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第四話 聖女様、敵じゃなかった(むしろ味方です)
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宰相アシュ・ヴァレンシュタインとの『契約』から数日が過ぎた。 私は、彼の監査という最強の盾を得て、さらに強気で各種手続きを進めていた。
そんなある日の午後。 私は屋敷のサンルームで、優雅にティータイムを楽しんでいた。 目の前には、弁護士と作成した『レオンハルト殿下への請求書・決定版』が置かれている。 その金額は、小さな城が一つ買えるほど。 ふふ、見ているだけで心が潤うわ。
「お嬢様」
メイドのニナが、少し強張った表情で入ってきた。
「お客様です。その……あまり歓迎できない方かもしれませんが」
「あら、誰? まさかまた殿下の騎士団? それとも教会の取り立て?」
「いえ……ミレイユ・アンジェ男爵令嬢です」
私が持っていたティーカップが、カチャンと音を立ててソーサーに戻された。 ミレイユ。 あの断罪舞踏会で、殿下の腕の中にいた女性。 世間では『聖女の再来』とも『略奪愛のヒロイン』とも噂されている、渦中の人物だ。
「……何の用かしら。私に勝ち誇りにでも来たの?」
「それが、ひどく思い詰めた顔で『どうしても謝罪がしたい』と」
謝罪? 私は眉をひそめた。 勝者が敗者に謝罪? それは一番タチの悪いマウントではないかしら。 でも、もしここで追い返せば「リディアは聖女の謝罪すら拒絶した冷血女」とまた噂を流されるかもしれない。
「通してちょうだい。ただし、何かあったらすぐに追い出せるように、庭師のゴンザレス(元傭兵)を待機させておいて」
「承知いたしました」
数分後。 ニナに案内されて現れたミレイユ様は、舞踏会の時とは別人のようだった。 華やかなドレスではなく、地味な外出着に身を包み、フードを目深に被っている。 その顔色は青白く、目の下には薄くクマができていた。
「リ、リディア様……。こ、この度は、突然の訪問をお許しください……!」
彼女は部屋に入るなり、私の前で深々と頭を下げた。 その震え方は、まるで捕食者の前に放り出された小動物そのものだ。
「顔を上げてください、ミレイユ様。座って。……毒は入っていませんから、紅茶くらいは出しますわ」
私がソファを勧めると、彼女は恐縮しながらちょこんと端に座った。
「それで? 今日は何をしにいらしたの? 殿下との愛の巣自慢なら、間に合っていますけれど」
私が皮肉を言うと、彼女は激しく首を横に振った。
「ち、違います! そんな……愛だなんて、とんでもない!」
「はい?」
「私、殿下のことが好きとか、そういうのでは全くなくて……! むしろ、怖くて、逃げ出したくて……!」
彼女の目から、ポロポロと涙がこぼれ落ちた。 演技には見えない。本気の号泣だ。
「えっ、ちょっと待って。どういうこと?」
私はニナに目配せをして、新しいハンカチを持ってこさせた。
少し落ち着きを取り戻したミレイユ様が語った内容は、私の予想を遥かに超えるものだった。
彼女の実家は貧しい男爵家で、教会への寄付金もままならない状態だったという。 そんなある日、彼女が持つ『光魔法』の素質に目をつけた教会幹部が、借金の帳消しと引き換えに、彼女を『聖女』として祀り上げる計画を持ちかけた。
「最初は、ただのお飾りだと言われていたんです。でも、いつの間にかレオンハルト殿下に紹介されて……殿下は私のことを『運命の相手』だと思い込んでしまって」
ミレイユ様は身を震わせた。
「殿下は、私の気持ちなんて聞いてくれませんでした。『君はリディアにいじめられているんだろう?』って決めつけて……。私が『そんなことされていません』と言っても、『可哀想に、脅されているんだな』って勝手に解釈して……!」
うわあ。 あの殿下ならやりそうだ。 人の話を聞かないスキルに関しては、王国内でもトップクラスだからな。
「舞踏会の時も、私は『やめてください』って止めたんです。でも、教会の枢機卿様が『ここで殿下の愛を受け入れなければ、実家がどうなるかわからないぞ』って……」
なるほど。 つまり彼女は、教会と王太子の政治的パフォーマンスのために利用された、哀れな被害者というわけか。 断罪劇のヒロイン役を、強制的に演じさせられていたのだ。
「私、リディア様が会場を出て行かれた時の姿を見て……すごく、かっこいいって思いました」
ミレイユ様が、濡れた瞳で私を見つめた。
「あんなに堂々と、自分の意思で『愛さない』って言えるなんて。私には、そんな勇気ありませんでした。だから、どうしても謝りたくて……ごめんなさい、私のせいで、リディア様のお名前を傷つけてしまって」
彼女は再び頭を下げた。 その姿を見て、私の中で何かがカチリと切り替わった。
彼女は敵じゃない。 むしろ、私と同じ『おっさんたちの都合に振り回された被害者』だ。 だったら――。
「顔を上げて、ミレイユ」
私はわざと敬称を外して呼んだ。 彼女が驚いて顔を上げる。
「謝罪は受け取るわ。でも、ただ謝って終わりにするつもりはないの」
「え……?」
「あなた、このまま殿下と結婚したい?」
「い、嫌です! あんな、人の話を聞かないナルシストな方……!」
ぶっ。 ニナが吹き出す音が聞こえた。私も笑いをこらえるのに必死だった。 聖女様、意外と毒舌である。
「なら、取引をしましょう」
私は身を乗り出し、彼女の手を握った。
「私は、私を陥れた奴らに正当な報いを与えて、慰謝料をふんだくりたい。あなたは、殿下と教会から逃げ出して自由になりたい。……利害は一致していると思わない?」
「利害……ですか?」
「ええ。私たちが手を組めば、最強よ。『悪役令嬢』と『聖女』が結託しているなんて、彼らは夢にも思わないもの」
私がニヤリと笑うと、ミレイユ様は一瞬ぽかんとして、それからパッと顔を輝かせた。
「は、はい! 私、リディア様の味方になります! 何でもします!」
「いい返事ね。じゃあ早速だけど、情報をもらおうかしら。教会側が用意している『証拠』について、何か知らない?」
ミレイユ様は少し考え込み、ハッとした顔をした。
「そういえば……枢機卿様が、妙なことを言っていました。『証拠の日付と場所の辻褄が合わないが、封蝋さえ本物に見えれば問題ない』って」
「封蝋?」
「はい。リディア様が書いたとされる手紙……実際は偽造されたものですが、それに押されている封蝋の『魔力印』を、特殊な道具でコピーしているのを見ました」
私は息を呑んだ。 魔力印の偽造。 それはこの国において、通貨偽造よりも重い大罪だ。 契約社会であるルミナリアにおいて、本人の魔力が込められた印は絶対的な証明となる。それを偽造できる道具があるとしたら……。
「……ミレイユ。あなた、とんでもない爆弾情報を持ってきたわね」
私は震える手でティーカップを置いた。 これは単なる婚約破棄騒動ではない。 国の根幹を揺るがす大事件の尻尾を掴んでしまったかもしれない。
「その『道具』、どこにあるかわかる?」
「はい。枢機卿様の執務室の隠し金庫です。暗証番号も、偶然見てしまって……」
優秀すぎる。 この子、聖女よりもスパイに向いているんじゃないかしら。
「決まりね。この情報は、私の『監査役』に高く売れるわ」
「監査役……?」
「ええ。とっても頼りになる、氷のように冷たくて……でも最高に公正な方がいるのよ」
その時だった。 玄関の方から、騒がしい音が聞こえてきた。
「リディア嬢! いるのはわかっている! ミレイユを返せ!」
聞き覚えのある、無駄によく通る声。 レオンハルト殿下だ。
ミレイユ様が「ひっ」と悲鳴を上げて青ざめる。 どうやら、彼女が屋敷を抜け出したことに気づいて、追いかけてきたらしい。
「リディア様、どうしよう……私……」
怯える彼女の肩を、私は優しく抱いた。
「大丈夫よ。ここは私のテリトリー(屋敷)だわ。不法侵入者には、それなりの対応をして差し上げないとね」
私はニナに向かって指を鳴らした。
「ニナ、アシュ様……いえ、宰相閣下に至急伝書鳩を。『獲物がかかりました。至急、当家へ』と」
「承知いたしました!」
ニナが裏口へ走る。 私は立ち上がり、怯える聖女を守るように前に立った。
「さあ、ミレイユ。ショーの時間よ。あなたが私の味方だと知ったら、殿下がどんな顔をするか……楽しみじゃない?」
私の言葉に、ミレイユ様はおずおずと、でも確かに小さく頷いた。 玄関の扉が乱暴に開かれる音がする。 足音が近づいてくる。
しかし、殿下は知らない。 この部屋には今、彼を社会的に抹殺できる『生きた証拠(ミレイユ)』と、さらにそれを法的文書として確定させるための準備が整っていることを。
そして何より、間もなくこの場に、殿下が最も苦手とする『あの男』が到着することを。
さあ、役者は揃った。 第二幕の開演だ。
そんなある日の午後。 私は屋敷のサンルームで、優雅にティータイムを楽しんでいた。 目の前には、弁護士と作成した『レオンハルト殿下への請求書・決定版』が置かれている。 その金額は、小さな城が一つ買えるほど。 ふふ、見ているだけで心が潤うわ。
「お嬢様」
メイドのニナが、少し強張った表情で入ってきた。
「お客様です。その……あまり歓迎できない方かもしれませんが」
「あら、誰? まさかまた殿下の騎士団? それとも教会の取り立て?」
「いえ……ミレイユ・アンジェ男爵令嬢です」
私が持っていたティーカップが、カチャンと音を立ててソーサーに戻された。 ミレイユ。 あの断罪舞踏会で、殿下の腕の中にいた女性。 世間では『聖女の再来』とも『略奪愛のヒロイン』とも噂されている、渦中の人物だ。
「……何の用かしら。私に勝ち誇りにでも来たの?」
「それが、ひどく思い詰めた顔で『どうしても謝罪がしたい』と」
謝罪? 私は眉をひそめた。 勝者が敗者に謝罪? それは一番タチの悪いマウントではないかしら。 でも、もしここで追い返せば「リディアは聖女の謝罪すら拒絶した冷血女」とまた噂を流されるかもしれない。
「通してちょうだい。ただし、何かあったらすぐに追い出せるように、庭師のゴンザレス(元傭兵)を待機させておいて」
「承知いたしました」
数分後。 ニナに案内されて現れたミレイユ様は、舞踏会の時とは別人のようだった。 華やかなドレスではなく、地味な外出着に身を包み、フードを目深に被っている。 その顔色は青白く、目の下には薄くクマができていた。
「リ、リディア様……。こ、この度は、突然の訪問をお許しください……!」
彼女は部屋に入るなり、私の前で深々と頭を下げた。 その震え方は、まるで捕食者の前に放り出された小動物そのものだ。
「顔を上げてください、ミレイユ様。座って。……毒は入っていませんから、紅茶くらいは出しますわ」
私がソファを勧めると、彼女は恐縮しながらちょこんと端に座った。
「それで? 今日は何をしにいらしたの? 殿下との愛の巣自慢なら、間に合っていますけれど」
私が皮肉を言うと、彼女は激しく首を横に振った。
「ち、違います! そんな……愛だなんて、とんでもない!」
「はい?」
「私、殿下のことが好きとか、そういうのでは全くなくて……! むしろ、怖くて、逃げ出したくて……!」
彼女の目から、ポロポロと涙がこぼれ落ちた。 演技には見えない。本気の号泣だ。
「えっ、ちょっと待って。どういうこと?」
私はニナに目配せをして、新しいハンカチを持ってこさせた。
少し落ち着きを取り戻したミレイユ様が語った内容は、私の予想を遥かに超えるものだった。
彼女の実家は貧しい男爵家で、教会への寄付金もままならない状態だったという。 そんなある日、彼女が持つ『光魔法』の素質に目をつけた教会幹部が、借金の帳消しと引き換えに、彼女を『聖女』として祀り上げる計画を持ちかけた。
「最初は、ただのお飾りだと言われていたんです。でも、いつの間にかレオンハルト殿下に紹介されて……殿下は私のことを『運命の相手』だと思い込んでしまって」
ミレイユ様は身を震わせた。
「殿下は、私の気持ちなんて聞いてくれませんでした。『君はリディアにいじめられているんだろう?』って決めつけて……。私が『そんなことされていません』と言っても、『可哀想に、脅されているんだな』って勝手に解釈して……!」
うわあ。 あの殿下ならやりそうだ。 人の話を聞かないスキルに関しては、王国内でもトップクラスだからな。
「舞踏会の時も、私は『やめてください』って止めたんです。でも、教会の枢機卿様が『ここで殿下の愛を受け入れなければ、実家がどうなるかわからないぞ』って……」
なるほど。 つまり彼女は、教会と王太子の政治的パフォーマンスのために利用された、哀れな被害者というわけか。 断罪劇のヒロイン役を、強制的に演じさせられていたのだ。
「私、リディア様が会場を出て行かれた時の姿を見て……すごく、かっこいいって思いました」
ミレイユ様が、濡れた瞳で私を見つめた。
「あんなに堂々と、自分の意思で『愛さない』って言えるなんて。私には、そんな勇気ありませんでした。だから、どうしても謝りたくて……ごめんなさい、私のせいで、リディア様のお名前を傷つけてしまって」
彼女は再び頭を下げた。 その姿を見て、私の中で何かがカチリと切り替わった。
彼女は敵じゃない。 むしろ、私と同じ『おっさんたちの都合に振り回された被害者』だ。 だったら――。
「顔を上げて、ミレイユ」
私はわざと敬称を外して呼んだ。 彼女が驚いて顔を上げる。
「謝罪は受け取るわ。でも、ただ謝って終わりにするつもりはないの」
「え……?」
「あなた、このまま殿下と結婚したい?」
「い、嫌です! あんな、人の話を聞かないナルシストな方……!」
ぶっ。 ニナが吹き出す音が聞こえた。私も笑いをこらえるのに必死だった。 聖女様、意外と毒舌である。
「なら、取引をしましょう」
私は身を乗り出し、彼女の手を握った。
「私は、私を陥れた奴らに正当な報いを与えて、慰謝料をふんだくりたい。あなたは、殿下と教会から逃げ出して自由になりたい。……利害は一致していると思わない?」
「利害……ですか?」
「ええ。私たちが手を組めば、最強よ。『悪役令嬢』と『聖女』が結託しているなんて、彼らは夢にも思わないもの」
私がニヤリと笑うと、ミレイユ様は一瞬ぽかんとして、それからパッと顔を輝かせた。
「は、はい! 私、リディア様の味方になります! 何でもします!」
「いい返事ね。じゃあ早速だけど、情報をもらおうかしら。教会側が用意している『証拠』について、何か知らない?」
ミレイユ様は少し考え込み、ハッとした顔をした。
「そういえば……枢機卿様が、妙なことを言っていました。『証拠の日付と場所の辻褄が合わないが、封蝋さえ本物に見えれば問題ない』って」
「封蝋?」
「はい。リディア様が書いたとされる手紙……実際は偽造されたものですが、それに押されている封蝋の『魔力印』を、特殊な道具でコピーしているのを見ました」
私は息を呑んだ。 魔力印の偽造。 それはこの国において、通貨偽造よりも重い大罪だ。 契約社会であるルミナリアにおいて、本人の魔力が込められた印は絶対的な証明となる。それを偽造できる道具があるとしたら……。
「……ミレイユ。あなた、とんでもない爆弾情報を持ってきたわね」
私は震える手でティーカップを置いた。 これは単なる婚約破棄騒動ではない。 国の根幹を揺るがす大事件の尻尾を掴んでしまったかもしれない。
「その『道具』、どこにあるかわかる?」
「はい。枢機卿様の執務室の隠し金庫です。暗証番号も、偶然見てしまって……」
優秀すぎる。 この子、聖女よりもスパイに向いているんじゃないかしら。
「決まりね。この情報は、私の『監査役』に高く売れるわ」
「監査役……?」
「ええ。とっても頼りになる、氷のように冷たくて……でも最高に公正な方がいるのよ」
その時だった。 玄関の方から、騒がしい音が聞こえてきた。
「リディア嬢! いるのはわかっている! ミレイユを返せ!」
聞き覚えのある、無駄によく通る声。 レオンハルト殿下だ。
ミレイユ様が「ひっ」と悲鳴を上げて青ざめる。 どうやら、彼女が屋敷を抜け出したことに気づいて、追いかけてきたらしい。
「リディア様、どうしよう……私……」
怯える彼女の肩を、私は優しく抱いた。
「大丈夫よ。ここは私のテリトリー(屋敷)だわ。不法侵入者には、それなりの対応をして差し上げないとね」
私はニナに向かって指を鳴らした。
「ニナ、アシュ様……いえ、宰相閣下に至急伝書鳩を。『獲物がかかりました。至急、当家へ』と」
「承知いたしました!」
ニナが裏口へ走る。 私は立ち上がり、怯える聖女を守るように前に立った。
「さあ、ミレイユ。ショーの時間よ。あなたが私の味方だと知ったら、殿下がどんな顔をするか……楽しみじゃない?」
私の言葉に、ミレイユ様はおずおずと、でも確かに小さく頷いた。 玄関の扉が乱暴に開かれる音がする。 足音が近づいてくる。
しかし、殿下は知らない。 この部屋には今、彼を社会的に抹殺できる『生きた証拠(ミレイユ)』と、さらにそれを法的文書として確定させるための準備が整っていることを。
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