10回目の婚約破棄。もう飽きたので、今回は断罪される前に自分で自分を追放します。二度と探さないでください(フリではありません)

放浪人

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第十六話 帰還。伝説のドラゴンに乗って王都へ逆落とし

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王都の地下深く。 そこは、王城の煌びやかな世界とは隔絶された、冷たく湿った闇の世界だった。

かつて、建国王が邪神を封じたとされる『封印の間』へと続く螺旋階段。 私はそこを、スカートの裾を翻しながら駆け下りていた。

「はぁ、はぁ……! 急がないと!」

「リゼ、足元が危ないぞ。ほら、私の手を」

隣を走るアレクセイ殿下が、当然のように手を差し出してくる。 ボロボロの甲冑姿で、顔には煤がついているのに、その笑顔だけはピクニックに来た貴公子のようだ。

「いらないわよ! 自分で走れるわ!」

私はその手をパシッとはたいた。 しかし、殿下はめげない。

「照れなくていいのに。ああ、でもその強気なところも可愛いよ。まるで警戒心の強い野生のリスみたいだ」

「リス扱いしないで!」

私たちは地下へと潜っていく。 通常なら、ここは王族しか立ち入れない禁足地だ。 だが、今の私にとっては「毎晩通った通勤路」である。 どこに段差があるか、どこでカビ臭くなるか、すべて把握している。

「それにしても驚いたよ。君の部屋の隠し扉が、こんな場所に繋がっていたなんて」

殿下が感心したように壁を撫でた。

「私が掘ったのよ」

「……え?」

「正確には、5回目の人生で掘削魔法を極めた時に作ったルートを、今回の人生で再開通させたの。毎日、衛兵に見つからずに地下へ行くには、これしかなかったから」

私は事も無げに言った。 殿下は目を丸くし、そして次の瞬間、感動に打ち震えた。

「すごい……! 君は、私のためにトンネルまで掘ってくれていたのか! 愛の力は岩盤をも穿つと言うが、まさか物理的に実践するとは!」

「違うわよ! 国を守るためよ! あんたのためじゃない!」

「国=私だ。つまり私のためだ。ありがとうリゼ、君の愛の深さに窒息しそうだ」

ポジティブ変換が早すぎる。 会話している間に、地下3層へ到達した。 ここから空気が変わる。 肌にまとわりつくような、ねっとりとした瘴気。 『厄災の門』から漏れ出した魔気が、この空間を満たしているのだ。

「グルルルル……」

暗闇の奥から、無数の赤い目が光った。 シャドーウルフ、ガーゴイル、そして不定形の黒いスライムたち。 門から溢れ出た魔物の先兵だ。

「リゼ、下がっていろ。ここは私が……」

殿下が剣を構えようとする。 しかし、私は一歩前に出た。

「遅いわよ、アレクセイ」

私は指を鳴らした。 パチンッ。 その瞬間、通路の壁に刻んでおいた魔法陣が一斉に発光した。

「『自動防衛システム起動(セキュリティ・オン)』」

ズドドドオォォォン!!

壁から無数の光弾が発射され、魔物たちをハチの巣にした。 私が「毎日のメンテナンスが面倒だから」と設置しておいた、自動迎撃トラップだ。

「え……?」

殿下が呆然としている。 瞬殺された魔物の山を前に、私は髪をかき上げた。

「さあ、行くわよ。最深部までノンストップで駆け抜けるわ」

「……リゼ。君、本当に薬屋か?」

「ええ。ちょっと害虫駆除が得意なだけのね」

私たちはさらに奥へと進んだ。 私のトラップで仕留め損ねた大型の魔物は、殿下が光の剣で一刀両断にする。 私が魔法で足止めし、殿下がトドメを刺す。 言葉を交わさずとも、呼吸が合う。 10回のループで、私が彼を観察し続けてきた結果だが、殿下はそれを「魂の共鳴」だと信じて疑わなかった。

「最高だ! リゼ、君との共闘がこんなに楽しいなんて! これは初めての共同作業だね!」

「ケーキ入刀みたいなノリで言わないで!」

敵をなぎ倒しながら、私たちはついに最深部『封印の間』へとたどり着いた。

そこは、巨大なドーム状の空間だった。 中央には、禍々しい紫色の光を放つ、巨大な石の扉――『厄災の門』がそびえ立っている。 その扉が、今は半開きになり、そこから黒い霧が噴き出していた。

そして。 その門の前に、一体の怪物が鎮座していた。 全身が漆黒の煙で構成され、山羊のような角と、ボロボロの翼を持つ巨人。 『厄災の化身(アバター)』。 門から漏れ出た魔力が凝縮して生まれた、魔王級の災害だ。

「オオオオオオオ……」

化身が咆哮する。 その声だけで、空間が歪み、天井からパラパラと瓦礫が落ちてくる。

「……あいつね。私の安眠を妨害し、パン屋を危機に晒した元凶は」

私はミスリルのナイフを抜いた。

「強敵だな。王宮魔導師団が束になっても勝てないレベルだ」

殿下が剣を構える。 その表情から、先ほどまでの浮ついた空気が消え、王国の守護者としての覇気が立ち昇る。

「リゼ。君は封印の修復を頼む。あいつは私が引き受ける」

「一人で? 無理よ。あの魔力量、あんたでも長時間持たないわ」

「君を守るためなら、限界など超えてみせるさ」

殿下はニヤリと笑った。 かっこいい。 悔しいけれど、こういう時の彼は本当にかっこいいのだ。 だからこそ、タチが悪い。

「……ダメよ。二人でやるわ」

私は彼の隣に立った。

「私がやつの魔力回路を解析して弱点を暴く。あんたはその隙に最大火力でぶっ放す。いいわね?」

「……ふっ。わかった。君の指揮に従おう、私の女神」

「行くわよ!」

私たちは同時に地面を蹴った。

「オオオオッ!!」

化身が巨大な腕を振り下ろす。 衝撃波が走り、床が砕ける。 私たちは左右に散開して回避した。

「『光よ、我が刃となれ(ライトニング・ブレード)』!」

殿下が光の斬撃を放つ。 化身の腕を切り裂くが、すぐに黒い煙が集まり再生してしまう。 物理無効、魔法耐性あり。 厄介な相手だ。

「再生核はどこ……! 『解析(アナライズ)』!」

私は走りながら、瞳に魔力を集中させた。 アメジストの瞳が青白く発光する。 化身の体内に流れる魔力の奔流。 その中心、胸の奥深くに、一際輝くコアが見えた。

「見つけた! 胸の中央! そこにある『賢者の石』もどきが核よ!」

「胸か! 了解だ!」

殿下が跳躍する。 しかし、化身もさるもの。 背中から無数の黒い触手を伸ばし、空中の殿下を迎撃する。

「チッ……!」

殿下は剣で触手を弾くが、数が多すぎる。 防戦一方になり、地面に叩きつけられた。

「アレクセイ!」

「ぐっ……! 問題ない! これくらい、リゼに冷たくされた時の心の痛みに比べれば、蚊に刺されたようなものだ!」

殿下は即座に起き上がった。 メンタルが強すぎる。

「援護するわ! 『重力よ、彼を縛れ(グラビティ・プレス)』!」

私は古代語魔法を発動。 化身の周囲の重力を10倍にする。 ズシンッ! 化身の動きが鈍る。

「今よ!」

「おおおおおッ! 『聖光・極大消滅破(セント・エクスカリバー)』!!」

殿下の剣が、太陽のごとく輝いた。 彼は残りの魔力を全て注ぎ込み、光の奔流となって化身へと突っ込んだ。

ドゴォォォォォォォォン!!!!!

光が地下空間を埋め尽くす。 化身の胸が貫かれ、黒い煙が霧散していく。 断末魔の声と共に、核が砕け散った。

「……やったか?」

光が収まると、そこには膝をつく殿下の姿があった。 肩で息をしている。

「……ナイス、アレクセイ」

私が駆け寄ろうとした時だった。

「まだよ! リゼ、後ろ!」

通信魔石から、地上にいるミナの声が響いた。 え?

振り返ると、砕け散ったはずの核の破片が、再び集まろうとしていた。 いや、違う。 門の隙間から、新たな魔力が供給されているのだ。 門を閉じない限り、こいつは何度でも蘇る!

「くそっ、ゾンビかよ!」

私は悪態をついた。 殿下はもう魔力切れ寸前だ。 次の再生まで、あと数十秒。 それまでに門を閉じなければ、私たちはここでジリ貧になって死ぬ。

「アレクセイ! 門を閉じるわ! 魔力を貸して!」

私は扉の前に走り、両手をかざした。

「ああ、いくらでも持って行け! 私の全ては君のものだ!」

殿下が背後から私に抱きついた。 いや、抱きついたのではない。 魔力供給のための接触だ。 背中合わせで戦うかっこいいシーンを想像していたのに、なぜかバックハグ状態になっている。

「近い! くっつくな!」

「魔力を送るには、これが一番効率がいいんだ!」

殿下の体から、温かい光が流れ込んでくる。 膨大な魔力。 枯渇していた私のタンクが一瞬で満タンになり、溢れそうになる。

「いくわよ……! 『古の盟約に基づき、我、封印を修復せん』!」

私が詠唱を始めると、扉に刻まれた紋章が輝き出した。 重い石の扉が、ギギギ……と音を立てて閉まり始める。

「オオオ……マタ……セッ……」

再生しかけた化身が、扉の隙間から這い出そうとする。 黒い手が私に伸びる。

「邪魔だァァァッ!!」

殿下が私を抱きしめたまま、片手で光の弾丸を放った。 化身の手が弾き飛ばされる。

「リゼに触れるな! その細い腰に触れていいのは私だけだ!」

「どさくさに紛れてどこ触ってんのよ!」

殿下の手が私の腰に回されている。 セクハラだ。 でも、そのおかげで魔力のパスが繋がり、封印術式の速度が上がる。

「閉まれぇぇぇぇッ!!」

私と殿下の声が重なった。 光と魔力が奔流となって扉を押し込む。

ズォォォン!!

扉が完全に閉じた。 同時に、幾重もの魔法鍵がかかり、封印の紋章が焼き付けられる。 漏れ出していた瘴気が消え、化身の残滓も空気に溶けて消滅した。

静寂が戻った。 残ったのは、荒い息を吐く私たち二人だけ。

「……終わった……」

私は力が抜けて、その場に座り込んだ。 殿下も私の背中に寄りかかるようにして倒れ込む。

「ふぅ……。なんとか、なったな」

「ええ。ギリギリだったわね」

私たちはしばらく、背中合わせで座っていた。 地下の冷たい空気が、火照った体を冷やしていく。 殿下の体温が、背中越しに伝わってくる。 不快では……ない。 むしろ、安心感すら覚えている自分がいて、私は慌てて首を振った。

「……さて、帰るわよ」

私は立ち上がろうとした。 だが、殿下が私の手を掴んだ。

「リゼ」

真剣な声。 振り返ると、彼は真っ直ぐに私を見ていた。 煤で汚れた顔。 でも、その瞳は澄み切っていた。

「今回の件、礼を言う。君がいなければ、この国は終わっていた」

「……別に。私はパン屋を守りたかっただけよ」

「わかっている。君はそういうことにしておきたいんだね」

彼は優しく微笑んだ。 その笑顔は、いつもの狂気じみたものではなく、どこか寂しげで、そして深い愛情に満ちていた。

「リゼ。君が逃げ出した理由……少しだけ、わかった気がするよ」

「え?」

「私は、君に甘えすぎていたのかもしれない。君が優秀で、何でもできて、いつも私の影で支えてくれていたことに、胡座をかいていた。君の負担に気づかず、君の心を置き去りにしていた」

殿下が、私の手を両手で包み込む。

「『厄災の門』の管理。これも君が一人で背負っていたんだね。そんな重荷を背負わせて、私は『愛している』と口先だけで叫んでいた。……滑稽だな」

「…………」

私は言葉を失った。 あのポジティブモンスターのアレクセイが、反省している? まともなことを言っている? 天変地異の前触れか?

「君が逃げたのは、私の愛が重かったからじゃない。私の愛が『軽かった』からだ。君の献身に見合うだけの、本当の信頼と尊敬が欠けていたんだ」

彼は私の手の甲に、額を押し当てた。

「すまなかった、リゼ。本当に、すまなかった」

王族が。 プライドの塊である彼が。 私に頭を下げている。

胸の奥がチクリと痛んだ。 10回目の人生で初めて見る、彼の弱さ。 そして、誠実さ。

(……ズルいわよ、そんなの)

こんな顔を見せられたら、邪険にできないじゃない。 私は自由になりたいだけなのに。 これじゃあ、まるで私が彼をいじめているみたいだ。

「……わかったなら、少しは反省なさい」

私は彼の手を振りほどかず、小さく言った。

「これからは、自分のことは自分でするのよ。書類も自分で見る。封印の管理も、魔導師団に引き継がせるわ。私はもう、手伝わないから」

「ああ、約束する。君の手を煩わせることはしない」

彼は顔を上げた。

「だから……これからは、公爵令嬢としてではなく、一人の女性として、私の隣にいてくれないか? 仕事のパートナーとしてではなく、人生のパートナーとして」

プロポーズ。 10回目にして初めての、まともなプロポーズだ。 いつもの「檻に閉じ込めてやる」という狂気はない。 ただ純粋な、一人の男としての願い。

心が揺れた。 ほんの少しだけ。 このまま、彼の手を取れば。 きっと、幸せな未来があるのかもしれない。 もう断罪も、処刑もない。 彼と一緒に、この国を立て直していく未来が。

でも。

(……ダメよ)

私は思い出した。 帝国の別荘での、あの平和な朝を。 湖の静けさを。 時間を気にせず眠る幸せを。

私は、まだ自由を知ったばかりだ。 ここで彼の手を取れば、私はまた「王太子妃」という枠に収まってしまう。 それは、幸せかもしれないけれど、私の望む「スローライフ」ではない。

私はゆっくりと、彼の手から自分の手を抜いた。

「……ごめんなさい、アレクセイ」

「リゼ?」

「その言葉は嬉しかったわ。でも、私はまだ、あんたの隣には戻れない」

私は立ち上がった。

「私はもっと、世界を見てみたいの。自分の足で歩いて、自分の目で見たいの。あんたの後ろをついて歩くんじゃなくて、あんたとは違う道を歩いてみたいの」

「リゼ……」

「だから、サヨナラよ。今度こそ、本当に」

私は背を向けた。 これでいい。 これで、彼も諦めてくれるはずだ。

私は出口へと歩き出した。 殿下は追いかけてこなかった。 ただ、静かに私の背中を見送っている気配がした。

「(これで終わりね。私の長い婚約期間も、逃亡劇も)」

胸に空いた穴のような寂しさを感じながら、私は階段を上がった。 地上へ出れば、ミナとポチが待っている。 そうしたら、帝国へ帰ろう。 そして、今度こそ本当の休日を――。

「……待て」

背後から、声が聞こえた。 低い、決意に満ちた声。

「逃がすかよ」

「え?」

振り返ると、アレクセイ殿下が立ち上がっていた。 その瞳から、先ほどの殊勝な色は消え失せ、いつもの――いや、以前にも増して強烈な「炎」が燃え上がっていた。

「私の反省は終わった。そして理解した。君が自由を求めているなら、私がその『自由』ごと君を愛せばいいと!」

「はあ!?」

「君が世界を見たいなら、私も一緒に見よう! 君が違う道を歩くなら、私もその道に並走しよう! 君がスローライフを望むなら、私が世界最高のスローライフ環境(王城の別邸)を提供しよう!」

ポジティブ変換、再起動。 しかもアップデートされている。

「リゼ! 君は言ったな。『自分の足で歩きたい』と! 素晴らしい! ならば、私との『愛の追いかけっこ』こそ、君の足を鍛える最高のトレーニングではないか!」

「なんでそうなるのよ!」

「決定だ! 君が逃げる限り、私は追いかける! これはもはや婚約などという枠組みを超えた、魂のレースだ! さあ、逃げろリゼ! 10秒後にスタートだ!」

「10、9、8……」

カウントダウンを始める王子。 私は絶句した。 反省したんじゃなかったのか。 「手を煩わせない」って言ったじゃないか。 いや、ある意味、仕事の手は煩わせないと言っただけで、プライベートで追いかけ回すことは否定していない。

「……このバカァァァァッ!!」

私は絶叫し、全速力で階段を駆け上がった。 前言撤回。 こいつは変わらない。 死ぬまで変わらない。

「待てェェェリゼェェェ! 愛してるぞォォォ!」

背後から迫る足音。 私の逃亡生活は、終わるどころか、第2ラウンドへと突入した。 しかも今度は、「国を救った英雄カップル(公認)」として、世界中が私たちの鬼ごっこを見守るという、最悪のオマケ付きで。

地上に出ると、朝焼けが広がっていた。 美しい夜明け。 でも、私の安眠の夜は、まだまだ明けそうになかった。
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