「薬草まみれの地味な女」と婚約破棄された宮廷薬師ですが、辺境でのんびり暮らしていたら元婚約者が全てを失っていました  

メトト

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第九話 薬師顧問

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 ヴェルデンに来て二ヶ月が過ぎた。

 流行病を収束させたエルザの評判は、近隣の村や町にまで広がっていた。隣街からわざわざエルザの薬を求めて来る者も現れ、薬屋「月光草」は連日賑わっていた。

 ある日の夕方、ノエルが改まった表情で薬屋を訪ねてきた。

「エルザさん。お伝えしたいことがあります」

「どうしたんですか、そんなかしこまって」

「辺境伯家として、正式にあなたに領地薬師顧問の称号を授与したいと考えています」

 エルザは驚いて目を丸くした。

「薬師顧問は、領地の医薬行政に関する助言を行う役職です。報酬も出ますし、必要な薬草の採取権も公式に保証されます。兄にも了承を取りました」

「ノエルさん、それは光栄ですが……私はただの一薬師で」

「ただの一薬師が、流行病から街を救ったんです」

 ノエルの声はいつもより力強かった。

「エルザさん。あなたがこの街に来てくれてから、領民の暮らしは確実に良くなりました。マルタばあさんの咳は完治し、ミラは毎日元気に走り回り、南地区の農家は安心して畑に出られるようになった。それは全てあなたのおかげです」

「ノエルさん……」

「どうか、受けてください」

 エルザは少し黙った後、微笑んだ。

「ありがとうございます。謹んでお受けします」

 ノエルの顔に、安堵と喜びが広がった。その笑顔を見ていると、エルザの胸にも温かいものが満ちてくる。

* * *

 薬師顧問の任命式は、辺境伯邸の小さな広間で行われた。

 領民の代表が列席する中、ノエルからエルザに任命書が手渡された。形式的な儀式だったが、列席した領民たちの拍手は温かく、エルザの目頭を熱くさせた。

 式の後、ノエルが母の薬草園に案内してくれた。

 辺境伯邸の裏手にある薬草園は、以前ノエルが言った通り少し荒れていたが、基本的な配置は見事だった。

「お母様は薬草園の設計もお上手だったんですね。日当たりと水はけを考慮した配置で、種類ごとの相性も考えられている」

「母は独学でしたが、植物への愛情は誰にも負けなかったと思います」

 二人で雑草を抜き、枝を整えながら薬草園を歩いた。夕暮れの金色の光が、薬草の葉を透かして輝いている。

「ノエルさん」

「はい」

「少し、個人的なことを聞いてもいいですか」

「何でしょう」

「ノエルさんは、どうしていつもそんなに優しいんですか」

 ノエルは手を止めた。

「優しい……ですか?」

「私が来た初日から、ずっと支えてくれていますよね。薬屋の準備も、薬草採取も、流行病の時も。領主代行の務めと言えばそれまでですが、それだけとは思えなくて」

 ノエルはしばらく黙っていた。夕風が薬草の香りを運んでくる。

「……正直に言えば、最初は領地のためでした。薬師が来てくれるのは、領民にとって大きな助けになる。だから全力で支援しようと」

「最初は?」

 ノエルがエルザを見た。その琥珀色の瞳に、夕陽が映り込んでいる。

「今は……少し、違います」

 それだけ言って、ノエルは視線を逸らした。耳の先が赤い。

 エルザの心臓が、大きく鳴った。

 その先を聞きたい気持ちと、聞くのが怖い気持ちが交差する。

 七年間の婚約生活で傷ついた心が、新しい感情に踏み出すことを躊躇している。もし、また裏切られたら。もし、また利用されるだけだったら。

 でも——この人は、レオンとは違う。

 エルザにはその確信があった。言葉ではなく、この二ヶ月間の行動で示してくれた誠実さが、それを証明している。

「私も……少し、同じ気持ちかもしれません」

 エルザは自分でも驚くほど自然にそう言えた。

 ノエルが目を丸くした。

「えっ」

「えっ、じゃありません」

 二人は顔を見合わせて、同時に笑った。

 薬草園に、穏やかな笑い声が広がった。それは新しい季節の始まりを告げる、柔らかな響きだった。
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