銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武

潮崎 晶

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第19話:ノヴァルナ包囲網

#11

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 モルンゴール星人の闘技訓練場は、ドーム天井を備えた円形の建物で、内部の訓練スペースは、直径が五十メートルほどもある。その中央部で、ガルバックは私闘を行っていた。相手はザリュードの弟のバジラードだ。

 上半身は裸で両手には薄手のグローブ。下半身はタイツに素足と至ってシンプルな二人が、上空に判定用プローブが浮かぶ下で、激しい格闘戦を演じている。

 爬虫類系種族のモルンゴール星人は、シューシューと独特な呼吸音を響かせながら、間合いを取っては踏み込んで拳による打ち合い、蹴り、関節技を交わすが、やはりガルバックは押され気味であった。体格はバジラードの方が小柄なのだが、民間人のガルバックと、軍人のバジラードの差は特に俊敏さにおいて、如何ともし難いものがある。

 二人の周りを囲むのはノア達十四名とザリュード。判定役の警官四名。応援の歓声の数は、ガルバックへ向けられたものが圧倒的だが、闘いの方はその真逆の状態であった。
 腰を落とし、素早く右へ回り込んだバジラードが、ガルバックの左脇腹に、重いボディブローを放つ。破壊力の大きなパンチに、口から飛び出しそうになる、ガルバックの白いマウスピース。

 それを口腔内に引き戻し、ガルバックは蹴りを繰り出す。だがその右足の甲は、身を翻したバジラードの、頬の真横を通過するだけ。ただそれは牽制に過ぎず、ガルバックは本命の左フックを、バジラードの右側頭部へ向けてぶん回した。

 しかし滑らかなスウェイバックで回避するバジラード。

 対するガルバックも負けじと、フックを放った左手で裏拳を放ち、バジラードがこれを躱すのを見越して、右ストレートを重ねて放つ。ところがその右ストレートより先に、バジラードが放ったカウンターがガルバックの顔面にヒットした。たまらず後ろへよろめくガルバック。そこへ容赦なくバジラードは、前蹴りを喰らわせる。ガルバックは呻き声を漏らして、その場に膝をついた。

「頑張れ、ガルバック!!」

「負けるなー!!」

 カートライト船長と副操縦士のセランが、励ましの声援を掛け、それに応えるようにガルバックは立ち上がる。見事な根性ではあるが、星大名家の人間で、訓練だけでなく実戦経験もあるノア達には、ガルバックとバジラードの差が、冷徹な距離感を持って感じられていた。
 ガルバックは確かに強い。モルンゴール星人とヒト族の身体能力を考えれば、カレンガミノ姉妹が二人掛かりでも、敵わないかも知れない。しかしそれでも、バジラードの力量には及ばないと分かるのだ。
 
「まだ…勝負は…」

 崩れ落ちそうになる脚を踏ん張り、拳を構えるガルバック。口の端からはモルンゴール星人の紫色の血液が一筋、流れ落ちた。それを手の甲で拭い、ガルバックは再び戦いを挑もうとする。だが立て直しから再攻撃までの時間のロスを、バジラードは許すはずが無い。前へ出ようとするガルバックに、殴打のワンツーを入れて出鼻を挫き、怯んだところに爪先のキックを放つ。

 このガルバックの下顎に入った蹴りは脳を揺らし、平衡感覚を奪った。意識はあるものの、体のバランスを失って闘技場の床に転がる。そこへすかさず距離を詰めたバジラードは、とどめとばかりに二度、三度と容赦なく腹を蹴りつけた。

「ぐふっ!…うぐっ!!…」

 激痛に体を震わせ、身をよじるガルバック。明らかに勝敗は決している。だがガルバックは必死に起き上がろうとした。するとその頭を足で踏み付け、バジラードは無情に言い放つ。

「雑魚にしては頑張った方だが、勝敗は最初から、見え見えだったなぁ!」

 その直後、上空に浮かんでいた判定用プローブが、電子音声でバジラードの勝利を宣告した。ガルバックは健闘した。それは称えられるべきものだが、モルンゴールの社会では、三等民扱いの者が一等民と闘って敗れたのでは、どのような健闘も評価はされない。

「ガルバック!」

「おい。大丈夫か!?」

 マニスやカートライトがガルバックに駆け寄り、巨躯を起こすのを支えてやる。そこへゆっくりと近寄って来たザリュードが、弟のバジラードの肩に左手を置いて言い放つ。

「実につまらん闘いだったが、この街に早く着き過ぎて、時間を持て余していたところに、いい暇潰しにはなった」

「………」

 足をふらつかせながら立ち上がるガルバックは、無言で兄弟を見据えた。そして判定役の警察官に告げる。

「こいつらを騒乱罪で逮捕しろ。皇国の人間は禁錮刑。“敗北者”ガルバックはさらに降格させ、“永久敗北者”とする事を一等民として希望する」

「“永久敗北者”!!??」

 驚くノア達。ガルバックが敗北した場合の逮捕や、禁錮刑の話も初耳だが、それ以上にザリュードが口にした、“永久敗北者”という言葉の禍々しさが、心をかき乱す。それに対し、ザリュードは冷めた口調で応じた。

「なんだ? 何のリスクも無しに下級の者が、上位階級と私闘できると思っていたのか。俺はそいつに命を懸ける必要は無いとは言ったが、タダで私闘に応じてやると言った覚えは無いぞ」
 
 さらにザリュードがノア達に語ったところによると、モルンゴールの社会において、通常の“敗北者”という呼称は、戦士なら二度の勝利で返上できる。だが戦えない民間人の場合は、大きく社会貢献するか、十年地道に働いてようやく返上できるのだという。
 だが“敗北者”でありながら、さらに敗北を重ねるなどの、恥の上塗りを引き起こした者は、モルンゴール裁判機構の審査を経て、該当すると判断されれば、“永久敗北者”の呼称が強制的に与えられる事になる。この呼称が付与されると、事実上社会的に抹殺同然となり、戦士ならば戦場で敵の最高指揮官を討ち取るか、民間人であれば帝国全体に貢献する程の、功績を挙げなければ返上できないらしい。

「ちなみに、この制度が帝国で確立したのは、四百年前だ。そしてこの呼称を返上できたのは三名。どれも軍人で、民間人で返上できた者はいない。残念だが、諦めるんだな」

 そう言い捨てるザリュードの背中に、『ジュエルダガー』号の副操縦士で、温厚なアントニア星人のセランが、「そんなのひどいよ…」と呟く。ただザリュードの指示には、ヒュドラムの警察も困惑する点があるようだ。判定役のリーダーらしきヒュドラン星人の警官が、躊躇いがちにザリュードに言う。

「このモルンゴール人につきましては、一等民のあなた方からの陳情が添えてあれば、即決するでしょうが、そちらの銀河皇国の方々につきましては、まず皇国の領事館に連絡し、経緯の説明と刑の執行の了承を得る必要が…」

 これを聞き、ザリュードは煩わしそうに応じた。

「なら銀河皇国の連中は即時、この惑星から退去でいい。それなら領事館も折れるだろう。だがそこのガルバックは駄目だ。私闘に敗れた“敗北者”に、皇国の人間の仲間という事で、相応の報いを受けさせないのは、悪しき慣例ととなりかねん」

 ザリュードの主張に弟のバジラードも、「おう。兄貴の言う通りだ!」と追従するのを聞き、ノアは闘技訓練場のドーム天井を見上げ、「フーッ!…」と肩で大きく息を吐いた。長年の付き合いで、それがどんな感情を示しているかをよく知るカレンガミノ姉妹が、ノアの背後で顔を見合わせる。

 そのノアは、昔と変わらぬ感覚で、数千年彼方に居るはずの夫に、胸の内で語り掛けた。

ごめんね、ノバくん。私…我慢できない―――

 そして表情を引き締めたノアは、ザリュードとバジラードの兄弟に、凛とした星大名の妻の態度で言い放つ。


「お待ちなさい、あなた達。まだ勝負は終わっていません!!」




▶#12につづく
 
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