花嫁召喚 〜異世界で始まる一妻多夫の婚活記〜

文月・F・アキオ

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第二章 適性診断と公開準備

第5話「プロフィール作成」

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 朝の光が差し込む窓辺に腰掛けて、深呼吸をした。召喚されてから四日目。だいぶ、この世界の空気に慣れてきた。
 今日は「結婚希望者としてのプロフィール」を作る日だと告げられている。昨日までは診断や安全講習など、生活習慣の確認が中心だったけれど、本題に近づいてきたらしい。

 朝食後、職員に案内されて辿り着いたのは、いくつかある応接室のうちの一つだった。厚い扉を閉めると外の物音がほとんど聞こえなくなる。
 机の上には羊皮紙の束と、つややかな羽ペン、そして淡い青色のインク瓶が整然と並んで用意されている。

「美琴さん、どうぞこちらへ」

 婦長は椅子を引きながら、にこやかに手招きした。昨日までと同じ真面目な口調だけど、雰囲気は少し柔らかかった。

「本日はいよいよ、美琴さんの“プロフィール”を作成していただきます」

 椅子に腰を下ろすと、羊皮紙と羽ペンが目の前に差し出された。これで自分のプロフィールを書くらしい。婚活アプリでプロフィール入力するのとは勝手が違うけれど、流れや仕組み自体は似ていると思う。

「……自己紹介文、ということでしょうか?」
「ええ、そうです。婚活において一番大切なのは第一印象ですからね。ただし見た目だけではなく、“どういう暮らしを望んでいるか”“何を大事にしているか”を、きちんと形にして伝えることが肝心なんですよ。では、まずは氏名と年齢をお願いします」

 婦長が見本の紙を示してくれる。そこには名前や年齢、職業、家庭の希望などの欄が並んでいた。見た瞬間、私は小さく笑ってしまった。

「母国でも、こういうのを書いたことがあります。羊皮紙と羽ペン、という点を除けば、ほとんど同じですね」
「まあ、そうでしたか。それならば安心ですね」

 婦長が微笑み、私は頷く。懐かしい、というより「慣れている」。二十歳を過ぎてからずっと婚活をしてきたのだから、形式そのものには抵抗がない。ただ、今回は国も文化も全然違う。だから少し緊張してしまうのは仕方のないことだろう。
 ペン先をインクに浸し、まずは名前と年齢を書き込む。名前は桜井ではなく櫻井の方にした。つけ過ぎたのか、青いインクが滲んで少し書きづらい。
 私が書いているのは日本語なのに、カレン婦長の目にはこの国の言語に見えているようだった。つまり、私はいま魔法の力に操られて他言語を書いていることになる。翻訳魔法の力が翻訳の範疇を超えていることに驚く。

「次は職業欄です。こちらには現在の生業を書きます。女性の場合、家を守っている方が多いので『主婦』や『主人』と記すことが多いです。未婚の方は空欄、後継者の方は『地主』と書かれたりもしますね」
「なるほど。私は……前の世界では事務職でした。こちらではまだ仕事はしていませんが」
「では、そのまま『事務職経験あり』と記しておきましょう。きっと参考になりますよ」

 婦長がさらりとまとめてくれる。職歴を細かく書く必要はなく、今できることを示せばよいのだという。
 趣味の欄を書いたあと、特技の欄で止まってしまった。特技、と呼べるほど突出したものは、これといって無いように思う。

「特技、の欄はどうしましょう」
「えっと……料理は下手ではないですが、すごく得意というわけでも……」
「では“日常的な家事は一通りこなせる”と書きましょうか。謙遜しすぎるのも禁物ですよ」
「わかりました」
「続いて、家族について。基本は子供の有無を書きます。子供がいる場合は、子供の人数も明記します」
「子供はいません。それと、不妊体質なのも公表するつもりです」

 私は迷わず、「不妊体質である」と明記した。
 不妊を隠すつもりはない。むしろ最初から伝えておくべきだと思っている。これは日本にいた時からそうで、子供を産めるかどうかで判断されるなら、最初からご縁はないのだ。

「はい、承知しました。あらかじめ記しておけば、後々の誤解も防げます」

 婦長の声は穏やかだった。否定も驚きもなく、ただ事務的に受け止めてくれる。その態度がありがたい。

 項目を一つずつ埋めながら、私はこの国での結婚制度を少しずつ理解していった。複数婚が当たり前で、家族構成や希望する生活の形も、候補者同士で調整される。
 ――まさに、制度として形づくられた「契約の結婚」だ。

「最後に、希望や補足があれば自由欄に書いてください」

 自由欄。ペンを持ったまま、しばし考え込む。
 やがて私は、「穏やかに協力し合える家庭を望みます」と一文を綴った。率直な希望だ。
 婦長は完成した羊皮紙に目を通し、満足げに頷いた。

「美琴さんのプロフィールは、他の候補者と並べて掲示されます。とはいえ、ご安心を。閲覧できるのは登録者だけですし、登録者への通達記録は私たちが管理します」
「……いよいよ、ですね」

 思わず口に出してしまった言葉に、自分でもハッとした。
 まるでお見合いを楽しみにしているみたいだ。そんなつもりはない。けれど、確かに心の奥に「もう後戻りはできないのだ」という実感が芽生えたのも事実だった。

「そうですね。次はいよいよ候補者の紹介に移ります。ただし焦らなくても大丈夫。まずは見て、話して、判断していけばいいのです」

 婦長の声はいつも通り落ち着いている。その落ち着きが、ありがたい。羊皮紙を丁寧に重ねて片づけながら、婦長はふと笑みを含ませて言った。

「市場通りには若い商人もいますよ。ああいう方々は、外から来た方との結婚に前向きなことが多いのです」
「商人……ですか」
「ええ。例え話ですけれどね。候補者にはいろいろな立場の方がいます。ですから、美琴さんもきっと、自分に合う人を見つけられるでしょう」

 その言葉に、胸が少しだけ軽くなるのを感じた。
 見知らぬ世界で、見知らぬ人と出会う。怖さと同時に、少しの期待が混じっている。
 私は深く息を吐き、インクで青く染まった指先をそっと拭った。

 ――結婚への第一歩は、こうして踏み出されたのだった。

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