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第4章 ジャンヌの西進
第46話 強行軍
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ゾイ川の東岸を猛烈な勢いで北上する。
兵たちは徒歩、俺だけ騎乗といういつもの形態はもう考えないことにした。
1時間は遅れている。
騎馬で先行させた偵察からの報告では、これまでと打って変わって相手も行軍速度を上げたようだ。
俺たちが釣れたと見て、本来の行軍速度に戻ったのだろう。
これで確定的だ。
敵の目的は本拠地の制圧。
現状、東岸を制圧して拠点を得た俺たちだが、それでもあの場所はどこか大切な場所に思える。
この戦乱の世の中で、汚れない平和な世界。そんなこと言ったら喜志田に馬鹿にされる気がするけど。そう思いたかった。
だからあの村が破壊し尽くされれば、ビンゴ軍の士気は下がるだろうし、何より内通者の疑惑が広がり疑心暗鬼になる可能性がある。
今まで敵に知られなかった場所なのだ。誰かが裏切って密告したと思っても当然だろう。
だが俺にとってはそんなことより大事なものがあった。
里奈。
なんで村に置いてきてしまったのかと、今さらながらに後悔する。
それでも時は戻らない。
頼む。どうか逃げていてくれ。
そんな俺の祈りをあざ笑うかのように、恐れていたことが現実になった。
「西から敵、1万! 5千が二段に別れて川を渡ってきます!」
やはりこうなるか。
先行する4千のあからさまな行動。
これは俺たちを釣り出して野戦に持ち込むための囮。
慌てて北上すれば、他の砦から出た別動隊が俺たちの横腹を突く。
渡河の不利も、俺たちが迎撃に時間を割けない以上問題ない。
このまま無視して北上する敵を追うか、それとも足を止めて迎撃するか。
迷い――はない。
「敵、来ます!」
悲鳴のような伝令の声に、俺は近くを走るヴィレスを見た。
すぐに目が合って、彼は小さく頷く。
「一時停止! すぐに防御陣を敷け!」
ヴィレスが大声を出して命令する。
この軍、3千500のうち、3千がビンゴ軍だ。必然、軍の動きはそちらに合わせることになる。
「サカキたちは遊軍に! 俺からの指示を待て!」
俺もサカキたちへ命令する。
全軍が一時停止して西――左側へと向き直る。
前もって決めてあった行動だから、全員が迅速に動けた。
こうなることは予測できたから、ヴィレスらにはそのことを告げていたのだ。
だが分かっていても、ここで足を止めるのがもどかしい。
だが動いている最中の無防備な横腹を食い破られるよりはマシだ。誰もが歯噛みしながら敵を待つ。
敵はまさに川を渡り切ったところ。
彼我の距離は1キロもない。すぐにぶつかりあう距離だ。
「よし、5分だ! 5分だけ耐えろ!」
俺は簡潔に命令を下すと、前列が槍を構えて槍衾を作る。
喜志田直下であったこのビンゴ軍は徹底的に集団行動を、喜志田によって叩き込まれたらしい。そこは素直にさすがだと思う。
といっても本当の槍衾や古代ギリシャのファランクスのように、槍が長いわけでも盾を持つわけでもない。
移動を重視するために、持ち運びに不便な長槍は持って来ていないのだ。
それでも槍が密集してこちらに向いていれば、相手には戸惑いがでるはず。つまり敵の進撃を少しでも遅らせる。そのための陣形だ。
そのさらに前列に、対弓矢用の木の盾を構えさせた兵を置けば一応迎撃態勢は完了する。
だが想定していた弓矢の攻撃はなかった。
川を渡るとそのまま、敵は突撃してきた。
槍による犠牲も構わず突っ込んできた。慌てて盾兵を下げるが、その一瞬に隙が出来た。
前衛がぶつかった。押し合う。
なにからなにまで後手に回っていることに舌打ちする。
とりあえずなんとか互角の戦いを繰り広げているようだ。
しかし3千対1万だ。しかも今回は障害物も逃げ場もない平野での戦い。いずれもろに戦力差が出てくるはずだ。
サカキたち遊撃隊は敵のわき腹を突こうとするが、二段に別れた相手には効果的とは言えなかった。
前衛の拮抗が崩れ、徐々に押され始める。
くそ。もう少し、もう少しだけ堪えてくれ。
「ジャンヌさん、出すぎです」
見ればフレールが俺の馬を制して連れ戻そうとしている。
どうやら前のめりになりすぎていたようだ。
「あ、ああ。すまん」
こんな時こそ冷静になれと思う。
何よりここで負ければ里奈を助けに行くことすら不可能になるのだから。
「兄さん、やめて。ジャンヌさんに合法的に触ろうとして、このド変態」
「役目を果たしただけなのに!?」
2人のやり取りに苦笑する。
それで力が抜けた気がした。
そうだ、気をもんでも仕方ない。
今は、それぞれの信じたことをやるだけだ。
賽は投げられた。
後は待つだけ。
5分。
歌にすれば1曲分といったところだが、こんなにも長いとは思わなかった。
戦いは互角――とは程遠い。あと少しで前衛が崩れ、潰走になる。
その直前、それは来た。
地鳴り。
そして喚声。
「来た!」
東と南。
示し合わせたようにほぼ同時だ。
軍勢。
だが敵ではない。
ビンゴ軍の赤のインナーが遠くからでも分かる。
その軍勢は、俺たちの左右に展開し、そのまま動く。前へ。
「援軍が来たぞ! 敵を3方から押しつぶせ!」
言葉通りになった。
やって来たビンゴ軍が、敵の横腹を抉り抜くように突撃する。
そもそも、敵の狙いが俺たちを釣り出してこちらを撃破することだと考えた俺は、おおよそ激突する地点に当たりをつけ、そこに援軍を要請した。
各砦を守る兵たちおよそ8千。
今いる3千500と合わせて俺たちの全兵力を投入した形。
砦はもぬけの殻だ。今、別のところから渡河されたら俺たちは帰る場所を失う。
そんな博打を打ってでも、この一戦は早期終結すべき戦いなのだ。
これで兵力差は互角。しかも3方向から包囲した形になる。
何より敵は勝ったと思って油断していた。そこに増援と包囲攻撃という圧倒的不利な状況に叩き落されたのだ。敵の動揺は半端なく、それにより大きく弱化したのは言うまでもない。
思った通り、ほどなくして敵は後退を始めた。
だがその行動に俺は歯噛みした。
早すぎるのだ。
もう少しこの状況が続けば、犠牲は大きくなり後退ではなく潰走につながっただろう。
だが敵は不利とみると早々に後退を指示した。前衛の被害は多くなるが、全体で見れば兵力の大部分は保った形となる。
しかも背水となったことで、迂闊に手出しはできない状況を作り上げた。
もう少しここで敵兵も減らしておきたかったが、こうなっては仕方ない。
敵の指揮官を褒めるしかないだろう。
それに俺たちの目的はこの1万の殲滅じゃない。
一刻も早くこの場を離れて村に戻る事。それが一番の大事だ。
だから俺たちは背水の1万に対して増援の8千を対峙させた。
もちろん俺たちが北上したら、距離を取って砦に帰還するようヴィレスを通して言ってある。
ちなみに俺たちの軍からも怪我人が100人ほど出ていたから、それは砦に戻した。
「よし! あの敵は増援に任せて急ぐぞ!」
敵は追ってこなかった。
俺たちを追いかけようとすれば対峙する8千が横腹を突く。
対峙する8千に向かえば、俺たちが戻ってきて再び挟撃の形を持ち込む。
そんな想定が迷いを産み、俺たちの離脱を容易にしたのだ。
きっと、さっきの早すぎる撤退も指揮官が慎重な性格だったのだろう。
スキルを見て調べればよかったと思うが、俺も慌てていたようでそんな暇はなかった。
そもそも、先ほどの被害を含めれば増援の8千とほぼ兵力では差がなくなってしまったのだ。
ここで無理に彼らが動く必要はない。
彼らの1万の当初の目的は俺たちの足止め。それは充分に叶えられたのだから。
「くっ……さらに急がせます!」
迎撃と戦後処理を含めて30分以上は無駄な時間を使った。
だから焦ったようにヴィレスがそう告げてきたが、俺は首を振った。
「いや、無理するな。こっちには地の利がある。なるだけ夜間も動けるように体力は温存したい」
「なるほど。分かりました」
月明かりさえあれば『古の魔導書』で地図を見ながら夜道でも進める。
そうなれば、ワンチャン追いつける可能性がある。
それにしてもこのタイムロスは痛い。
たかが30分。されど30分。
この遅れが致命的なものにならないよう、俺は独り馬の背に揺られながらあの女神ではない神に真剣に祈った。
兵たちは徒歩、俺だけ騎乗といういつもの形態はもう考えないことにした。
1時間は遅れている。
騎馬で先行させた偵察からの報告では、これまでと打って変わって相手も行軍速度を上げたようだ。
俺たちが釣れたと見て、本来の行軍速度に戻ったのだろう。
これで確定的だ。
敵の目的は本拠地の制圧。
現状、東岸を制圧して拠点を得た俺たちだが、それでもあの場所はどこか大切な場所に思える。
この戦乱の世の中で、汚れない平和な世界。そんなこと言ったら喜志田に馬鹿にされる気がするけど。そう思いたかった。
だからあの村が破壊し尽くされれば、ビンゴ軍の士気は下がるだろうし、何より内通者の疑惑が広がり疑心暗鬼になる可能性がある。
今まで敵に知られなかった場所なのだ。誰かが裏切って密告したと思っても当然だろう。
だが俺にとってはそんなことより大事なものがあった。
里奈。
なんで村に置いてきてしまったのかと、今さらながらに後悔する。
それでも時は戻らない。
頼む。どうか逃げていてくれ。
そんな俺の祈りをあざ笑うかのように、恐れていたことが現実になった。
「西から敵、1万! 5千が二段に別れて川を渡ってきます!」
やはりこうなるか。
先行する4千のあからさまな行動。
これは俺たちを釣り出して野戦に持ち込むための囮。
慌てて北上すれば、他の砦から出た別動隊が俺たちの横腹を突く。
渡河の不利も、俺たちが迎撃に時間を割けない以上問題ない。
このまま無視して北上する敵を追うか、それとも足を止めて迎撃するか。
迷い――はない。
「敵、来ます!」
悲鳴のような伝令の声に、俺は近くを走るヴィレスを見た。
すぐに目が合って、彼は小さく頷く。
「一時停止! すぐに防御陣を敷け!」
ヴィレスが大声を出して命令する。
この軍、3千500のうち、3千がビンゴ軍だ。必然、軍の動きはそちらに合わせることになる。
「サカキたちは遊軍に! 俺からの指示を待て!」
俺もサカキたちへ命令する。
全軍が一時停止して西――左側へと向き直る。
前もって決めてあった行動だから、全員が迅速に動けた。
こうなることは予測できたから、ヴィレスらにはそのことを告げていたのだ。
だが分かっていても、ここで足を止めるのがもどかしい。
だが動いている最中の無防備な横腹を食い破られるよりはマシだ。誰もが歯噛みしながら敵を待つ。
敵はまさに川を渡り切ったところ。
彼我の距離は1キロもない。すぐにぶつかりあう距離だ。
「よし、5分だ! 5分だけ耐えろ!」
俺は簡潔に命令を下すと、前列が槍を構えて槍衾を作る。
喜志田直下であったこのビンゴ軍は徹底的に集団行動を、喜志田によって叩き込まれたらしい。そこは素直にさすがだと思う。
といっても本当の槍衾や古代ギリシャのファランクスのように、槍が長いわけでも盾を持つわけでもない。
移動を重視するために、持ち運びに不便な長槍は持って来ていないのだ。
それでも槍が密集してこちらに向いていれば、相手には戸惑いがでるはず。つまり敵の進撃を少しでも遅らせる。そのための陣形だ。
そのさらに前列に、対弓矢用の木の盾を構えさせた兵を置けば一応迎撃態勢は完了する。
だが想定していた弓矢の攻撃はなかった。
川を渡るとそのまま、敵は突撃してきた。
槍による犠牲も構わず突っ込んできた。慌てて盾兵を下げるが、その一瞬に隙が出来た。
前衛がぶつかった。押し合う。
なにからなにまで後手に回っていることに舌打ちする。
とりあえずなんとか互角の戦いを繰り広げているようだ。
しかし3千対1万だ。しかも今回は障害物も逃げ場もない平野での戦い。いずれもろに戦力差が出てくるはずだ。
サカキたち遊撃隊は敵のわき腹を突こうとするが、二段に別れた相手には効果的とは言えなかった。
前衛の拮抗が崩れ、徐々に押され始める。
くそ。もう少し、もう少しだけ堪えてくれ。
「ジャンヌさん、出すぎです」
見ればフレールが俺の馬を制して連れ戻そうとしている。
どうやら前のめりになりすぎていたようだ。
「あ、ああ。すまん」
こんな時こそ冷静になれと思う。
何よりここで負ければ里奈を助けに行くことすら不可能になるのだから。
「兄さん、やめて。ジャンヌさんに合法的に触ろうとして、このド変態」
「役目を果たしただけなのに!?」
2人のやり取りに苦笑する。
それで力が抜けた気がした。
そうだ、気をもんでも仕方ない。
今は、それぞれの信じたことをやるだけだ。
賽は投げられた。
後は待つだけ。
5分。
歌にすれば1曲分といったところだが、こんなにも長いとは思わなかった。
戦いは互角――とは程遠い。あと少しで前衛が崩れ、潰走になる。
その直前、それは来た。
地鳴り。
そして喚声。
「来た!」
東と南。
示し合わせたようにほぼ同時だ。
軍勢。
だが敵ではない。
ビンゴ軍の赤のインナーが遠くからでも分かる。
その軍勢は、俺たちの左右に展開し、そのまま動く。前へ。
「援軍が来たぞ! 敵を3方から押しつぶせ!」
言葉通りになった。
やって来たビンゴ軍が、敵の横腹を抉り抜くように突撃する。
そもそも、敵の狙いが俺たちを釣り出してこちらを撃破することだと考えた俺は、おおよそ激突する地点に当たりをつけ、そこに援軍を要請した。
各砦を守る兵たちおよそ8千。
今いる3千500と合わせて俺たちの全兵力を投入した形。
砦はもぬけの殻だ。今、別のところから渡河されたら俺たちは帰る場所を失う。
そんな博打を打ってでも、この一戦は早期終結すべき戦いなのだ。
これで兵力差は互角。しかも3方向から包囲した形になる。
何より敵は勝ったと思って油断していた。そこに増援と包囲攻撃という圧倒的不利な状況に叩き落されたのだ。敵の動揺は半端なく、それにより大きく弱化したのは言うまでもない。
思った通り、ほどなくして敵は後退を始めた。
だがその行動に俺は歯噛みした。
早すぎるのだ。
もう少しこの状況が続けば、犠牲は大きくなり後退ではなく潰走につながっただろう。
だが敵は不利とみると早々に後退を指示した。前衛の被害は多くなるが、全体で見れば兵力の大部分は保った形となる。
しかも背水となったことで、迂闊に手出しはできない状況を作り上げた。
もう少しここで敵兵も減らしておきたかったが、こうなっては仕方ない。
敵の指揮官を褒めるしかないだろう。
それに俺たちの目的はこの1万の殲滅じゃない。
一刻も早くこの場を離れて村に戻る事。それが一番の大事だ。
だから俺たちは背水の1万に対して増援の8千を対峙させた。
もちろん俺たちが北上したら、距離を取って砦に帰還するようヴィレスを通して言ってある。
ちなみに俺たちの軍からも怪我人が100人ほど出ていたから、それは砦に戻した。
「よし! あの敵は増援に任せて急ぐぞ!」
敵は追ってこなかった。
俺たちを追いかけようとすれば対峙する8千が横腹を突く。
対峙する8千に向かえば、俺たちが戻ってきて再び挟撃の形を持ち込む。
そんな想定が迷いを産み、俺たちの離脱を容易にしたのだ。
きっと、さっきの早すぎる撤退も指揮官が慎重な性格だったのだろう。
スキルを見て調べればよかったと思うが、俺も慌てていたようでそんな暇はなかった。
そもそも、先ほどの被害を含めれば増援の8千とほぼ兵力では差がなくなってしまったのだ。
ここで無理に彼らが動く必要はない。
彼らの1万の当初の目的は俺たちの足止め。それは充分に叶えられたのだから。
「くっ……さらに急がせます!」
迎撃と戦後処理を含めて30分以上は無駄な時間を使った。
だから焦ったようにヴィレスがそう告げてきたが、俺は首を振った。
「いや、無理するな。こっちには地の利がある。なるだけ夜間も動けるように体力は温存したい」
「なるほど。分かりました」
月明かりさえあれば『古の魔導書』で地図を見ながら夜道でも進める。
そうなれば、ワンチャン追いつける可能性がある。
それにしてもこのタイムロスは痛い。
たかが30分。されど30分。
この遅れが致命的なものにならないよう、俺は独り馬の背に揺られながらあの女神ではない神に真剣に祈った。
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