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第三章 魔王様、アルバイトは時給千円からです!
第94話 魔王様、初めての皮むき(と、報・連・相)
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翌朝。 陽人は、まだ夜が明けきらぬうちから厨房に立ち、死んだ魚のような目でジャガイモの山を眺めていた。昨日の「聖者炊き出し裁判」の疲労が、全身に鉛のようにのしかかっている。
(……終わった。聖者フィーバーも、ボルドアの陰謀も、全部終わったんだ……) (……いや、終わってなかった)
陽人は、厨房の隅に目をやった。 そこには、昨日の騒動で持ち帰った「奇跡のコラボスープ(肉じゃが入り)」の寸胴鍋が、空になって鎮座している。 (……ギギとバルガスが、夜中に全部食いやがった……)
「シェフ! おはようございまーす!」 店の扉が開き、いつも通りの太陽のような笑顔でリリアが飛び込んできた。 「ひぃぃ! お、おはようございます、聖者様!」 ギギも、昨日の熱狂が冷めやらぬのか、陽人を拝むようにして入ってくる。
「……おはよう。リリア、ギギ。言っとくが、俺は聖者じゃない。ただの寝不足の料理人だ」 陽人が、疲労困憊の声で釘を刺した、その時だった。
カラン――。 店の扉が、厳かに開いた。 「――師匠。一番弟子ゼファー、ただいま出勤した」
そこに立っていたのは、昨日と同じ、『山本建設』のロゴが輝く作業着に身を包み、なぜか頭には新品の白いヘルメット(『安全第一』のシール付き)を被った、魔王ゼファーその人だった。
「「「ま、魔王様!?」」」 リリアとギギが、反射的に床に平伏する。 「よ、よせ、二人とも! ここは店だぞ!」 陽人が慌てて二人を立たせ、魔王(という名の新入りアルバイト)に向き直った。
「……魔王様。本気、ですか? そのカッコで、ここで働くって……」 「うむ」 ゼファーは、厳かに頷いた。 「王たるもの、民の暮らしを知らねばならぬ。そして何より、我は貴様の『理論』を、一番近くで学ぶと決めたのだ。さあ、師匠、本日の業務(ミッション)の指示を」 「(この人、日本の労働で変なスイッチ入っちゃったよ……)」
陽人は、こめかみを押さえた。だが、魔王が「や(・)る(・)」と言ったら、絶対にやるのだ。この人のそういう頑固なところは、横浜に行っても変わらなかったらしい。 「……分かりましたよ、一番弟子。それじゃあ、まず……」 陽人は、目の前にあるジャガイモの山を指差した。 「――その山、全部、皮むき。よろしく」
「……む」 ゼファーの眉が、ピクリと動いた。 「……我に、王である我に、芋の『皮』を剥けと、申すか?」 「はい。それが、うちの店の『ルール(法)』なんで」 陽人は、ニヤリと笑って言い返した。ゼファーが日本で学んだ、最強のカード(・・)だ。
「……よかろう」 ゼファーは、しばし葛藤した後、威厳をもって頷いた。 「『契約』は、絶対だ。……だが、師匠よ。皮むき一つにも、我が『覇道理論』が存在する」 ゼファーは、ピーラー(皮むき器)を手に取ると、恐るべき速さでジャガイモの皮を剥き始めた。 「なっ!?」
「横浜(かのち)で学んだ『栄養学』によれば、皮の直下にこそ、旨味(マナ)は凝縮されている! ゆえに、剥く皮は、コンマ5ミリ以下に抑えるのが『最適解』!」 シュルシュルシュル! ゼファーの手元で、ジャガイモが、まるでCGのように、瞬く間に磨き上げられていく。その皮は、紙のように薄い。
「す、すげえ……! 魔王様、皮むきがプロ級……!」 「ひぃぃ! 聖なるジャガイモが、錬成されていきますぅ!」 陽人とリリアが呆気に取られる中、ゼファーは、ふん、と鼻を鳴らした。 「だが、これは、どうだ!」 ゼファーは、次のジャガイモを手に取ると、包丁を握りしめた。 「――我が魔王剣術、奥義!」 「(え、ちょっと待って)」 「――『ジャガイモ千本桜(せんぼんざくら)』!」
ダダダダダダッ!!! 常人には見えない速度で包丁が振るわれ、後に残ったのは、芸術的な千切り(という名のジャガイモの粉末)だった。 「あーーーーーっ! 何やってんですか! それ、カレー用だったのに!!」 「む。……加減を、間違えた」 「間違えた、じゃないですよ! ああもう!」
陽人の怒声と、ギギの悲鳴と、リリアの「あはは、魔王様おっちょこちょい!」という笑い声。 バルガスが「……非効率だ」と呟きながら、静かに掃除を始めた。 新生マカイ亭の、混沌(カオス)に満ちた朝が始まった。
昼時。 店は、昨日までの「聖地巡礼」とは打って変わり、「魔王様(の作業着姿)を一目見よう」という、不純な(しかし好奇心旺盛な)客たちで、満席になっていた。
「おい、見たかよ……魔王様が、作業着で、立ってるぜ……」 「威圧感がすごすぎて、スープの味がしねえ……」
そう。陽人は、厨房が狭すぎる(物理的に)ため、皮むき(という名の食材破壊)を終えたゼファーを、ホール係(という名の看板)として、立たせていたのだ。
「いらっしゃいませ。……貴様ら、腹が減っておるのか?」 ゼファーが、低音ボイスで問いかける。 客たちは、蛇に睨まれたカエルのように、ビクッとしながら頷いた。 「は、はい! あの、魔王様スペシャルカレーを……!」
「承知した。……だが、待て」 ゼファーは、注文を取るのではなく、なぜか懐から『魔導具(スマホ)』を取り出した。 「む……? オヤカタ(山本権蔵)から『らいん』だ。『現場の鉄骨が足りん、どうなっておる』……だと?」 ゼファーは、客を待たせたまま、その場でフリック入力を始めた。 「オヤカタよ、落ち着け。まずは『報・連・相』だ。在庫確認(かくにん)の『エビデンス(証拠)』を送れ、と……」
「「(((何言ってんだ、あの人……)))」」 客も、陽人も、リリアも、全員の心が一つになった。
その時だった。 店の扉が、勢いよく開け放たれた。 「魔王様ー! 城にお戻りください! 緊急評定です!」 魔王軍の幹部が、血相を変えて飛び込んできた。 「ボルドア派の残党が、領地で不穏な動きを! それと、先日の『ぴーでぃーしーえー』とは、一体、いかなる魔術ですかっ!?」
「騒がしいぞ、幹部よ!」 ゼファーは、スマホから顔を上げ、客の前で堂々と幹部を叱責した。 「貴様ら、まだ『KPT(ケプト)会議』の重要性も理解しておらんのか! 『Keep(継続すべきこと)』、『Problem(問題点)』、『Try(次やること)』! これこそが、組織を成長させる黄金律であろうが!」 「け、けぷと……!?」
魔王が、異世界のビジネス用語を、王都のど真ん中で叫んでいる。 幹部は、あまりの衝撃に、白目を剥いて卒倒しかけた。
「……もう、いいです」 陽人は、全てを諦めた顔で、厨房から一つの皿を差し出した。 「魔王様。まかない、できましたよ。『魔王様(が日本で目覚めた)スペシャルカレー』です。幹部さんも、これ食べて、落ち着いてください」
「おお! 陽人よ、気が利くな!」 ゼファーは、カレーを受け取ると、幹部に突きつけた。 「聞け! このカレーこそ、我が日本で学んだ『理論』と、陽人の『愛情』が融合した、究極の『答え』だ! これを食らい、貴様らも『イノベーション』を起こせ!」 「は、はいぃぃぃっ!」
幹部は、泣きながらカレーを頬張った。その美味さと、魔王の変貌ぶりに、感動しているのか、絶望しているのか、もはや誰にも分からなかった。
こうして、マカイ亭の新メニュー「魔王様スペシャルカレー」は、正式にメニューに加わり、後に「食べると仕事(ビジネス)の効率が上がる」という、新たな伝説(また勘違い)を生むことになるのだった。
(……終わった。聖者フィーバーも、ボルドアの陰謀も、全部終わったんだ……) (……いや、終わってなかった)
陽人は、厨房の隅に目をやった。 そこには、昨日の騒動で持ち帰った「奇跡のコラボスープ(肉じゃが入り)」の寸胴鍋が、空になって鎮座している。 (……ギギとバルガスが、夜中に全部食いやがった……)
「シェフ! おはようございまーす!」 店の扉が開き、いつも通りの太陽のような笑顔でリリアが飛び込んできた。 「ひぃぃ! お、おはようございます、聖者様!」 ギギも、昨日の熱狂が冷めやらぬのか、陽人を拝むようにして入ってくる。
「……おはよう。リリア、ギギ。言っとくが、俺は聖者じゃない。ただの寝不足の料理人だ」 陽人が、疲労困憊の声で釘を刺した、その時だった。
カラン――。 店の扉が、厳かに開いた。 「――師匠。一番弟子ゼファー、ただいま出勤した」
そこに立っていたのは、昨日と同じ、『山本建設』のロゴが輝く作業着に身を包み、なぜか頭には新品の白いヘルメット(『安全第一』のシール付き)を被った、魔王ゼファーその人だった。
「「「ま、魔王様!?」」」 リリアとギギが、反射的に床に平伏する。 「よ、よせ、二人とも! ここは店だぞ!」 陽人が慌てて二人を立たせ、魔王(という名の新入りアルバイト)に向き直った。
「……魔王様。本気、ですか? そのカッコで、ここで働くって……」 「うむ」 ゼファーは、厳かに頷いた。 「王たるもの、民の暮らしを知らねばならぬ。そして何より、我は貴様の『理論』を、一番近くで学ぶと決めたのだ。さあ、師匠、本日の業務(ミッション)の指示を」 「(この人、日本の労働で変なスイッチ入っちゃったよ……)」
陽人は、こめかみを押さえた。だが、魔王が「や(・)る(・)」と言ったら、絶対にやるのだ。この人のそういう頑固なところは、横浜に行っても変わらなかったらしい。 「……分かりましたよ、一番弟子。それじゃあ、まず……」 陽人は、目の前にあるジャガイモの山を指差した。 「――その山、全部、皮むき。よろしく」
「……む」 ゼファーの眉が、ピクリと動いた。 「……我に、王である我に、芋の『皮』を剥けと、申すか?」 「はい。それが、うちの店の『ルール(法)』なんで」 陽人は、ニヤリと笑って言い返した。ゼファーが日本で学んだ、最強のカード(・・)だ。
「……よかろう」 ゼファーは、しばし葛藤した後、威厳をもって頷いた。 「『契約』は、絶対だ。……だが、師匠よ。皮むき一つにも、我が『覇道理論』が存在する」 ゼファーは、ピーラー(皮むき器)を手に取ると、恐るべき速さでジャガイモの皮を剥き始めた。 「なっ!?」
「横浜(かのち)で学んだ『栄養学』によれば、皮の直下にこそ、旨味(マナ)は凝縮されている! ゆえに、剥く皮は、コンマ5ミリ以下に抑えるのが『最適解』!」 シュルシュルシュル! ゼファーの手元で、ジャガイモが、まるでCGのように、瞬く間に磨き上げられていく。その皮は、紙のように薄い。
「す、すげえ……! 魔王様、皮むきがプロ級……!」 「ひぃぃ! 聖なるジャガイモが、錬成されていきますぅ!」 陽人とリリアが呆気に取られる中、ゼファーは、ふん、と鼻を鳴らした。 「だが、これは、どうだ!」 ゼファーは、次のジャガイモを手に取ると、包丁を握りしめた。 「――我が魔王剣術、奥義!」 「(え、ちょっと待って)」 「――『ジャガイモ千本桜(せんぼんざくら)』!」
ダダダダダダッ!!! 常人には見えない速度で包丁が振るわれ、後に残ったのは、芸術的な千切り(という名のジャガイモの粉末)だった。 「あーーーーーっ! 何やってんですか! それ、カレー用だったのに!!」 「む。……加減を、間違えた」 「間違えた、じゃないですよ! ああもう!」
陽人の怒声と、ギギの悲鳴と、リリアの「あはは、魔王様おっちょこちょい!」という笑い声。 バルガスが「……非効率だ」と呟きながら、静かに掃除を始めた。 新生マカイ亭の、混沌(カオス)に満ちた朝が始まった。
昼時。 店は、昨日までの「聖地巡礼」とは打って変わり、「魔王様(の作業着姿)を一目見よう」という、不純な(しかし好奇心旺盛な)客たちで、満席になっていた。
「おい、見たかよ……魔王様が、作業着で、立ってるぜ……」 「威圧感がすごすぎて、スープの味がしねえ……」
そう。陽人は、厨房が狭すぎる(物理的に)ため、皮むき(という名の食材破壊)を終えたゼファーを、ホール係(という名の看板)として、立たせていたのだ。
「いらっしゃいませ。……貴様ら、腹が減っておるのか?」 ゼファーが、低音ボイスで問いかける。 客たちは、蛇に睨まれたカエルのように、ビクッとしながら頷いた。 「は、はい! あの、魔王様スペシャルカレーを……!」
「承知した。……だが、待て」 ゼファーは、注文を取るのではなく、なぜか懐から『魔導具(スマホ)』を取り出した。 「む……? オヤカタ(山本権蔵)から『らいん』だ。『現場の鉄骨が足りん、どうなっておる』……だと?」 ゼファーは、客を待たせたまま、その場でフリック入力を始めた。 「オヤカタよ、落ち着け。まずは『報・連・相』だ。在庫確認(かくにん)の『エビデンス(証拠)』を送れ、と……」
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魔王が、異世界のビジネス用語を、王都のど真ん中で叫んでいる。 幹部は、あまりの衝撃に、白目を剥いて卒倒しかけた。
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「おお! 陽人よ、気が利くな!」 ゼファーは、カレーを受け取ると、幹部に突きつけた。 「聞け! このカレーこそ、我が日本で学んだ『理論』と、陽人の『愛情』が融合した、究極の『答え』だ! これを食らい、貴様らも『イノベーション』を起こせ!」 「は、はいぃぃぃっ!」
幹部は、泣きながらカレーを頬張った。その美味さと、魔王の変貌ぶりに、感動しているのか、絶望しているのか、もはや誰にも分からなかった。
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