【完結】君の穿ったインソムニア

古都まとい

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第7錠

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 純平は鬱々とした気持ちで病院を出た。
 今まで処方されていた薬が効かなくなって一ヶ月。夜の散歩に出かけたり、眠くなるまで読書をしたりと色々誤魔化してはきたが、もう限界だった。今までの薬では眠れない、と訴えた純平に出されたのは新しい薬だった。これまで飲んでいたものよりも、効果が強いらしい。
 そして処方せんを持っていつもの流れで薬局へ。ここまで薬に頼らなければならない自分が情けなかった。

「佐野さん。佐野純平さん。二番窓口へどうぞ」

 軽やかな女性の声が聞こえた。純平はスマホをバッグにしまい込み、窓口へ向かう。
 そこにいたのは水瀬ではなく、見慣れない女性だった。白衣を着ているから薬剤師にちがいはないのだろうけれど、水瀬以外とこうして窓口で顔を合わせるのははじめてだ。

「水瀬さんは?」

 純平は席に着くなり、そう尋ねていた。パソコンを操作していた女性がちらりとこちらを見る。

「水瀬は今日はお休みをもらっていまして。今日だけ、私が代わりに処方の担当をしますね」

 女性が名乗ってくれたが、上手く聞き取れなかった。なんだろう、この寂しさのようなものは。薬剤師なら誰だって同じじゃないのか。水瀬がいないことを心のどこかで寂しがっている自分がいる。

「今回からお薬変わっていますね」

 透明な袋に入った薬が、目の前に置かれる。

「前の薬では、あまり眠れなかった?」
「まあ……」

 会話も適当だ。心が目の前のことに向いていない。
 薬の作用などをすこし説明してもらったが、純平はほとんど聞いていなかった。薬を受け取り、さっさと会計を済ませる。薬局を出てはじめて、詰めていた息を吐き出した。
 水瀬はいつも土曜日は出勤していた。純平も仕事が休みの日に病院に行くため、必然的に土曜日に病院へ行き、その足で薬局へ行くことになる。だからこれまで水瀬以外の人が純平の処方を担当することはなかったのだが――。

「なにかあったのか?」

 水瀬が土曜日に休みを取るなんて珍しい。詮索などしたくないのに、考えがついそちらへ向いてしまう。長く社会人をやっていたら、急に休みを取ることだってあるだろう。体調不良になることもあるし、家族の都合で休むこともある。
 そういえば水瀬は結婚しているのだろうか? 彼女は? 一度走り出した思考はなかなか止まらない。
 やめろ。余計なことは考えるな。水瀬はただ純平の担当薬剤師をしてくれているだけであって、仕事だから自分に付き合ってくれているだけなのだから。


◇ ◇ ◇


 異変を感じ取ったのは、翌日の朝だった。
 新しい薬の効果は抜群で、ベッドに入るなり五分もしないうちに純平は眠りに落ちた。そして朝まで一度も起きなかった。薬の効果には大満足だった。なにより最近はろくに眠れない日々を送っていたから、その負債を一気に返したような気持ちだ。
 しかし、朝食を取ろうと冷蔵庫を開けて純平はふと立ち止まった。あるはずのヨーグルトがないのだ。
 ふとキッチンに目を向けると、シンクの中に洗われていないスプーンが一本、落ちている。ゴミ箱を開ける。ヨーグルトの空き容器が捨ててある。

「いつ食べたんだ……?」

 純平は一人暮らしで、泥棒でも入って来ない限り、ヨーグルトを食べたのは自分しかいない。しかし食べた記憶がない。
 釈然としないまま朝食にトーストを一枚食べた。コーヒーを淹れ、スマホを取り出す。
 いつもの流れでメッセージアプリの未読を確認しようとアプリを開いて、ぎょっとした。未読の数が多すぎる。ひとつずつ確認していくうちに、頭から血の気が引いていく気がした。そのどれもが、純平が送ったメッセージに対する返信だったからだ。
 メッセージを送った時刻はどれも真夜中で、純平はすでに薬を飲んで眠っている時間である。

 おかしい。自分が眠っている間に、自分が動いている。スマホを使って人にメッセージを送り、冷蔵後を漁ってヨーグルトを食べている。そしてしっかりベッドに戻って、朝まで眠っているのだ。
 怖くなった。自分の知らないところで、自分が動いている。
 記憶にない自分は色々な人にメッセージを送っていた。後輩の宮田には仕事の状況を聞き、大学時代の友人には今度飲みに行こうと誘い、水瀬には――。

『昨日、仕事休みみたいでしたけどなにかあったんですか?』

 既読がついている。しかし返信はない。ますます頭が混乱する。自分はなにをやっているんだ? こんなメッセージ、送った覚えはない。今からでも、取り消すか?
 純平は残りのコーヒーを一気にあおると、スマホを手放した。テーブルの隅に置いてあった薬を手に取る。こいつが原因なのか? この薬のせいで、自分は真夜中に不可解な行動を起こしているのか?

 前の薬を飲んでいた時はこんなことは起こらなかった。徐々に効かなくなっていくという問題はあったが、真夜中に勝手に意識のないまま自分が動き出すなんてことはなかった。
 純平は迷った。今日の夜も、この薬を飲むべきか。そしてこの不可解な行動が、薬の影響によるものなのかも、今の時点では判然としなかった。
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