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第14話:齟齬と軋轢
#05
しおりを挟む「はぁ!? どういう事だ? ジークザルト」
総旗艦『ヒテン』の司令官席で、戦闘行動中にその報せを受けたノヴァルナは、困惑を隠せない様子で、事務補佐官のジークザルト・トルティア=ガモフを振り返る。問われたジークザルトも、困ったことになったという顔だ。
「はい。キヨウにおられるアルケティ様からの情報によりますと、銀河皇国はジョシュア陛下の名において、“セッツー三守護”にハルマー宙域征伐軍の動員を命じられ、これに応じた三守護は二日前、遠征部隊を出発させたとの事です」
「ハルマー宙域?…となると、ウラガミス家かヤーマナ家辺りか」
ノヴァルナは自分の予測を述べて、チッ!…と舌打ちした。ハルマー宙域はセッツー宙域と、キヨウのあるヤヴァルト宙域とは反対側で隣接しており、“ミョルジ三人衆”支持派であるウラガミス家や、ヤーマナ家といった星大名が勢力圏を持っている。ノヴァルナは両家がやや遠隔地である事から処遇を先送りにして、ロッガ家同様寝返り組のキルバルター家征圧を優先したのだ。
それにハルマー宙域とその向こう側は、ウラガミス家とヤーマナ家に加え、アンカーマット家やアマゴン家、そして新たに『アクレイド傭兵団』の顧客となった大勢力の、モーリー家などの複数の星大名が勢力争いをしている最中であり、“ミョルジ三人衆”支持派ではあるものの、軍事的に銀河皇国にとって脅威になるようなものではないため、ノヴァルナは宙域の状況を見極めてから軍事侵攻するか、説得して懐柔するかを判断するつもりであった。
そこへこのジョシュアの、独断による討伐命令である。
将来的に味方に寝返らせる可能性もあり、その方が双方に利益があるかも知れないであろう相手に、こちらから一方的に攻撃を仕掛けていくのは、ノヴァルナからすれば、“何してくれてんだ!”という気にもなろうというものだ。
ジークザルトも不快げな口調で意見を述べる。
「我等の軍ではなく、“セッツー三守護”に命じた辺りが姑息ですね。おそらく我等がイーセ宙域へ出陣するタイミングを待って、予め準備していたのでしょう」
イ・クーダ家、イ・ターミ家、ワッダー家の“セッツー三守護”は、ノヴァルナの配下というわけではなく、星帥皇室に近い立場であった。年始の“ミョルジ三人衆”皇都襲撃の際に功のあった彼等を、セッツー宙域の守護に任じたのはジョシュアであったからだ。つまりノヴァルナの一番手を出しにくい部分で、戦力を動かしたのである。このような姑息な手は、おそらくジョシュア自身の考えではなく、バルガット・ヅカーサ=セッツァーをはじめとした、上級貴族達の入れ知恵だろう。
同じ頃、銀河皇国中央行政府『ゴーショ・ウルム』の謁見の間では、顔に不安の影を落とした星帥皇ジョシュアが座する玉座の前で、皇国貴族院筆頭議員バルガット・ヅカーサ=セッツァーが、“セッツー三守護”のハルマー宙域進攻に関する報告を、恭しく奉じていた。ノヴァルナが想像した通り、ジョシュアに余計な事を吹聴しているのは、やはりセッツァーらであったようだ。
「…以上の布陣にて、“三守護”の艦隊は明後日、ハルマー宙域内へ進入する予定となっておりまする。迎撃に出て来るであろうウラガミス軍の戦力は、そう多くはないはずにて、必ずや勝利するでありましょう」
セッツァーの言葉にジョシュアは、「う…うむ」とぎこちなく応じる。その様子は戦いの趨勢に不安を抱いているように見えたが、次に発した問い掛けに、本当は何を不安視しているのかを示していた。
「そ、それよりもヅカーザ卿。ノ、ノ…ノヴァルナ殿の方は、本当に大丈夫なのであろうな? 先日もあまり勝手な事をされては困ると、苦言を呈されたであろう」
一応ジョシュアは、今回のハルマー宙域出兵でノヴァルナに対し、うしろめたい気持ちがあるようだ。ノヴァルナがイーセ宙域出陣前に、ジョシュアに提出した十六箇条の意見書にも、星大名や独立管領の領地分配を再編する際や、軍事行動を伴う外交政策を行う場合は、ウォーダ家とも充分に打ち合わせて決定される事を望む文章があったからであろう。
ところが問われたセッツァーは、ノヴァルナの諫言など意に介さない態度であった。言葉遣いこそ丁寧であるが、それを語る眼は明らかに傲岸な光を帯びている。
「なんの。これはノヴァルナ公にとっても、側面支援となる作戦行動にて、ご心配される必要はございませぬ。何も間違っておられませぬゆえ、陛下におかれましては、もっと堂々とされるべきでございましょう」
「む…む。そうであろうか」
セッツァーの上申を額面通りに受け、玉座でわざわざ胸を張って見せるジョシュアの姿は、どこかユーモラスでさえあるが、上級貴族達に手玉に取られているのは間違いない。
さらに別の上級貴族が一歩進み出て、ジョシュアの自尊心を焚き付けるように、助言を申し述べた。
「セッツァー殿の申される通りでございます。銀河皇国を統治されるはノヴァルナ公に非ず、星帥皇たるジョシュア陛下にございます」
そこで暗示を掛けるようにジョシュアの眼を見据え、再び口を開くセッツァー。
「さよう。ノヴァルナ公とて、全知全能ではございません。此度のハルマー宙域出兵は、公の足らぬ所を補ってやるとともに、陛下の❘大御稜威《おおみいつ》を、銀河に知らしめるためのものにございます。自分は正しい事をしている…と、自信をお持ちなさりませ………」
一方、ミディルツ達キヨウにいるノヴァルナの家臣達も当然、ジョシュアと上級貴族の独断専行に手をこまねいていたわけでは無い。星帥皇室の動きを監察する事も、ミディルツらに与えられた役目であったからだ。
ミディルツは友人でもあるフジッガ・ユーサ=ホルソミカと共に、何度も中央行政府『ゴーショ・ウルム』へ赴き、ウォーダ家としての抗議を伝えていた。
しかしながら、ウォーダ家の武将に過ぎないミディルツやフジッガでは、星帥皇の座に就いた今のジョシュアに直接目通りする事は許されず、代わりに対応に出て来る、側近のトーエル=ミッドベルに自分達の意向を告げる事しか、出来ない状況である。
「…正直なところ、同じ話でこう頻繁に来られても、こちらも“相分かり申した”と、同じ返答をするしかないのだ。申し訳ないとは思うがな」
半円形をした広い応接室に三人しか居ない中、トーエルは煩わしげな本心をチラつかせながら、ミディルツとフジッガの訴えに応じた。
「そのような言い方をされるが、困るのはこちらだ、義兄上。必要のない戦いを仕掛けても、こちらの戦略が狂うばかりで得るものは無い。それが分からぬ義兄上ではないだろう?」
トーエル=ミッドベルはフジッガの義理の兄にあたる。ジョシュアがまだ星帥皇となる前は、この三人が中心となってジョシュアを支え、面倒を見て、ノヴァルナに引き合わせて上洛を果たしたのだ。
ただ現在は、ミディルツとフジッガはノヴァルナの重臣の地位を得、トーエルは星帥皇ジョシュアの最側近となって、歩む道は違ってきている。
「分からなくはない。だがそれはそちら…ウォーダ家の言い分だろう? 星帥皇陛下はそのようには、お考えになられていない。ハルマー宙域遠征は新たな星帥皇室の威光を、銀河に知らしめるための戦いなのだ」
トーエルは星帥皇側近としての立場から、言葉を返す。もっとも後半部分は上級貴族達が、ジョシュアに吹聴したものを、そのまま聞かされたものだろうが。
「威光と言われるが、ノヴァルナ公が第一に目指しておられるは、銀河皇国に秩序を取り戻す事。優先順位を間違っておられるのでは?」
ミディルツが懸念を述べるが、トーエルは口調こそ柔らかなものの不満げだ。
「星帥皇室の威光あっての秩序。そうではないかな?」
結局のところトーエルとの話し合いも平行線で終わり、『ゴーショ・ウルム』を辞したミディルツとフジッガには、夏の暑気が一層重く纏わりつくような、徒労感しかない。無言で見上げる空。ゴーショ湾の緑地から聞こえて来る、蝉の声ばかりが二人の耳には騒がしく、そして虚しかった………
▶#06につづく
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