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第三章 魔王様、アルバイトは時給千円からです!
第92話 二つの世界の肉じゃが
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【異世界・王都広場】
王都広場は、静かな熱狂に包まれていた。 数千の民衆。彼らを、王宮騎士団と、駆けつけた料理ギルドの面々が、見事な連携で捌(さば)いていく。
「押すな! 聖者様の慈悲は無限だ! 慌てずとも全員に行き渡る!」 「こちら、薬膳(やくぜん)スープの列です! お子様連れの方、優先はこちら!」 ギルドマスターの威厳ある声が、混乱を秩序へと変えていく。
その中央。 いくつも並んだ巨大な寸胴鍋(ずんどうなべ)の前で、陽人は、もはや無我の境地で、お玉を振るっていた。 (……聖者? 奇跡? 知ったことか) 彼の頭にあるのは、ただ一つ。 (寒い中、待っててくれてる。腹、減ってるよな。温まって、くれ……!)
昨夜、リリアの「まかない」で我に返った彼は、「聖者」を演じることをやめた。「奇跡」を再現しようとすることも、やめた。 彼はただ、集まってくれた民衆への感謝と、ボルドアへの反骨心(スパイス)と、そして仲間たちへの信頼(隠し味)を込め、徹夜で仕込んだ「究極の癒しスープ」を、一杯一杯、手渡していく。
「あ……」 スープを受け取った、薄汚れた服の老婆が、一口すすり、目を見開いた。 「……あったかい……。なんだい、こりゃ……。死んだばあちゃんの味だ……」 老婆の目から、涙がこぼれ落ちる。 それは、奇跡ではなかった。 高級なお供え物(食材)の旨味と、陽人の「誰かに元気になってほしい」という純粋な想いが、完璧に融合した、ただただ「優しい味」だった。
「うまい!」「泣ける!」「聖者様、ありがとう!」 広場は、感謝の言葉で満たされていく。 ボルドア子爵は、その光景を、壇上の貴賓席から、顔面蒼白で見つめていた。 (ば、馬鹿な……! 破綻するはずだった! 暴動が起きるはずだった! なぜだ! なぜ、ただのスープで、民衆がこれほどまでに……!)
その時、陽人の心臓が、大きく高鳴った。 (……なんだ、この感覚……?) 厨房で感じた、あの「奇跡の肉じゃが」の時と同じ。 温かい光が、体の芯から溢れ出してくる。 (……違う。俺じゃない。俺だけじゃない) 彼は、遠い、遠い世界の、たった一人の「友人」の存在を、確かに感じていた。
「……魔王様……?」
【日本・横浜】
魔王ゼファーは、四畳半のアパートで、人生で最も真剣な「調理」に挑んでいた。 彼の前には、完璧に面取りされたジャガイモ、均一に刻まれた玉ねぎ、そして最高級の「金のハンバーグ」……ではなく、彼が昨日、己の日給で買った、普通の牛肉。
「……魔王様。本当に、やるのですか?」 ギギが、固唾をのんで見守っている。 「うむ」
ゼファーの脳裏には、スマホ(という名の神託の石板)が映し出した、衝撃の光景が焼き付いていた。 時空の歪み。パニックに陥る王都。そして、たった一人、絶望的な裁判に立たされようとしている、陽人の姿。
(……我が不在の隙を突いたか、ボルドアめ……!)
だが、絶望はしていなかった。なぜなら、彼は知ってしまったからだ。 「食」が、時空すら超えて、想いを繋げる「共鳴」の魔術であることを。
「陽人よ。貴様の『愛情』理論、確かに受け取った」 ゼファーは、フライパンを火にかけた。 「だが、それだけでは、この世界の『法(ルール)』には勝てぬ! 貴様の『優しさ』に、我が『理論』と『威厳(おまじない)』を加え、今こそ、奇跡を『再現』する!」
ゼファーは、図書館で学んだ調理科学の全てを、この一鍋に注ぎ込む。 肉を炒め、メイラード反応を最大化。 野菜を投入し、浸透圧を利用して、味を染み込ませる。 そして、彼は、ケチャップ(覇道オムライスで余った)を、ほんの少し、隠し味に加えた。 (……これが、我が友(オヤカタ)に学んだ、『勘』という名の、太陽の味だ)
鍋が、コトコトと煮え立つ。 ゼファーは、目を閉じ、精神を集中させた。 (届け、陽人。貴様は、一人ではない。王の威厳(わがまま)に応え続けた、その不屈の魂を、思い出せ!)
彼の純粋な「激励」の想いが、魔力と、調理科学と、ケチャップの旨味と共に、鍋の中で渦を巻く。 そして―― ゴゴゴゴゴ……! アパートが、揺れた。
「ひぃぃぃ! 地震ですぅ!」 「違う、ギギ!」
ゼファーの目が、カッと見開かれる。 鍋が、光っていた。 あの「奇跡の肉じゃが」と同じ、淡く、しかし、力強い、金色の光を放っている!
「……来たか!」 ゼファーは、確信した。今、この瞬間、陽人もまた、同じ「高み」に達しているのだと! 「ギギよ! 見ておれ! これが、二つの世界を繋ぐ、我が王の『威光』だ!」
【異世界・王宮広場】
陽人の全身が、金色の光に包まれた。 「なっ!?」 「ひかり……!」「聖者様が、お光りに……!」 民衆が、どよめく。
「シェフ!?」 リリアが叫ぶ。 だが、陽人は、笑っていた。 (……ああ。そうか。あなたは、やっぱり、そこにいたんですね)
時空を超えた「共鳴」。 二つの世界で、二人の料理人が、全く異なる料理(スープと肉じゃが)で、全く同じ「想い」――『誰かに、腹一杯になってほしい』『友を、助けたい』――を、極限まで高めた。 その純粋なエネルギーが、ボルドアの欠陥アーティファクトによって歪められた「時空の傷」を、こじ開けたのだ!
「な、なんだ、あれは!?」 ボルドア子爵が、空を指差して、叫んだ。 王宮広場の上空。雲が渦を巻き、空間そのものが、まるで熱せられたガラスのように、歪み始めている。
「陽人っ!」 オルロフ公爵が、事態の異変に気づき、叫んだ。 「……大丈夫です」 陽人は、お玉を置くと、天に向かって、料理人人生最大の声を張り上げた。
「魔王様ーーーーーっ!! 聞こえてるんですよね!? こっちは、もう大丈夫です! でも……! もし、もし、お腹が空いてるなら!!」 「俺の最高のスープ、残ってますよーーーーっ!!!」
その、あまりにも場違いな、しかし、陽人らしい叫び。 それに、応えるかのように。
空の歪みの中心が、ポン、と弾けた。 そこから、二つの影が、ゆっくりと、しかし、威厳をもって、舞い降りてくる。
一人は、魔王ゼファー。 ただし、その姿は、王の威厳あるローブではなく、『山本建設』のロゴが胸に輝く、使い古された作業着と、安全ベストだった。
もう一人は、ギギ。 その手には、なぜか、横浜市指定の『燃やすゴミ』の袋と、中古のスマートフォンが、大切そうに握りしめられていた。
「「「………………は?」」」
広場にいた数千の民衆、貴族、騎士、リリア、バルガス、そして陽人。 全員の思考が、完全に、停止した。
ゼファーは、陽人の前に降り立つと、その奇妙な服装のまま、鼻を鳴らした。 「……陽人。貴様のスープ、実に良い香りだ。だが」 彼は、ギギが持っていたゴミ袋(?)から、一つのタッパーを取り出した。中には、黄金色に輝く、あの肉じゃがが。 「貴様の『愛情』理論、確かに受け取った。だが、それだけでは、この世界の『法(ルール)』には勝てぬ! 我が『覇道』と『理論』! その全てを注ぎ込み、今こそ奇跡を『再現』する!」
(……いや、何言ってんの、あの人!?)
ゼファーは、陽人の手からお玉を奪うと、肉じゃがをスープの寸胴鍋に、ドバァッ! とぶち込んだ。 「な、なにするんですかあああっ!?」
黄金の肉じゃがと、聖者のスープが、鍋の中で出会う。 瞬間、広場全体を、信じがたいほどの、芳醇な、慈愛に満ちた、それでいて威厳のある香りが、包み込んだ。
「「「おおおおおおおおっ!?」」」 民衆が、その香りを吸い込んだだけで、次々と(幸福感で)膝から崩れ落ちていく。
ゼファーは、その光景を満足げに見下ろすと、腰を抜かしているボルドア子爵を一瞥した。 「ボルドアよ」 「ひっ!?」 「貴様の陰謀、感心せぬな。貴様には、社会奉仕活動(ボランティア)として、マカイ亭の皿洗い一年、並びに、横浜市鶴見区の『ゴミ分別ルール』の写経百万回を命じる」 「は……? よ、よこはま……?」
魔王の帰還。それは、誰もが想像しなかった形で、しかし、最高に「マカイ亭」らしい、湯気と混沌と共に、成し遂げられたのだった。
王都広場は、静かな熱狂に包まれていた。 数千の民衆。彼らを、王宮騎士団と、駆けつけた料理ギルドの面々が、見事な連携で捌(さば)いていく。
「押すな! 聖者様の慈悲は無限だ! 慌てずとも全員に行き渡る!」 「こちら、薬膳(やくぜん)スープの列です! お子様連れの方、優先はこちら!」 ギルドマスターの威厳ある声が、混乱を秩序へと変えていく。
その中央。 いくつも並んだ巨大な寸胴鍋(ずんどうなべ)の前で、陽人は、もはや無我の境地で、お玉を振るっていた。 (……聖者? 奇跡? 知ったことか) 彼の頭にあるのは、ただ一つ。 (寒い中、待っててくれてる。腹、減ってるよな。温まって、くれ……!)
昨夜、リリアの「まかない」で我に返った彼は、「聖者」を演じることをやめた。「奇跡」を再現しようとすることも、やめた。 彼はただ、集まってくれた民衆への感謝と、ボルドアへの反骨心(スパイス)と、そして仲間たちへの信頼(隠し味)を込め、徹夜で仕込んだ「究極の癒しスープ」を、一杯一杯、手渡していく。
「あ……」 スープを受け取った、薄汚れた服の老婆が、一口すすり、目を見開いた。 「……あったかい……。なんだい、こりゃ……。死んだばあちゃんの味だ……」 老婆の目から、涙がこぼれ落ちる。 それは、奇跡ではなかった。 高級なお供え物(食材)の旨味と、陽人の「誰かに元気になってほしい」という純粋な想いが、完璧に融合した、ただただ「優しい味」だった。
「うまい!」「泣ける!」「聖者様、ありがとう!」 広場は、感謝の言葉で満たされていく。 ボルドア子爵は、その光景を、壇上の貴賓席から、顔面蒼白で見つめていた。 (ば、馬鹿な……! 破綻するはずだった! 暴動が起きるはずだった! なぜだ! なぜ、ただのスープで、民衆がこれほどまでに……!)
その時、陽人の心臓が、大きく高鳴った。 (……なんだ、この感覚……?) 厨房で感じた、あの「奇跡の肉じゃが」の時と同じ。 温かい光が、体の芯から溢れ出してくる。 (……違う。俺じゃない。俺だけじゃない) 彼は、遠い、遠い世界の、たった一人の「友人」の存在を、確かに感じていた。
「……魔王様……?」
【日本・横浜】
魔王ゼファーは、四畳半のアパートで、人生で最も真剣な「調理」に挑んでいた。 彼の前には、完璧に面取りされたジャガイモ、均一に刻まれた玉ねぎ、そして最高級の「金のハンバーグ」……ではなく、彼が昨日、己の日給で買った、普通の牛肉。
「……魔王様。本当に、やるのですか?」 ギギが、固唾をのんで見守っている。 「うむ」
ゼファーの脳裏には、スマホ(という名の神託の石板)が映し出した、衝撃の光景が焼き付いていた。 時空の歪み。パニックに陥る王都。そして、たった一人、絶望的な裁判に立たされようとしている、陽人の姿。
(……我が不在の隙を突いたか、ボルドアめ……!)
だが、絶望はしていなかった。なぜなら、彼は知ってしまったからだ。 「食」が、時空すら超えて、想いを繋げる「共鳴」の魔術であることを。
「陽人よ。貴様の『愛情』理論、確かに受け取った」 ゼファーは、フライパンを火にかけた。 「だが、それだけでは、この世界の『法(ルール)』には勝てぬ! 貴様の『優しさ』に、我が『理論』と『威厳(おまじない)』を加え、今こそ、奇跡を『再現』する!」
ゼファーは、図書館で学んだ調理科学の全てを、この一鍋に注ぎ込む。 肉を炒め、メイラード反応を最大化。 野菜を投入し、浸透圧を利用して、味を染み込ませる。 そして、彼は、ケチャップ(覇道オムライスで余った)を、ほんの少し、隠し味に加えた。 (……これが、我が友(オヤカタ)に学んだ、『勘』という名の、太陽の味だ)
鍋が、コトコトと煮え立つ。 ゼファーは、目を閉じ、精神を集中させた。 (届け、陽人。貴様は、一人ではない。王の威厳(わがまま)に応え続けた、その不屈の魂を、思い出せ!)
彼の純粋な「激励」の想いが、魔力と、調理科学と、ケチャップの旨味と共に、鍋の中で渦を巻く。 そして―― ゴゴゴゴゴ……! アパートが、揺れた。
「ひぃぃぃ! 地震ですぅ!」 「違う、ギギ!」
ゼファーの目が、カッと見開かれる。 鍋が、光っていた。 あの「奇跡の肉じゃが」と同じ、淡く、しかし、力強い、金色の光を放っている!
「……来たか!」 ゼファーは、確信した。今、この瞬間、陽人もまた、同じ「高み」に達しているのだと! 「ギギよ! 見ておれ! これが、二つの世界を繋ぐ、我が王の『威光』だ!」
【異世界・王宮広場】
陽人の全身が、金色の光に包まれた。 「なっ!?」 「ひかり……!」「聖者様が、お光りに……!」 民衆が、どよめく。
「シェフ!?」 リリアが叫ぶ。 だが、陽人は、笑っていた。 (……ああ。そうか。あなたは、やっぱり、そこにいたんですね)
時空を超えた「共鳴」。 二つの世界で、二人の料理人が、全く異なる料理(スープと肉じゃが)で、全く同じ「想い」――『誰かに、腹一杯になってほしい』『友を、助けたい』――を、極限まで高めた。 その純粋なエネルギーが、ボルドアの欠陥アーティファクトによって歪められた「時空の傷」を、こじ開けたのだ!
「な、なんだ、あれは!?」 ボルドア子爵が、空を指差して、叫んだ。 王宮広場の上空。雲が渦を巻き、空間そのものが、まるで熱せられたガラスのように、歪み始めている。
「陽人っ!」 オルロフ公爵が、事態の異変に気づき、叫んだ。 「……大丈夫です」 陽人は、お玉を置くと、天に向かって、料理人人生最大の声を張り上げた。
「魔王様ーーーーーっ!! 聞こえてるんですよね!? こっちは、もう大丈夫です! でも……! もし、もし、お腹が空いてるなら!!」 「俺の最高のスープ、残ってますよーーーーっ!!!」
その、あまりにも場違いな、しかし、陽人らしい叫び。 それに、応えるかのように。
空の歪みの中心が、ポン、と弾けた。 そこから、二つの影が、ゆっくりと、しかし、威厳をもって、舞い降りてくる。
一人は、魔王ゼファー。 ただし、その姿は、王の威厳あるローブではなく、『山本建設』のロゴが胸に輝く、使い古された作業着と、安全ベストだった。
もう一人は、ギギ。 その手には、なぜか、横浜市指定の『燃やすゴミ』の袋と、中古のスマートフォンが、大切そうに握りしめられていた。
「「「………………は?」」」
広場にいた数千の民衆、貴族、騎士、リリア、バルガス、そして陽人。 全員の思考が、完全に、停止した。
ゼファーは、陽人の前に降り立つと、その奇妙な服装のまま、鼻を鳴らした。 「……陽人。貴様のスープ、実に良い香りだ。だが」 彼は、ギギが持っていたゴミ袋(?)から、一つのタッパーを取り出した。中には、黄金色に輝く、あの肉じゃがが。 「貴様の『愛情』理論、確かに受け取った。だが、それだけでは、この世界の『法(ルール)』には勝てぬ! 我が『覇道』と『理論』! その全てを注ぎ込み、今こそ奇跡を『再現』する!」
(……いや、何言ってんの、あの人!?)
ゼファーは、陽人の手からお玉を奪うと、肉じゃがをスープの寸胴鍋に、ドバァッ! とぶち込んだ。 「な、なにするんですかあああっ!?」
黄金の肉じゃがと、聖者のスープが、鍋の中で出会う。 瞬間、広場全体を、信じがたいほどの、芳醇な、慈愛に満ちた、それでいて威厳のある香りが、包み込んだ。
「「「おおおおおおおおっ!?」」」 民衆が、その香りを吸い込んだだけで、次々と(幸福感で)膝から崩れ落ちていく。
ゼファーは、その光景を満足げに見下ろすと、腰を抜かしているボルドア子爵を一瞥した。 「ボルドアよ」 「ひっ!?」 「貴様の陰謀、感心せぬな。貴様には、社会奉仕活動(ボランティア)として、マカイ亭の皿洗い一年、並びに、横浜市鶴見区の『ゴミ分別ルール』の写経百万回を命じる」 「は……? よ、よこはま……?」
魔王の帰還。それは、誰もが想像しなかった形で、しかし、最高に「マカイ亭」らしい、湯気と混沌と共に、成し遂げられたのだった。
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