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18話「監察官の記録」
「逃げられると思うな」
そのオスヴァルドの言葉が冬の空気に溶ける前に、私の背後から静かな足音が近づいてきた。
「――今の発言、確かに記録いたしました」
低く、氷のように冷たい声。
王国監察院のルーカス・セルジェだった。
彼は片手に黒い革張りの手帳を持ち、羽ペンを走らせながら門の前に進み出た。
灰色の瞳が、鉄格子の向こうで顔を引きつらせるオスヴァルドを射抜く。
「な、監察官……お前、なぜここにいる!?」
「私はルクレール伯爵領の監査責任者です。そして、監査対象者が証人である伯爵夫人に対して不当な圧力をかけないか、監視する義務があります」
ルーカスは手帳のページを一枚めくり、淡々と読み上げた。
「『離縁は許さない』『逃げられると思うな』。これらの発言は、正式な法的手続きを進める夫人に対する明白な脅迫行為とみなされます。親権争いの場において、貴族法院に提出する有力な証拠となるでしょう」
「きょ、脅迫だと!? 私は夫として当然の権利を主張しただけだ!」
オスヴァルドが声を裏返して反論するが、ルーカスは眉一つ動かさない。
「その『当然の権利』を根底から覆すのが、現在の監査です。伯爵、ご自分の立場を理解されていますか? 王国への軍役資金、期日まであと三日ですが、納入の目処は立っているのですか?」
その言葉に、オスヴァルドの顔からさぁっと血の気が引いた。
「そ、それは……これから王都の商会から融資を……」
「黒蛇商会への不正流用が発覚した今、貴殿に金を貸すまともな商会は王都のどこにも存在しません。伯爵家の口座はすでに凍結されており、現金の引き出しは不可能です」
ルーカスは容赦なく事実を突きつける。
実務を放り出し、私に依存しきっていたオスヴァルドは、領地の資金繰りがどのような状態にあるのか、今になってようやく現実を突きつけられたのだ。
「そんな……金が、ない……?」
オスヴァルドは呆然と呟き、鉄格子を掴んでいた手を力なく離した。
「お帰りください、ルクレール伯爵。これ以上この場に留まるのであれば、治安維持部隊を呼び、不法侵入と脅迫の罪で拘束することになります」
ルーカスの最後通牒に、オスヴァルドはギリッと歯を食いしばった。
彼は私とルーカスを交互に睨みつけ、忌々しげに踵を返した。
待たせていたみすぼらしい辻馬車に乗り込み、逃げるように去っていく。
馬車の車輪の音が遠ざかるのを聞き届けた後、私は小さく息を吐いた。
「助かりました、ルーカス殿」
「当然の職務です。しかし、だいぶ追い詰められているようですね。窮鼠猫を噛む、とも言います。くれぐれもご注意を」
「ええ。わかっています」
オスヴァルドのあの血走った目。
彼はすべてを失う恐怖から、何をしでかすかわからない。
防壁をさらに厚くしなければならないと、私は冷たい風の中で決意を新たにした。
「金が、ない……!」
そのオスヴァルドの言葉が冬の空気に溶ける前に、私の背後から静かな足音が近づいてきた。
「――今の発言、確かに記録いたしました」
低く、氷のように冷たい声。
王国監察院のルーカス・セルジェだった。
彼は片手に黒い革張りの手帳を持ち、羽ペンを走らせながら門の前に進み出た。
灰色の瞳が、鉄格子の向こうで顔を引きつらせるオスヴァルドを射抜く。
「な、監察官……お前、なぜここにいる!?」
「私はルクレール伯爵領の監査責任者です。そして、監査対象者が証人である伯爵夫人に対して不当な圧力をかけないか、監視する義務があります」
ルーカスは手帳のページを一枚めくり、淡々と読み上げた。
「『離縁は許さない』『逃げられると思うな』。これらの発言は、正式な法的手続きを進める夫人に対する明白な脅迫行為とみなされます。親権争いの場において、貴族法院に提出する有力な証拠となるでしょう」
「きょ、脅迫だと!? 私は夫として当然の権利を主張しただけだ!」
オスヴァルドが声を裏返して反論するが、ルーカスは眉一つ動かさない。
「その『当然の権利』を根底から覆すのが、現在の監査です。伯爵、ご自分の立場を理解されていますか? 王国への軍役資金、期日まであと三日ですが、納入の目処は立っているのですか?」
その言葉に、オスヴァルドの顔からさぁっと血の気が引いた。
「そ、それは……これから王都の商会から融資を……」
「黒蛇商会への不正流用が発覚した今、貴殿に金を貸すまともな商会は王都のどこにも存在しません。伯爵家の口座はすでに凍結されており、現金の引き出しは不可能です」
ルーカスは容赦なく事実を突きつける。
実務を放り出し、私に依存しきっていたオスヴァルドは、領地の資金繰りがどのような状態にあるのか、今になってようやく現実を突きつけられたのだ。
「そんな……金が、ない……?」
オスヴァルドは呆然と呟き、鉄格子を掴んでいた手を力なく離した。
「お帰りください、ルクレール伯爵。これ以上この場に留まるのであれば、治安維持部隊を呼び、不法侵入と脅迫の罪で拘束することになります」
ルーカスの最後通牒に、オスヴァルドはギリッと歯を食いしばった。
彼は私とルーカスを交互に睨みつけ、忌々しげに踵を返した。
待たせていたみすぼらしい辻馬車に乗り込み、逃げるように去っていく。
馬車の車輪の音が遠ざかるのを聞き届けた後、私は小さく息を吐いた。
「助かりました、ルーカス殿」
「当然の職務です。しかし、だいぶ追い詰められているようですね。窮鼠猫を噛む、とも言います。くれぐれもご注意を」
「ええ。わかっています」
オスヴァルドのあの血走った目。
彼はすべてを失う恐怖から、何をしでかすかわからない。
防壁をさらに厚くしなければならないと、私は冷たい風の中で決意を新たにした。
「金が、ない……!」
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