花嫁召喚 〜異世界で始まる一妻多夫の婚活記〜

文月・F・アキオ

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第二章 適性診断と公開準備

第4話「診断の日」

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 朝の鐘が鳴り、私は目を覚ました。石造りの壁はまだひんやりしていて、寝起きの身体に触れる空気も日本の春先の朝に似て少し肌寒い。だけど窓から射し込む光はすでに力強かった。日本より少し乾いた空気のせいか、だいぶ喉が渇いている。
 どうやらこの国は、朝晩は肌寒いのに昼は陽射しが強いらしい。少なくとも今の季節はそういう気候なのだろう。そんなことに、ようやく気付いた。昨日までは心が張り詰めていて、日本とは異なる気候に目を向ける余裕さえなかったのだ。

 身支度を整え、食堂へ向かうことにする。
 廊下には黒衣の男性が立っていた。背筋を伸ばし、壁の飾りのように動かない。監視役なのか、ただの警備なのか。どちらにせよ、冷淡な視線だと思う。けれど、私は小さく会釈した。

「おはようございます」

 彼は表情を変えず、ほんのわずかに顎を引いて頷いた。それ以上は何もなく、私は歩を進めた。

 食堂の扉を開けると、香ばしい匂いに包まれた。既に他の女性たちは席に着いていて、奥の出入り口からパンやスープが運ばれて、席に着いた人の前へと置かれていった。どうやら待っていれば配膳されるらしい。
 私は空いている端の席に腰を下ろし、配膳されるのを待った。
 固めのパンをちぎると湯気が立ちのぼり、雑穀の風味が広がった。こうして皆で食事をとるのは三度目だが、まだ雰囲気に馴染めない。小声で会話する者、黙々と口に運ぶ者、それぞれに距離感があり、どこかぎこちないように思う。

「新しく来た人よね? 今日、診断を受けるんでしょう?」

 隣に座っていた女性が尋ねてきた。年の頃は私と同じか、少し下か。どうやら私の予定を気にしているらしい。
 私は曖昧に頷きながら、内心では不思議に思っていた。彼女はどことなく楽しそうに見えたから。
 彼女のように、すでにお見合い活動へ進んでいる人たちも、入館した時にきっと一度は同じ診断を受けているのだろう。
 楽しかったのだろうか。それとも今を楽しんでいるのだろうか。分からないけれど、それを口にするのは控えた。

 食事を終えて部屋に戻ると、カレン婦長が現れて呼ばれる。
 案内された医務室は、白い布で仕切られた簡素な空間だった。机が整然と並び、窓辺には大小さまざまな器具が置かれている。
 中で待っていたのは、年配の医師だった。髪が白くて、柔和な笑みを浮かべている。

「桜井美琴さんですね。まずは健康診断を行います」

 体温や脈拍を測り、聴診器で胸の音を確かめる。視力や聴力の確認もあった。どこもかしこも日本の健康診断と似ていて、異世界に来たことを忘れそうになる。
 最後に、医師は記録簿を見ながら言った。

「ご自身で申告されている不妊体質について、改めて確認させてください」
「はい。医師からは、子供を持つのは難しいと言われていました。受精はできても着床が続かず、流産しやすい体質だと」

 それは、事実と虚偽を混ぜ合わせた言葉だった。私の身体は完全に妊娠不可能なわけではない。ホルモンの働きが弱く、そのままでは着床を維持するのが難しいだけ。薬を使えばかなりの確立で妊娠できるし、その薬は手荷物の中にちゃんと入っている。月経困難性を改善する薬でもあったから。
 けれど、それを正直に言う義理があるだろうか。見ず知らずの土地で、強制的に結婚を迫られるこの状況で、子作りまで強要されたくはない。私は自分の秘密を守るため、淡々とそう告げた。

 医師は短く頷いただけで、特に問いただすことはなかった。「現状では妊娠が成立しづらいと記録しておきます」と言い、さらさらと書き留める。心拍数がわずかに速くなったが、それは罪悪感からではなかった。むしろ「うまく切り抜けられた」という安堵と、この国の召喚制度そのものへの強い不信感が胸を満たしていた。

 次に行われたのは適性診断だった。羊皮紙と羽ペンを手渡され、いくつもの質問に答えていく。
 ──家事を分担するとしたら、どのように分けますか。
 ──相手が疲れているとき、あなたはどう接しますか。
 ──意見の食い違いが起きたとき、どうやって解決を試みますか。
 ──沈黙が続く場で、あなたはどう感じますか。
 どれも、人柄や価値観を探るためのものだった。私は正直に、けれども無難になるように記入していった。

 午後からの実地試験では、盤上で駒を使った「生活動線」の組み立てが出された。
 こういう場面でどのように動くかとか、台所や寝室や水場などをどう配置し、どのように使うかとか。簡易的なシミュレーションのようなものだった。
 頭を使う課題で、私は少しほっとした。こういう地味な作業なら慣れている。事務職の経験が無駄にならない気がした。

 最後は心理テスト。静かな部屋に一人で座らされ、一定の間を置いて質問が投げかけられる。答えに窮するほどの意地悪な内容ではなく、むしろ沈黙そのものに耐えられるかどうかを測っているかのようだった。
 私は黙って呼吸を整え、心を落ち着かせた。日本での日々、孤独や焦りに耐えた経験が、役立っているような気がして苦笑した。

 全てが終わると、カレン婦長に伴われて安全講習へ移った。

「館外へ出るときは必ず護衛を同行させること。勝手な行動は認められません」

 婦長の声は厳しく響いた。

「指定された範囲外に立ち入らないこと。万一離脱した場合、あなた自身の安全は保証できません」

 淡々とした口調なのに、どの言葉にも重みがあった。
 逃げ出そうとした人でもいたのだろうか。召喚されてきた過去の誰かの内心を思い浮かべて、私は同情した。その人はその後どんな目に合ったのだろう。危険な目に合ったのだろうか。

 護衛が前を歩くとき、後ろを歩くとき、それぞれの立ち位置や距離感まで細かく説明される。会食の礼法についても触れられたが、それはおまけのようなものだった。安全を守ることが第一であり、そのために従うべき「最低限のルール」がある。

 ──この国は、やはり恐ろしい。

 そう思いながら、私は規則を一つ一つ頭に叩き込んでいった。

 夕暮れの鐘が鳴る頃、私はようやく自室へ戻った。窓の外に広がる赤い空を見つめながら、今日の出来事を振り返る。診断に答えた自分の言葉、隠し通した秘密、そして胸に残る緊張感。
 安心とは程遠い一日だったけれど、それでも私は少しだけ、自分の足場を得たような気がした。

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