5 / 12
第二章 適性診断と公開準備
第5話「プロフィール作成」
しおりを挟む朝の光が差し込む窓辺に腰掛けて、深呼吸をした。召喚されてから四日目。だいぶ、この世界の空気に慣れてきた。
今日は「結婚希望者としてのプロフィール」を作る日だと告げられている。昨日までは診断や安全講習など、生活習慣の確認が中心だったけれど、本題に近づいてきたらしい。
朝食後、職員に案内されて辿り着いたのは、いくつかある応接室のうちの一つだった。厚い扉を閉めると外の物音がほとんど聞こえなくなる。
机の上には羊皮紙の束と、つややかな羽ペン、そして淡い青色のインク瓶が整然と並んで用意されている。
「美琴さん、どうぞこちらへ」
婦長は椅子を引きながら、にこやかに手招きした。昨日までと同じ真面目な口調だけど、雰囲気は少し柔らかかった。
「本日はいよいよ、美琴さんの“プロフィール”を作成していただきます」
椅子に腰を下ろすと、羊皮紙と羽ペンが目の前に差し出された。これで自分のプロフィールを書くらしい。婚活アプリでプロフィール入力するのとは勝手が違うけれど、流れや仕組み自体は似ていると思う。
「……自己紹介文、ということでしょうか?」
「ええ、そうです。婚活において一番大切なのは第一印象ですからね。ただし見た目だけではなく、“どういう暮らしを望んでいるか”“何を大事にしているか”を、きちんと形にして伝えることが肝心なんですよ。では、まずは氏名と年齢をお願いします」
婦長が見本の紙を示してくれる。そこには名前や年齢、職業、家庭の希望などの欄が並んでいた。見た瞬間、私は小さく笑ってしまった。
「母国でも、こういうのを書いたことがあります。羊皮紙と羽ペン、という点を除けば、ほとんど同じですね」
「まあ、そうでしたか。それならば安心ですね」
婦長が微笑み、私は頷く。懐かしい、というより「慣れている」。二十歳を過ぎてからずっと婚活をしてきたのだから、形式そのものには抵抗がない。ただ、今回は国も文化も全然違う。だから少し緊張してしまうのは仕方のないことだろう。
ペン先をインクに浸し、まずは名前と年齢を書き込む。名前は桜井ではなく櫻井の方にした。つけ過ぎたのか、青いインクが滲んで少し書きづらい。
私が書いているのは日本語なのに、カレン婦長の目にはこの国の言語に見えているようだった。つまり、私はいま魔法の力に操られて他言語を書いていることになる。翻訳魔法の力が翻訳の範疇を超えていることに驚く。
「次は職業欄です。こちらには現在の生業を書きます。女性の場合、家を守っている方が多いので『主婦』や『主人』と記すことが多いです。未婚の方は空欄、後継者の方は『地主』と書かれたりもしますね」
「なるほど。私は……前の世界では事務職でした。こちらではまだ仕事はしていませんが」
「では、そのまま『事務職経験あり』と記しておきましょう。きっと参考になりますよ」
婦長がさらりとまとめてくれる。職歴を細かく書く必要はなく、今できることを示せばよいのだという。
趣味の欄を書いたあと、特技の欄で止まってしまった。特技、と呼べるほど突出したものは、これといって無いように思う。
「特技、の欄はどうしましょう」
「えっと……料理は下手ではないですが、すごく得意というわけでも……」
「では“日常的な家事は一通りこなせる”と書きましょうか。謙遜しすぎるのも禁物ですよ」
「わかりました」
「続いて、家族について。基本は子供の有無を書きます。子供がいる場合は、子供の人数も明記します」
「子供はいません。それと、不妊体質なのも公表するつもりです」
私は迷わず、「不妊体質である」と明記した。
不妊を隠すつもりはない。むしろ最初から伝えておくべきだと思っている。これは日本にいた時からそうで、子供を産めるかどうかで判断されるなら、最初からご縁はないのだ。
「はい、承知しました。あらかじめ記しておけば、後々の誤解も防げます」
婦長の声は穏やかだった。否定も驚きもなく、ただ事務的に受け止めてくれる。その態度がありがたい。
項目を一つずつ埋めながら、私はこの国での結婚制度を少しずつ理解していった。複数婚が当たり前で、家族構成や希望する生活の形も、候補者同士で調整される。
――まさに、制度として形づくられた「契約の結婚」だ。
「最後に、希望や補足があれば自由欄に書いてください」
自由欄。ペンを持ったまま、しばし考え込む。
やがて私は、「穏やかに協力し合える家庭を望みます」と一文を綴った。率直な希望だ。
婦長は完成した羊皮紙に目を通し、満足げに頷いた。
「美琴さんのプロフィールは、他の候補者と並べて掲示されます。とはいえ、ご安心を。閲覧できるのは登録者だけですし、登録者への通達記録は私たちが管理します」
「……いよいよ、ですね」
思わず口に出してしまった言葉に、自分でもハッとした。
まるでお見合いを楽しみにしているみたいだ。そんなつもりはない。けれど、確かに心の奥に「もう後戻りはできないのだ」という実感が芽生えたのも事実だった。
「そうですね。次はいよいよ候補者の紹介に移ります。ただし焦らなくても大丈夫。まずは見て、話して、判断していけばいいのです」
婦長の声はいつも通り落ち着いている。その落ち着きが、ありがたい。羊皮紙を丁寧に重ねて片づけながら、婦長はふと笑みを含ませて言った。
「市場通りには若い商人もいますよ。ああいう方々は、外から来た方との結婚に前向きなことが多いのです」
「商人……ですか」
「ええ。例え話ですけれどね。候補者にはいろいろな立場の方がいます。ですから、美琴さんもきっと、自分に合う人を見つけられるでしょう」
その言葉に、胸が少しだけ軽くなるのを感じた。
見知らぬ世界で、見知らぬ人と出会う。怖さと同時に、少しの期待が混じっている。
私は深く息を吐き、インクで青く染まった指先をそっと拭った。
――結婚への第一歩は、こうして踏み出されたのだった。
72
あなたにおすすめの小説
『異世界に転移した限界OL、なぜか周囲が勝手に盛り上がってます』
宵森みなと
ファンタジー
ブラック気味な職場で“お局扱い”に耐えながら働いていた29歳のOL、芹澤まどか。ある日、仕事帰りに道を歩いていると突然霧に包まれ、気がつけば鬱蒼とした森の中——。そこはまさかの異世界!?日本に戻るつもりは一切なし。心機一転、静かに生きていくはずだったのに、なぜか事件とトラブルが次々舞い込む!?
想定外の異世界トリップ。希望先とは違いますが…
宵森みなと
恋愛
異世界へと導かれた美咲は、運命に翻弄されながらも、力強く自分の道を歩き始める。
いつか、異世界にと想像していた世界とはジャンル違いで、美咲にとっては苦手なファンタジー系。
しかも、女性が少なく、結婚相手は5人以上と恋愛初心者にはハードな世界。
だが、偶然のようでいて、どこか必然のような出会いから、ともに過ごす日々のなかで芽生える絆と、ゆっくりと積み重ねられていく感情。
不器用に愛し、愛する人に理解されず、傷ついた時、女神の神殿で見つけた、もう一つの居場所。
差し出された優しさと、新たな想いに触れながら、
彼女は“自分のための人生”を選び初める。
これは、一人の女性が異世界で出逢い、傷つき、そして強くなって“本当の愛”を重ねていく物語です。
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハーレム異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーレムです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています
転生先は男女比50:1の世界!?
4036(シクミロ)
恋愛
男女比50:1の世界に転生した少女。
「まさか、男女比がおかしな世界とは・・・」
デブで自己中心的な女性が多い世界で、ひとり異質な少女は・・
どうなる!?学園生活!!
枯れ専モブ令嬢のはずが…どうしてこうなった!
宵森みなと
恋愛
気づけば異世界。しかもモブ美少女な伯爵令嬢に転生していたわたくし。
静かに余生——いえ、学園生活を送る予定でしたのに、魔法暴発事件で隠していた全属性持ちがバレてしまい、なぜか王子に目をつけられ、魔法師団から訓練指導、さらには騎士団長にも出会ってしまうという急展開。
……団長様方、どうしてそんなに推せるお顔をしていらっしゃるのですか?
枯れ専なわたくしの理性がもちません——と思いつつ、学園生活を謳歌しつつ魔法の訓練や騎士団での治療の手助けと
忙しい日々。残念ながらお子様には興味がありませんとヒロイン(自称)の取り巻きへの塩対応に、怒らせると意外に強烈パンチの言葉を話すモブ令嬢(自称)
これは、恋と使命のはざまで悩む“ちんまり美少女令嬢”が、騎士団と王都を巻き込みながら心を育てていく、
――枯れ専ヒロインのほんわか異世界成長ラブファンタジーです。
異世界転移して冒険者のイケメンとご飯食べるだけの話
ゴルゴンゾーラ三国
恋愛
社畜系OLの主人公は、ある日終電を逃し、仕方なく徒歩で家に帰ることに。しかし、その際帰路を歩いていたはずが、謎の小道へと出てしまい、そのまま異世界へと迷い込んでしまう。
持ち前の適応力の高さからか、それとも社畜生活で思考能力が低下していたのか、いずれにせよあっという間に異世界生活へと慣れていた。そのうち家に帰れるかも、まあ帰れなかったら帰れなかったで、と楽観視しながらその日暮らしの冒険者生活を楽しむ彼女。
一番の楽しみは、おいしい異世界のご飯とお酒、それからイケメン冒険者仲間の話を聞くことだった。
年下のあざとい系先輩冒険者、頼れる兄貴分なエルフの剣士、口の悪いツンデレ薬師、女好きな元最強冒険者のギルド長、四人と恋愛フラグを立てたり折ったりしながら主人公は今日も異世界でご飯を食べる。
【この作品は『小説家になろう』『カクヨム』『Pixiv』にも掲載しています】
男女比バグった世界で美女チート無双〜それでも私は冒険がしたい!〜
具なっしー
恋愛
日本で暮らしていた23歳喪女だった女の子が交通事故で死んで、神様にチートを貰い、獣人の世界に転生させられた!!気づいたらそこは森の中で体は15歳くらいの女の子だった!ステータスを開いてみるとなんと白鳥兎獣人という幻の種族で、白いふわふわのウサ耳と、神秘的な白鳥の羽が生えていた。そしてなんとなんと、そこは男女比が10:1の偏った世界で、一妻多夫が普通の世界!そんな世界で、せっかく転生したんだし、旅をする!と決意した主人公は絶世の美女で…だんだん彼女を囲う男達が増えていく話。
主人公は見た目に反してめちゃくちゃ強いand地球の知識があるのでチートしまくります。
みたいなはなし
※表紙はAIです
王宮地味女官、只者じゃねぇ
宵森みなと
恋愛
地味で目立たず、ただ真面目に働く王宮の女官・エミリア。
しかし彼女の正体は――剣術・魔法・語学すべてに長けた首席卒業の才女にして、実はとんでもない美貌と魔性を秘めた、“自覚なしギャップ系”最強女官だった!?
王女付き女官に任命されたその日から、運命が少しずつ動き出す。
訛りだらけのマーレン語で王女に爆笑を起こし、夜会では仮面を外した瞬間、貴族たちを騒然とさせ――
さらには北方マーレン国から訪れた黒髪の第二王子をも、一瞬で虜にしてしまう。
「おら、案内させてもらいますけんの」
その一言が、国を揺らすとは、誰が想像しただろうか。
王女リリアは言う。「エミリアがいなければ、私は生きていけぬ」
副長カイルは焦る。「このまま、他国に連れて行かれてたまるか」
ジークは葛藤する。「自分だけを見てほしいのに、届かない」
そしてレオンハルト王子は心を決める。「妻に望むなら、彼女以外はいない」
けれど――当の本人は今日も地味眼鏡で事務作業中。
王族たちの心を翻弄するのは、無自覚最強の“訛り女官”。
訛って笑いを取り、仮面で魅了し、剣で守る――
これは、彼女の“本当の顔”が王宮を変えていく、壮麗な恋と成長の物語。
★この物語は、「枯れ専モブ令嬢」の5年前のお話です。クラリスが活躍する前で、少し若いイザークとライナルトがちょっと出ます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる