「薬草まみれの地味な女」と婚約破棄された宮廷薬師ですが、辺境でのんびり暮らしていたら元婚約者が全てを失っていました  

メトト

文字の大きさ
8 / 9

第八話 傾く侯爵家

しおりを挟む


 王都ヴァレンシュタイン侯爵邸。

 レオンは執務室で、青ざめた顔をしていた。

 机の上には未払いの請求書が山と積まれている。ドレス代、宝飾品代、家具代、夜会の費用。その大半がリゼットによるものだった。

「こんな額になっていたのか……」

 この二ヶ月で、リゼットが使った金額は侯爵家の年間交際費の半分に達していた。レオン自身も浪費家だったが、リゼットの規模はその比ではない。

 さらに悪いことに、宮廷からの圧力が日増しに強まっていた。

 王妃の処方薬の問題は未だ解決しておらず、侍医長は「ヴァレンシュタイン家が責任を持って代替の薬師を手配すべき」と公言している。宮廷での侯爵家の立場は、目に見えて悪化していた。

「レオン」

 父アルバートが執務室に入ってきた。その顔には、深い疲労と怒りが刻まれている。

「宮廷から正式な通達が来た。来月の王室主催の晩餐会から、我が家は招待者名簿を外された」

「そんな……!」

「王妃殿下のご不興を買ったのだ。当然の結果だ」

 アルバートはレオンを鋭い目で見据えた。

「お前があの娘を切ったことで、我が家は宮廷薬師団との関係を失い、王妃殿下の信頼を損ねた。その上、新しい婚約者は我が家の財産を湯水のように使い込んでいる。お前は侯爵家を潰す気か」

「リゼットは悪くありません。彼女にふさわしい暮らしを——」

「ふさわしい暮らし?」アルバートの声が低くなった。「クレメント家のエルザ嬢は、七年間の婚約期間中、我が家に金銭的負担をかけたことが一度でもあったか?」

 レオンは言葉に詰まった。

 エルザは質素だった。高価な贈り物を求めることもなく、夜会のドレスは数着を着回し、宝飾品にも興味を示さなかった。それをレオンは「華がない」と嗤っていた。

 しかし今になって思えば、あの質素さがどれほど侯爵家の家計を助けていたか。

「……考えてみれば、エルザは」

「遅い。全て遅い」アルバートは背を向けた。「来月までにリゼット嬢との関係を整理しろ。さもなくば、嫡男の地位を弟に譲ることも検討する」

* * *

 その夜、レオンはリゼットに控えめに切り出した。

「リゼット、少し出費を抑えてほしいんだ。父が——」

「あら。私に不自由させるおつもり?」

 リゼットの目が冷たく光った。普段の甘えた声ではない。

「侯爵家の財政が厳しいなんて、外聞が悪いですわ。私がみすぼらしい格好で夜会に出たら、あなたの評判にも傷がつくのではなくて?」

「それは……」

「ねえレオン様。あなたが前の婚約者を捨ててまで選んでくださったんですもの。それに見合う扱いをしてくださらないと、困りますわ」

 その言葉に、レオンは反論できなかった。

 リゼットが部屋を出た後、レオンは一人、暗い部屋で考え込んだ。

 エルザのことが頭をよぎった。あの静かな瞳。「承知いたしました」と言って背を向けた、凪いだ横顔。

 あの時、エルザは泣かなかった。

 悲しくなかったのか? それとも、とうに見切りをつけていたのか?

 レオンは初めて、不安を覚えた。

 自分は、取り返しのつかないことをしたのではないか、と。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

だから何ですの? 〜王家の系譜に「愛」など不要です〜

柴田はつみ
恋愛
貴方の系譜、ここで断絶させてもよろしくて? 〜初夜に愛を否定された公爵令嬢、国庫と軍事と血統を掌握して無能な夫を過去にする〜 薔薇の花びらが散らされた初夜の寝室で、アルフォンスはあまりに卑俗で、あまりに使い古された台詞を吐く。 「私は君を愛することはない。私の心には、リリアーヌという真実の光があるのだ」 並の女なら、ここで真珠のような涙をこぼし、夫の情けを乞うだろう。 しかし、ミレーヌの脳裏をよぎったのは、絶望ではなく、深い「退屈」だった。 「……だから何ですの? 殿下」

「10歳の頃の想いなど熱病と同じ」と婚約者は言いました──さようなら【完結保証】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王太子フリードリヒの婚約者として、幼い頃から王妃教育を受けてきたアメリア・エレファウント公爵令嬢。 誰もが羨む未来を約束された彼女の世界は、ある日突然1人の少女の登場によって揺らぎ始める。 無邪気な笑顔で距離を(意図的に)間違える編入生ベルティーユは、男爵の庶子で平民出身。 ベルティーユに出会ってから、悪い方へ変わっていくフリードリヒ。 「ベルが可哀想だろ」「たかがダンスくらい」と話が通じない。 アメリアの積み上げてきた7年の努力と誇りが崩れていく。 そしてフリードリヒを見限り、婚約解消を口にするが話は進まず、学園の卒業パーティーで断罪されてしまう……?! ⚠️ 本作は AI の生成した文章を一部に使っています

愛の損益分岐点を超えたので、無能な夫に献身料を一括請求して離縁します。

しょくぱん
恋愛
「君は強いから一人で生きていける」結婚記念日、公爵夫人のアデライドは夫から愛人を同伴した席で離縁を言い渡された。だが夫は知らない。公爵家の潤沢な資金も、王家とのコネクションも、すべては前世で経営コンサルだった彼女の「私産」であることを。「愛の損益分岐点を下回りました。投資を引き揚げます」――冷徹に帳簿を閉じた彼女が去った後、公爵家は一晩で破滅へと転落する。

1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。

尾道小町
恋愛
登場人物紹介 ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢  17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。 ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。 シェーン・ロングベルク公爵 25歳 結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。 ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳 優秀でシェーンに、こき使われている。 コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳 ヴィヴィアンの幼馴染み。 アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳 シェーンの元婚約者。 ルーク・ダルシュール侯爵25歳 嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。 ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。 ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。 この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。 ジュリエット・スチール公爵令嬢18歳 ロミオ王太子殿下の婚約者。 ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳 私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。 一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。 正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

私の妹と結婚するから婚約破棄する? 私、弟しかいませんけど…

京月
恋愛
 私の婚約者は婚約記念日に突然告白した。 「俺、君の妹のルーと結婚したい。だから婚約破棄してくれ」 「…わかった、婚約破棄するわ。だけどこれだけは言わせて……私、弟しかいないよ」 「え?」

始まりはよくある婚約破棄のように

喜楽直人
恋愛
「ミリア・ファネス公爵令嬢! 婚約者として10年も長きに渡り傍にいたが、もう我慢ならない! 父上に何度も相談した。母上からも考え直せと言われた。しかし、僕はもう決めたんだ。ミリア、キミとの婚約は今日で終わりだ!」 学園の卒業パーティで、第二王子がその婚約者の名前を呼んで叫び、周囲は固唾を呑んでその成り行きを見守った。 ポンコツ王子から一方的な溺愛を受ける真面目令嬢が涙目になりながらも立ち向い、けれども少しずつ絆されていくお話。 第一章「婚約者編」 第二章「お見合い編(過去)」 第三章「結婚編」 第四章「出産・育児編」 第五章「ミリアの知らないオレファンの過去編」連載開始

捨てた私をもう一度拾うおつもりですか?

ミィタソ
恋愛
「みんな聞いてくれ! 今日をもって、エルザ・ローグアシュタルとの婚約を破棄する! そして、その妹——アイリス・ローグアシュタルと正式に婚約することを決めた! 今日という祝いの日に、みんなに伝えることができ、嬉しく思う……」 ローグアシュタル公爵家の長女――エルザは、マクーン・ザルカンド王子の誕生日記念パーティーで婚約破棄を言い渡される。 それどころか、王子の横には舌を出して笑うエルザの妹――アイリスの姿が。 傷心を癒すため、父親の勧めで隣国へ行くのだが……

処理中です...