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第一章 異世界召喚と婚姻制度
第3話「お見合い館」
しおりを挟む昼食を知らせる鐘が鳴り、迎えに来てくれた館の職員に案内されて着いたのは一階の広い食堂だった。
大きな窓から陽光が差し込み、長い木のテーブルがいくつも並んでいる。すでに五人の候補者らしき女性たちが座っていて、こちらをちらりと見た。この国の出身で「花嫁候補」としてお見合い制度に参加している人達。中にはドレスを着た人もいて、身分の高い人なのだろうなと予想する。
運ばれてきたのは、素朴で香ばしい黒パンと、煮込んだ野菜のスープ、白身魚を焼いた料理だった。香草の香りが少し強いけれど、口に含むと意外に食べやすい。塩味も程よくて、日本で慣れた献立とは違うのに、体が自然に受け入れていくのが不思議だった。
食べながら、つい周囲の視線を意識してしまう。だけど誰も直接話しかけてはこない。ただ、同じ机の端に座った年上らしき女性が、軽く会釈してくれた。私も思わず頭を下げる。言葉を交わさなくても、同じ境遇であることを感じて、少しだけ安心する。
この国出身の人も普通に利用している制度なら、お見合い制度自体は理不尽だったり、危険なものではないのだろう。それが実感できたことは、この国への疑心や不快感を少なからず薄まらせた。
食事のあと、館の職員が「これから館内をご案内します」と声をかけてきた。
背後にはずっと黒衣の男がついてくる。館の職員とは違う服装の彼は、私と目を合わせることはなく、ただ一定の距離を保ち続けて側にいた。護衛にしては視線が冷ややかで、まるで「監視」されているような気配を強く感じる。けれど、私にはその人が誰なのか、なんの役割を担った人なのか、尋ねる勇気がなかった。
まず案内されたのは応接室。ここでお見合いや職員との相談が行われるらしい。
次に医務室。明日の健康診断や、体調不良のときにはここに来ることになると説明を受ける。白い布がかけられた寝台が並び、薬草を煮出したような匂いが漂っていた。
さらに撮影室。婚姻候補としての記録を残すために写真を撮るのだそうだ。木製のカメラらしき装置が置かれていて、仕組みが現代と似ているように見えることに驚いた。
談話室は、候補者同士が自由に交流できる部屋。大きな炉があり、椅子や卓が円を描くように並んでいる。まだ昼過ぎだからか、そこには誰もいなかった。
最後に図書室。分厚い革表紙の本がずらりと並んでいる。翻訳魔法が効いてるため、私には日本語に見える。この魔法のおかげで三か月は読み書き会話に困らないと王宮で説明された。そのあと用に会話だけ翻訳する魔術具のペンダントも渡されている。
棚から一冊を手に取った歴史書には、この国の王家の紋章が描かれていた。知らない世界の基礎知識をここで吸収できるかもしれない。
館内案内の次は、婦長との面談だった。
案内された部屋の中央で、カレン婦長と向き合う。移動中は淡々とした人に思えたが、こうして対面するとその眼差しの鋭さに背筋が伸びる。
机の上に置かれた進行表には、びっしりと予定が書き込まれていた。明日の午前は健康診断と適性診断。その後、順調なら三か月以内にお見合い相手と婚姻手続きへ進むらしい。
「ここでの生活は規則に従って進みます。困ったことがあれば私に相談してください」
「……あの、ひとつ聞いてもいいですか」
思わず口に出していた。
ずっと胸の奥に引っかかっていたことを、この機会に伝えなければならない気がした。
「私、体質のせいで子どもを持つのが難しいんです。それでも、この制度の中で結婚して大丈夫なんでしょうか?」
一瞬、婦長の目が細められる。冷たい視線かと思ったが、すぐに柔らかい色に変わった。
「……大丈夫です。制度は、候補者自身の選択を守るためにあります。結婚の理由が子であれ、それ以外であれ、強要はいたしません」
静かな声だったけれど、その言葉には重みがあった。
ずっと張りつめていた胸の奥が、ようやく少しだけ解けたように感じる。これ以上、なにかを強要されるのは嫌だった。
面談を終え、夕刻になると再び食堂に集められた。夕食は、香ばしく焼いた鶏肉と芋の蒸したもの、濃厚なシチュー。昼よりも少し豪華で、周囲の候補者たちも笑顔を見せていた。隣に座った少女が「このシチュー、美味しいですね」と小声で話しかけてきた。年齢は十代だろうか。緊張しているのが伝わってきて、思わず「うん」と笑顔で返す。ほんの短いやりとりだったが、それだけで心が和らぐ。
食後、与えられた私室に戻る。
石造りの壁は昼の熱を抱き込み、木床と織物がほのかに温もりを伝えてくれる。日本のアパートの冷たいコンクリートとはまるで違う。灯りを落とすと、まるで別の世界に飲み込まれたようだった。
(……ここで、しばらく暮らすんだ)
寝台に腰を下ろし、深く息をつく。
廊下の端には、黒衣の監視役が控えているのだろう。自由ではない。けれど、選択はまだ自分の手に残されている。
そう思いながら、私は目を閉じた。
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