知力99の美少女に転生したので、孔明しながらジャンヌ・ダルクをしてみた

巫叶月良成

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第4章 ジャンヌの西進

閑話22 マール(ジャンヌ隊部隊長)

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 隊長に連れられ、村までの道を急ぎ戻る。

 正直、気が気でなかった。
 どれだけ先行しようと思ったか分からない。

 あの村での暮らしは、本当に楽しかった。
 最初は子供たちにも怖がられたけど、リナさんのおかげで関係が進展した。文字を教えた時、目を輝かせてお礼を言ってきたあの子たち。彼らに危機が迫っていると思うと、居ても立ってもいられなくなった。

 きっと間に合う。
 間に合って、敵を撃退して、皆も無事で。
 そしてまた、あの青空の下で文字を教えるんだ。

 そんな希望をもって、無言でひたすら走る。
 だから大丈夫。
 皆無事。
 明日からも、変わりない日々がきっと続く。

 夜を徹しての行軍にもかかわらず、敵が見えないことにいら立ちを覚えながらも、ひたすら進んでいく。
 そして森を抜け、そしていつか見た村の入り口にたどり着き――

 ――そこで、地獄を見た。

 整然とならんでいた家々は、いまやほとんどが燃え落ちて炭になっている。
 畑は人や馬が踏み荒らして滅茶苦茶だし、広場の宴会用の椅子や机も粉砕されていた。

 何よりにおいがひどい。
 家の焼けるにおいに紛れる、血と硝煙のにおい。

 村のいたるところに人だったものが転がり、この場に虐殺があったことを示している。
 その中には、明らかに子供のものと思われるものもあった。

「ひでぇ……くそ!」

 サカキ師団長が怒りをあらわに毒づく。
 隊長は……唇をかみしめたまま必死に何か衝動を堪えているようだ。

 なんでこんなことに。
 なんでこんなことを。

 疑問がぐるぐると頭の中を渦巻く。
 ひどい。ひどすぎる。
 彼らはただの村人なのに。無抵抗な一般人なのに。

 ただ、その中に馬や、明らかに軍関連の死体を見つけるに至り、不審が過る。残してきたビンゴ兵のものだろうか。いや、それにしては装備が違う。
 これはもしや――

 と、その時。死屍の広がる中に動くものがあった。
 ゆっくりと立ち上がる影。ぽつんと佇むその人物。家屋の焼ける炎に照らされ、その姿が明らかになり――

「里奈!」

 隊長が慌てた様子で駆け寄った。
 ふらりと立ち上がったのは、確かにリナさん。
 だけど……。

「里奈、里奈!無事か!?」

「あぁ……明彦くん……ごめんね。約束、破っちゃった」

「そんなことどうでもいい。お前は!無事なのか!?」

「あぁ……そんな、汚いよ。ううん、汚いなんて酷いよね。これだって、この人たちの命なんだから……あはは」

「そんなの……いや、すまん。俺がしっかりしてなかったから」

 まさか、あれが本当にリナさん?
 信じられないけど、この地獄の中、どうやって生き延びたんだろうと思ってしまう。

 だが彼女の立ち姿。
 濡れぼそった体。
 そして、その笑み。

『あはははははははは!』

 その時、何かが琴線に触れた。
 血にまみれた彼女の姿を、どこかで見たことがあるような。

 いや、忘れるはずがない。

 あの時。
 帝都で隊長を助けに行ったあの時。

 血にまみれた女性。
 ザインの血を吸った女性。

 立ち姿が、そっくりだった。
 何故今まで気づかなかった。
 髪型が違う? それだけで、何故気づかなかった。
 あるいは気づかないふりをしていたのか?
 子供たちと接しているのを見て、別人だと思い込んでいたのか。

 まさか、あのザインを殺した魔女が、こんなところに、何より――隊長と親密にしているなんて。

 体中を熱が駆け巡る。
 気づいたら声をあげて走り出した。

「あ……あんたがぁぁぁぁぁぁ!」

「……マール!」

 目を見開いた隊長を突き飛ばし、この女から遠ざける。
 剣を抜いた。リナさん……いや、目の前の魔女は茫洋ぼうようとした様子で剣を見ようともしない。

「隊長! この女は危険です! こいつが……こいつが! ザインを殺した!」

「よせ、マール!」

 何故!?
 何故隊長はこの女の肩を持つの!?
 ザインを殺したんだよ!?
 その前にはいっぱいオムカの民も殺した!
 こんなやつ、生きていていいわけないのに!

 だから私が殺してやる。
 その前にせめてもの償いをさせる。
 この魔女を断罪しようと剣を向けた。
 なのに――

「…………」

「なにか……なにか言いなさいよ!」

 命乞いとか後悔とか懺悔ざんげとか泣き言とか怨み言とかさ!

 だがそのいずれもせず、その女は、諦めたように小さく吐息をすると、深々と頭を下げた。

「そう、です。申し訳ありません」

 その開き直りとも取れる仕草がかんに障る。

「……っ、そんな言葉が聞きたいんじゃない! 返してよ、ザインを、皆を返してよ!」

「マール、いい加減にしろ!」

 隊長の怒声。

 だからなんで私が怒られるの!?
 まさか……ふと思いついた真実。あって欲しくないけど、そこに結び付けば隊長の言動も理解できる。

「隊長……知ってたんですか? この女が……あの魔女だって。ザインの仇だって!」

 隊長を見る。
 真剣なまなざしで見返してくる隊長は、年齢よりもはるかに大人びているように思えた。

 そしてようやく一言。

「……ああ」

「ならなんで!」

「聞いてくれ! 俺たちは戦争をしてるんだ。俺も、お前も、人を殺して生きてる。確かに里奈はザインの仇だけど、俺もお前も誰かの仇なんだぞ」

「そんな理屈を聞きたいんじゃない! 私は、こいつを……この女を許せない!」

「マール! いい加減に――」

「いいの、明彦くん」

 隊長の言葉を女が遮った。
 今までの茫洋とした眼差しから、しっかりとした、けどどこか温かみのある雰囲気へと変貌していた。
 それがまた、癇に障る。

「あんたは!」

「マールさん。本当になんて言ったらいいか分からない。けど、あなたが私が殺してしまった人を思う気持ちはすごく良く分かる。私も明彦くんが殺されたら、その人を絶対に許せないと思うから。だから――」

 女は一歩、私に近づく。
 そのまま突きつけた剣先に、自らの胸を当てる。

「もし私を許せないままでいるなら。このまま、私を殺して」

 一瞬、気圧された気分になる。
 相手は武器を持っていない。殺気もない。
 ほんの少し力を入れればこの女の命は終わる。
 なのに、なんで……。

「駄目だ、里奈! そんなこと、絶対!」

「いいの。やっぱり、私の背負った罪は大きすぎる。だから……もうここまでにしたいの」

「そんな、そんなこと……言うなよ」

「……あんた、ふざけてんの。こんなの……こんなの」

 こんなの、逃げじゃないか。
 たくさん殺したから、それが裁かれて辛いから、この世から逃げる。

 私は……そんな結末が欲しかったわけじゃないのに!

「マール! 頼むからやめてくれ! やるなら俺を殺せ! 里奈には手を出すな!」

 うるさい。

「駄目。明彦くんは許してあげて。悪いのは私。だから殺すなら私だけにして。そしてそれで終わらせて」

 うるさい。うるさい。

「違う、俺だ! 俺を殺せ!」

 うるさい。うるさい。うるさい!

「マール、早まらないで! 隊長殿に何かしたら、私は!」

 クロエ、あんたもうるさい!

「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい! あんたらは、もう、ふざけんな!」

 全部自分勝手だ。
 隊長も、この女も。誰もかも。
 私がどんな思いでこれまで生きてきたか。

 ザインの想いに気づきながらもかわし続け、こちらの想いを告げられぬまま死なれた。
 だからその仇を討つ思いで戦い続けてきた。
 それなのに……その仇はオムカにいて……何より敬愛すべき隊長の大事な人で。それを隊長は知ってて。隠して。

『リナさんって優しいですね』

 何より自分が許せない。

 この女に、ああも親し気に話しかけてしまったなんて。
 そんな自分が……もう、分からない。

 この女は……リナさんは優しかった。
 子供たちに物語を聞かせてあげて、畑仕事を手伝って、何より私にも優しくしてくれた。

 何が何だか分からない。
 何が良くて、何が悪いのか。
 何が正しくて、何が間違っているのか。
 何が狂ってて、何もかもが狂っているのか。

 涙があふれてくる。
 それをぬぐう間もなく、衝動に身を任せた。

 剣を振り上げ、そのまま振り下ろす。
 それで終わり。
 もうそれでこの苦しい気持ちともおさらばしよう。

「あんたらなんか!」

「よせ!」

 そして、体に衝撃が走った。
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