花嫁召喚 〜異世界で始まる一妻多夫の婚活記〜

文月・F・アキオ

文字の大きさ
6 / 12
第二章 適性診断と公開準備

第6話「撮影と候補者たち」

しおりを挟む

 昼食を挟んで午後になると、また職員に呼ばれて部屋を出る。
 向かうのは二階にある撮影室で、館内案内のときに木製のカメラのような装置を見かけたことを覚えている。あのとき「婚姻候補者の写真を撮る」ための「撮影用の魔術具」だと説明された。
 カメラなんて無さそうな時代に見えるのに、魔術が発達しているから写真がある。複雑な文明水準だなと思う。

 扉を開けると、部屋の中央に三脚に据えられた大きな木製カメラが鎮座していた。四角い箱の側面に銀色の金属板が埋め込まれ、そこに刻まれた魔法陣が淡く光っている。

「こちらにどうぞ」

 撮影を担当する職員が手振りで椅子を示す。横で婦長が「緊張しなくても大丈夫ですよ」と言ってくれた。

「まずは正面から撮ります。椅子に腰掛け、まっすぐ向こうをご覧ください」

 指示に従い、背筋を伸ばす。肩に力が入りすぎないように一度深呼吸。小さく頷いた瞬間、魔法陣がふっと光り、空気がわずかに震えた。シャッター音はなかった。

「次は上半身、最後に全身です」

 立ち上がって少し斜めにポーズを変える。衣服や姿勢、体型も含めて記録されるということだろう。
 ――異世界に来てまで婚活写真を撮っている自分。そう思うと可笑しくて、同時に頬が熱くなった。

「はい、これで終了です。お疲れさまでした」

 職員がカメラから取り外した金属板を操作すると、置かれた羊皮紙の表面に私の姿が浮かび上がった。水彩画のような質感だが、細部まで鮮やかだ。

「この写真は偽造や改ざんができません。これから複製して、夜には王都と各地のギルドに掲出されることになります。ですが元の原板は必ず王宮で保管されます」

 婦長が説明を加える。つまり、証明写真のように「真正性」が保証されるのだ。複製は可能でも、偽物は作れない。そう理解して、私はひとつ頷いた。

「公開と同時に美琴さんにも“閲覧権”が付与されます。申請のあった男性候補者のプロフィールを確認したり、希望条件に合う方を探したりすることができます」

 閲覧権。つまり、私も相手の個人情報を知れるということだ。こういうところも、日本の婚活アプリとか結婚相談所のシステムと同じだ。

 撮影を終えたあとは、しばらく談話室で休憩した。
 ソファに腰掛け、他の登録者がぽつりぽつりと出入りしていくのを眺める。ここにいる誰もが、これから結婚相手を選ぶ人々なのだと思うと、不思議な連帯感のようなものがあった。

 やがて夕刻になり、食堂で夕食を済ませて部屋に戻る。窓の外には灯りが点りはじめ、王都の空が群青に染まっていく。
 そこへ婦長が、羊皮紙の束を抱えて訪ねてきた。

「こちらが候補者の簡易プロフィールです。今夜から美琴さんにも閲覧権が付与されました」

 机に置かれた束の数に驚く。数百枚を超える分厚さで、一枚一枚に写真と名前と年齢、職業や年収、希望条件などが整然と並んでいる。

「……こんなに」

 思わず漏らすと、婦長が微笑む。

「登録者全体は千人単位です。ですが美琴さんの希望や条件に合わせて、取り急ぎ数百人に絞り込みました。まずはどんな候補者がいるのか、ご覧になるとよいでしょう」

 私は一枚目をめくった。



「レオナルト 近衛兵団訓練所教官」
 年齢三十二歳。規律と鍛錬を重んじ、誠実で協力的な家庭を望むとある。読んだ瞬間、頭に浮かんだ言葉は「実直」。嘘や甘えを許さず、厳しくも堅実な人のように思えた。



 二枚目。
「シルヴィオ 王宮記録室書記官」
 年齢は二十七歳。几帳面な字で、希望する生活が細やかに書かれている。情報整理が得意で、相手にも秩序を求めるらしい。「理路整然」。きっと落ち着いたやり取りができるだろう。



 三枚目。
「アレッシオ 城下診療所医師」
 年齢は二十六歳。安全と衛生を第一に、家族の健康を守りたいと綴っている。お相手にも無理のない生活を望むとある。「安全志向」。読んでいて肩の力が抜けるようだった。



 四枚目。
「カミル 戸籍管理局官僚」
 年齢は二十八歳。予定や記録を大切にし、家族にも整った生活を求める。見るからに真面目そうな印象だ。「几帳面」。窮屈かもしれないけれど、きっと安定感はある。



 さらに目に入ったのは――

「吟遊詩人 フェリクス」
 音楽で人を楽しませたいと語り、家庭には明るさを望んでいる。文面からして賑やかで、笑顔には人懐っこさが滲んでいる。

「狩人 イグナーツ」
 「静かな暮らしを望む」とだけ簡潔に記されている。少ない言葉と表情に、無口で穏やかな人柄が見える気がした。

「ドナウ商会主 ラウル」
 「信頼と契約を基盤にした家族を築きたい」と力強い文字。商人らしく、現実的な観点が際立っていた。



 その後も、鍛冶職人や陶芸職人、薬剤師や庭園師、騎士見習いや傭兵、船乗りや仕立屋、料理人や牧場主など、さまざまな職業の名が続く。砂漠交易商なんて人もいて、砂漠があることを知ったり。水道技師がいるのを見て、上下水道が発達してることを知ったり。
 膨大な数の紙束に目を通しながら、胸の奥がじわじわと熱くなる。

 ――彼らも、私と同じように真剣なのだ。

 知らない名前と希望が並ぶ紙束。それは単なる資料ではなく、これから私が向き合う未来の断片だった。


「明日以降、候補者から面談の申請が届きます。数は多いでしょうが、事務局で調整されますから安心してください」

 申請が届く。日本でいうアプローチメールのようなものだろうか。どれくらいの申請が届くことになるのかは判らないが、全員を一度に理解することはできないだろう。

 だけど婦長の声は落ち着いていて、その冷静さに心が支えられるようだ。
 私は深く息を吐き、窓の外を見た。群青の空に王都の灯が揺れて、まるで私を見守っているように感じられた。

 ――怖さもあるけれど、きっと向き合っていける。明日から、本当の意味での「出会い」が始まるのだ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『異世界に転移した限界OL、なぜか周囲が勝手に盛り上がってます』

宵森みなと
ファンタジー
ブラック気味な職場で“お局扱い”に耐えながら働いていた29歳のOL、芹澤まどか。ある日、仕事帰りに道を歩いていると突然霧に包まれ、気がつけば鬱蒼とした森の中——。そこはまさかの異世界!?日本に戻るつもりは一切なし。心機一転、静かに生きていくはずだったのに、なぜか事件とトラブルが次々舞い込む!?

想定外の異世界トリップ。希望先とは違いますが…

宵森みなと
恋愛
異世界へと導かれた美咲は、運命に翻弄されながらも、力強く自分の道を歩き始める。 いつか、異世界にと想像していた世界とはジャンル違いで、美咲にとっては苦手なファンタジー系。 しかも、女性が少なく、結婚相手は5人以上と恋愛初心者にはハードな世界。 だが、偶然のようでいて、どこか必然のような出会いから、ともに過ごす日々のなかで芽生える絆と、ゆっくりと積み重ねられていく感情。 不器用に愛し、愛する人に理解されず、傷ついた時、女神の神殿で見つけた、もう一つの居場所。 差し出された優しさと、新たな想いに触れながら、 彼女は“自分のための人生”を選び初める。 これは、一人の女性が異世界で出逢い、傷つき、そして強くなって“本当の愛”を重ねていく物語です。

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハーレム異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーレムです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

転生先は男女比50:1の世界!?

4036(シクミロ)
恋愛
男女比50:1の世界に転生した少女。 「まさか、男女比がおかしな世界とは・・・」 デブで自己中心的な女性が多い世界で、ひとり異質な少女は・・ どうなる!?学園生活!!

枯れ専モブ令嬢のはずが…どうしてこうなった!

宵森みなと
恋愛
気づけば異世界。しかもモブ美少女な伯爵令嬢に転生していたわたくし。 静かに余生——いえ、学園生活を送る予定でしたのに、魔法暴発事件で隠していた全属性持ちがバレてしまい、なぜか王子に目をつけられ、魔法師団から訓練指導、さらには騎士団長にも出会ってしまうという急展開。 ……団長様方、どうしてそんなに推せるお顔をしていらっしゃるのですか? 枯れ専なわたくしの理性がもちません——と思いつつ、学園生活を謳歌しつつ魔法の訓練や騎士団での治療の手助けと 忙しい日々。残念ながらお子様には興味がありませんとヒロイン(自称)の取り巻きへの塩対応に、怒らせると意外に強烈パンチの言葉を話すモブ令嬢(自称) これは、恋と使命のはざまで悩む“ちんまり美少女令嬢”が、騎士団と王都を巻き込みながら心を育てていく、 ――枯れ専ヒロインのほんわか異世界成長ラブファンタジーです。

男女比バグった世界で美女チート無双〜それでも私は冒険がしたい!〜

具なっしー
恋愛
日本で暮らしていた23歳喪女だった女の子が交通事故で死んで、神様にチートを貰い、獣人の世界に転生させられた!!気づいたらそこは森の中で体は15歳くらいの女の子だった!ステータスを開いてみるとなんと白鳥兎獣人という幻の種族で、白いふわふわのウサ耳と、神秘的な白鳥の羽が生えていた。そしてなんとなんと、そこは男女比が10:1の偏った世界で、一妻多夫が普通の世界!そんな世界で、せっかく転生したんだし、旅をする!と決意した主人公は絶世の美女で…だんだん彼女を囲う男達が増えていく話。 主人公は見た目に反してめちゃくちゃ強いand地球の知識があるのでチートしまくります。 みたいなはなし ※表紙はAIです

異世界転移して冒険者のイケメンとご飯食べるだけの話

ゴルゴンゾーラ三国
恋愛
 社畜系OLの主人公は、ある日終電を逃し、仕方なく徒歩で家に帰ることに。しかし、その際帰路を歩いていたはずが、謎の小道へと出てしまい、そのまま異世界へと迷い込んでしまう。  持ち前の適応力の高さからか、それとも社畜生活で思考能力が低下していたのか、いずれにせよあっという間に異世界生活へと慣れていた。そのうち家に帰れるかも、まあ帰れなかったら帰れなかったで、と楽観視しながらその日暮らしの冒険者生活を楽しむ彼女。  一番の楽しみは、おいしい異世界のご飯とお酒、それからイケメン冒険者仲間の話を聞くことだった。  年下のあざとい系先輩冒険者、頼れる兄貴分なエルフの剣士、口の悪いツンデレ薬師、女好きな元最強冒険者のギルド長、四人と恋愛フラグを立てたり折ったりしながら主人公は今日も異世界でご飯を食べる。 【この作品は『小説家になろう』『カクヨム』『Pixiv』にも掲載しています】

王宮地味女官、只者じゃねぇ

宵森みなと
恋愛
地味で目立たず、ただ真面目に働く王宮の女官・エミリア。 しかし彼女の正体は――剣術・魔法・語学すべてに長けた首席卒業の才女にして、実はとんでもない美貌と魔性を秘めた、“自覚なしギャップ系”最強女官だった!? 王女付き女官に任命されたその日から、運命が少しずつ動き出す。 訛りだらけのマーレン語で王女に爆笑を起こし、夜会では仮面を外した瞬間、貴族たちを騒然とさせ―― さらには北方マーレン国から訪れた黒髪の第二王子をも、一瞬で虜にしてしまう。 「おら、案内させてもらいますけんの」 その一言が、国を揺らすとは、誰が想像しただろうか。 王女リリアは言う。「エミリアがいなければ、私は生きていけぬ」 副長カイルは焦る。「このまま、他国に連れて行かれてたまるか」 ジークは葛藤する。「自分だけを見てほしいのに、届かない」 そしてレオンハルト王子は心を決める。「妻に望むなら、彼女以外はいない」 けれど――当の本人は今日も地味眼鏡で事務作業中。 王族たちの心を翻弄するのは、無自覚最強の“訛り女官”。 訛って笑いを取り、仮面で魅了し、剣で守る―― これは、彼女の“本当の顔”が王宮を変えていく、壮麗な恋と成長の物語。 ★この物語は、「枯れ専モブ令嬢」の5年前のお話です。クラリスが活躍する前で、少し若いイザークとライナルトがちょっと出ます。

処理中です...