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第14話:齟齬と軋轢
#07
しおりを挟むセッツァーの言葉にノヴァルナはどこか、あっけらかんとした響きを感じさせながら答える。
「はて? “銀河布武”とは、銀河に秩序を取り戻すにあたって、武力の使用も辞さないという決意を示すものであって、相手を殲滅する事を目的としたものでは、ございませんが?」
いかにも、“そんな事も知らねーのか?”と言いたげな、ノヴァルナの視線を受けたセッツァーは不快そうな表情になった。内心で“この小僧が…”と言っている感じだ。だがすぐに表情を改め、「なるほど。不勉強で恐縮です」と頭を下げる。ただこれは素直に詫びたのではなく、追及の方向を変えただけだった。
「しかしながら、“銀河布武”を標されるとは、武門の頂きに立たれる事でございましょう。イーセ宙域遠征は思いのほか苦戦されたがゆえ、ノヴァルナ公は和睦を選ばれた…世間では、そのような噂話も流れ始めておりますれば、武門の頂きとしての名に、傷がつく事になりはせぬかと…」
セッツァーは今度は、世間体という方向から、ノヴァルナに揺さぶりをかける。武家階級の『ム・シャー』は貴族同様、誇りや名誉といったものに敏感であり、そこを突いて負い目を与えようという魂胆であった。
ところがそんな『ム・シャー』としての体面や世間体など、かつて“大うつけ”と呼ばれて、領民達を呆れさせていたノヴァルナにとっては、蚊が刺したほどもない。ここでもすっとぼけた態度で言い放つ。
「は?…そのようなもの、カップヌードンの具の足しにもなりませんが」
「カッ…プ…!」
無礼ギリギリのノヴァルナの物言いに、セッツァーは表情こそ穏やかな笑顔だったが、こめかみにビシリ!…と太い血管が浮き出た。貴族や常識的な武人相手であれば、通用したであろうセッツァーの圧力も、ナグヤ時代にそれこそ、命懸けで経験して来たノヴァルナにとっては、“暖簾に腕押し”でしかない。そしてここまで防戦であったノヴァルナが、「それはそうと―――」と反撃…いや今日ここへ来た本題に入る。
「“セッツー三守護”をこのタイミングで、ハルマー宙域へ出兵させたは、どのような仕儀でございましょうや?」
無論、セッツァーもノヴァルナが、このような質問を持ち込んで来るのは、予想していたようである。「さてさて、その話ですな…」と、こちらもとぼけた態度を取ってみせる。ただそこから先の話は、ミディルツ・ヒュウム=アルケティが報告して来た通りだ。“星帥皇の統べる銀河皇国はその威光があってこそ、秩序が保たれる”という話であった。
「威光? そんなものは自己満足の、勘違いにすぎませんな」
ねちねちと言って来るセッツァーに、ノヴァルナはズバリ!…と言い返す。まさに一刀両断だ。思わず顔色を変え、「ぬっ!」と声を発する上級貴族達。権威や威光といったものを、自らがよって立つところの一つとしている彼等からすれば、聞き捨てならない台詞だ。
だがノヴァルナ節は止まらない。上級貴族一人一人の顔を見渡しながら、強い口調で自身の思いを述べ、詰問してゆく。
「威光をもって秩序を成すのではなく、秩序をもって威光を得るのが筋。威光や権威といったものは、いくさの理由にはなりませぬし、理由にしてはならない。そしてこれを理由としてしまったのが、あの“オーニン・ノーラ戦役”…民ばかりが難儀する、あのような戦いを繰り返してよいはずはない、と思いまするが…わたくしの考えは、間違っておりますでしょうか? 間違っておりますれば、正解をご教授願いたく存じます」
今から十年近く前、ノヴァルナはノアを娶るため、彼女の父で時のサイドゥ家当主、“蝮”と恐れられたドゥ・ザン=サイドゥと対峙した。その時も星大名の権威を求めてやまず、権謀術策を駆使して民間人から成りあがったドゥ・ザンに、ノヴァルナは敢えて“大うつけ”の振る舞いと、一分の隙もない星大名としての姿を見せ、“あんたが必死に望んでいた権威とはこの程度のもの”と言い放ったのである。ノヴァルナはその時のまんまだった。
ノヴァルナの言葉に、彼の連れている家臣の中でランとヤスークは、表情を変えずにいたが、一番年少のジークザルトだけは一瞬、苦笑らしき表情を浮かべる。自分の主君に対し、“言いたい事を言う人だな…”と思ったのだろう。
そんなノヴァルナに対し、上級貴族達は舌打ちしそうな顔で、お互いに顔を見合わせた。彼等にとって“オーニン・ノーラ戦役”を、例え話に持ち出されるのは不愉快極まりない。なぜなら絶頂期にあった彼等貴族が一気に凋落していったのは、この戦役が大きく影響しており、その原因が星帥皇後継者選びに関わる、上級貴族間の権力争いだったからだ。
さらにここでノヴァルナが、“オーニン・ノーラ戦役”を持ち出して来たのは、星帥皇室の独断によるハルマー宙域遠征の討伐対象に、ヤーマナ家が含まれていた事に対する批判も含まれている。このヤーマナ家こそが“オーニン・ノーラ戦役”において、今の上級貴族達の宿敵であったのである。
ヤーマナ家は今でこそタージ・マール宙域からハルマー宙域にかけて、領域を有する星大名家だが、“オーニン・ノーラ戦役”までは上級貴族家の一つであった。
当時の上級貴族は今の十二家ではなく、二十五もあった。ノヴァルナとも関りがあったシヴァ家やイマーガラ家、イースキー家やキラルーク家にロッガ家といった名も、そこには並んでいる。
ヤーマナ家はホルソミカ家と相対する派閥を形成しており、星帥皇後継者を巡る両者の対立が、長年にわたる主導権争いと絡んで武力衝突に発展したのが、“オーニン・ノーラ戦役”の原因だった。その戦火は拡大の一途を辿り、シグシーマ銀河系の大半にまで及んだのは、周知のとおりである。
そして戦役は一応ホルソミカ家の判定勝ちで終了したが、この結果、貴族階級全体の力が衰え、戦役時にはホルソミカ家の味方であった、ミョルジ家をはじめとする、武家階級の勢力が格段に上昇した。だが貴族の中には、イマーガラ家やロッガ家のように、星大名家として家勢を保つ家も出現する。ヤーマナ家もその一つで、流石に皇都にいた頃の権勢は失ったものの、元来の領地は維持していた。
現在、皇都で活動している上級貴族達は、ホルソミカ派に属していた者で、自分達の没落の引き金となったヤーマナ家を、ハルマー宙域討伐にかこつけて、叩いておこうという腹積もりであったのだ。こうなるともはや、星帥皇室の威光云々などではなく、愚かしい意趣返しでしかない。
ノヴァルナのきつい言いようは、内容自体は今ひとつ理解出来ていないような、ジョシュアにも伝わったらしく、以前によく見せていた不安げな表情を浮かべて、セッツァーに振り向く。自分達がノヴァルナを怒らせている事に、ようやく気付いたのだろう。
そのセッツァーも動じる事無く、ばっさりばさりと言い返して来るノヴァルナに対し、焦りを覚えて来たようだ。こめかみに汗をにじませながら言葉を返す。
「そ…そのような申され方は、些か無礼が過ぎる、というものでありましょう。我等とて、あのような無益な戦乱の再発など、望んでおりませぬ」
「これは失礼」
さらりと言い放つノヴァルナが、心の中で舌を出しているのは見え見えだ。口惜しそうなセッツァーなど放っておき、ノヴァルナは態度を改めてジョシュアに、意見を述べた。
「星帥皇陛下におかれましては、軍務の全てはこのノヴァルナにお任せ頂き、皇国の良き統治にご専念頂きますよう。重ねて申し上げ奉ります」
“勝手な真似は二度とするな”…平たく言えばそう言い捨て、恭しく頭を下げたノヴァルナは、謁見の間を辞していった………
▶#08につづく
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