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番外編
02.叶わない恋をした ***弟レオンハルト
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僕にはすごく立派なジル姉様と、少し生意気な妹リンデがいる。広大なリヒター帝国を治める一族に生まれ、特別な教育を受けて育った。勉強量は多いけれど、大変だとは思わない。だって、僕は何でも手に入るから。
読みたい本も、新しいペンやインクも、高価な道具だって。僕が欲しいと言えば用意された。それは皇族という特別な地位にいるからだ。ジル姉様が何度も口にしてきた「権利と義務」は、ヴィクトーリア叔母様から教わったらしい。僕は母上から教わった。
父上が皇帝陛下で、母上は皇妃殿下。帝国の頂点に立つ二人の子に生まれたから、何でも手に入る。それが権利で、義務は別だった。僕の人生はずっと帝国に縛られて、帝国のために尽くすこと。
近づいた貴族が耳打ちしたのは「あなた様が本来の正統な後継者なのです。姉君に簒奪されているのですよ」と。阿呆らしい。そんな甘言で踊るような教育は受けていない。僕は確かに男児で、皇子だけれど……ジル姉様は特別な人だ。
僕と違って人を操ることに長けて、油断したり失敗を表に出したりしない。いろんな人と交流して、知識も豊富だった。僕が剣術を習っても達人にはなれない。ジル姉様だったら、一番上まで行けそうだ。そのくらい才能の差があった。
一番の違いは、ジル姉様に逆らう気が起きなくなること。努力の裏を知る僕だけじゃなく、使用人や各地の領主に至るまで。ジル姉様に心酔している人ばかりだ。神殿の大神官であるウルリヒ大叔父様も、ジル姉様には恭しく頭を下げる。
凄いことだよ。僕には無理だ。努力の量も足りないし、知識や経験だって追いつけない。同じ年齢になったとしても、絶対に勝てないと断言出来た。ジル姉様の外見は、ヴィクトーリア叔母様とそっくりだ。銀色のさらさらした髪に、帝国の青を埋め込んだ瞳、色の濃い肌に整った顔。
ジル姉様がヴィクトーリア叔母様の子だから、母上の子である僕が正当な後継者? そんなこと、どうでもいいのに。だって、ヴィクトーリア叔母様は、今もって「ヴィ」の名を持っている。父上に何かあったら、ジル姉様が継ぐまでの間、皇帝になれる人って意味だ。僕はそう思っている。
考え事をしながら、丁寧に絵を仕上げていく。あれこれとジル姉様を思い浮かべてしまうのは、描いているモデルがジル姉様だからだ。僕が初めて好きになった人で、今も大好きだ。以前、母上にそう伝えたら「姉とは結婚できないの」と言われて驚いた。
皇族は何でも手に入るのに、好きな人と結婚一つできない。なんて不自由なんだ。そう思ったら、皇帝の椅子に魅力なんて感じなくなった。もし皇帝になったらジル姉様と結婚できる、と言われたら? 僕はすぐに皇帝になる準備をするだろうな。
「……ここが、違う気がする」
「そう? そっくりじゃない。とても上手だわ」
びくっとした。独り言に返事があったのはもちろん、その声がモデルであるジル姉様だから。顔を上げると、左肩の上から覗くジル姉様の銀髪がさらりと触れる。首筋や頬に触れるほど距離が近い。レモンのような爽やかな香りがした。
「ありがとうございます、ジル姉様」
「私もいるのよ、無視しないで」
むすっとした声で割って入った妹に、大きく息を吐いた。ぎりぎり溜め息になる直前、細く吐いて誤魔化す。
「リンデもいたんだね」
遠回しに「いなくてよかったのに」と本音を重ねたら、ジル姉様に「仲良くね」と止められてしまった。仕方ない、仲良くしよう。
「レオは将来、画家になるの?」
「なれたらいいと思っています」
「応援するわ」
ジル姉様は僕の夢を笑わない。ずっとジル姉様をモデルに描き続けて、邪魔にならず生きて行きたいんだ。僕の恋が叶わないなら、ジル姉様の絵姿だけでも手元にいてほしい。そう願うくらい……いいよね?
先日貰った水色のハンカチは、銀糸の刺繍が入っていた。縁を飾るレースは濃い青で……まるでジル姉様のような色合わせだ。それが嬉しくて、ずっと胸元に入れている。その上から手を置いて、綺麗な姉を見上げた。微笑み返す青い瞳は、きっとすべて知っているんだろう。
読みたい本も、新しいペンやインクも、高価な道具だって。僕が欲しいと言えば用意された。それは皇族という特別な地位にいるからだ。ジル姉様が何度も口にしてきた「権利と義務」は、ヴィクトーリア叔母様から教わったらしい。僕は母上から教わった。
父上が皇帝陛下で、母上は皇妃殿下。帝国の頂点に立つ二人の子に生まれたから、何でも手に入る。それが権利で、義務は別だった。僕の人生はずっと帝国に縛られて、帝国のために尽くすこと。
近づいた貴族が耳打ちしたのは「あなた様が本来の正統な後継者なのです。姉君に簒奪されているのですよ」と。阿呆らしい。そんな甘言で踊るような教育は受けていない。僕は確かに男児で、皇子だけれど……ジル姉様は特別な人だ。
僕と違って人を操ることに長けて、油断したり失敗を表に出したりしない。いろんな人と交流して、知識も豊富だった。僕が剣術を習っても達人にはなれない。ジル姉様だったら、一番上まで行けそうだ。そのくらい才能の差があった。
一番の違いは、ジル姉様に逆らう気が起きなくなること。努力の裏を知る僕だけじゃなく、使用人や各地の領主に至るまで。ジル姉様に心酔している人ばかりだ。神殿の大神官であるウルリヒ大叔父様も、ジル姉様には恭しく頭を下げる。
凄いことだよ。僕には無理だ。努力の量も足りないし、知識や経験だって追いつけない。同じ年齢になったとしても、絶対に勝てないと断言出来た。ジル姉様の外見は、ヴィクトーリア叔母様とそっくりだ。銀色のさらさらした髪に、帝国の青を埋め込んだ瞳、色の濃い肌に整った顔。
ジル姉様がヴィクトーリア叔母様の子だから、母上の子である僕が正当な後継者? そんなこと、どうでもいいのに。だって、ヴィクトーリア叔母様は、今もって「ヴィ」の名を持っている。父上に何かあったら、ジル姉様が継ぐまでの間、皇帝になれる人って意味だ。僕はそう思っている。
考え事をしながら、丁寧に絵を仕上げていく。あれこれとジル姉様を思い浮かべてしまうのは、描いているモデルがジル姉様だからだ。僕が初めて好きになった人で、今も大好きだ。以前、母上にそう伝えたら「姉とは結婚できないの」と言われて驚いた。
皇族は何でも手に入るのに、好きな人と結婚一つできない。なんて不自由なんだ。そう思ったら、皇帝の椅子に魅力なんて感じなくなった。もし皇帝になったらジル姉様と結婚できる、と言われたら? 僕はすぐに皇帝になる準備をするだろうな。
「……ここが、違う気がする」
「そう? そっくりじゃない。とても上手だわ」
びくっとした。独り言に返事があったのはもちろん、その声がモデルであるジル姉様だから。顔を上げると、左肩の上から覗くジル姉様の銀髪がさらりと触れる。首筋や頬に触れるほど距離が近い。レモンのような爽やかな香りがした。
「ありがとうございます、ジル姉様」
「私もいるのよ、無視しないで」
むすっとした声で割って入った妹に、大きく息を吐いた。ぎりぎり溜め息になる直前、細く吐いて誤魔化す。
「リンデもいたんだね」
遠回しに「いなくてよかったのに」と本音を重ねたら、ジル姉様に「仲良くね」と止められてしまった。仕方ない、仲良くしよう。
「レオは将来、画家になるの?」
「なれたらいいと思っています」
「応援するわ」
ジル姉様は僕の夢を笑わない。ずっとジル姉様をモデルに描き続けて、邪魔にならず生きて行きたいんだ。僕の恋が叶わないなら、ジル姉様の絵姿だけでも手元にいてほしい。そう願うくらい……いいよね?
先日貰った水色のハンカチは、銀糸の刺繍が入っていた。縁を飾るレースは濃い青で……まるでジル姉様のような色合わせだ。それが嬉しくて、ずっと胸元に入れている。その上から手を置いて、綺麗な姉を見上げた。微笑み返す青い瞳は、きっとすべて知っているんだろう。
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