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第8錠
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妹の結婚式を終えて、家に帰ってきたのは土曜日の真夜中、日曜日に差し掛かろうというところだった。
久しぶりに土曜日に仕事を休んで、遠出をした。結婚式は素晴らしいものだったし、妹が結婚するのもめでたいものだが、いかんせん会場が遠かったせいで疲労が蓄積している。
水瀬は帰路の間に届いていたメッセージをさっと見た。中には純平からのメッセージもある。純平は今日、薬局に行ったらしい。なぜ自分がいなかったのかと尋ねるメッセージが送られてきていたが、水瀬は返信をせずにスマホを放り出した。
返信をしたくなかったわけではないし、出勤しなかったやましい理由があるわけでもない。ただただ疲れていた。
◇ ◇ ◇
日曜日は元々、薬局は開いていない。だから水瀬も朝から休みだ。昨日の疲れを引きずってぐっすり眠り、昼過ぎに起きた。だらだらと冷蔵庫に残っていたもので食事をし、そのままベッドでゴロゴロしながらスマホをいじっていた。
独身の休日なんて、だいたいみんなこんなものだろう。恋人がいたりすればすこしは気概が出るのかもしれない。水瀬には無縁な話だ。同性を好きな自分が、そう簡単に恋愛ができたり、恋人ができるなんてことはない。
異変があったのは、夕食と入浴を済ませて、またゴロゴロとスマホをいじりながら時間を潰している時だった。
明日は仕事で、早く寝なければいけないことはわかっていたが、身体がまだ寝たくないと叫んでいる。夜ふかしには慣れているし、寝ずに仕事に行くこともある。そんな生活も年齢とともにやめなければと思うけれど、なかなか染みついた習慣はそうそう変えられるものではない。
見たくもない動画をだらだらと見ていたスマホに一件の通知が届いた。明日の仕事のことかと思い、メッセージを開く。
送り主は純平だった。
『今から家に行ってもいいですか?』
簡潔な文章からはなにも読み取れない。
『なにかあったんですか?』
『水瀬さんに会いたくて』
心の奥深いところが疼くような気がした。メッセージ画面をもう一度眺め、気持ちを落ち着ける。
なぜ純平は急に自分に会いたいと言い出したのだろう? それに今は真夜中だ。眠剤を処方されている純平はとっくに眠っているはずの時間だが……。
水瀬は迷った挙げ句、自宅の住所を送った。そして終電がないことからも、タクシーを使うように助言を添える。
純平がどこに住んでいるかは知らない。ただこの前、駅前で会ったからそう遠くないところに住んでいるのだろう。
自分の格好は大丈夫か? 人を出迎えられるような格好だろうか。ベッドから飛び起き、服装を改める。部屋着ではあるが、そんなにヨレヨレではない。大丈夫。今日はシャワーも済ませているし、問題はない。
やがて、控えめに家のインターホンが鳴った。純平が来たのだ。慌てる心を落ち着けて、鍵とチェーンロックを外す。
「助けてください、」
純平は玄関のドアが開くなり、そう言った。縋りついてきた手のひらが熱い。意識はしっかりしているが、どこかおかしい。そわそわと、落ち着かない様子を見せている。
「どうしたんですか、こんな夜中に。眠れなかったんですか?」
水瀬は努めて明るい声を出し、純平を家の中に引き入れる。純平はすこし迷ってからソファに腰を下ろした。
「なにか飲みます? 水か、麦茶しかないですけど」
純平が首を振る。その顔が落ち着かないように辺りを見回している。
水瀬はコップに水を入れることを諦めて、純平に近づいた。
「お薬手帳って、今持ってます?」
「あ、はい……」
純平が薄いリュックから、ドサドサと財布やスマホを取り出す。その中に、お薬手帳もあった。許可をもらい、中身を確認する。自分が出勤しなかった昨日、土曜日に処方が変わっている。
「薬、変わったんですね」
「前の薬じゃ眠れなくて」
「今の薬はどうです?」
「寝れています。ぐっすりです」
純平はにへら、と笑った。薬局にいる時に見せるよそ行きの顔とはちがう。これが純平の素の表情なんだろう。
手帳に書かれた薬剤名を見る。純平の様子を見る。
「今日は薬飲みましたか?」
「はい、寝る前に飲みました」
純平がソファのそばに立った水瀬の顔を見上げてくる。本人はすでに自分は眠ったと思い込んでいる。しかしこうして、行動を起こし、水瀬の家に来ている。
健忘の副作用だ。寝ている間に身体が勝手に動いて、誰かに連絡したり、物を食べてしまう。朝起きた時、本人はそのことを覚えていない。
「水瀬さん」
純平に呼びかけられて、水瀬は視線を下に向けた。水瀬の洋服の裾を、純平がしっかり握っている。
「なんですか? 具合が悪い?」
「いえ、大丈夫です」
思い詰めた純平の顔。水瀬は彼の横に腰かける。こんな近くに、純平がいる。彼はただの患者だ。仕事上の付き合いで。
「俺、男の人が好きなんです」
そっと打ち明けるように、純平は言った。水瀬の中の時が止まる。告白した本人は、じっと自分のことを見ている。期待している、その目。
我慢できずに、純平の手を取った。
すでに一線は越えてしまっているのだ。
後には引けない。けれども先にも進めない。
「佐野さん」
それでも――。
「俺を、頼って――」
久しぶりに土曜日に仕事を休んで、遠出をした。結婚式は素晴らしいものだったし、妹が結婚するのもめでたいものだが、いかんせん会場が遠かったせいで疲労が蓄積している。
水瀬は帰路の間に届いていたメッセージをさっと見た。中には純平からのメッセージもある。純平は今日、薬局に行ったらしい。なぜ自分がいなかったのかと尋ねるメッセージが送られてきていたが、水瀬は返信をせずにスマホを放り出した。
返信をしたくなかったわけではないし、出勤しなかったやましい理由があるわけでもない。ただただ疲れていた。
◇ ◇ ◇
日曜日は元々、薬局は開いていない。だから水瀬も朝から休みだ。昨日の疲れを引きずってぐっすり眠り、昼過ぎに起きた。だらだらと冷蔵庫に残っていたもので食事をし、そのままベッドでゴロゴロしながらスマホをいじっていた。
独身の休日なんて、だいたいみんなこんなものだろう。恋人がいたりすればすこしは気概が出るのかもしれない。水瀬には無縁な話だ。同性を好きな自分が、そう簡単に恋愛ができたり、恋人ができるなんてことはない。
異変があったのは、夕食と入浴を済ませて、またゴロゴロとスマホをいじりながら時間を潰している時だった。
明日は仕事で、早く寝なければいけないことはわかっていたが、身体がまだ寝たくないと叫んでいる。夜ふかしには慣れているし、寝ずに仕事に行くこともある。そんな生活も年齢とともにやめなければと思うけれど、なかなか染みついた習慣はそうそう変えられるものではない。
見たくもない動画をだらだらと見ていたスマホに一件の通知が届いた。明日の仕事のことかと思い、メッセージを開く。
送り主は純平だった。
『今から家に行ってもいいですか?』
簡潔な文章からはなにも読み取れない。
『なにかあったんですか?』
『水瀬さんに会いたくて』
心の奥深いところが疼くような気がした。メッセージ画面をもう一度眺め、気持ちを落ち着ける。
なぜ純平は急に自分に会いたいと言い出したのだろう? それに今は真夜中だ。眠剤を処方されている純平はとっくに眠っているはずの時間だが……。
水瀬は迷った挙げ句、自宅の住所を送った。そして終電がないことからも、タクシーを使うように助言を添える。
純平がどこに住んでいるかは知らない。ただこの前、駅前で会ったからそう遠くないところに住んでいるのだろう。
自分の格好は大丈夫か? 人を出迎えられるような格好だろうか。ベッドから飛び起き、服装を改める。部屋着ではあるが、そんなにヨレヨレではない。大丈夫。今日はシャワーも済ませているし、問題はない。
やがて、控えめに家のインターホンが鳴った。純平が来たのだ。慌てる心を落ち着けて、鍵とチェーンロックを外す。
「助けてください、」
純平は玄関のドアが開くなり、そう言った。縋りついてきた手のひらが熱い。意識はしっかりしているが、どこかおかしい。そわそわと、落ち着かない様子を見せている。
「どうしたんですか、こんな夜中に。眠れなかったんですか?」
水瀬は努めて明るい声を出し、純平を家の中に引き入れる。純平はすこし迷ってからソファに腰を下ろした。
「なにか飲みます? 水か、麦茶しかないですけど」
純平が首を振る。その顔が落ち着かないように辺りを見回している。
水瀬はコップに水を入れることを諦めて、純平に近づいた。
「お薬手帳って、今持ってます?」
「あ、はい……」
純平が薄いリュックから、ドサドサと財布やスマホを取り出す。その中に、お薬手帳もあった。許可をもらい、中身を確認する。自分が出勤しなかった昨日、土曜日に処方が変わっている。
「薬、変わったんですね」
「前の薬じゃ眠れなくて」
「今の薬はどうです?」
「寝れています。ぐっすりです」
純平はにへら、と笑った。薬局にいる時に見せるよそ行きの顔とはちがう。これが純平の素の表情なんだろう。
手帳に書かれた薬剤名を見る。純平の様子を見る。
「今日は薬飲みましたか?」
「はい、寝る前に飲みました」
純平がソファのそばに立った水瀬の顔を見上げてくる。本人はすでに自分は眠ったと思い込んでいる。しかしこうして、行動を起こし、水瀬の家に来ている。
健忘の副作用だ。寝ている間に身体が勝手に動いて、誰かに連絡したり、物を食べてしまう。朝起きた時、本人はそのことを覚えていない。
「水瀬さん」
純平に呼びかけられて、水瀬は視線を下に向けた。水瀬の洋服の裾を、純平がしっかり握っている。
「なんですか? 具合が悪い?」
「いえ、大丈夫です」
思い詰めた純平の顔。水瀬は彼の横に腰かける。こんな近くに、純平がいる。彼はただの患者だ。仕事上の付き合いで。
「俺、男の人が好きなんです」
そっと打ち明けるように、純平は言った。水瀬の中の時が止まる。告白した本人は、じっと自分のことを見ている。期待している、その目。
我慢できずに、純平の手を取った。
すでに一線は越えてしまっているのだ。
後には引けない。けれども先にも進めない。
「佐野さん」
それでも――。
「俺を、頼って――」
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