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第3章 帝都潜入作戦
閑話36 立花里奈(一般人)
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目が覚めた。
窓から覗く陽光がまぶたを刺激し、長い夢の国から現実へと押し上げたのだ。
嘘だ。
夢なんて見なかった。
そして、二度と目覚めなくてよかったのに。
またどうせ『お仕置き』という名の虐待が始まるだけ。
そんな世界に意味はないし、そんな自分に価値はない。
なら目を開けるだけ損だ。
だから目覚める必要はなかった。
――はずだった。
何か様子が違う。
そもそも太陽の光なんて何日も浴びていなかった気がする。
今いる場所も、ふかふかのベッドにシーツがかけられ寝心地がよく、清潔な場所だということが分かる。
昨日まであの暗くてじめじめした地下牢にいたのに……なんで?
体を起こす。
鉛で出来ていたかのように重い。
そして頭痛が――来なかった。
いつもなら起きてすぐに来たのに。そんなことは初めてだった。
服も変わっていた。
血と地下の汚れでぐちゃぐちゃになった服ではなく、柄の入ったパジャマみたいなものを着させられている。羽毛のように軽く、かつ夏の今は風通しがよくて暑くない。
それにしてもここはどこだろう。
6畳くらいの狭い部屋。ベッド以外は特に何もないけど、それが空虚ではなく清楚という風に捉えるほどここは澄みきっていた。
田舎のコテージといった雰囲気が似ていると思う。
ふと人の気配を感じた。
とっさに膝立ちになり、武器になりそうなものを探す。
何もない。なら……。
あの妖刀。原型は手元にないが、その呪いはまだ私をむしばんでいる。
頭で念じるだけで、『収乱斬獲祭』は発動して動くものをすべて破壊し尽くすだろう。
来る。
「ようやく目が覚めたさ?」
知らない女の人がドアから顔を覗かせて入ってきた。
青髪のすらっとした美人だ。多分私より年上だろう。
知らない人というだけで警戒心が沸き立つ。
「警戒しなくてもいいさ。立花里奈さん、さね。丸々2日……いや、話では帝国からこっちに来るまでほぼ寝ていたみたいだけど大丈夫さ? 一応事情はアッキーから話は聞いてるけどさ」
「……アッキー?」
「あぁ、それじゃ伝わらないさ。えっと、なんていったさ。あき、あっき、あきら、あきゆき、あきたか……」
「明彦、くん……ですか!?」
「そうそう、それさ!」
信じられなかった。明彦くんの名前をここで聞くなんて。
明彦くんの知り合いなら、彼女は……。
「もしかして、プレイヤーの方ですか?」
「あぁ、自己紹介がまだだったさ。わたしはミスト。『怪人百面相』のミストさ。一応オムカ王国所属の商人ってことで、アッキーの手伝いをしているさ」
「オムカ……ここ、オムカなんですか」
「そうさ。王都から少し離れた商用のための家の1つだけどさ」
「オムカ……そんな……」
愕然とする。
それはつまり明彦くんの国。
そこに来れたことへの安堵はない。
だって、私はその国の人たちを…………。
「あまり考え込まない方がいいさ。今はとにかく、休むさ」
ミストさんの手が私の頭に乗った。
それがなんだか暖かくて、人のぬくもりなんていつ以来だろうと感じた。少なくとも、この世界に来て、エイン帝国にいてこんな気持ちになることはなかった。
自然と涙が出そうになった。
ただ、それを見せるのがどこか恥ずかしくて、なんとか我慢しようと必死にしていると――
くぅ
お腹の虫が鳴った。
別の意味で涙が出そうになった。こんな時に鳴らなくても……。
「……あっはは! そうさね。久方ぶりに起きたんだ。まずは食事さね!」
豪快に笑うと、ミストさんは食事の準備をすると言って出て行ってしまった。
明彦くんのことも聞けなかったし、お礼すらも言えなかった。
なんなんだろう、あの人は。
なんなのだろう、この場所は。
分からない。
けど、どこも気を張り詰めなくていいのは、なんだかすごい楽だった。
昼食は体のことを気遣ってくれたようで、スープをメインに、おかゆのようなものまで作ってくれた。
「アッキーが日本人はお米だ! って言って、お米の栽培を推奨してるのさ。職権乱用さね」
「たまに食べたくなるとか言って、わたしにたこ焼き作らせようとするのさ。まったく、変わった奴さ」
なんだか明彦くんとの話題が多い。
それは共通の話題がそこなのだから仕方ないけど、なんだか楽しそうに語るミストさんの様子を見ると、どこか悶々とした感情が沸き上がってくる。
違うのに。
私と明彦くんはそんな関係じゃない。
明彦くんとミストさんがそういう関係でも、私には……でも、気になってしまう。
「それじゃあ、わたしはちょっと商用で出かけるけど、ゆっくりしていってくれさ」
その日は、聞けなかった。
その次の日も、そのまた次の日も5日経っても聞けなかった。
ミストさんは1日のほとんどをどこかへと駆けまわっているらしく、家に戻るのはたいてい夜の遅く。
昼にいてもほんの少しの時間で出て行ってしまう。きっとこの世界でも仕事をもって、朝も夜も働いているのだろう。
私とは、大違い。
それにしても私も進歩がない。
明彦くんに友達になってくださいと言った時みたく、言いにくい事をだらだらと伸ばしに伸ばして胸を痛めてる。
このままじゃ、ミストさんとの関係性を聞くのに、また何か月もかかりそうだ。
だが、1週間が経とうとした時、そのチャンスが訪れた。
「アッキーと出会ったのは去年の今頃さ。まさかあんなちっちゃいのがオムカの軍師なんて、最初は全然信じなかったさ」
「あの……」
「ん、どうしたさ?」
頑張れ。聞け。
「えっと……その……ミスト、さん……明彦…………」
ダメ。うまく口が回らない。
張人が相手だったら、ずばずば言っても平気だったのに。なんで。
するとミストさんは少しほほ笑んでこう言った。
「あぁ、里奈さんが心配するようなことは何もないさ。アッキーはそりゃ可愛いけど、女の子の状態しか知らないからね。あれはただの商売相手。それにわたしは、年上! 年上が好きなのさ! やっぱり包容力っていうのさ? ダンディーさっていうのはあるのさ! ハワードっていう軍の偉い人がそんな感じだったんだけど……こないだ亡くなってね……密かな失恋さ」
拳に力を入れて力説するミストさんに少し気圧されたけど、その返答は色んな意味で衝撃的だった。
「その、残念です」
「いいさいいさ。あ、今のはアッキーには内緒さね」
なんてちょっと冗談めかして言うミストさんは、素敵な女性だと思った。
「そんなことより里奈さんの方さ。アッキーと、どこまで行ったさ?」
「ど、どこまでって……そ、そんなこと……」
「ふふ、顔を赤くして可愛いさ。けどその感じなら大丈夫さね。そろそろアッキーを呼んでも」
どくんと心臓が波打つ。
明彦くんがここに来る。
それを思うと、嬉しいやら悲しいやら、複雑な気持ちだ。
彼の大切な仲間を手にかけた感触は、まだ私の中に巣くって消えていないのだから。
「大丈夫さ。今の里奈さんなら、きっと乗り越えられるさ」
「ミストさん……」
「あとぶっちゃけちょっとアッキーがうるさいさ。会うたびに、里奈はどうだ、里奈は大丈夫か、里奈は元気かなんてことをマシンガンみたいにぶちまけられれば。嫌になるさ」
「そ、そうなんですか……」
「あぁ、もうさ。のろけ話みたいな感じでお腹いっぱいさ」
のろけ話……。
顔が赤くなるのを感じる。
「ま、その調子なら大丈夫さね。良ければ明日にでもここに呼ぶさ。きっとあいつ、すっ飛んでくるさ」
明日。
明彦くんと会う、覚悟。いや、もう覚悟はとうに決まっているんだ。
あとはきっかけ。
明彦くんを誘ったあの最初の時と同じように、それがあれば、会うこと自体は難しくない。
「…………はい、お願いします」
「うん、わかったさ。じゃあ明日の夕方過ぎには戻るさ。じゃあ今日はまたこれで」
「あの……!」
立ち上がったミストさんに思わず声をかけた。
「なんで……ここまで世話を焼いてくれるんですか。ミストさんは、その……関係、ないのに」
「関係ないとは……悲しいことをいうさね」
悲しいことなのだろうか。
だって、私を介護しても何も得るものはないのに。
「まぁ、なにさ。アッキーには色々世話になったし……帝都に置いてきぼりにされた時はちょっと恨んだけど。里奈さんのことを聞いたら、他人事じゃなくなったさ。だからこれはわたしの単なるお節介。だから里奈さんはそれを利用して、好きにやればいいのさ」
「好きに……ですか」
「そう。せっかく元の世界で好き合っていた2人が、この世界において敵として出会って、そして今は一緒のところにいるのさ。まるでロミオとジュリエット。あんな喜劇めいた悲劇なんかじゃなく、ハッピーエンドで締めて欲しいと思うのは、傍(はた)から見ている人の勝手な願いさ」
「そんな、好き合ってるだなんて……」
「ま、そこらへんは深く立ち入らないさ。けど、こんな物騒な世界さ。このチャンスも一度きりのラストチャンスかもしれない。だからせっかくのチャンスを棒に振って、後で後悔しないで欲しいさ。それは、多分何年かは君らより長く生きているわたしからの、ちょっとした忠告さ。ごめんさ、説教くさくなっちゃって」
「いえ……理解できます」
そうだ。
この世界でまた明彦くんと出会えるなんて、奇跡的なものだ。
それをまた昔の自分みたいに、チャンスを逃して後悔したくはない。
だから、会おう。
明彦くんに何を言われても構わない。
どれだけなじられても構わない。
ただただ、出会えたことに感謝して、お話しして、それでさようならしよう。
「あの、ミストさん……ありがとうございます」
「あぁ、ダメダメさ。そんな悲しそうな顔しないで。こういう時は笑顔で、商売の鉄則は笑顔。それを忘れちゃだめさ」
ミストさんが笑みを浮かべながら、冗談めかして言う。
なんだかこの人といると頬が緩む。
うん、こんな楽しい気持ち。久しく忘れていた。
だから今だけでも思い出そう。
この後に起こる劇が悲劇の結末だとしても。
今だけは、笑おう。
だから――
「はい、ありがとうございます!」
//////////////////////////////////////
3章完結…間近です。
改めてここまで読んでいただいて、大変ありがとうございますが、もう少しだけお付き合いください。
これまで不幸だった分、里奈には幸せに……と思いますが、普通異世界転生なんてしたら、自分なら何もできないまま野垂れ死ぬとは思うんです。
その分形はどうあれ拾われた里奈は幸福寄りだったと思います。
それでもあんまりだよ、という部分は書いていて思いますが……。
ちなみにオムカ国女王マリアと似ているというのは、最終的な伏線になっていく……と思ってますので、新たに加わった彼女の行く末も見ていただけたらと思います。
いいねやお気に入りをいただけると励みになります。軽い気持ちでもいただけると嬉しく思いますので、どうぞよろしくお願いします。
窓から覗く陽光がまぶたを刺激し、長い夢の国から現実へと押し上げたのだ。
嘘だ。
夢なんて見なかった。
そして、二度と目覚めなくてよかったのに。
またどうせ『お仕置き』という名の虐待が始まるだけ。
そんな世界に意味はないし、そんな自分に価値はない。
なら目を開けるだけ損だ。
だから目覚める必要はなかった。
――はずだった。
何か様子が違う。
そもそも太陽の光なんて何日も浴びていなかった気がする。
今いる場所も、ふかふかのベッドにシーツがかけられ寝心地がよく、清潔な場所だということが分かる。
昨日まであの暗くてじめじめした地下牢にいたのに……なんで?
体を起こす。
鉛で出来ていたかのように重い。
そして頭痛が――来なかった。
いつもなら起きてすぐに来たのに。そんなことは初めてだった。
服も変わっていた。
血と地下の汚れでぐちゃぐちゃになった服ではなく、柄の入ったパジャマみたいなものを着させられている。羽毛のように軽く、かつ夏の今は風通しがよくて暑くない。
それにしてもここはどこだろう。
6畳くらいの狭い部屋。ベッド以外は特に何もないけど、それが空虚ではなく清楚という風に捉えるほどここは澄みきっていた。
田舎のコテージといった雰囲気が似ていると思う。
ふと人の気配を感じた。
とっさに膝立ちになり、武器になりそうなものを探す。
何もない。なら……。
あの妖刀。原型は手元にないが、その呪いはまだ私をむしばんでいる。
頭で念じるだけで、『収乱斬獲祭』は発動して動くものをすべて破壊し尽くすだろう。
来る。
「ようやく目が覚めたさ?」
知らない女の人がドアから顔を覗かせて入ってきた。
青髪のすらっとした美人だ。多分私より年上だろう。
知らない人というだけで警戒心が沸き立つ。
「警戒しなくてもいいさ。立花里奈さん、さね。丸々2日……いや、話では帝国からこっちに来るまでほぼ寝ていたみたいだけど大丈夫さ? 一応事情はアッキーから話は聞いてるけどさ」
「……アッキー?」
「あぁ、それじゃ伝わらないさ。えっと、なんていったさ。あき、あっき、あきら、あきゆき、あきたか……」
「明彦、くん……ですか!?」
「そうそう、それさ!」
信じられなかった。明彦くんの名前をここで聞くなんて。
明彦くんの知り合いなら、彼女は……。
「もしかして、プレイヤーの方ですか?」
「あぁ、自己紹介がまだだったさ。わたしはミスト。『怪人百面相』のミストさ。一応オムカ王国所属の商人ってことで、アッキーの手伝いをしているさ」
「オムカ……ここ、オムカなんですか」
「そうさ。王都から少し離れた商用のための家の1つだけどさ」
「オムカ……そんな……」
愕然とする。
それはつまり明彦くんの国。
そこに来れたことへの安堵はない。
だって、私はその国の人たちを…………。
「あまり考え込まない方がいいさ。今はとにかく、休むさ」
ミストさんの手が私の頭に乗った。
それがなんだか暖かくて、人のぬくもりなんていつ以来だろうと感じた。少なくとも、この世界に来て、エイン帝国にいてこんな気持ちになることはなかった。
自然と涙が出そうになった。
ただ、それを見せるのがどこか恥ずかしくて、なんとか我慢しようと必死にしていると――
くぅ
お腹の虫が鳴った。
別の意味で涙が出そうになった。こんな時に鳴らなくても……。
「……あっはは! そうさね。久方ぶりに起きたんだ。まずは食事さね!」
豪快に笑うと、ミストさんは食事の準備をすると言って出て行ってしまった。
明彦くんのことも聞けなかったし、お礼すらも言えなかった。
なんなんだろう、あの人は。
なんなのだろう、この場所は。
分からない。
けど、どこも気を張り詰めなくていいのは、なんだかすごい楽だった。
昼食は体のことを気遣ってくれたようで、スープをメインに、おかゆのようなものまで作ってくれた。
「アッキーが日本人はお米だ! って言って、お米の栽培を推奨してるのさ。職権乱用さね」
「たまに食べたくなるとか言って、わたしにたこ焼き作らせようとするのさ。まったく、変わった奴さ」
なんだか明彦くんとの話題が多い。
それは共通の話題がそこなのだから仕方ないけど、なんだか楽しそうに語るミストさんの様子を見ると、どこか悶々とした感情が沸き上がってくる。
違うのに。
私と明彦くんはそんな関係じゃない。
明彦くんとミストさんがそういう関係でも、私には……でも、気になってしまう。
「それじゃあ、わたしはちょっと商用で出かけるけど、ゆっくりしていってくれさ」
その日は、聞けなかった。
その次の日も、そのまた次の日も5日経っても聞けなかった。
ミストさんは1日のほとんどをどこかへと駆けまわっているらしく、家に戻るのはたいてい夜の遅く。
昼にいてもほんの少しの時間で出て行ってしまう。きっとこの世界でも仕事をもって、朝も夜も働いているのだろう。
私とは、大違い。
それにしても私も進歩がない。
明彦くんに友達になってくださいと言った時みたく、言いにくい事をだらだらと伸ばしに伸ばして胸を痛めてる。
このままじゃ、ミストさんとの関係性を聞くのに、また何か月もかかりそうだ。
だが、1週間が経とうとした時、そのチャンスが訪れた。
「アッキーと出会ったのは去年の今頃さ。まさかあんなちっちゃいのがオムカの軍師なんて、最初は全然信じなかったさ」
「あの……」
「ん、どうしたさ?」
頑張れ。聞け。
「えっと……その……ミスト、さん……明彦…………」
ダメ。うまく口が回らない。
張人が相手だったら、ずばずば言っても平気だったのに。なんで。
するとミストさんは少しほほ笑んでこう言った。
「あぁ、里奈さんが心配するようなことは何もないさ。アッキーはそりゃ可愛いけど、女の子の状態しか知らないからね。あれはただの商売相手。それにわたしは、年上! 年上が好きなのさ! やっぱり包容力っていうのさ? ダンディーさっていうのはあるのさ! ハワードっていう軍の偉い人がそんな感じだったんだけど……こないだ亡くなってね……密かな失恋さ」
拳に力を入れて力説するミストさんに少し気圧されたけど、その返答は色んな意味で衝撃的だった。
「その、残念です」
「いいさいいさ。あ、今のはアッキーには内緒さね」
なんてちょっと冗談めかして言うミストさんは、素敵な女性だと思った。
「そんなことより里奈さんの方さ。アッキーと、どこまで行ったさ?」
「ど、どこまでって……そ、そんなこと……」
「ふふ、顔を赤くして可愛いさ。けどその感じなら大丈夫さね。そろそろアッキーを呼んでも」
どくんと心臓が波打つ。
明彦くんがここに来る。
それを思うと、嬉しいやら悲しいやら、複雑な気持ちだ。
彼の大切な仲間を手にかけた感触は、まだ私の中に巣くって消えていないのだから。
「大丈夫さ。今の里奈さんなら、きっと乗り越えられるさ」
「ミストさん……」
「あとぶっちゃけちょっとアッキーがうるさいさ。会うたびに、里奈はどうだ、里奈は大丈夫か、里奈は元気かなんてことをマシンガンみたいにぶちまけられれば。嫌になるさ」
「そ、そうなんですか……」
「あぁ、もうさ。のろけ話みたいな感じでお腹いっぱいさ」
のろけ話……。
顔が赤くなるのを感じる。
「ま、その調子なら大丈夫さね。良ければ明日にでもここに呼ぶさ。きっとあいつ、すっ飛んでくるさ」
明日。
明彦くんと会う、覚悟。いや、もう覚悟はとうに決まっているんだ。
あとはきっかけ。
明彦くんを誘ったあの最初の時と同じように、それがあれば、会うこと自体は難しくない。
「…………はい、お願いします」
「うん、わかったさ。じゃあ明日の夕方過ぎには戻るさ。じゃあ今日はまたこれで」
「あの……!」
立ち上がったミストさんに思わず声をかけた。
「なんで……ここまで世話を焼いてくれるんですか。ミストさんは、その……関係、ないのに」
「関係ないとは……悲しいことをいうさね」
悲しいことなのだろうか。
だって、私を介護しても何も得るものはないのに。
「まぁ、なにさ。アッキーには色々世話になったし……帝都に置いてきぼりにされた時はちょっと恨んだけど。里奈さんのことを聞いたら、他人事じゃなくなったさ。だからこれはわたしの単なるお節介。だから里奈さんはそれを利用して、好きにやればいいのさ」
「好きに……ですか」
「そう。せっかく元の世界で好き合っていた2人が、この世界において敵として出会って、そして今は一緒のところにいるのさ。まるでロミオとジュリエット。あんな喜劇めいた悲劇なんかじゃなく、ハッピーエンドで締めて欲しいと思うのは、傍(はた)から見ている人の勝手な願いさ」
「そんな、好き合ってるだなんて……」
「ま、そこらへんは深く立ち入らないさ。けど、こんな物騒な世界さ。このチャンスも一度きりのラストチャンスかもしれない。だからせっかくのチャンスを棒に振って、後で後悔しないで欲しいさ。それは、多分何年かは君らより長く生きているわたしからの、ちょっとした忠告さ。ごめんさ、説教くさくなっちゃって」
「いえ……理解できます」
そうだ。
この世界でまた明彦くんと出会えるなんて、奇跡的なものだ。
それをまた昔の自分みたいに、チャンスを逃して後悔したくはない。
だから、会おう。
明彦くんに何を言われても構わない。
どれだけなじられても構わない。
ただただ、出会えたことに感謝して、お話しして、それでさようならしよう。
「あの、ミストさん……ありがとうございます」
「あぁ、ダメダメさ。そんな悲しそうな顔しないで。こういう時は笑顔で、商売の鉄則は笑顔。それを忘れちゃだめさ」
ミストさんが笑みを浮かべながら、冗談めかして言う。
なんだかこの人といると頬が緩む。
うん、こんな楽しい気持ち。久しく忘れていた。
だから今だけでも思い出そう。
この後に起こる劇が悲劇の結末だとしても。
今だけは、笑おう。
だから――
「はい、ありがとうございます!」
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3章完結…間近です。
改めてここまで読んでいただいて、大変ありがとうございますが、もう少しだけお付き合いください。
これまで不幸だった分、里奈には幸せに……と思いますが、普通異世界転生なんてしたら、自分なら何もできないまま野垂れ死ぬとは思うんです。
その分形はどうあれ拾われた里奈は幸福寄りだったと思います。
それでもあんまりだよ、という部分は書いていて思いますが……。
ちなみにオムカ国女王マリアと似ているというのは、最終的な伏線になっていく……と思ってますので、新たに加わった彼女の行く末も見ていただけたらと思います。
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