんな長旅を強いることはできないし、それだけ見つかりやすくなるということ。
だから選ぶなら後者なんだけど……川かぁ。船かぁ。
「しかしすごいのぅ。真っ暗なのに、月の明かりだけでこれほどとは。普通なら今頃眠っている時間じゃからの。それに見渡す限りの草原を走る馬。王宮にいたら絶対見れなかった光景じゃ。感謝するぞ、ニーア」
女王様が目を輝かせて振り返ってくる。
もう船酔いするから無理です、とは言えない。腹をくくるしかないみたい。
「いえ、私はただ手段を用意しただけ。ここに来たのは女王様の意思です。女王様はやろうと思えば何でもできる意思と力をもっていらっしゃるのですよ」
「そうか……なんでも……楽しみじゃの!」
この無垢な微笑み。
それを失望に変えてはいけない。
ま、どうにかなるでしょ。
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きっと今回もうまくいく。
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