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第三章 魔王様、アルバイトは時給千円からです!
第93話 聖者の凱旋(と、魔王の作業着)
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【異世界・王都広場】
王都広場は、静寂に包まれていた。 いや、静寂ではない。数千人の民衆が、目の前で起きた超常現象と、鍋から立ち上る神々しい香り(肉じゃが+薬膳スープ)に、完全に意識を持っていかれているのだ。
「……あ……」 スープを振る舞われていた老婆が、恍惚の表情で天を仰いだ。 「……見える……。わしの、若かりし頃の、淡い恋の思い出が……」 「お、俺は……! 肩こりが……消えた……!?」 「これが……これが、聖者様と魔王様の……共作(コラボ)……!」
広場は、一種の集団トランス状態だった。 その混沌(カオス)の中心で、二人の男が、無言で見つめ合っていた。
「…………」 「…………」
陽人は、目の前の「魔王様」の姿を、上から下まで、穴が開くほど見つめていた。 威厳ある漆黒のローブはどこにもない。 あるのは、くたびれた作業着。胸には輝く『山本建設』のロゴ。そして、頭には(なぜかまだ被っている)黄色いヘルメット。
「……ま、魔王様……」 陽人は、感動の再会よりも先に、確認すべき現実的な疑問を、震える声で口にした。 「……そのお召し物は……? 何かの、新しい鎧(よろい)……ですか?」
「ふん」 ゼファーは、ヘルメットの顎紐をカチリと締め直した。 「陽人よ。貴様はまだ理解しておらん。これは、この世界の『労働』という名の戦場(いくさば)を戦い抜くための、最強の『戦闘服(コンバット・ユニフォーム)』だ。この視認性の高いベストは、夜間戦闘(やかんさぎょう)において、我が身の安全(あんぜん)を確保する!」 「現場作業員(げんばさぎょういん)じゃないですか!」
陽人の魂のツッコミが、広場に響き渡った。 「ひぃぃ! ま、魔王様! ご無事で! ご無事で、よかったですぅ!」 ギギが、抱えていた横浜市指定ゴミ袋(燃やすゴミ)を放り出し、ゼファーの足元に泣きながらしがみつく。
「わー! 魔王様、お帰りなさい! そのお洋服、とっても『合理的』で素敵です!」 リリアが、いつものポジティブさで、目を輝かせている。
「……で?」 陽人は、目の前の非現実的な光景(作業着の魔王と、ゴミ袋を持つゴブリン)から、必死で現実に意識を引き戻した。 「……あそこの、腰抜かしてるオッサンは、どうします?」 陽人が指差す先には、ボルドア子爵が、泡を吹いて気絶していた。「ヨコハマシ」「ゴミブンベツ」「シャケイ」という、彼には解読不能な裁きの言葉のショックが、その精神を完全に破壊したらしい。
「ふん。放置しておけ」 ゼファーは、ボルドアを一瞥(いちべつ)だにせず、陽人が作った「奇跡のコラボスープ」の寸胴鍋を、興味深そうに覗き込んだ。 「……ほう。我が『覇道肉じゃが』の旨味(理論)と、貴様の『癒しスープ』の優しさ(愛情)が、見事に融合しておるわ。……悪くない」 「(勝手に混ぜたくせに、何様だ!)」
ゼファーは、おもむろにお玉を手に取ると、そのスープを一口すすった。 「…………うむ。美味い」 その、静かで、しかし万感の思いが込められた一言。 それを聞いた陽人は、張り詰めていた全ての糸が切れ、その場にへなへなと座り込んだ。 「……よかったぁ……。もう、俺、胃が、胃が、限界でした……」
【同日・夕刻 マカイ亭】
店には、早々に「本日、聖者様は瞑想(という名の爆睡)に入られたため、休業」の札が掛けられた。 厨房のテーブルでは、陽人、リリア、バルガス、そしてギギが、魔王ゼファー(作業着姿)を囲み、緊急の事情聴取(デブリーフィング)が行われていた。
「――つまり!」 陽人は、こめかみを押さえながら、これまでの話(ゼファーの長い武勇伝)を要約した。 「魔王様は、俺の故郷(よこはま)に飛ばされ、魔力を失い、日給一万円で土木作業員(アルバイト)をしながら、『法』と『ゴミ分別』と『スマホ契約』を学び、テレビの料理番組とデパ地下の試食で『食の理論』に目覚めて、俺を助けるために『肉じゃが』を作ったら、こっちと繋がって、帰ってきた、と……」 「うむ。概(おおむ)ね、間違っておらぬ」 ゼファーは、リリアが入れたお茶をすすりながら、厳かに頷いた。
「「…………」」 陽人とリリアは、顔を見合わせた。 ((……情報量が、多すぎる……!))
「あの……」リリアが、おそるおそる手を挙げた。「魔王様、その……『やまもとけんせつ』には、もう戻られないのですか?」 「ふむ。良き問いだ、リリアよ」 ゼファーは、真剣な顔で頷いた。 「オヤカタ(山本権蔵)には、いずれ、正式な『魔界親善大使』の地位を与えねばなるまい。だが、当面は、この魔導具(スマホ)で、『らいん』による遠隔統治(げんばしじ)を行うつもりだ」 「(絶対、オヤカタさん、使い方分かんないだろ……)」 陽人は、遠い日本の空にいるであろう恩人(?)に、心の中で同情した。
「それより、陽人よ」 ゼファーは、ギギが大切に抱えてきた、横浜市指定ゴミ袋(燃やすゴミ)をガサリと開けた。 「……これだ」 彼が取り出したのは、二つの物体。 一つは、彼が愛読していた『誰でも作れる!基本の和食』。 そしてもう一つは、金色の輝きを放つ、レトルトパウチ――『金のハンバーグ』だった。
「ひぃぃ! 魔王様! それは、我らの最後の希望!」 ギギが叫ぶ。
「陽人よ。我は、この世界で、『理論』と『愛情』の融合を、成し遂げたい」 ゼファーは、陽人の目を真っ直Z と見据えた。 「貴様の『聖者のスープ』は、民を癒した。だが、我は、民を『導き』たい。……我が『覇道オムライス』の理論をもって!」 「(まだ言ってるよ、あの人……)」
「俺は、もう聖者も影武者も引退です!」陽人は、疲労困憊の顔で訴えた。「普通の食堂のオヤジに戻ります!」 「ならん」 ゼファーは、威厳をもって断言した。 「貴様は、本日より、我が魔王軍、及び王国の『食文化・最高顧問』に任命する」 「しょくぶんか・さいこうこもん!?」 「そして、我は――」 ゼファーは、陽人が厨房で使っていた予備のエプロンを手に取ると、器用に身につけた。作業着の上から。 「――貴様の厨房(キッチン)における、『一番弟子』となる」
「「「はあぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」」」
陽人とリリアとギギの、本日何度目か分からない悲鳴が、マカイ亭に響き渡る。 バルガスだけが、「……合理的だ」と、静かに頷いていた。
こうして、魔王不在の危機は去り、陽人の聖者伝説(という名の勘違い)は幕を閉じた。 だが、それは、魔王(という名の最強のアルバイト上がり)が、厨房(という名の新たな戦場)に立つという、さらに混沌とした日々の、始まりに過ぎなかった。
王都広場は、静寂に包まれていた。 いや、静寂ではない。数千人の民衆が、目の前で起きた超常現象と、鍋から立ち上る神々しい香り(肉じゃが+薬膳スープ)に、完全に意識を持っていかれているのだ。
「……あ……」 スープを振る舞われていた老婆が、恍惚の表情で天を仰いだ。 「……見える……。わしの、若かりし頃の、淡い恋の思い出が……」 「お、俺は……! 肩こりが……消えた……!?」 「これが……これが、聖者様と魔王様の……共作(コラボ)……!」
広場は、一種の集団トランス状態だった。 その混沌(カオス)の中心で、二人の男が、無言で見つめ合っていた。
「…………」 「…………」
陽人は、目の前の「魔王様」の姿を、上から下まで、穴が開くほど見つめていた。 威厳ある漆黒のローブはどこにもない。 あるのは、くたびれた作業着。胸には輝く『山本建設』のロゴ。そして、頭には(なぜかまだ被っている)黄色いヘルメット。
「……ま、魔王様……」 陽人は、感動の再会よりも先に、確認すべき現実的な疑問を、震える声で口にした。 「……そのお召し物は……? 何かの、新しい鎧(よろい)……ですか?」
「ふん」 ゼファーは、ヘルメットの顎紐をカチリと締め直した。 「陽人よ。貴様はまだ理解しておらん。これは、この世界の『労働』という名の戦場(いくさば)を戦い抜くための、最強の『戦闘服(コンバット・ユニフォーム)』だ。この視認性の高いベストは、夜間戦闘(やかんさぎょう)において、我が身の安全(あんぜん)を確保する!」 「現場作業員(げんばさぎょういん)じゃないですか!」
陽人の魂のツッコミが、広場に響き渡った。 「ひぃぃ! ま、魔王様! ご無事で! ご無事で、よかったですぅ!」 ギギが、抱えていた横浜市指定ゴミ袋(燃やすゴミ)を放り出し、ゼファーの足元に泣きながらしがみつく。
「わー! 魔王様、お帰りなさい! そのお洋服、とっても『合理的』で素敵です!」 リリアが、いつものポジティブさで、目を輝かせている。
「……で?」 陽人は、目の前の非現実的な光景(作業着の魔王と、ゴミ袋を持つゴブリン)から、必死で現実に意識を引き戻した。 「……あそこの、腰抜かしてるオッサンは、どうします?」 陽人が指差す先には、ボルドア子爵が、泡を吹いて気絶していた。「ヨコハマシ」「ゴミブンベツ」「シャケイ」という、彼には解読不能な裁きの言葉のショックが、その精神を完全に破壊したらしい。
「ふん。放置しておけ」 ゼファーは、ボルドアを一瞥(いちべつ)だにせず、陽人が作った「奇跡のコラボスープ」の寸胴鍋を、興味深そうに覗き込んだ。 「……ほう。我が『覇道肉じゃが』の旨味(理論)と、貴様の『癒しスープ』の優しさ(愛情)が、見事に融合しておるわ。……悪くない」 「(勝手に混ぜたくせに、何様だ!)」
ゼファーは、おもむろにお玉を手に取ると、そのスープを一口すすった。 「…………うむ。美味い」 その、静かで、しかし万感の思いが込められた一言。 それを聞いた陽人は、張り詰めていた全ての糸が切れ、その場にへなへなと座り込んだ。 「……よかったぁ……。もう、俺、胃が、胃が、限界でした……」
【同日・夕刻 マカイ亭】
店には、早々に「本日、聖者様は瞑想(という名の爆睡)に入られたため、休業」の札が掛けられた。 厨房のテーブルでは、陽人、リリア、バルガス、そしてギギが、魔王ゼファー(作業着姿)を囲み、緊急の事情聴取(デブリーフィング)が行われていた。
「――つまり!」 陽人は、こめかみを押さえながら、これまでの話(ゼファーの長い武勇伝)を要約した。 「魔王様は、俺の故郷(よこはま)に飛ばされ、魔力を失い、日給一万円で土木作業員(アルバイト)をしながら、『法』と『ゴミ分別』と『スマホ契約』を学び、テレビの料理番組とデパ地下の試食で『食の理論』に目覚めて、俺を助けるために『肉じゃが』を作ったら、こっちと繋がって、帰ってきた、と……」 「うむ。概(おおむ)ね、間違っておらぬ」 ゼファーは、リリアが入れたお茶をすすりながら、厳かに頷いた。
「「…………」」 陽人とリリアは、顔を見合わせた。 ((……情報量が、多すぎる……!))
「あの……」リリアが、おそるおそる手を挙げた。「魔王様、その……『やまもとけんせつ』には、もう戻られないのですか?」 「ふむ。良き問いだ、リリアよ」 ゼファーは、真剣な顔で頷いた。 「オヤカタ(山本権蔵)には、いずれ、正式な『魔界親善大使』の地位を与えねばなるまい。だが、当面は、この魔導具(スマホ)で、『らいん』による遠隔統治(げんばしじ)を行うつもりだ」 「(絶対、オヤカタさん、使い方分かんないだろ……)」 陽人は、遠い日本の空にいるであろう恩人(?)に、心の中で同情した。
「それより、陽人よ」 ゼファーは、ギギが大切に抱えてきた、横浜市指定ゴミ袋(燃やすゴミ)をガサリと開けた。 「……これだ」 彼が取り出したのは、二つの物体。 一つは、彼が愛読していた『誰でも作れる!基本の和食』。 そしてもう一つは、金色の輝きを放つ、レトルトパウチ――『金のハンバーグ』だった。
「ひぃぃ! 魔王様! それは、我らの最後の希望!」 ギギが叫ぶ。
「陽人よ。我は、この世界で、『理論』と『愛情』の融合を、成し遂げたい」 ゼファーは、陽人の目を真っ直Z と見据えた。 「貴様の『聖者のスープ』は、民を癒した。だが、我は、民を『導き』たい。……我が『覇道オムライス』の理論をもって!」 「(まだ言ってるよ、あの人……)」
「俺は、もう聖者も影武者も引退です!」陽人は、疲労困憊の顔で訴えた。「普通の食堂のオヤジに戻ります!」 「ならん」 ゼファーは、威厳をもって断言した。 「貴様は、本日より、我が魔王軍、及び王国の『食文化・最高顧問』に任命する」 「しょくぶんか・さいこうこもん!?」 「そして、我は――」 ゼファーは、陽人が厨房で使っていた予備のエプロンを手に取ると、器用に身につけた。作業着の上から。 「――貴様の厨房(キッチン)における、『一番弟子』となる」
「「「はあぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」」」
陽人とリリアとギギの、本日何度目か分からない悲鳴が、マカイ亭に響き渡る。 バルガスだけが、「……合理的だ」と、静かに頷いていた。
こうして、魔王不在の危機は去り、陽人の聖者伝説(という名の勘違い)は幕を閉じた。 だが、それは、魔王(という名の最強のアルバイト上がり)が、厨房(という名の新たな戦場)に立つという、さらに混沌とした日々の、始まりに過ぎなかった。
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