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第二章 適性診断と公開準備
第6話「撮影と候補者たち」
しおりを挟む昼食を挟んで午後になると、また職員に呼ばれて部屋を出る。
向かうのは二階にある撮影室で、館内案内のときに木製のカメラのような装置を見かけたことを覚えている。あのとき「婚姻候補者の写真を撮る」ための「撮影用の魔術具」だと説明された。
カメラなんて無さそうな時代に見えるのに、魔術が発達しているから写真がある。複雑な文明水準だなと思う。
扉を開けると、部屋の中央に三脚に据えられた大きな木製カメラが鎮座していた。四角い箱の側面に銀色の金属板が埋め込まれ、そこに刻まれた魔法陣が淡く光っている。
「こちらにどうぞ」
撮影を担当する職員が手振りで椅子を示す。横で婦長が「緊張しなくても大丈夫ですよ」と言ってくれた。
「まずは正面から撮ります。椅子に腰掛け、まっすぐ向こうをご覧ください」
指示に従い、背筋を伸ばす。肩に力が入りすぎないように一度深呼吸。小さく頷いた瞬間、魔法陣がふっと光り、空気がわずかに震えた。シャッター音はなかった。
「次は上半身、最後に全身です」
立ち上がって少し斜めにポーズを変える。衣服や姿勢、体型も含めて記録されるということだろう。
――異世界に来てまで婚活写真を撮っている自分。そう思うと可笑しくて、同時に頬が熱くなった。
「はい、これで終了です。お疲れさまでした」
職員がカメラから取り外した金属板を操作すると、置かれた羊皮紙の表面に私の姿が浮かび上がった。水彩画のような質感だが、細部まで鮮やかだ。
「この写真は偽造や改ざんができません。これから複製して、夜には王都と各地のギルドに掲出されることになります。ですが元の原板は必ず王宮で保管されます」
婦長が説明を加える。つまり、証明写真のように「真正性」が保証されるのだ。複製は可能でも、偽物は作れない。そう理解して、私はひとつ頷いた。
「公開と同時に美琴さんにも“閲覧権”が付与されます。申請のあった男性候補者のプロフィールを確認したり、希望条件に合う方を探したりすることができます」
閲覧権。つまり、私も相手の個人情報を知れるということだ。こういうところも、日本の婚活アプリとか結婚相談所のシステムと同じだ。
撮影を終えたあとは、しばらく談話室で休憩した。
ソファに腰掛け、他の登録者がぽつりぽつりと出入りしていくのを眺める。ここにいる誰もが、これから結婚相手を選ぶ人々なのだと思うと、不思議な連帯感のようなものがあった。
やがて夕刻になり、食堂で夕食を済ませて部屋に戻る。窓の外には灯りが点りはじめ、王都の空が群青に染まっていく。
そこへ婦長が、羊皮紙の束を抱えて訪ねてきた。
「こちらが候補者の簡易プロフィールです。今夜から美琴さんにも閲覧権が付与されました」
机に置かれた束の数に驚く。数百枚を超える分厚さで、一枚一枚に写真と名前と年齢、職業や年収、希望条件などが整然と並んでいる。
「……こんなに」
思わず漏らすと、婦長が微笑む。
「登録者全体は千人単位です。ですが美琴さんの希望や条件に合わせて、取り急ぎ数百人に絞り込みました。まずはどんな候補者がいるのか、ご覧になるとよいでしょう」
私は一枚目をめくった。
⸻
「レオナルト 近衛兵団訓練所教官」
年齢三十二歳。規律と鍛錬を重んじ、誠実で協力的な家庭を望むとある。読んだ瞬間、頭に浮かんだ言葉は「実直」。嘘や甘えを許さず、厳しくも堅実な人のように思えた。
⸻
二枚目。
「シルヴィオ 王宮記録室書記官」
年齢は二十七歳。几帳面な字で、希望する生活が細やかに書かれている。情報整理が得意で、相手にも秩序を求めるらしい。「理路整然」。きっと落ち着いたやり取りができるだろう。
⸻
三枚目。
「アレッシオ 城下診療所医師」
年齢は二十六歳。安全と衛生を第一に、家族の健康を守りたいと綴っている。お相手にも無理のない生活を望むとある。「安全志向」。読んでいて肩の力が抜けるようだった。
⸻
四枚目。
「カミル 戸籍管理局官僚」
年齢は二十八歳。予定や記録を大切にし、家族にも整った生活を求める。見るからに真面目そうな印象だ。「几帳面」。窮屈かもしれないけれど、きっと安定感はある。
⸻
さらに目に入ったのは――
「吟遊詩人 フェリクス」
音楽で人を楽しませたいと語り、家庭には明るさを望んでいる。文面からして賑やかで、笑顔には人懐っこさが滲んでいる。
「狩人 イグナーツ」
「静かな暮らしを望む」とだけ簡潔に記されている。少ない言葉と表情に、無口で穏やかな人柄が見える気がした。
「ドナウ商会主 ラウル」
「信頼と契約を基盤にした家族を築きたい」と力強い文字。商人らしく、現実的な観点が際立っていた。
⸻
その後も、鍛冶職人や陶芸職人、薬剤師や庭園師、騎士見習いや傭兵、船乗りや仕立屋、料理人や牧場主など、さまざまな職業の名が続く。砂漠交易商なんて人もいて、砂漠があることを知ったり。水道技師がいるのを見て、上下水道が発達してることを知ったり。
膨大な数の紙束に目を通しながら、胸の奥がじわじわと熱くなる。
――彼らも、私と同じように真剣なのだ。
知らない名前と希望が並ぶ紙束。それは単なる資料ではなく、これから私が向き合う未来の断片だった。
「明日以降、候補者から面談の申請が届きます。数は多いでしょうが、事務局で調整されますから安心してください」
申請が届く。日本でいうアプローチメールのようなものだろうか。どれくらいの申請が届くことになるのかは判らないが、全員を一度に理解することはできないだろう。
だけど婦長の声は落ち着いていて、その冷静さに心が支えられるようだ。
私は深く息を吐き、窓の外を見た。群青の空に王都の灯が揺れて、まるで私を見守っているように感じられた。
――怖さもあるけれど、きっと向き合っていける。明日から、本当の意味での「出会い」が始まるのだ。
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