知力99の美少女に転生したので、孔明しながらジャンヌ・ダルクをしてみた

巫叶月良成

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第4章 ジャンヌの西進

閑話21 立花里奈(オムカ王国軍師相談役)

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 太陽が半ばほど山の奥に沈み、今日も終わりだとほっと一息ついたころ。
 その異変を感じ取ったのは、多分私が最初だっただろう。

「何か、来る」

 けどそれを感じ取ったからといって何ができただろう。何が守れただろう。

 村に現れた大軍。最初は味方だと思った。明彦くんが帰って来たのだと思った。
 だが、そう思って近づいた若者が斬り殺された。

 そこから阿鼻叫喚あびきょうかんの地獄に早変わりするのに、時間はかからなかった。

 見張りは何をしている。
 そんな声が響いたが、今さら言ってもどうしようもない。

 騎馬隊が走り回り、軍人も村人も関係なく斬り殺されていく。
 さらに家屋に火が放たれ、熱気が走り、辺りは昼のように明るくなった。

 子供が斬られるのを見た。地面に転がり、二度と動かない。
 トマ。今日も一緒に遊んだ男の子だ。それがもういない。二度とその声を聞くことはない。

 憤怒が体中を駆け巡った。

 今すぐ飛び出して奴らを皆殺しにしたい。
 奴らのやったことを体に刻み込んで永遠の苦痛を与えてやりたい。
 だから無意識に頭の中にあるスイッチを押そうとして――

「お姉ちゃん!」

 ふと、我に返った。
 振り返ればいつも物語を聞かせていた子供たちが10人ほど、誰もが泣き顔でこちらに走ってくるところだった。

 頭から冷水をかけられたように、意識がはっきりとしたものになっていく。
 そうだ。この子たちを守らなければ。私を頼ってきたこの子たちを。

 膝をついて泣き叫ぶ彼らを抱きしめながら、声をかける。

「大丈夫。大丈夫だから」

 何が大丈夫なのか分からない。
 けど、今はそう言うしかない。

「さ、逃げよう」

 とにかく今は逃げる。安全な場所へ。
 当てがあったわけじゃない。けど少なくともここよりは安全だろう。
 そう思って子供たちを促して村の中央から離れようとする。

 周囲から火のぜる音と人の悲鳴が木霊する。
 そこから離れるように、火のない方へと子供たちを誘導した。

「立花さん! 無事!?」

 途中、愛良さんと出会った。
 彼女も顔面蒼白になりながらも、女子供の集団を抱えて逃げるところだったらしい。いつもの木刀――ではなく、どこから取って来たのか、日本刀に見える刀を抜き身のまま肩に担いでいた。

「くそ、なんでこんなことに……」

 愛良さんが毒づくけど、私はそんなことはどうでもよかった。

 平和の国、幸せの生活。
 そんなもの一瞬で崩れ去る。経験者わたしが言うんだから間違いない。

 それより腹の中で熾火おきびのように残った熱。その扱いをどうすべきか。
 私1人ならこんなことで悩まない。
 けど今は私だけの命じゃない。この子たちを守らないと。そう思うと、短慮はいけない。

「とにかく逃げる。きっと明彦くんたちが来てくれるはずだから、それまで隠れるの」

「アキヒコ……? いや、分かった。こっちに緊急時の隠し倉庫があるから、そこに隠れよう」

「分かったわ」

 そんなところを何で愛良さんは知っているんだろうと思ったけど、今は詮索する場所じゃない。

 30人近くに増えた集団を引き連れ、村の外れへと向かう。
 だがそれだけ人が集まれば人目につく。

 50ばかりの騎馬隊がこちらに向かってくるのが見えた。

「早く逃げて!」

 子供たちを先に行かせて自分も走る。
 愛良さんは子供を背負いながら逃げている。

 だが馬の足から逃げ切れるものではない。

 その時、集団の端にいた女の子が転んだ。
 誰もが必死でそれに気づかない。

 けど、私は気づいた。気づいてしまった。
 そしてその女の子を見て――目が合った。

 死を感じた絶望。置いてきぼりの恐怖。それが泣き出しそうな瞳に溢れる。

 そうなったらもう無理だ。
 急停止して、そのまま今来た道を戻る。

「お姉ちゃん!?」

 一緒に逃げていた男の子が叫ぶ。
 私が何をしようとしているのか、分からず叫んだんだろう。

 それでも自分がやるべきことは分かっている。
 もう誰も死なせはしない。

 騎馬隊が転んだ少女に迫る。
 少女は怯えた表情で動けないようだ。
 騎馬隊は減速しない。あと数秒もすれば、戦闘の馬が女の子を蹴り殺す。

 死ぬ。
 また、人が死ぬ。

 軍人じゃない。
 武器を持った人でもない。
 子供が、無抵抗な人が、死ぬ。殺される。

 いつも笑顔で物語を聞いてくれた彼女。
 それが、血と臓物をぶちまけた汚らわしいものになり果てる。

 そんなこと。
 許されるわけがない。

 女の子までの距離があと5メートル。
 だがその前に馬が来る。
 普通では間に合わない。

 なら――普通じゃなくなればいい。

 スイッチ。ある。脳の中。見つかる。
 押すどころか、探すことすら避けていたそのスイッチ。

 スキルを凶化するための、忌まわしいもの。
 私をこんなにした許せないもの。

 けど、それが今は必要だった。

 この子を助けるため、みんなを守るため。
 そして、この最低な許せない○○○○どもを皆○しするため。

 だから――スイッチを、押した。

「『収乱斬獲祭ハーヴェスト・カーニバル・カニバリズム』」

 瞬間。視界が赤に変わる。
 思考がぼやける――だが、まだ。まだ、完全に持っていかれるわけにはいかない。
 見境なしになってしまうのは、まだ駄目だから。

 加速した。

 反比例して敵の動きが鈍化する。

 女の子。通り過ぎた。
 目の前。馬。自分の身長より大きい。その頭を横殴りした。軽い音を立てて、馬の首がありえない方向に曲がり横に倒れる。さらにその隣の馬を蹴り飛ばす。数百キロある巨体が宙を飛び、後続とクラッシュした。

 だが、馬術たくみな連中らしい。巻き込まれたのは数騎で、あとは横へ避けたり、急停止して難を逃れた。

「立花さん!」

 背後から声。誰だ。まだ視界が赤い。思考がうつろ。
 まだ……まだもっていかれるな。そうだ、この声。愛良さんだ。彼女が追って来てくれた。だから大丈夫。

「その子を、お願い。あと……刀を頂戴」

 振り返らずに言う。
 愛良さんに――何より女の子に今の顔を見せたくないから。

「でも、貴女は――」

「いいから!!」

 発した怒声に、目の前に展開する馬たちが怯えたようによろめく。

「わ、分かった……」

 後ろに差し出した右手。そこに棒のようなものが触れた。
 刀。日本刀。軽く何度か振ってみる。今の私には小枝のような軽さだ。でもよくなじむ。やっぱり日本人には日本刀だね。

「死ぬなよ!」

 背後、愛良さんの声が遠ざかっていく。
 これで、いい。

「小娘、そこをどけ」

 隊長格らしい男が馬を進めてそう言ってきた。

 あぁ、この人は馬鹿なんだろうか。
 今さらそんなことを聞くなんて。これまでそんなことも聞かずに殺戮してきたというのに。

 あぁ、もういいや。考えるのも疲れた。守るべきものはもうすでに後ろ。
 あとは前に全てある。刈り取るべき、収穫すべき雑穀が。

 やっぱり、愛良さんやあの子に見せられない。
 だって今の私はきっと――

「聞いているのか、き――」

 スイッチを、完全に入れた。

「――さま?」

 首が落ちた。

 ――笑っているから。

「あははははははははは!」

 すごい。この刀。豆腐を切るみたいに何の抵抗もなかった。きっといい刀なんだろうな。

「た、隊長!」「な、なんだ、この女……」「ひ、ひるむな! 殺せ! この女をころ――」

 うるさい。

 両断した。馬ごと。豆腐のように。跳んだ。右手の刀で首を飛ばし、左手で兜を掴んでそのまま馬から引きずりおろす。ついでに首の骨をねじり折ってやった。

 敵に怒りと悲鳴が起こる。
 自分は苛立ちが起こった。
 愉快な気分に水をさされた気分だ。

 何で怒るの? 手を出したのはそっちなのに。
 何で怖がるの? 手を出したのはそっちなのに。

 理不尽だ。
 だったら最初から手を出さなければいいのに。手を出さなければ、殺さなければ、殺されることもない。それを教えてあげないと。物事には、全て責任が付きまとうんだと。
 本当に不愉快。そんな簡単なことも分からない馬鹿がこの世界には溢れている。
 それを殺すと怒る。本当にいい加減にしてほしい。
 あんたら、殺される覚悟もないのに――

「殺すな!」

 向かってくる敵を馬ごと殴り飛ばす。落馬するところに刀を刺してやった。横。避けてすり抜けて斬る。雨が降る。不快な、雨。飛び込んだ。敵の中央。手にした棒を振ると、ぼとぼと何かが落ちる。逃げる。逃げるな。追いついて叩き斬る。もう歯向かってくるものはない。だから刎ねた。すべてを。

 そして、動くものはいなくなった。

 ため息。
 視界が元の色彩に戻っていく。

 いや、まだ。まだ、守るべきものがある。排除すべきものがある。だから、まだ戻れない。

「あは……あはははははっ!」

 あぁ、こんな姿。明彦くんには見せられない。
 だらしなく口を開け、よだれを垂らす醜い女。

 けど、とても愉快だ。

 スイッチをさらに押し込んだ。
 視界が赤く――酔いそうなほど濃く染まる。

 走った。村の中央へ。

 そこに人間がいる。
 いや、人間の形をした野菜だ。
 こいつらは人間じゃない。ただの作物。だから『収穫』しないと。

 片っ端から収穫した。
 叩き斬った。ねじり切った。へし折った。ひねりつぶした。
 騎乗のものも徒歩のものも。
 武器を持つものも持たぬものも。
 立ち向かうものも逃げるものも。
 大きいものも小さいものも。

 見える限り動くものをことごとく『収穫』していく。

 頭がチカチカして、頭痛が激しくなる。
 神経がゴマすり器ですりつぶされるように摩耗まもうしていくような気分。脳内を数万匹の小虫が跳ねまわるほど不快。

「がっ……あ!」

 口から何かが出た。
 汚いなぁ。けど、止まるわけにはいかない。
 殺されたあの子。逃げ惑うあの子。転んで泣き叫ぶあの子。
 彼らの未来を、幸せな現在を奪ったこいつらに生きている価値なんてない。

 だから『収穫』する。
 こいつらなんかバラバラにして、潰してかき混ぜて畑の肥料にしてやる。いや、こんな奴らを撒いたら作物が腐る。燃やして灰にして地中奥底に埋めてやろう。

 ――瞬間、火薬のにおいがした。

 爆発音。
 一歩、退いた鼻先を銃弾がかすめていく。

「はっ、てめぇ! なんてことしてくれたんだ、このクソアマ!」

 男がいた。テンガロンハットにカウボーイスタイルの長身の男。両手に持った銃を突き出してこちらに向けている。
 見たことがある、ような気がした。
 けどそれだけだ。
 誰でもいい。動く奴は全て『収穫』する。

「乱乱乱射だ、この野郎!」

 銃弾が次々に飛んでくる。
 だが遅い。こんな銃弾なんて当たる気がしない。
 私の目にはバッティングセンターのボールより遅く見える。よくこれで重力に引かれて落下しないものだと思うほど遅い。

 だから、銃弾を避けて――前に出た。男の方へ。

「おおおおおおお!」

 さらに乱射される弾丸。だが当たらない。

「くそがぁ!」

 右手の刀。男の胴体目掛けて振るう。
 だが刀が空を薙いだ。
 目測を誤ったのか。違う。折れていた。刀が半ばのところで折れていた。残った刀身も前衛芸術のようにひしゃげていた。
 仕方ないから、刀を振った勢いのまま右の回し蹴りを相手の胴体に叩き込んだ。

「がっ……あ!」

 発泡スチロールを叩き折った感覚。
 左腕でガードされたが、確実に折った。しかもそれだけで衝撃を吸収しきれず、胴体にめり込んだ衝撃で肋骨も折れただろう。

 誰か知らないけど、もう抵抗はできない。後は首をねじ切れば――

 気配。
 振り向く。その前に手が来た。

私の言葉を聞きなさいヴォクス・デイ!」

 瞬間、何かが弾けるような衝撃を受けた。そして、視界がクリアになった。
 体から力が抜け、その場で崩れ落ちる。動かない。足も手も。痺れたように動かない。

「まさか里奈さん、貴女がこんなところにいるとは……」

 誰だ。いや、知ってる。頭がクリアになった今、思い出せる。確か諸人とか言ったプレイヤー。そして目の前で苦悶の表情を浮かべているのはキッドとかいうトリガーハッピー。

「キッド、撤退です。逃げましょう。すぐに敵が来ます」

「ぐ、くそ……折りやがった、このアマ! 俺の大事な相棒を支える、俺の腕を……許せねぇ! ぶっ殺す!」

「駄目です。これ以上は逃げ遅れます」

「2秒だ! 狙いをつけてぶっ放す! それだけの時間くらいあるだ――」

私の言葉を聞きなさいヴォクス・デイ!」

 諸人がキッドに掌を打ち込んだ。
 瞬間、キッドの体が痺れたように痙攣し、そのまま地面に倒れ込む。

「てめ……」

 倒れたキッドを抱きかかえるようにして、諸人は立ち上がるとこちらを見つめてくる。

「里奈さん。何があったかは聞きません。しかし、もし居場所がなくなったら……いつでも私たちは貴女を歓迎します」

 何を言ってるの?
 私の変える場所は1つしかない。
 明彦くんのところ1つしか。

 けど声に出せない。
 声帯すら麻痺しているようだ。

 そんな私を悲しそうに見つめてくる諸人は、小さく首を振ってそのまま無言で立ち去っていった。

 動けるようになったのはそのすぐ後だ。
 けど彼らを追おうという気力は失せていた。
 これ以上、スイッチを押すには、色々と壊れすぎていた。

 周囲には静けさが戻って、わずかに家を焼く炎の弾ける音くらいしかない。
 まるで生き物がいなくなったかのように、静まり返っていた。

 ふと遠くから、人のざわめきが聞こえてきた。
 村の皆? いや、それにしては方向が違う。
 西の方。なら敵? 敵は、殺さなきゃ。
 ゆっくり、立ち上がる。
 スイッチを入れろ。スイッチ。スイッチはどこ? あいつらを皆殺しにしないと、皆を守れないなら――

「里奈!」

 その声にハッとした。
 聞いたことのある声。ううん、忘れられない声。ずっと、ずっと傍にいたい人の声。今や少し変わってしまったけど、中身は変わっていない人の声。
 あ、そうだ。今の私。すごく汚い。血と臓物と汚物にまみれた汚い女。ごめん、明彦くんちょっと待って。今、体を洗ってくるから。だからその後に話そう。いつもみたいに。他愛なく、くだらないけどとても楽しいお話をしよう。子供たちと一緒に、いつかみたいにお弁当を食べよう。

 いつもみたいに。
 笑って――暮らそう。

 けど、その願いは、1つの想いによって、打ち砕かれた。

「あ……あんたがぁぁぁぁぁぁ!」

 怒声。
 それは断罪の使者。

 私の罪が、裁かれる。
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