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第12話:天下の駆け引き
#20
しおりを挟むそしてこのようにウォーダ家の施策に不満を持つ上級貴族は、この男だけでは無いらしい。複数の上級貴族の男女が、口々に愚痴を零しだしたからだ。しかもその全てが奪われた私有財産の返還や、ミョルジ家支持派であった貴族との各種訴訟といった、キヨウの民衆や自分の保有する荘園惑星の領民ではなく、貴族個人の補償問題についてであった。
しかしキヨウ復興を急ぐノヴァルナからすれば、これら自分の利益のみの回復を求める上級貴族の訴えなど、二の次でいい話なのである。これはノヴァルナの、民の上に部下階級や貴族が成り立ち、それによって星帥皇室も成り立つ、という考え方に基づいている。
このノヴァルナの考え方は、“強き指導者が民衆を牽引してこそ国が栄える”という、今の時代の貴族や星大名の考え方とは一線を画するものだ。これはノヴァルナの普段の言動からは真逆の印象だが、ノヴァルナが強く出るのは武家階級以上の者に対する、指導者的立場を取っている時であり、人民統治においてはむしろ、他の星大名より温情的な統治政策を行っている。そしてそれは功を奏し、オ・ワーリやミノネリラの領地宙域では、今やノヴァルナは名君として慕われる身だった。
だが、ノヴァルナのこういった指導者としての姿こそが、今の銀河皇国の政治体制である『新封建主義』本来の姿なのだ。
かつてヤヴァルト銀河皇国が、まだ惑星キヨウを統治する統一国家として誕生する以前…世界が幾つかの民主連邦に分かれていた時代。政治に関心を示さなくなった民衆に、疲弊した民主主義はその機能を麻痺させていた。
自分の身の周りの生活圏しか見なくなった民衆と、組織票ばかりで選出された議員によって運営される民主主義は衆愚化が進み、行政は遅滞するばかり。そして各連邦の大統領や首相も、それらの役職は名前だけの事実上の独裁者として、強権政治を行っていた。
そんな停滞した時代を変えたのが、NNLシステムを使い、国民と国家の円滑な意思疎通を図るため、『新封建主義』による行政改革を断行した、ヤヴァルト皇国だったのである。
創世記のヤヴァルト皇国は、NNLシステム制御のコアとなる星帥皇を頂点に据え、NNLシステム制御のサポートを行う上位執政官を配置。その下にNNLのリンクで民衆の“総体的な意向”を汲み上げ、上位執政官に伝達して政策の指標を定めるためのデータを供与する、地域代表行政官を置いていた。これが現在の上級貴族と一般貴族の、ルーツというわけだ。
当初、民主主義の欠点である政策決定の遅滞を解消し、迅速で公正な政策決定と即日の発布、民衆の意見や希望を的確に汲んだ細やかな行政サービス、それを手元で瞬時に処理出来るNNLのホログラム端末などにより、ヤヴァルト皇国の『新封建主義』は、民衆から大いに支持されていた。
だがいつの時代も、人の心は移ろうものである。
皇国が誕生して約千年も経つと民衆の間での俗称であった、執政官や行政官に対する“貴族”という呼び方が、NNLシステムへの干渉権を持つ特権階級を示す、正式名として定着する。それは同時に執政官や行政官の存在そのものが、暗愚な方向へ進みだしていた事を、表していたのだった。
そうして恒星間航法を手に入れ、シグシーマ銀河系中へ進出した惑星キヨウの人類は、タイラー家を星帥皇室とした超空間NNLネットワーク国家、『ヤヴァルト銀河皇国』を建国。だがこの時にはすでに、ヤヴァルト皇国の『新封建主義』は有名無実化、大昔の只の『封建主義』へ先祖返りしていた。
やがて皇国暦1300年代。ハージェット家が星帥皇室であった時代に、モルンゴール恒星間帝国との大戦が始まると、時代は新たに台頭して来た、武家階級である『ム・シャー』を中心に動くようになる。
しかしながら、NNLシステム干渉権を維持していた星帥皇室と貴族階級は、この時代の変化の中でも生き延び、むしろ己が特権を利用して、本来の使命を忘れたかのように、大半の者が私利私欲の追及を始めたのであった。
このように長きにわたる、自己中心的な歴史を歩んで来た貴族…特に、この密談に参加している上級貴族達に、ノヴァルナのような思想へ回帰しろというのも、無理な話というものであろう。
ノヴァルナとウォーダ家に不満を並べる上級貴族達に視線を流し、貴族院筆頭のバルガット・ヅカーサ=セッツァーは、鍋から上がる白い湯気の向こうで、半生に茹だった蟹の脚肉を口へ運んだ。そして皆の話が途切れたところで、少々冗談めかした口調で発言する。
「まぁまぁ、皆の衆。そうそう目くじらを立てなさるな」
「セッツァー様?」
「我等がここでこうして、蟹料理に舌鼓を打っているのも、ノヴァルナ公のおかげであるのは、紛れもない事実であろう」
ノヴァルナ批判で盛り上がっているところに、このセッツァーの発言は当然ながら予想外で、幾人かの上級貴族が目を丸くする。だが無論、その言には裏がある。
「ノヴァルナ公が最終的に、我等と星帥皇室に対して、どのような立場となるか…もう少し見極めてからでも、良いのではないかな?」
セッツァーの言葉には、もう少しノヴァルナを懐柔し、味方に引き入れる手段を講じるべきではないか?…という響きがある。何と言っても三年前にギィゲルト・ジヴ=イマーガラを撃破し、さらにその後イースキー家を打倒。ついにはジョシュアを擁して上洛を果たし、ロッガ家、ミョルジ家にも勝利したウォーダ家の軍事力は本物であった。となれば下手に敵対する事は、上級貴族達の自滅でしかない。
「しかしあのノヴァルナ公…これまでの、星帥皇陛下とのやり取りを見ても、地位や金品といった褒美には見向きもしませんぞ」
「さよう。やり難き事、これまでの星大名とは、比べものになりませぬ」
「これならまだ、ミョルジ家の者共の方が、可愛げがありまする」
などと、何人かの上級貴族がなおも文句を言う。ただその通りであり、ジョシュアを星帥皇の座につけた大功に対しても、ノヴァルナ自身は摂政や関白といった、思考に限りなく近い地位や、銀河中央部のヤヴァルト宙域に、“飛び地”の植民星系を与えるなどの褒美を提示しても、何の興味も示さなかったのだ。
そしてそれでは何が望みかを尋ねると、ミノネリラ宙域からヤヴァルト宙域までの、超空間ゲートの使用権分与という、銀河皇国の根本にかかわるものを、要求して来たのである。
上級貴族は己が欲を最優先にしているがゆえに、こういった駆け引き…つまり天下の駆け引きには慣れている。セッツァーは盃の酒を煽り、上級貴族達にさらなる手段がある事を告げた。
「ノヴァルナ公が、我等の思い通りに動かぬというなら、手はある…いや、すでに手は打ってある」
その発言に上級貴族達は、一斉にセッツァーに視線を集める。彼等の表情から、セッツァーは彼等にも秘密にして、ノヴァルナ排除の手を画策していたらしい。
「セッツァー様。それはどのような!?」
先程、荘園星系の農園の件で文句を言っていた上級貴族が、興味津々といった視線をセッツァーに向けて問う。セッツァーは「ふふ…」と軽い笑いを漏らし、さらに盃を煽ると勿体ぶって言う。
「ウォーダ家と互角の戦力を持つ星大名家は、このヤヴァルト宙域周辺にも、まだ存在しておる」
「それは…?」
「エテューゼ…宙域」
「アザン・グラン家にございますか?」
無言で頷くセッツァーに、上級貴族の男は僅かに首を傾げた。
「恐れながら、アザン・グラン家は確かに大きな戦力を有しておりますが、現在のウォーダ家に対抗できるだけの規模とは思えませぬ」
だがそれを聞いても、セッツァーの表情に変わりはない。他にも何か方策がある事を匂わせる眼光で、皆に呼び掛けた………
「ささ。みな箸を進められよ。せっかくの蟹の鮮度が落ちてしまいましょうぞ」
▶#21につづく
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