153 / 222
本編
152.噂の上に噂を重ねる
しおりを挟む
皇族たるもの、注目されるのは当たり前だわ。微笑みを浮かべて、堂々と広間の中央へ向かった。孫娘と談笑するライフアイゼン公爵が、優雅に一礼する。会釈で応じて、少し先のテーブルへ向かった。カナッペなど見た目の美しい軽食が並ぶ。
夜会でがっつくのははしたないとされるが、軽く摘まむ程度は構わない。アデリナは料理の山に目をやり「もったいない」と呟いた。残すと思っているのね? 半分は当たりで、半分は外れね。
「アデリナ、気になる食べ物はあるかしら?」
「トリアは何を食べるのだ?」
「これは好きよ」
ブラックペッパーの入ったクリームチーズとサーモンを載せたカナッペを示す。すぐに侍従が皿に載せた。他にも魚卵を使った一口サイズの料理と、蒸し焼きにした牛のローストを選んだ。サラダも載せて、彩りを整えた皿はクラウスが受け取る。
アデリナも同じ内容の皿を用意させ、嬉しそうに手にした。フォルト兄様は欲望に素直だった。
「その肉を山盛り……もっとたくさんだ」
取り分けの小皿では満足できず、隣のやや大きな皿に積ませた。サラダは別添えで、やっぱり大盛りにされる。落とさないよう注意しながら侍従が両手で運ぶ様子から、肉の重量は相当だろう。苦笑して、近くの休憩スペースに腰を下ろした。
「アデリナ、これを食え。うまいぞ」
お人形である私と同じ物を食べたいアデリナだったが、目の前に出された肉に釣られたらしい。ぱくりと口に入れた。濃厚なソースが唇に残り、ぺろりと舐めて目を見開く。
「うまいな」
「だろ? 折角だからたくさん食べろ、ほら」
これって、フォルト兄様流の求婚なのかしらね。餌付けする勢いで、料理を口に運ぶ。その間にも、侍従に指示して鶏肉のソテーやスコーンを運ばせた。すでに軽食の域を越えている。二人の食べる勢いに、ふふっと笑みが漏れた。
「美味しい? アデリナ」
「ん、ああ! すごい美味い」
幸せそうに頷くアデリナは、意外なほどカトラリーの扱いが上手だった。何でも、ガブリエラ様に憧れてから練習したとか。同じ集落に詳しい者がおらず、馬に乗って隣の隣の集落まで習いに行った。得意げに話す彼女を褒めておいた。憧れだけで、そこまで情熱を傾けるのは素直に称賛に値する。
ご機嫌で食べ続ける二人だったが、アデリナが呟いた。
「この料理も冷めたら捨てるのか?」
「いいえ。温め直して使用人が頂くわ。それでも余るので、孤児院などへ寄付するの」
他国は知らないが、リヒター帝国では法で定められている。夜会を催した際に料理を提供するならば、必ず使い切ること。残った料理は使用人や領民で分け合うこと。領地ならば領民を呼んで持ち帰らせるが、首都ではそうもいかない。
領民という括りを取り払って、孤児院や教会の施設に寄付するのが習わしだった。恵まれない生活を送る人々は、早朝、教会へ施しを求めにくる。その際に渡すのだと説明したところ、アデリナの表情が明るくなった。慈愛や気遣いの感覚は、あとから身に付かない。
「そうか、我が国から輸出された肉が粗末にされるのかと心配になった」
「そんなことをしたら、神々に嫌われてしまうわ」
イエンチュ王国は部族が自由に生きているように見えるが、信仰する神々は同じだ。放牧や酪農を庇護する神も存在していた。風と狩猟を愛する神の名を口にして、アデリナが小さく祈りを捧げる。
白ワインを傾けながら、クラウスとカナッペを口にした。周囲の声は大きく、紳士淑女の集まりとは思えない雑言も飛び交う。口元に微笑みを湛えたまま、クラウスはそのたびに視線を向けた。相手を特定しているようね。
皇族を軽んじる帝国貴族の洗い出しも順調だし、ここで一つ……婚約式へ向けて噂を立てて上げましょう。白ワインのグラスをテーブルへ置き、手招きした。
「クラウス」
「はい、トリア様……っ!」
愛称で答えた彼の首に腕を回し、唇を重ねる。かちゃんと甲高い音がした。視線を向けることなく、私は角度を変えて貪る。固まったクラウスも、途中から背に腕を回してきた。時間をかけて離れ、濡れた唇を舐める舌は、見せつけるように動く。
「悪い方ですね。見せつけるおつもりですか?」
「そうよ、あなたは私のものだから」
これで、今日の夜会の噂も話題も……私達二人が独占ね。
夜会でがっつくのははしたないとされるが、軽く摘まむ程度は構わない。アデリナは料理の山に目をやり「もったいない」と呟いた。残すと思っているのね? 半分は当たりで、半分は外れね。
「アデリナ、気になる食べ物はあるかしら?」
「トリアは何を食べるのだ?」
「これは好きよ」
ブラックペッパーの入ったクリームチーズとサーモンを載せたカナッペを示す。すぐに侍従が皿に載せた。他にも魚卵を使った一口サイズの料理と、蒸し焼きにした牛のローストを選んだ。サラダも載せて、彩りを整えた皿はクラウスが受け取る。
アデリナも同じ内容の皿を用意させ、嬉しそうに手にした。フォルト兄様は欲望に素直だった。
「その肉を山盛り……もっとたくさんだ」
取り分けの小皿では満足できず、隣のやや大きな皿に積ませた。サラダは別添えで、やっぱり大盛りにされる。落とさないよう注意しながら侍従が両手で運ぶ様子から、肉の重量は相当だろう。苦笑して、近くの休憩スペースに腰を下ろした。
「アデリナ、これを食え。うまいぞ」
お人形である私と同じ物を食べたいアデリナだったが、目の前に出された肉に釣られたらしい。ぱくりと口に入れた。濃厚なソースが唇に残り、ぺろりと舐めて目を見開く。
「うまいな」
「だろ? 折角だからたくさん食べろ、ほら」
これって、フォルト兄様流の求婚なのかしらね。餌付けする勢いで、料理を口に運ぶ。その間にも、侍従に指示して鶏肉のソテーやスコーンを運ばせた。すでに軽食の域を越えている。二人の食べる勢いに、ふふっと笑みが漏れた。
「美味しい? アデリナ」
「ん、ああ! すごい美味い」
幸せそうに頷くアデリナは、意外なほどカトラリーの扱いが上手だった。何でも、ガブリエラ様に憧れてから練習したとか。同じ集落に詳しい者がおらず、馬に乗って隣の隣の集落まで習いに行った。得意げに話す彼女を褒めておいた。憧れだけで、そこまで情熱を傾けるのは素直に称賛に値する。
ご機嫌で食べ続ける二人だったが、アデリナが呟いた。
「この料理も冷めたら捨てるのか?」
「いいえ。温め直して使用人が頂くわ。それでも余るので、孤児院などへ寄付するの」
他国は知らないが、リヒター帝国では法で定められている。夜会を催した際に料理を提供するならば、必ず使い切ること。残った料理は使用人や領民で分け合うこと。領地ならば領民を呼んで持ち帰らせるが、首都ではそうもいかない。
領民という括りを取り払って、孤児院や教会の施設に寄付するのが習わしだった。恵まれない生活を送る人々は、早朝、教会へ施しを求めにくる。その際に渡すのだと説明したところ、アデリナの表情が明るくなった。慈愛や気遣いの感覚は、あとから身に付かない。
「そうか、我が国から輸出された肉が粗末にされるのかと心配になった」
「そんなことをしたら、神々に嫌われてしまうわ」
イエンチュ王国は部族が自由に生きているように見えるが、信仰する神々は同じだ。放牧や酪農を庇護する神も存在していた。風と狩猟を愛する神の名を口にして、アデリナが小さく祈りを捧げる。
白ワインを傾けながら、クラウスとカナッペを口にした。周囲の声は大きく、紳士淑女の集まりとは思えない雑言も飛び交う。口元に微笑みを湛えたまま、クラウスはそのたびに視線を向けた。相手を特定しているようね。
皇族を軽んじる帝国貴族の洗い出しも順調だし、ここで一つ……婚約式へ向けて噂を立てて上げましょう。白ワインのグラスをテーブルへ置き、手招きした。
「クラウス」
「はい、トリア様……っ!」
愛称で答えた彼の首に腕を回し、唇を重ねる。かちゃんと甲高い音がした。視線を向けることなく、私は角度を変えて貪る。固まったクラウスも、途中から背に腕を回してきた。時間をかけて離れ、濡れた唇を舐める舌は、見せつけるように動く。
「悪い方ですね。見せつけるおつもりですか?」
「そうよ、あなたは私のものだから」
これで、今日の夜会の噂も話題も……私達二人が独占ね。
736
あなたにおすすめの小説
夫が運命の番と出会いました
重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。
だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。
しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?
白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』
鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」
華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。
王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。
そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。
レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。
「お願いだ……戻ってきてくれ……」
王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。
「もう遅いわ」
愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。
裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。
これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。
『悪役令嬢は、二度目の人生で無言を貫く。~処刑回避のために黙っていただけなのに、なぜか冷徹宰相様から「君こそ運命の人だ」と溺愛さています~』
放浪人
恋愛
「もう、余計なことは喋りません(処刑されたくないので!)」
王太子の婚約者エリスは、無実の罪を着せられた際、必死に弁解しようと叫び散らした結果「見苦しい」と断罪され、処刑されてしまった。 死に戻った彼女は悟る。「口は災いの元。二度目の人生は、何があっても口を閉ざして生き延びよう」と。
しかし、断罪の場で恐怖のあまり沈黙を貫いた結果、その姿は「弁解せず耐え忍ぶ高潔な令嬢」として称賛されてしまう。 さらに、人間嫌いの冷徹宰相クラウスに「私の静寂を理解する唯一の女性」と盛大な勘違いをされ、求婚されてしまい……!?
「君の沈黙は、愛の肯定だね?」(違います、怖くて固まっているだけです!) 「この国の危機を、一目で見抜くとは」(ただ臭かったから鼻を押さえただけです!)
怯えて黙っているだけの元悪役令嬢と、彼女の沈黙を「深遠な知性」と解釈して溺愛する最強宰相。 転生ヒロインの妨害も、隣国の陰謀も、全て「無言」で解決(?)していく、すれ違いロマンティック・コメディ! 最後はちゃんと言葉で愛を伝えて、最高のハッピーエンドを迎えます。
婚約破棄されたので公爵令嬢やめます〜私を見下した殿下と元婚約者が膝をつく頃、愛を囁くのは冷酷公爵でした〜
nacat
恋愛
婚約者に裏切られ、蔑まれ、全てを失った公爵令嬢リリアナ。
「あなたのような女、誰が愛すると?」そう言い放った王太子と元友人に嘲られても、彼女は涙を見せなかった。
だが、冷たく美しい隣国の公爵セドリックと出会った瞬間、運命は静かに動き出す。
冷酷と噂された男の腕のなかで、彼女は再び自分を取り戻していく。
そして――彼女を捨てた者たちは、彼女の眩い幸福の前に膝をつく。
「これは、ざまぁを通り越して愛された令嬢の物語。」
手放してみたら、けっこう平気でした。
朝山みどり
恋愛
エリザ・シスレーは伯爵家の後継として、勉強、父の手伝いと努力していた。父の親戚の婚約者との仲も良好で、結婚する日を楽しみしていた。
そんなある日、父が急死してしまう。エリザは学院をやめて、領主の仕事に専念した。
だが、領主として努力するエリザを家族は理解してくれない。彼女は家族のなかで孤立していく。
地味で器量の悪い公爵令嬢は政略結婚を拒んでいたのだが
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
心優しいエヴァンズ公爵家の長女アマーリエは自ら王太子との婚約を辞退した。幼馴染でもある王太子の「ブスの癖に図々しく何時までも婚約者の座にいるんじゃない、絶世の美女である妹に婚約者の座を譲れ」という雄弁な視線に耐えられなかったのだ。それにアマーリエにも自覚があった。自分が社交界で悪口陰口を言われるほどブスであることを。だから王太子との婚約を辞退してからは、壁の花に徹していた。エヴァンズ公爵家てもつながりが欲しい貴族家からの政略結婚の申し込みも断り続けていた。このまま静かに領地に籠って暮らしていこうと思っていた。それなのに、常勝無敗、騎士の中の騎士と称えられる王弟で大将軍でもあるアラステアから結婚を申し込まれたのだ。
あの子を好きな旦那様
はるきりょう
恋愛
「クレアが好きなんだ」
目の前の男がそう言うのをただ、黙って聞いていた。目の奥に、熱い何かがあるようで、真剣な想いであることはすぐにわかった。きっと、嬉しかったはずだ。その名前が、自分の名前だったら。そう思いながらローラ・グレイは小さく頷く。
※小説家になろうサイト様に掲載してあります。
見捨てられた逆行令嬢は幸せを掴みたい
水空 葵
恋愛
一生大切にすると、次期伯爵のオズワルド様に誓われたはずだった。
それなのに、私が懐妊してからの彼は愛人のリリア様だけを守っている。
リリア様にプレゼントをする余裕はあっても、私は食事さえ満足に食べられない。
そんな状況で弱っていた私は、出産に耐えられなくて死んだ……みたい。
でも、次に目を覚ました時。
どういうわけか結婚する前に巻き戻っていた。
二度目の人生。
今度は苦しんで死にたくないから、オズワルド様との婚約は解消することに決めた。それと、彼には私の苦しみをプレゼントすることにしました。
一度婚約破棄したら良縁なんて望めないから、一人で生きていくことに決めているから、醜聞なんて気にしない。
そう決めて行動したせいで良くない噂が流れたのに、どうして次期侯爵様からの縁談が届いたのでしょうか?
※カクヨム様と小説家になろう様でも連載中・連載予定です。
7/23 女性向けHOTランキング1位になりました。ありがとうございますm(__)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる