10回目の婚約破棄。もう飽きたので、今回は断罪される前に自分で自分を追放します。二度と探さないでください(フリではありません)

放浪人

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第十七話 共闘。背中合わせの元婚約者たち

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「待てェェェリゼェェェ! 愛してるぞォォォ!」

地下への階段を駆け上がる私の背中に、アレクセイ殿下の熱烈な(そしてうるさい)愛の叫びが突き刺さる。 全力疾走。 10回目の人生で鍛え上げた脚力が火を吹く。 この階段を抜ければ地上だ。 地上に出れば、ミナとポチ(ドラゴン)がいる。 ポチに乗って空へ逃げれば、いくら身体能力がバグっている殿下でも、すぐには追いつけないはずだ。

「光が見えた!」

出口だ。 私は最後の力を振り絞り、地上への扉を蹴破った。

「ミナ! ポチ! 離陸準備!」

叫びながら飛び出した私を待っていたのは、まばゆい朝日と――。

「「「ワアァァァァァァァァァァッ!!!」」」

地鳴りのような大歓声だった。

「……え?」

私は急ブレーキをかけ、立ち尽くした。

目の前に広がる王都の中央広場。 そこには、数千、いや数万の群衆がひしめき合っていた。 魔物との激戦を生き延びた騎士たち、避難していた市民たち、そして怪我を治療していた聖女ミナと、その横で巨大化して威嚇(警備)していたポチ。 彼ら全員の視線が、一点に集中している。 つまり、私に。

「出てこられたぞ! リーゼロッテ様だ!」 「地下の『厄災の門』を封印されたのだ!」 「王国の救世主! 聖女リーゼロッテ万歳!」

嵐のような拍手と称賛。 花びら(どこから持ってきた?)が舞い、涙を流して拝む老人までいる。 完全に「英雄の凱旋」の図だ。

「いや、ちょっと待って。私はただの逃亡者で……」

弁解しようとしたが、歓声にかき消される。 そこへ、背後の地下通路から、煤だらけだが輝かしいオーラを放つ男が現れた。

「リゼ! なぜ止まるんだ! 愛の鬼ごっこはまだ……」

アレクセイ殿下だ。 彼が姿を見せた瞬間、広場のボルテージが限界突破した。

「殿下だ! アレクセイ殿下もご無事だ!」 「最強の王太子と、最強の公爵令嬢!」 「お二人が国を救ってくださったんだ!」 「ご結婚おめでとうございます!!」

誰だ、最後のを叫んだやつは。

「……」

殿下は状況を一瞬で把握した。 そして、ニヤリと笑った。 嫌な予感がする。 彼は私の隣に並び、私の肩をガシッと抱いた。 振り払おうとしたが、彼の腕は鉄万力のように固い。

「国民よ! よくぞ生き残った!」

殿下がよく通る美声で演説を始めた。

「この国は傷ついた! だが、絶望することはない! なぜなら、私の隣には、この国で最も美しく、最も賢く、そして私を最も愛してくれている(大嘘)女神、リーゼロッテがいるからだ!」

「「「オオオオオオオオッ!!!」」」

「彼女がいれば、復興など造作もない! 我々は今日、厄災に勝利し、そして新たな愛の伝説を刻んだのだ!」

殿下が私の手を高々と掲げる。 私は引きつった笑顔で固まるしかなかった。 ここで「離せバカ王子! 私は逃げるんだ!」と叫べば、国民の希望を粉砕し、パニックを引き起こしかねない。 空気、読みすぎた。 10回の人生で染み付いた「貴族としての処世術」が、ここに来て私の足を引っ張るとは。

「(……覚えてなさいよ、アレクセイ)」

私は小声で呪詛を吐きながら、観衆に向かって優雅に手を振った。 聖女スマイル、全開。 内心は修羅、顔は菩薩。 これがプロの悪役令嬢のスキルだ。

   ◇

歓喜のパレード(という名の軟禁移動)が終わり、私たちは半壊した王城の会議室に連行された。 そこに待っていたのは、書類の山に埋もれて半分ミイラ化した宰相バルロだった。

「で、殿下ぁ……リゼ様ぁ……」

バルロが涙と鼻水を垂らしながら、床を這ってすがりついてきた。

「生きて……生きておられたのですね……! 良かった……本当に良かった……!」

「バルロ、汚いぞ。鼻水を拭け」

殿下は冷静だが、私はバルロのやつれ具合に胸が痛んだ。 この状況を招いた一端は、私の家出(と封印の閉め忘れ)にある。 彼をここまで追い詰めた責任は、私にもあるのだ。

「状況は?」

私が尋ねると、バルロは震える手で報告書を差し出した。

「壊滅的です。王都の3割が倒壊、食料備蓄庫も半数が焼失、上下水道も寸断されています。魔物はあらかた駆逐されましたが、怪我人と避難民で溢れかえり、物資も人手も全く足りません……」

バルロの目が死んでいる。 「もう無理です、死なせてください」と書いてある。

「……はぁ」

私は深いため息をついた。 ここで私が「じゃあね、頑張って」と逃げたらどうなるか。 この国は間違いなく崩壊する。 そして、逃げた先でも「故郷を見捨てた女」としての罪悪感に苛まれ、美味しいご飯も喉を通らなくなるだろう。 それはスローライフの理念に反する。

「……やるわよ」

私は腕まくりをした。

「リゼ?」

殿下が驚いた顔をする。

「勘違いしないで。私が復興を手伝うのは、私の安眠のためよ。こんな騒がしい状況じゃ、昼寝もできないからね。さっさと国を立て直して、静かな環境を取り戻すの」

「おお……! やはり君は女神だ! 照れ隠しの理由すら愛おしい!」

「うるさい。あんたも働くのよ。王太子としての権限、全部私に貸しなさい」

「喜んで! 私の全ては君のものだ!」

私は即座に司令塔となった。 10回の人生経験は伊達ではない。 内政、外交、軍事、物流。 すべてのノウハウが私の頭に入っている。

「バルロ、まず騎士団を3つに分けて。1つは瓦礫撤去、1つは治安維持、残りは近隣の村への物資調達よ。第五倉庫の備蓄を開放しなさい。あそこの鍵は私が持ってるわ(以前盗みに入った時に合鍵を作った)」

「は、はい!」

「ミナ! あんたは聖女部隊を指揮して、広場に野戦病院を作りなさい。ポーションの在庫が足りないなら、私がレシピを書くから錬金術師ギルドに量産させなさい。水は薄めてもいいから、数を優先して!」

「はい! お姉さま!」

「ポチ! あんたは空から重量物の運搬よ。崩れた城壁の石材を運んで。サボったらおやつ抜きよ!」

「ワン!(了解だ!)」

そして、私は殿下に向き直った。

「アレクセイ。あんたの仕事が一番重要よ」

「なんだ? 愛の歌を歌えばいいか?」

「違う。あんたは『光』になりなさい」

「光?」

「そう。国民は不安なの。夜になれば魔物の恐怖を思い出すわ。だから、あんたは王城のテラスに立って、一晩中、光魔法で街を照らし続けるの。安心感を与えるのよ。『私がいるから大丈夫だ』って、その無駄にキラキラした笑顔で示しなさい」

「……なるほど。人間灯台ということか」

「言い方はあれだけど、そういうこと。できる?」

「愚問だな。リゼのためなら、太陽にだってなってみせるさ」

殿下はニカっと笑い、マントを翻してテラスへと向かった。 その背中は、頼もしいを通り越して、もはや神々しかった。

こうして、私たちの『復興戦争』が始まった。

   ◇

それから三日間。 王都は文字通り、不眠不休の戦場だった。

私は執務室に籠り、次々と持ち込まれるトラブルを処理し続けた。 食料配給のトラブル、便乗値上げをする商人への制裁(物理)、避難所での喧嘩の仲裁。 私の指示は的確かつ迅速で、バルロたち官僚は「リゼ様、以前より処理速度が上がっていませんか?」と舌を巻いていた。 そりゃそうだ。 以前は「殿下の影」として目立たないようにやっていたが、今は全力全開だ。 遠慮なんてしない。

一方、アレクセイ殿下も有言実行だった。 彼は本当に、三日間一睡もせずに光り続けていた。 夜になると、王城のテラスから放たれる温かな光が王都全体を包み込み、恐怖に震える子供たちを安眠へと誘った。 昼間は昼間で、自ら瓦礫撤去の現場に出て、10人掛かりで動かすような岩を片手で放り投げたり、橋が落ちた川に光の橋を架けたりと、人間重機として活躍していた。

「……化け物ね、あの二人」 「あの方たちが婚約者同士で本当に良かった」

国民たちの間では、そんな噂が囁かれていた。

そんな中、新たな来訪者が現れた。

「やあ。随分と賑やかだね、王国は」

王城の上空に、巨大な影が現れた。 ガレリア帝国の魔導輸送船団だ。 その旗艦から、優雅に降りてきたのは、銀髪の密偵貴族ジークフリートだった。

「帝国……! 攻めてきたのか!?」

騎士たちが色めき立つ。 しかし、ジークフリートは両手を上げて笑顔を見せた。

「誤解しないでくれたまえ。今日は救援物資を持ってきたんだ。食料、衣料品、建築資材。それに、我が国の優秀な魔導工兵隊も連れてきた」

「救援……?」

バルロが疑わしげな目を向ける。 当然だ。 敵対関係にある帝国が、ただで助けるはずがない。

「リゼ嬢との約束だからね」

ジークフリートは私を見てウインクした。

「約束通り、恩を売りに来たよ。これで王国の復興は早まるだろう? そうすれば、君も早く『帝国でのスローライフ』に戻ってこられる」

「……相変わらず商売上手ね」

私は苦笑した。 彼は、私が「復興が終わったらまた逃げる」つもりであることを知っている。 だから、復興を加速させるために協力しに来たのだ。 もちろん、王国に恩を売り、外交的優位に立つという国益も兼ねて。

「ふん。余計なお世話だ、帝国」

そこへ、全身発光状態のアレクセイ殿下が降りてきた。 まぶしい。 直視できないレベルで輝いている。

「我が国の復興は、私とリゼの愛の力だけで十分だ。貴様らの手など借りん」

「強がりだね、殿下。君は光り続けて疲労困憊、リゼ嬢も目の下にクマができている。このままでは共倒れだよ?」

ジークフリートが痛いところを突く。

「それに、君がリゼ嬢を大切に思うなら、彼女を休ませるためにも我々の手を受け入れるべきじゃないかな?」

「ぐぬぬ……」

殿下が言葉に詰まる。 「リゼを休ませる」と言われては、反論できない。

「……わかった。許可しよう」

殿下は渋々頷いた。

「ただし! リゼに近づくな! 物資を置いたらさっさと帰れ!」

「はいはい。怖い怖い」

こうして、帝国の支援部隊も加わり、復興作業は加速した。 帝国の魔導技術は凄まじく、壊れた建物があっという間に修復されていく。 さすが技術大国。 ジークフリートの手腕に、私は改めて感心した。 彼は敵に回すと厄介だが、味方(ビジネスパートナー)にするとこれほど頼もしい男はいない。

   ◇

その日の夕暮れ。 少しだけ時間ができた私は、王都の下町へと足を運んだ。

向かった先は、『陽だまりのベーカリー』。 私が愛してやまないクロワッサンの店だ。

店は、半壊していた。 屋根は飛び、壁には穴が開いている。 だが、厨房からは香ばしい匂いが漂ってきていた。

「……おじさん?」

私が覗き込むと、店主のおじさんが煤だらけの顔で釜の前に立っていた。

「おお、リゼ様! よくぞご無事で!」

「おじさんこそ……」

「いやぁ、店はボロボロになっちまいましたがね、釜だけは無事でした。それに、リゼ様がドラゴンに乗って助けに来てくれたおかげで、小麦粉も守れましたよ」

おじさんは笑って、焼きたてのクロワッサンを差し出した。

「さあ、どうぞ。復興第一号です」

私はそれを受け取った。 まだ熱い。 一口かじる。 バターの香りと、サクサクの層。 涙が出るほど美味しい。

「……美味しい」

「へへっ、リゼ様が食べてくれるなら、何度でも焼きますよ。この国がある限りね」

その言葉に、私は胸が詰まった。 私が守りたかったもの。 それは、ただのパンではなく、この日常だったのだ。

「……美味そうだな」

隣から声がした。 いつの間にか、アレクセイ殿下が立っていた。 彼もまた、変装もせず、ボロボロの服のままだった。

「殿下……」

「私にも一口くれないか? 三日間、光しか食べていないんだ(光合成?)」

私は半分に割ったクロワッサンを彼に渡した。 彼はそれを口に放り込み、目を細めた。

「……美味い」

「でしょう?」

「ああ。君が好きな理由がわかった気がする。……優しい味だ」

私たちは店の前の瓦礫に腰掛け、並んでパンを食べた。 夕日が沈み、一番星が光り始める。 王都のあちこちから、復興作業の音や、人々の話し声が聞こえてくる。

「ねえ、アレクセイ」

「なんだい?」

「……私、逃げたかったの」

私はポツリと言った。

「王妃教育も、公務も、全部嫌だった。自分の時間がなくて、いつも誰かの顔色を伺って……。だから、全部捨てて自由になりたかった」

「ああ」

「でも……こうして、誰かのために働くのも、悪くないかもって……少しだけ思ったわ」

おじさんの笑顔。 ミナの生き生きとした姿。 そして、泥だらけになって働く殿下の背中。 それらを見て、私の頑なな心も少し溶けていた。

「リゼ」

殿下が私の肩に頭を乗せてきた。 重い。 でも、払いのけなかった。

「私は、君がいないとダメだ。王としても、男としても」

「知ってるわよ」

「でも、君を縛り付けるのも、もうやめる。君が自由を望むなら、それを叶えるのが私の役目だ」

「……え?」

私は彼の方を見た。 彼は真剣な顔をしていた。

「この復興が終わったら、君を解放しよう」

「本気?」

「ああ。君は自由だ。どこへでも行くといい。帝国でも、エルフの里でも」

信じられなかった。 あのアレクセイが。 執着の化身が。 私を手放すと言うのか。

「……ただし」

彼はニヤリと笑った。

「私が君を『追いかけない』とは言っていない」

「は?」

「君は逃げる。私は追いかける。そして、世界中のどこかで君を見つけ出し、またこうして隣でパンを食べる。……そういう人生も、悪くないだろう?」

「……やっぱり、ストーカーじゃない」

私は呆れた。 でも、不思議と嫌な気分ではなかった。 追いかけられる恐怖ではなく、追いかけっこを楽しむ余裕。 それが、今の私たちにはある気がした。

「勝手にしなさいよ。私が本気で逃げたら、一生捕まらないわよ」

「望むところだ。私の愛は光速を超えるからな」

私たちは笑い合った。 10回の人生で初めて、私たちは「婚約者」という枠を超えて、「共犯者」になれた気がした。

その時。 空からポチが降りてきた。

「ご主人様! 大変だワン!」

「どうしたの、ポチ?」

「隣国の軍隊が、国境に集結してるって! 『王国が弱っている今が好機』だとか言って!」

「……はぁ」

私は天を仰いだ。 一難去ってまた一難。 スローライフへの道は、どこまで険しいのか。

「行くぞ、リゼ」

殿下が立ち上がった。 その目には、王者の風格が戻っていた。

「私のリゼとの食事を邪魔する不届き者どもに、目に物見せてやる」

「……仕方ないわね」

私も立ち上がり、スカートの土を払った。

「さっさと片付けて、二個目のクロワッサンを食べるわよ」

「ああ。今度は君に『あーん』をしてもらう」

「それは断る」

私たちは背中合わせに立ち、互いの気配を感じ取った。 言葉はいらない。 次にどう動くか、手に取るようにわかる。 背中を預けられる安心感。 これが、本当の「共闘」なのだ。

さあ、最後の戦いだ。 これを乗り越えれば、今度こそ私の交渉(週休5日)のターンが回ってくるはずだ。

「行くわよ、アレクセイ!」

「応! 愛しのリゼ!」

私たちは夕闇の中、新たな戦場へと駆け出した。 復興の槌音を背に受けて。
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