銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武

潮崎 晶

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第14話:齟齬と軋轢

#04

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 モルタナが“洗脳”という行為に殊更敏感な反応を見せるのは、かつての水棲ラペジラル人の件が関係しているのだと思われる。

 水棲ラペジラル人は、モルタナ達『クーギス党』の故郷イーセ宙域シズマ恒星群の、いくつかの海洋惑星に住み着いていた異星人種族であった。
 約三十年前、『クーギス党』をシズマ恒星群から追い出した、イーセ宙域星大名キルバルター家は、多くの水棲ラペジラル人を捕らえ、オウ・ルミル宙域星大名のロッガ家へ、労働力として売っていた。その輸送中に彼等を休眠状態にし、洗脳処理を施していたのである。
 『クーギス党』はこのような境遇の水棲ラペジラル人を救い出すため、海賊行為を行っていたのであり、ノヴァルナと知り合ったのも襲った船に偶然、ノヴァルナ一行が乗り合わせていたからだ。
 そのような経緯があったためモルタナは、“洗脳”という行為を、人一倍憎んでいたのである。

 ただノヴァルナの話では、ヤスークはクローン技術の悪用によって製造された、生まれつきの強化奴隷であるために、特に教育情報の刷り込みが容易であらしく、護衛役兼事務官への再教育過程で、主君に対する家臣としてのマニュアルそのままの立ち居振る舞いが、刷り込まれてしまったらしい。

「そういうのを、“洗脳”って言うんじゃないのかい?」

 不納得顔でさらに問い質して来るモルタナに、ノヴァルナは「ま、見てな」と応じてヤスークを見上げ、笑顔を見せて呼びかける。

「ヤスーク。ここからはプライベートだ」

 その言葉を聞いた途端、明らかに全身から力を抜いたヤスークは、ふぅーっ…と息を吐いて、硬かった表情を柔和なものに変化させた。

「わかったよ。ノヴァルナ様」

 それはモルタナも知る、出逢った頃のヤスークの顔つきだ。ぶっきらぼうな言葉遣いも、惑星ジュマからモルタナの『ラブリー・ドーター』号に、乗り込んで来た時と同じである。そんなヤスークにノヴァルナは椅子を勧めた。

「まぁ座れ。おめーも昼飯に付き合え」

「うん。ありがとう」

 気軽に空いている席に座るヤスーク。するとモルタナは、“これはこれでどうなんだ?”と気懸りになる。事務官としてならともかく、護衛役としては、ここで急に暗殺者にでも襲われたら、どうするのだろう…と思う。

「あんたさぁ…」

「今度はなんだよ?」

 モルタナの困惑気味な表情に、ノヴァルナは苦笑を浮かべる。

「もしあたいがあんたの命を狙ってたりしたら、この状況で今のその子に守れるのかい?」

 これを聞いてノヴァルナは不敵な笑みで応じた。

「試してみるか? ねーさん相手でも、命の保証はしねーぜ」

 もしモルタナが少しでもノヴァルナに対し、怪しい行動を取ったりすれば、瞬間的にヤスークはスイッチが入り、たとえ親しい間柄の相手であっても、即座に排除する…ノヴァルナはそう言っているのである。
 つまりはヤスークには、強化奴隷としての感性が抜けきっていない、という事であった。ただこれはヤスークが、元来そのように作られているのであって、これを普通の人間と同じ感性に変えようとするのであれば、それこそ洗脳処理が必要になるらしい。これについてはノヴァルナも、口元を歪めて言い捨てた。

「俺だって、ルヴィーロ義兄上あにうえの事があるからな。洗脳なんて手は、使いたくはねぇさ」

 ノヴァルナの父ヒディラス・ダン=ウォーダのクローン猶子で、ノヴァルナに対して義兄扱いとなるルヴィーロ・アスミ=ウォーダは、以前イマーガラ家に捕らえられた際に、ヒディラスとノヴァルナを殺害するよう洗脳された。そしてイェルサス=トクルガルとの人質交換でウォーダ家へ戻ると、ヒディラスを殺してしまったのだ。
 ただし洗脳で与えられた命令は、“ノヴァルナを最優先で殺害せよ”というものであったが、この時ノヴァルナはノアと会うために城を抜け出しており、幸いにも無事であった。その後ルヴィーロは精神治療で洗脳を解かれはしたが、深層心理まで洗脳されていたため、現在でもノヴァルナに対する殺意との葛藤に、内心で戦っている状況だ。

「そうだったね。ごめん、忘れておくれ」

 ノヴァルナの思いにモルタナは、詫びを入れた。「気にすんな」と笑顔で軽く応じたノヴァルナは、さらに続ける。

「その代わり、こいつに仕掛けられていた寿命制限は、取っ払う事ができた。以前より多少身体能力は落ちたが、生きられるだけ生きていけるぜ」

 強化奴隷は遺伝子操作で、身体能力を強制的に高めてある一方、三十年限定の寿命しか与えられていない。生活用の最低限の知識と、自分に与えられる奴隷としての役割に関する知識しか、記憶インプラントを受けられない彼等であるが、それでも長く生きれば様々な思想に触れる場合もある。それによって自分達の権利や、自由への欲求といったものを、主張し始める可能性があった。制限された寿命は、それらの余計な考え・・・・・を、させないための方策だったのだ。

 これを聞いたモルタナは「へぇー!」と感嘆の声を漏らし、ヤスークを振り向いて「あんた。良かったじゃないのさ」と自分も喜んでやる。

「うん。ノヴァルナ様のおかげだよ」

 少し照れ臭そうに笑顔を浮かべるヤスーク。ノヴァルナはこの強化奴隷の件に関する、付帯事項もモルタナに告げた。

「こいつを作った組織も、陸戦隊をって潰した。だが横の繋がりで同じような組織が、まだ幾つかあるらしくてな。俺はそいつらも潰していくつもりだ」
 
 ノヴァルナが調べさせたところによると、ヤスークを作り出した組織は、強化奴隷の人身売買の他に麻薬の取引も行っており、ヤヴァルト宙域やセッツー宙域、カウ・アーチ宙域、ヤーマト宙域、タンバール宙域、オウ・ルミル宙域など、銀河皇国中央宙域部に巨大な闇市場を持つ、“複合体”的な組織の一部に過ぎない事が判明したという。
 これらは戦国の世という混乱期に乗じて、強化奴隷という非人道的な単純労働力と、不安を抱えた人々の心の隙に入り込む麻薬という違法薬物によって、肥大化の一途を辿って来たのであろう。

「このノヴァルナ様は、没落してた星帥皇室や、野放しにしてたミョルジ家の連中とは違うってとこを、連中に教えてやんよ」

 あえて傲慢な物言いで言い放つノヴァルナに、モルタナは肩をすくめて言う。

「粋がるのはいいけどさ。ああいった手合いは、下手すりゃ星大名よりたちが悪いよ。充分に気をつけることさね」

「分かってるさ。だけど、これも治安回復のためにゃ、大事なことだろ。コイツと出逢ったのも、そういった縁なんだろうぜ」

 ノヴァルナの言葉に、ふっ…と息を吐いたモルタナは、軽く頷いた。三十年近く宇宙海賊という裏稼業をやって来た自分達に、ノヴァルナが求めているものに気付いたからだ。

「ま、あんたが本気でそう思うなら、好きにやんな。今のあたいらの大将は、あんたなんだからさ。欲しい情報とかあったら、集めて来てやるよ」



 そしてイーセ宙域に進攻したノヴァルナ軍であったが、ここで予想外に手間取る事となった。劣勢でありながらもキルバルター軍は頑強で、当初の予定であった二週間での征圧完了が、一ヵ月を費やしても進んでいない。

 マートサーク星系第三惑星スラーマのオルガワット城を本拠地とした、イーセ宙域星大名キルバルター家は、戦力を本拠地星系に集中させ、第四惑星アザカーの宇宙城と宇宙艦隊の連携戦術で、ウォーダ軍を翻弄していたのである。

 これに対しノヴァルナは皇国歴1564年8月1日、二重に仕掛けた陽動作戦の合間に、キノッサ指揮の第36基幹艦隊を急進させる作戦によって、アザカー宇宙城の攻略に成功。余勢をかって、ナルガヒルデーニーワスの第4艦隊、ツェルオーキ=イクェルダの第9艦隊、リーンテーツ=イナルヴァの第10艦隊に、スラーマのオルガワット城への艦砲射撃を命じる。
 しかしスラーマの衛星軌道上に、倍以上の敵戦力が展開している事を察知。無駄に自軍の損害が増える事を予想したノヴァルナは、作戦を中止する。

 するとそんな折、星帥皇ジョシュアが、勝手に軍を動かし始めたという思わぬ情報が、皇都からノヴァルナのもとへもたらされたのであった。



▶#05につづく
 
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